2022年9月9日 マネー現代
高齢者に子犬を販売
「おばあちゃんさあ、犬と暮らせばもっと健康になれるし、幸せになれるんだよ。思い切って飼ってみたら」
ある大手ペットショップに足を運んだとき、店員が70代くらいの女性客に犬を飼うメリットを説いていた。女性は抱いているミニチュア・ダックスフンドの子犬を見つめながら「そうよねえ」「かわいいのよねえ」と相づちを打っている。
「ボクね、じつは(自分の)おばあちゃんに犬をプレゼントしたの。そうしたらおばあちゃん、とっても喜んで元気になってさあ」
店員は体験談を語り、購入を促す。女性はというと、相変わらず「そうねえ」「かわいいねえ」と相づちを打っている。
「犬と暮らすと病気になりにくいっていうデータがあってね」
「そうよねえ」「かわいいねえ」
そんなやり取りが15分ほど続き、店員と女性は商談テーブルへと移動した。どうやら犬を購入するらしい……。しかし、高齢者に子犬を売り込むのはいかがなものか。
ペットを飼いきれなくなる高齢者が問題になっている
ミニチュア・ダックスフンドを始めとした小型犬の平均寿命は、約15年である。人間同様、犬は年をとると病気にかかりやすく、介護が必要になるケースもある。飼い主が高齢だと世話が難しくなるし、そもそも飼い主自身が大病を患ったり、死亡したりするリスクがある。
少し古いデータだが、「平成29年度東京都動物愛護相談センターにおける飼い主からの犬・猫引取り理由」でもっとも多かった引き取り理由は「飼い主の病気、入院」である。飼い主の年代は不明だが、そのほとんどは高齢者と考えるのが妥当ではないか。同資料では「飼い主の死亡」「飼い主の高齢者施設入所」なども比較的多い引き取り理由となっている。
日本のペットショップは「衝動買い」を誘う販売方法をとっている。生後2、3か月の子犬や子猫をショーケースに入れ、客が関心を示したらすかさず“抱っこ”をさせる。
都内某所の大手ペットショップに足を運んだときは、こんなことがあった。
“即決”を促すペットショップ店員
子犬の入っているショーケースを目にしてわずか10数秒、女性店員が声をかけてきて、セールストークが始まった。
「抱っこしてみませんか?」
「今、うちで人気の子なんです」
「大人しくて飼いやすいですよ」
「長時間留守番させても問題ありません」
筆者が「家族に相談します」と伝えると、店員はこう言った。
「このお店は、ワンちゃんや猫ちゃんを『さあ、買うぞ』と意気込んでやって来る方は、ほとんどいないんですよ。一目惚れして買われる方が大半です。あちらの方も……」
店員の視線の先に目をやると、筆者よりも後にやって来た子連れの女性が、契約書にサインをしている。
「気に入った子がいたら、すぐに買うのが当たり前」
そう伝えたいのだろう。しかし、犬や猫は十数年も生きる動物であり、ひとたび飼えば安易に手放すことは許されない。生きている間は当然飼育費用がかかるし、病気になれば治療費も馬鹿にならない。飼育するには、家庭環境や家族構成、収入などが重要になってくる。即決を誘導するような販売姿勢は、問題である。
欧米では犬や猫を飼うとき、動物保護施設やブリーダーの元に足を運ぶのが基本だ。生体販売を行うペットショップも存在するが、非常に少ない。アメリカのカリフォルニア州のように、ペットショップでの生体販売を禁止している自治体もある(動物保護施設から受け入れた犬や猫なら販売できる)。
生体販売をするペットショップが街中のあちこちにあるのは、先進国のなかで日本くらいである。以前、日本の猫ブームを取材するために来日したドイツ人男性に会い、彼はこんなことを口にしていた。
「日本のペットショップでは、幼い犬や猫がショーケースに入れられていて、そこにいる若い人たちが『カワイイ』を連発している。異様な光景だった」
先天性の病気について話したがらない
筆者は首都圏にある約20店舗の大手ペットショップチェーンに足を運び、接客を受けた。スタッフの質は、店によってかなり差がある。
たとえば病気に関する説明。ウェルシュ・コーギーなら変性性脊髄症(体のマヒを引き起こす病気)、アメリカン・ショートヘアーなら肥大型心筋症(心臓の筋肉が分厚くなり呼吸が困難になる病気)など、犬も猫も品種によっては遺伝性疾患が多い。そうした品種の病気について、あえて知らないふりをして尋ねると、包み隠さず詳しく説明してくれる人もいるが、病気について知らないのか、あるいはデメリットを言いたくないのか「とくに多い病気というものはありません」といった答えが返ってくることも多かった。
なかにはこんなデタラメなことを自信満々に語る店員もいた。
「スコティッシュ・フォールドの折れ耳は、劣性遺伝なんですよ。だから筋萎縮症という病気が多いんです。筋萎縮症というのは、上下運動がしにくくなる病気です」
スコティッシュ・フォールドとは、折れ曲がった耳が特徴の猫種。ペット保険のアニコム損害保険が毎年公表している人気猫種ランキングで14年連続1位になるほどの人気猫種である。
スコティッシュ・フォールドの耳が折れ曲がるのは“優性遺伝”を受け継いだからである。この猫は遺伝性の関節疾患が多く、重度になると上下運動どころか歩行すら困難になる。病名は筋萎縮症ではなく、骨軟骨形成不全(骨軟骨異形成症とも呼ばれる)という。病名も、遺伝に関する知識もデタラメなのだ。
ペットを飼う前に熟慮と勉強を
「日本はペット後進国」と言う人もいるが、筆者はそうは思わない。犬猫ともに8週齢規制(生後56日以下の犬猫の販売禁止)があるほか、飼育施設の数値規制、犬猫のインターネット販売の禁止など、世界的に見ればペットに関する法整備が進んでいるからだ。
ただし、衝動買いを誘発するペットショップが多数あったり、プロ意識に欠ける人間が犬猫を販売していたりするのは事実。そうした面は、後進国と言わざるを得ない。
くどいようだが、犬猫は十数年も生きる動物だ。病気になれば、多額の費用がかかることもある。衝動的に飼うことだけは避けてほしい。また、純血種の飼育を希望するなら、その品種についてしっかりと勉強しておくことが重要だ。知識があれば、ペットショップスタッフの質を見極めることができ、トラブルも避けやすくなる。