2021年12月10日 文春オンライン
長野県松本市のペット繁殖場「アニマル桃太郎」で劣悪な環境で犬など約1000頭を飼育し、長野県警が11月、社長の百瀬耕二容疑者(60)と社員の有賀健児容疑者(48)を動物愛護法違反(虐待)の疑いで逮捕した事件。 摘発のきっかけは、元従業員A子さんの告発だった。A子さんは度々保健所に虐待があることを通報してきたが、保健所の指導はアニマル桃太郎への「注意」にとどまり、虐待は放置され続けた。告発に踏み切った思いと繁殖場での悲惨な体験について、A子さんが文春オンラインのインタビューに応じた。(全2回の2回目。 前編 から読む)◆◆◆
出たままの腸を自分で食いちぎり死んだ犬も…
――百瀬容疑者は無麻酔で帝王切開をしていたとも聞いています。
A子 はい。ペット業界もビジネスですから、需要を見て「商品」を決めます。アメリカの歌手のレディ・ガガさんがフレンチブルドッグを飼い始めた時は、日本でも人気に火が付きました。百瀬は「これは売れそうだ」と見込んで、飼育頭数を一気に増やしました。摘発の際は、桃太郎で飼育されていた1000頭のうち200頭がフレンチブルドッグでした。
1頭50万~60万円する犬ですから、高く売れるんです。フレンチブルドッグは頭が大きくて、腰が細い。だから自然分娩は難しく、帝王切開じゃないと出産が厳しいんです。そういう背景もあって、既に報じられているような「無麻酔で帝王切開」という残酷すぎる虐待が生まれてしまいました。
――手術では縫合が不十分で、腸が出たままになっている犬もいたという証言もあります。
A子 獣医の資格があるわけでもありませんし、百瀬は手術が下手でした。百瀬が埼玉に仕事で出かけているときは有賀も手術をしていましたが、技術は同じようなものです。腸が出たままの犬もいましたが、腸がなんであるかわからずに自分で舐めたり、噛んだり、食いちぎったりして、死んだ犬もいます。
手術は、腹を裂いて子犬を取り出した後は縫合して、ヨードチンキを傷口に塗って、着古したTシャツのボロで血液をさっと拭いて、おしまい。一応、百瀬は知り合いから鎮痛剤や抗生剤をもらってはいたようですが、使っている姿はみたことがありません。
出荷時にはワクチンを打ったことにしていましたが、そんな様子はありませんでした。出荷前に獣医師の印が押してあるワクチン証明書がどさっと来て、乱雑に事務所に山積みにされていたのを覚えています。オークションに連れていくには打った証明書が必要で、出荷時に慌てて用意していました。保健所に提出していた狂犬病注射の証明書も然りです。血統書も適当でしょうね。鼻が半分欠けたような奇形のメスでも子犬が産めれば産ませてましたが、血統書はその子犬に似たかわいいメスと、同じ種類のオスの名前を書いていました。もちろん実際の親犬ではありません。
子犬は出荷するまで生まれた日などのメモがゲージにぶら下がっていますが、犬がかじったりしてボロボロになると読めず、生後何週間か出荷前にわからなくなることもありました。出荷後はメモは全部捨てますし、繁殖用に残した子犬はどの犬が兄弟かもわからないため近親交配となり、足の指が6本あったりする奇形も生まれていました。定期的に2つの犬舎を行き来させますし、どの犬がどれかなんてわかる書類は何もなく、「この子は何年に生まれたの?」と聞いても記録は全くありません。血統書はあるだけでも金になります。「こんなのは皆やってるわ」と百瀬はたかをくくっていた感じでした。
子犬を窒息死させ、百瀬に殴られていた有賀
――百瀬容疑者の従業員に対する態度はどうだったのでしょうか。
A子 一緒に逮捕された有賀以外には、殊更厳しく当たることはありませんでした。有賀は百瀬の弟子のような存在で、アニマル桃太郎をやる前に百瀬が働いていた建設会社時代からの知り合いなんです。夜中に犬舎から怒鳴り声が聞こえた、という近隣住民の証言もありましたが、あれは動物にじゃなくて有賀に怒っていた声なんじゃないかと思います。
よく、子犬の口に母犬の乳を押し当てて授乳させているうちに、有賀が寝てしまって子犬を窒息死させてしまうことがあったんです。あとは目を離した隙に、母犬にのしかかられて子犬が死んでしまうとか。そういう時には、よく有賀はグーで百瀬に殴られていました。口には出しませんが、「50万円もする俺の大事な商品を殺しやがって」という気持ちだったのでしょう。蹴って階段から落とされて青たんができたり、傷がぱっくり開いて血を流していることもありました。
――その時の有賀容疑者の様子はどうだったのでしょうか。
A子 有賀は百瀬に恨みを持つということもなく、平気な様子でした。何かあると「耕二さん、俺がやります!」というような体育会系の雰囲気があるんです。一種のマインドコントロールではないでしょうか。有賀がいないと、アニマル桃太郎も回らない状態で、犬舎の1階と2階を分けて2人で犬の面倒を見ていました。深夜に出産の面倒を見たりしてもいたので、ほとんど落ち着いて眠れない状態だったと思います。
状況を把握しても、全く動かない保健所
――保健所はこうしたアニマル桃太郎の状況を把握していたのでしょうか。
A子 していたはずです。保健所の検査が来る度に、私は直後に「本当にこれでいいんでしょうか」と電話をかけていました。百瀬は従業員の意見は聞かない性格なので、止めさせるには外部の力が必要だったんです。でも保健所の担当者も「指導を強めにして行く回数を増やす」「改善するように言っておきます」というだけで全く動いてくれない。それで次の検査時に改善できたか聞くと、「まだ異動したてでわかりません」と。担当者はすぐに代わるので、自分が担当を外れるまでやり過ごそうとしているのか、全然話が進まないんです。
百瀬は百瀬で「廃業しろと言うならしてやるが、その代わりうちの膨大な頭数の犬の面倒は見てくれるんだろうな」と逆に保健所を脅す始末。「どこのブリーダーもこんなもんだよ」と言っていました。春と秋にある年2回の立ち入り検査も、秋は「都合がつかない」とずるずる引き延ばして、結局春の1回しか検査をやらないということもありました。
保健所は「事件」を早く明るみに出すべきだった
――A子さんはどうして退職することになったのでしょう?
A子 誰が見ても綺麗と言わせるぐらい、山にある犬舎をしっかり掃除したことがあったんです。犬舎には蜘蛛の巣が張っていたり埃もすごかったのですが、それも全部取り除いて検査にも万全な状態にしました。「この状態を保つようにしよう」と百瀬に言ったのですが、百瀬は聞いてくれませんでした。それがもとで喧嘩をして、次第に疎まれるようになり、退職することになりました。
そこからは動いてくれそうな動物愛護団体をネットで探したんです。そしたら偶然、最初に電話をかけた獣医さんが桃太郎の飼育環境をよく知り、もともと心配していてくださった人で、真摯に相談にのっていただきました。その後、獣医さんを通して、今年6月に杉本彩さんが主宰する公益財団法人・Evaにつないでもらいました。Evaを通じて長野県警に連絡をとってからは動きが早かったですね。9月には家宅捜索があり、11月には逮捕とあっという間でした。
他にも「虐待はまずい」という認識を持っていた従業員はいますが、「もう全て忘れたい」と今回の一件にはかかわらないようにしているようです。とにかく保健所には百瀬にお伺いをたてるのではなく、なんでもっと早く事件を明るみに出してくれなかったのか…という不信感でいっぱいです。アニマル桃太郎の虐待は、おそらく氷山の一角でしょう。コロナ禍のペットブームや、小型犬人気、ペットオークションなど業界全体のビジネスモデルが事件の根幹にあるのだと思います。二度と同じような悲劇を繰り返さないために、今一度、犬や猫がペットショップに並ぶまでの裏にどのような闇があるのか、思いを巡らせて欲しいと思っています。
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コロナ禍のペットブームの裏で起きた、残虐すぎる虐待事件。業界全体として二度と同じ悲劇を生まないための対策が求められている。