毎日新聞
「ペットは高齢者と地域のつながりも強める。結局はお年寄りのセーフティーネットにもなっている」と親跡昌博・まるち動物病院長(右)=東京都足立区で、鈴木美穂撮影
第二の人生をペットと過ごしたい--。子育てや仕事を終え、生活や時間にゆとりがある高齢者の中にはこう願う人も多いだろう。だが、現実は毎日の世話、命を預かる責任を全うできるかと不安でためらうケースは少なくないようだ。高齢者が安心して飼うためのアドバイスを専門家に聞いた。【鈴木美穂】
掛かり付け医をつくる/代行サービスも活用/「もしも」の対策万全に
東京都足立区のまるち動物病院(親跡(ちかあと)昌博院長)を18日、飼い犬を連れて高齢の夫婦が訪れた。大野義昭さん(79)と陽(はる)子(こ)さん(77)、トイプードルの「梅ちゃん」(雌、10歳)だ。自宅から病院まで徒歩15分。定期的に通院し健康診断や予防注射を受けさせている。
散歩は義昭さんの日課だ。「足腰が丈夫なのは梅のお陰かな? 若い頃は大型犬を飼っていましたが年齢を重ねたので小型犬を選びました。散歩も抱っこも苦にならない大きさですから」。陽子さんも梅ちゃんとの生活に満足げだ。「やっぱり自然と元気が出ます。梅より先に死ねませんからね」
親跡院長は、シニア世代にこうアドバイスする。「犬なら抱き上げられる大きさ、成犬で5キロまでがいいでしょう。毛が抜けにくい犬種、猫も長毛種を避けた方が扱いやすい」。例えば、トイプードルは高齢者におすすめだそうだ。
さらに続ける。「生きがい、生活のリズムができる点から見ればどんなペットでもプラス効果があります。マンションでも飼えるインコなどの鳥類、金魚なども飼いやすいペットと言えるかもしれませんね」
メリットはあるが、親跡さんが「忘れてはいけない」と強調するのは金銭的な負担だ。健康な5キロの成犬の飼育費は、餌代(月3500円と想定)に加え、接種義務のある狂犬病ワクチンのほか、フィラリア予防や混合ワクチンの接種など任意の予防処置を含めると年間計約7万円かかるという。
金銭的な負担にめどがついたとしても、シニア世代には「世話を続けられるだろうか」「ペットの最期をみとれるだろうか」といった懸念が先立ってしまいがちだ。安心して飼育するにはどんな備えが必要なのだろう。
答えるのは、2009年に獣医師らによって設立されたNPO法人「高齢者のペット飼育支援獣医師ネットワーク(VESENA)」の理事長、佐々木伸雄さんだ。「まず、適切な世話を続けるために、近所に『掛かり付け獣医師』を見つけ、相談が気軽にできる環境を作っておくことが大切です」と話す。
シニア世代に多い「自分が先立ったら残されたペットはどうなるのか」といった不安感に理解を示した上で「ご自身の入院や亡くなった時の『いざ』に備え、飼育代行サービスを探したり、掛かり付け獣医師のつてを借りたりしながら『次の飼い主』を探しておきましょう」とアドバイスする。
さらに、譲渡する場合に備えて事前に契約書を用意しておくといいと言う。「ペットが病気になったらどこまで治療を行うかなどを具体的に記しておくのが望ましい。また、定期的に内容を見直すことも大切です」と説明する。
飼育する決断をしたら、次はいよいよ新しい家族選びだ。可愛い子犬や子猫の仕草にはひかれるが、佐々木さんは「シニア世代が犬を選ぶなら、子犬より保護犬などの成犬が望ましい」と断言する。「子犬は好奇心旺盛で動きも速く、高齢者の手に余ることがあります。しつけも一からはじめることが必要です。でも成犬ならしつけが済んでいることが多く、性格も落ち着いています。成犬の方が飼いやすく、むしろ高齢者には向いているのです」。また、シニア世代は世話の全てを自分でやろうとしがちだが、近年はしつけ専門のトレーナーやペットホテルも増えている。「こうしたサービスも上手に使ってはいかがでしょうか」と佐々木さん。
実際、まるち動物病院は「ペットフードが重いので運んで」「犬の爪切りや散歩をお願いしたい」といった飼い主からの依頼を受け、動物看護師を派遣している(同院では30分、540円)。
「高齢者こそペットと暮らすべきです。健康効果はここ30年の欧米や日本での研究で証明されてきています」とペット飼育を促すのは、東京農業大教授の太田光明さんだ。近年の国内外の研究成果を具体的に示しつつ「1990年のアメリカの調査ですが、ペット(犬)を飼っていない高齢者が年間10・4回通院したのに対し、飼っていた人は8・6回にとどまったという結果も出ています。ペットは高齢者の生活の質向上にも大きな効果が期待できるのです」。散歩などで毎日、一定の運動量があることなどが奏功しているといい、「ペットを飼育する人は、そうでない人よりも高血圧などのリスクが低いとの報告もあり、将来的な医療費の抑制につながると期待できます」と話す。
太田さんはこう助言する。「大切なのはトレーニングを毎日続けること。一度しつけられた犬でも継続しないと忘れます。『お手』『座れ』『待て』という基本動作は繰り返し訓練することが大切です。そうすれば散歩中、突然駆け出し、飼い主が困ることも少なくなるでしょう」
ペットの飼育は命を預かるだけに負担はあるが、事前に準備をしておけば不安は軽減できそうだ。