今年の春に入居された青山裕子さん(仮名)は、7歳の愛猫ミーちゃんと一緒でした(写真)。 それまでは一人暮らしだったのですが、お体の状態が悪くなり、一人で生活することは限界でした。それでも、ミーちゃんと別れたくないと、無理を重ねて頑張っておられました。 さくらの里山科に入居してからは、青山さんもミーちゃんも穏やかに暮らしています。ミーちゃんの将来に対する心配がなくなり、青山さんの笑顔が増えたとご家族は喜んでいます。 青山さんとミーちゃんが入居したユニットには、先住猫が4匹いました。そのうち1匹は、本コラムですでに紹介した祐介です。気が強いところがあるミーちゃんは、新参者なのに我が物顔に振る舞っています。先住猫は、ミーちゃんにおびえることはありませんが、何となくミーちゃんをたてています。たまたま先住猫は4匹とも雄なので、ミーちゃんが女王様のような感じに見えます。
ペットと暮らせる有料老人ホームから入居した例も
そして先月、隣のユニットに(猫と暮らせるユニットは二つあります)、今橋タエさん(仮名)が、5歳の愛猫プリンちゃんと一緒に入居してきました。今橋さんはそれまで、ペットと一緒に暮らせる住宅型有料老人ホームで暮らしていました。 住宅型有料老人ホームとは、基本的に介護は行わず、食事、洗濯、掃除などの家事サービスと見守りサービスを行っている老人ホームです。介護の部分は、ホームヘルパーなどの在宅介護サービスを利用します。そのような体制なので介護力には限界があり、今橋さんの状態が重度化すると、そのホームでは対応できなくなり、退居を要請されてしまいます。しかし、プリンちゃんと一緒では、なかなか他のホームは見つかりません。 途方にくれていたところでご家族が、やや遠方にあった(今橋さんの地元も、有料老人ホームの場所も、さくらの里山科がある横須賀ではありませんでした)さくらの里山科を見つけて、入居の運びとなりました。
有料ホームやサ高住はペットとの入居を認めて
今橋さんの例は、私としては、高齢者とそのペットが生きる場所を見つけるためのモデルケースだと考えています。と言うのは、私達、特別養護老人ホームは、介護保険の制度上、要介護3以上という重度の状態の方でないと入れないからです。しかし、ペットと一緒に入居したいという問い合わせがあるのは、圧倒的に要介護3未満の方ばかりです。 皆さん、その段階でペットと一緒に暮らせる場所を見つけられないと、ペットを手放すしかないのです。ですから、軽度の方でも入居できる有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)には、ぜひペットと一緒の入居を認めてほしいです。そして、それらのホームで入居者が重度化して対応できなくなったら、私どもの特別養護老人ホームにペットと一緒に転居する。そうすれば、高齢者が生涯、ペットと一緒に暮らせるようになります。
超高齢の愛犬と一緒に県外から入居
先月には、愛犬との同伴入居もありました。岡部良枝さん(仮名)が、ヨークシャーテリアとチワワのミックス犬(ヨーチワと呼ぶこともあるそうです)のサリーちゃんと一緒に入居したのです(写真)。サリーちゃんは、なんと19歳。いえ、19歳の終わりで、もうすぐ20歳になります。犬としては超高齢です。人間なら100歳に匹敵します。 岡部さんは一人で暮らすのが無理な状態になりながら、サリーちゃんを残してはいけないと必死に一人暮らしを続けていました。実は岡部さんは、さくらの里山科の地元の横須賀市どころか、神奈川県在住ですらなく、遠方から、わずかな望みを託して、さくらの里山科に申し込まれたのです。コロナ過のため、私達もうかつに県外に赴くわけにもいかず、お申し込みいただきながらもお応えできず、岡部さんの状態とサリーちゃんの年齢を考えると、時間のゆとりがないのでやきもきしていました。 秋になり、一時的にコロナの感染が減少した時を狙って、ホームの相談員と看護師と犬ユニットの介護リーダーが、片道4時間かけて日帰りで調査訪問を決行しました。短時間でご本人の状態の調査と、サリーちゃんのチェックを終え、入居の段取りを固めました。そして、ホームでは即座に入居判定会を開き、緊急入居を認めました。 岡部さんとはかなり離れたところで暮らしている息子さんも即座に動いて下さり、先月、無事、サリーちゃんと一緒に入居できました。間一髪のところでした。もう少し遅れていたら、再びコロナの感染者数が増加したので、県外からの入居はお断りしなければいけないところでした。 19歳のサリーちゃんを手放して老人ホームに入居したら、岡部さんはどれほどつらかったことでしょう。19年も一緒に暮らしていた飼い主さんに捨てられたら、サリーちゃんはどんなに悲しかったことでしょう。岡部さんとサリーちゃんが、これからも一緒に暮らせる。この一点だけでも、私達がペットと一緒に暮らせる試みを始めた価値があると思っています。
ホームの飼い猫になった超高齢の「お母さん」大往生
こうして、今年は2匹の猫と1匹の犬がさくらの里山科にやってきましたが、別れもありました。「お母さん」という猫が亡くなったのです。「お母さん」は、その子供の「ちびちゃん」、そして飼い主の太田大吉さん(仮名)と一緒に5年前に入居しました。太田さんは3年前に逝去され、残された「お母さん」と「ちびちゃん」は、ホームの飼い猫になりました。 1年前に子供の「ちびちゃん」が先に亡くなり、そして先月、「お母さん」も亡くなりました。19歳という超高齢でした。犬のサリーちゃん同様、猫の「お母さん」も人間なら100歳ぐらいになります。猫の「お母さん」と「ちびちゃん」、そして飼い主である太田さんの経緯については、現代の高齢者のペット問題の典型とも言えるものなので、次回、またお話ししたいと思います。 最後にお願いです。このコラムの内容は、高齢者がペットを飼うことの是非の問題とは切り離してお読みいただけないでしょうか。遊泳禁止の海でおぼれている人を見つけたら、その行為を責める前にとにかく命を救う必要があります。さくらの里山科が行っているのは、そういうことです。
若山三千彦(わかやま・みちひこ)
社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」(神奈川県横須賀市)施設長 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里 山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取(みと)り犬(いぬ)・文福(ぶんぷく) 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。