2022年8月25日 Newsweek
<ラッシュアワーの路上に馬が倒れこみ、焦った御者は手荒な手段に。セントラルパーク周辺の往来で「ぞっとするような光景」が繰り広げられた>
ニューヨーク・マンハッタンの大通りで、馬が路上に倒れこむ騒動があった。馬が回復するまでのあいだ、御者(ぎょしゃ)は馬を介抱するどころか立ち上がらせようと躍起になり、「立て!立て!立て!」と叫びながらムチを打った。馬はその後1時間以上をかけて立ち上がれる状態になり、手当と獣医による診断を受けている。
馬はライダーと名付けられた14歳の雄で、マンハッタン中心部のセントラルパーク付近の路上で観光客用の客車を引いていた。米NBCニュースが公開している映像によると、ライダーは大通りの中央車線とみられる場所で客車に付けられたまま座り込み、動けなくなっている。
夕方の帰宅ラッシュのクラクションが響くなか、焦った御者の男はライダーを無理に動かそうと試みたようだ。男は座り込んだライダーの周囲を動き回り、手綱を前方に強く引いたり馬体を叩いたりしてライダーを立たせようとした。
ライダーは苦しそうに顔を振り男から目を背けるが、男はなおも手綱をムチのように使い、ライダーに動くようけしかける。弱ったライダーは座った姿勢を保てなくなり、ついに四肢を投げ出しアスファルトの上に倒れ込んでしまったようだ。
「ムチでなく水をやってくれ」心を痛めた通行人たち
倒れたライダーの周囲には人だかりができ、男の心無い仕打ちが目撃した市民たちに衝撃を与えた。ニューヨーク・ポスト紙によるとある通行人は、「おい、ムチを打つのはやめて水をやれよ。馬だよ、機械じゃないんだよ」と御者を諭したという。この男性は同紙に、「本当に悲しい。あの馬は大切にされていないことがよくわかった」と語っている。
当初熱中症とみられたことから、ニューヨーク市警騎馬隊の警官たち駆けつけ、ホースで水を浴びせ体温を下げようと試みた。馬は意識がもうろうとした様子をみせ、水分を摂ろうと地面に溜まった水を必死で舐めている。CBSニューヨークは御者の対応を含め、「ぞっとするような光景」が繰り広げられたと報じている。
1時間を超える放水の結果、ライダーはよろめきながらも自力で立ち上がることに成功。見守っていた観光客や地元住民からは歓声が上がった。ライダーは警察が用意した輸送車に乗せられ、獣医のもとに送られた。
「数時間前から苦しんでいた」新たな目撃証言
事件は8月10日に起きたものだが、数日が経ち、新たな目撃談が報じられるようになった。路上に倒れこむ4時間ほど前から、馬は弱りきり歩行困難になっていたのだという。
ニューヨーク・ポスト紙は8月15日、セントラルパークで「苦しみ」「満足に歩けないでいる」ライダーの姿が目撃されていたと報じた。家族とともにこの公園をよく訪れるキャロライン・シュミットという女性は同紙に、「その馬はほかの馬とかなり違っていたので、すぐに注意を引いた」と述べている。
「馬はあばら骨が浮き出ており、舌を出し、歩くのが辛い様子でした。かなりゆっくりと歩いていました」
ニューヨークの市議会議員らは本件について、動物虐待と馬車馬虐待で検察に告発する準備を進めている。女性は目撃者として議員らの記者会見などに同席し、当時の状況を証言するという。
馬車はセントラルパークの名物だが...... 活発化する廃止論
セントラルパーク周辺の大通りでは長年、観光客たちを引く馬車が人気となってきた。しかし、ニューヨークの象徴的な光景は、この事件をきっかけに終わりを迎えるかもしれない。動物へのあまりにも酷い仕打ちだとして非難が広がり、くすぶっていた馬車の廃止論が勢いを増している。
ニューヨークでは以前から、安全性と動物愛護の観点をもとに、馬車を電動式の客車で置き換える議論があった。市役所が近代化施策の一環として提案し、複数の市議会議員や動物愛護団体などが賛同している。
事件はこの動きに拍車をかけることとなった。米CBSは、馬は長年セントラルバーク一帯の象徴的な存在であったとしながらも、「しかし、それもまもなく終わりを迎えることになるかもしれない」と報じている。
馬車廃止の法案を提出したロバート・ホールデン諮問委員は、路上から馬を排除することによる安全上の利点を強調している。「ずっと前に終わっているべきことです。20年も前にやっておくべきだったのです」と氏は述べる。
法案を支持するほかの議員たちは、動物愛護の観点に注目しているようだ。酷暑の日などの「動物への残虐な扱い」を廃止し、「より人道的な方法」で産業を維持すべきだと訴えている。
組合側は虐待を否定
一方で馬車組合は、虐待はなかったとの立場を示している。組合の主張は、ライダーは過酷な稼働による熱中症ではなく、突発的な脳炎によって倒れたという内容だ。
NBCニューヨークは事件後、獣医による予備診断の結果として、小型動物のポッサムの糞を介して感染する脳炎の一種に感染していた可能性を報じた。事件当時、ライダーが別車線に移ろうとして曲がった際によろめいて倒れ、その後は脳炎の症状により立ち上がることが難しくなった可能性があるという。
しかし、動物愛護派や馬車廃止論を支持する人々は、この説明に冷ややかな視線を送っている。仮に酷使による熱中症ではなく脳炎が原因だったとしても、長期にわたり病気を放置したことで今回の事件に発展したと考えられるという。
愛護団体「アニマル・ウィットネス・アクション」のジム・キーン博士(獣医学)は、ニューヨーク・ポスト紙に対し、「ライダーは神経疾患の兆候や筋萎縮、そして体調不良などの症状を急性的にではなく慢性的に示しており、これは長期にわたる不適切な飼育、ひいては虐待の可能性があることを指し示す証拠です」と語っている。
ニューヨークでは17世紀から馬が街の一部となっており、馬車の廃止を惜しむ声も多い。路上に倒れた馬がもがき苦しむ衝撃的な映像が報じられるなか、街の伝統と動物福祉をめぐる議論が再燃しているようだ。