動物愛護センターは動物を生かす場所で殺す場所ではない | トピックス

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2023年10月4日 WEDGE Online

 

 2021年度に行政によって殺処分された犬猫の数は全国で1万4457頭。内訳は、犬が2739頭、猫が1万1718頭となっている。決して少ない数ではないが、遡ること17年前、04年度には犬猫合計で39万4799頭が殺されていたことと比べれば27分の1以下に減っている。犬猫を守る活動が大きな成果をあげてきたことの証しだ。  

 

 

 13年、全国の自治体に先駆けて犬の殺処分ゼロを達成したのが川崎市動物愛護センターである。筆者はその3年前の夏、小学生だった長女の自由研究に付き添い、同センターを訪れた。それは衝撃的な体験だった。  

 

 1974年竣工の古びた建物内は廊下にも室内にもびっしりとケージが並び、犬猫が飼育されていた。当時の川崎市の条例では「収容したことを公示した後2日間経過しても飼い主が現れない動物は処分(譲渡または殺処分)すべき」とされていたが、同センターは譲渡先を探しながら長期間飼育していたのである。

 

 いわば掟破りの満員飼育。それでも1つ1つのケージには、収容されている犬猫の性格や当日の体調を記した手書きのメモが貼られており、新しい飼い主への譲渡を目指し、しつけや散歩も行われていた。実はそれまで「動物愛護センターとは名ばかりで、収容した犬猫を殺処分するための施設」というイメージを持っていたのだが、思い込みは一気に吹っ飛んだ。  

 

 「僕は動物を助けたくて獣医師になりました。殺処分するのは本当につらい」  

 

 あの日、真剣なまなざしで訴えていた職員の想いは、センター全員に共有されていたのだろう。2013年以降も17年(1匹殺処分)を除き、殺処分ゼロは継続されている。ただ今回、13年ぶりに訪れた同センターの金子亜裕美所長は言う。  

 

 「当センターは、『殺処分ゼロにします』とは宣言してはいません。無理が生じる可能性がありますので。努力した結果として、ゼロになればいいなとは思います」

 

 環境省の統計は殺処分の理由を次の3種類に分類している。 (1) 譲渡することが適切ではない(治癒の見込みがない病気や攻撃性がある等) 

(2) (1)以外の処分(譲渡先の確保や適切な飼養管理が困難)

(3) 引取り後の死亡

 

 川崎市の殺処分数は(1)と(3)の両方を入れた数字(譲渡先の確保と適切な飼養管理は問題なくできているため(2)の理由による処分は行っていない)だが、自治体によっては(1)による殺処分しか報告しないところもあるようだ。それだと極端な話、衰弱や病気を放置して死なせてしまったとしても、殺処分したことにはならない。各自治体が発表する「殺処分ゼロ」を評価する際には、(1)以外の数字がカウントされているかどうかにも着目すべきだろう。

 

ミルクボランティアの貢献

 全国に先駆け、犬の殺処分ゼロを達成できた同センターだが、猫についてはいまだできていない。  

 

 「当センターでは保護対象を『放置したら死しんでしまう』場合に限定しているので、どうしても助けられる率は低くなってしまいます。(死亡してしまうケースで)多いのは交通事故ですね。近年は、野良猫に不妊手術を施して、元いた場所に戻して繁殖を抑制するTNR活動が普及したお陰で減ってきていますが、まだまだ多い」(金子氏)  

 

 動物が交通事故で命を落とすことを「ロードキル」という。岐阜市にあるNPO法人「人と動物の共生センター」が22年に公表した調査結果によると、全国で1年間に交通事故で命を落とす猫は約29万匹と推定され、殺処分数の10倍に相当する。  

 

 そのほとんどがノラ猫だ。猫の殺処分をゼロにするには、社会を上げた取り組みが必要不可欠なのである。

 

 ただ、死亡を含む殺処分数は犬猫ともに減少している。その理由としては、自治体が犬と猫の引き取りを拒否できるようになった13年9月の改正動物愛護管理法施行の影響が大きいが、川崎市の場合、なんと言っても大きかったのは、法改正の数年前から進んでいたボランティア団体、とりわけ「ミルクボランティア(子猫飼養管理支援ボランティア)」との連携だ。  

 

 ノラ猫や迷い猫として施設に引き取られる数は保護猫全体の72%、うち幼齢猫(赤ちゃん)が59%を占めている。21年度に殺処分された猫は1万1718頭に上るが、赤ちゃん猫はそのうちの63%(環境省調べ)にあたる。  

 

 最高に可愛い時期の子猫が譲渡されずに殺処分されてしまうのは意外かもしれない。だが離乳前の子猫の世話は、昼夜問わず数時間ごとの哺乳や排泄ケアを必要とするなど大変な上に、ちょっと目を離している間に死んでしまう不安も常にある。そのため、川崎のセンターでも、以前は保護次第殺処分に回すのが普通だった。  

 

 しかし、この難しい期間を、ミルクボランティアが自宅で預かり、譲渡できる状態まで育ててくれるようになったお陰で、子猫の生命を守れるようになった。  

 「ボランティアさんは猫を家族として愛情いっぱいに育ててくれるので、みんな甘ったれの可愛い子になって戻ってきます。ありがたいですね」(金子氏)  

 

 愛されて育った猫は、譲渡会でも引き取り手が見つかりやすいという。

 

ペットは動くぬいぐるみではない

 現在、センターの職員は21人。所長を含む12人が獣医師だ。他の自治体にある「キャッチャーさん」と呼ばれる逃げた動物を捕獲する係は廃止されている。  
 
 ボランティアの登録者は160人以上。ミルクボランティアのほかにも「いのち・MIRAI教室支援」「啓発物作成」「成猫飼養管理支援」「成犬飼養管理支援」「譲渡会運営支援」「植栽等清掃支援」といった業務支援ボランティアがあり、犬猫の新たな飼い主探しには34もの団体が登録している。  
 
 19年に新築された施設の延べ床面積は2308平方メートル(㎡)で旧センターの4倍近い広さがある。犬のフロアは2階で、猫のフロアは3階。手術室、レントゲン室、感染症対策室など、獣医療関係の部屋に加え、家庭での暮らしをイメージしながら新しい飼い主さんと犬・猫の相性を見ることができる小さなお茶の間のような「行動観察室」も犬と猫別々にある。
 
 
 この充実したセンターを拠点にして、金子氏たちは、犬猫の収容・保護・管理・譲渡業務以外にも、動物愛護の普及や災害時被災動物対策など幅広い活動をしてきた。なかでも企画担当の大塚晃氏(獣医師でもある)が力を入れているのが、市内の小中学校を回って行なう「いのち・MIRAI教室」だ。  
 
 
 「負担をかけてはいけないので、保護動物を連れて行くことはしません。写真のパネルを持って行き、動物にも気持ちがあるんだよということを伝えています。センターに収容されたばかりの悲しそうな表情と、だいぶ人慣れして生き生きとしてきた表情とを見比べて気持ちを考えてもらったり、センターの役割を説明したりしています」(大塚氏)  
 
 犬猫を飼っている人間としては、動物に気持ちがあるのは当然だが、そうでない人たちにとっては、ただの「動くぬいぐるみ」のような思い込みもあるのかもしれない。昨今のコロナ禍では、ステイホーム時間が増えたことを背景に衝動的にペットを飼い、コロナ禍があけたらモノのように捨てる、という許しがたい事態も起きていると言われているが、法改正前と違って、捨てられる先は「引き取り屋」と呼ばれる闇業者らしい。
 
 全国の動物愛護センターやボランティアたちは、懸命に殺処分を無くす努力をし、効果は確実に表れているものの、人知れず殺される生命もあることを、私たちは忘れてはならない。  
 
 金子氏は言う。
 
 「昔は犬と言えば番犬でした。でも今は家族です。最近は愛護が普通になってきました。だからこのまま努力を途切れさせず、続けていくしかないと思います。そうすれば社会情勢は変わるし、法律が変わればまた変わる。意識を変えて行きつつ、私たちが目のまえの動物を救っている姿を見せることが大事かなと。一生懸命譲渡する姿を見せていきたいと思います」  
 
 
 金子氏は小さい頃から動物好きだったのはもちろん、動物が簡単に殺処分されない社会、生きていられる社会にするにはどうしたらいいかを考えていたという。そういう意味では、今の仕事は、夢が叶った状況だ。一方大塚氏は、生き物全般が好きで、今も家には動物が沢山いるという。
 

命を救うのに本当に必要なこと

 おそらく、川崎市だけでなく、日本の動物愛護センターはどこも、金子氏や大塚氏のような動物好きの集まりに違いない。今の日本の動物愛護は、そんな動物好きたちの献身的な努力によって成り立っている。だが、そろそろ次の段階に進む時ではないだろうか。  

 

 法改正の効力は確かにあるが、それだけでは無責任な飼い主や、それに乗じて殺処分を重ねる業者の行いを無くすことは難しい。逆に、世間の見えないところで、抹殺される生命を増やしている可能性もありそうだ。  

 

 小さな生命を救うために、沢山の人たちが譲渡へ向けて懸命に努力をする姿、動物にも気持ちがあるんだよと訴え続けることは、回り道に見えても一番堅実なやり方なのかもしれない。