塀の中で盲導犬めざし子犬を育成 受刑者たちが世話 | トピックス

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身近で起こっている動物に関する事件や情報の発信blogです。

sippo 2/6(月) 12:23配信

「がんばれよー」

「元気でな」

 犬を抱きしめ、ほおずりする人。

体をさすり、頭をなでる人。


犬のほうもひざに乗ったり、顔を

なめたりして、全身で甘えている。


 これは1月23日に島根あさひ社会復帰

促進センターでおこなわれた第8期盲導犬

パピー育成プログラムの修了式の光景だ。


33人の男性受刑者が、自分たちが10か月間

育てた6頭の犬と別れを惜しんだ。

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パピーを抱きしめ、別れを惜しむ訓練生(c)大塚敦子

 島根県浜田市旭町にある同センター

では、公益財団法人日本盲導犬協会との

協働で、受刑者が盲導犬候補のパピー

(子犬)を育てるという日本初の試みを

おこなっている。


訓練生(同センターでは受刑者のことを

こう呼ぶ)は、日本盲導犬協会から

託された生後2~4カ月の子犬と月曜から

金曜までともに生活し、週末預かる

地域のボランティアと協力しあいながら、

人といるのが楽しいと思えるような

犬に育てる役割を担う。

 このプログラムの最大の目的は、

不足している盲導犬を一頭でも多く

視覚障害者のもとに送り出すこと、

そして、そのプロセスを担ってもらう

ことで、訓練生の人間的成長を促し、

更生を進めることだ。

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修了式で、日本盲導犬協会の井上幸彦理事長に

パピーを引き渡す訓練生(c)大塚敦子


よくアニマルセラピーと混同されるの

だが、目的は訓練生の癒やしではない。

彼らが塀の中でパピーウォーカーを

務めるという社会貢献のプログラムで

ある。実際、ここで育った第7期までの

パピー40頭の中から、すでに12頭の

盲導犬が誕生し、視覚障害者の人々の

よきパートナーとなっている。

 刑事施設のなかで動物を育てるのは、

手間もかかるし、気も使う。

それでもおこなうメリットは何なの

だろうか。

 一つは、動物の存在が社会的触媒

作用をもたらすということだ。


パピーのいるユニットは他のユニットに

比べ、人間どうしのトラブルが

圧倒的に少ない。また、心を閉ざし、

内に引きこもりがちな人でも、パピーの

世話をとおして会話に参加し、だんだん

明るくなっていく。パピーの存在は

ともすればネガティブになりがちな

刑務所の人間関係のよい潤滑油と

なっている。


 とくに、盲導犬パピー育成プログラム

では、職業訓練として点字点訳を学び

つつパピーを育てる方式のため、

それまで考えたこともなかった視覚

障害者への想いが各人に生まれている

のを感じる。


社会を傷つけた人たちだからこそ、

自分たちが社会に還元できるものを

見いだすことの意味は大きい。

誰かに何かを与えられることほど、

その人のセルフ・エスティーム

(自己肯定感)を高めるものはないと

思うからだ。


 二つ目は、動物をケアすることが

人としての成長や心の回復を助ける

ということだ。

動物は相手が犯罪者であろうと

病人であろうと、自分をかわいがって

くれる人には無条件の信頼と愛情を

与える。


私は動物介在プログラムを取材して

20年になるが、動物とのかかわりが

人の立ち直りを助ける最大の理由は

それではないかと思っている。

動物に信頼され、愛されることによって、

人に心を開けなかった人が少しずつ心を

開き、忍耐と責任感を持って世話を

するようになり、いっしょに世話をする

仲間たちとのコミュニケーションも

よくなっていく。慈しむ心が涵養される

ことで、人への思いやりも育っていく。

 今回の修了式のあとで聞いた、

ある訓練生の言葉を紹介したい。


子どもの頃に両親が離婚し、ちゃんと

育ててもらえなかったと感じていたと

いうその人は、こう語った。

「パピーを育てていることを手紙で

母親に知らせたら、自分が幼かったときの

写真を送ってくれたんです。

体重が何グラムだったかも書き添えて。

パピーが夜中に吐いて、夜通し心配した

とか、いろんな苦労もありましたけど、

自分も親にこんな風にしてもらった

んだな、ちゃんと愛されて育ったんだ

なあと感じました」

 修了式のあと、パピーたちは日本盲導犬

協会の訓練センターで、いよいよ盲導犬に

なるための訓練に入った。

実際に盲導犬になるのは3割ほどで、

あとは適性に応じて家庭犬になったり、

PR犬や繁殖犬になるなどの「キャリア

・チェンジ」をする。

どの道が選ばれるにしても、誰かに

愛され、幸せに暮らしてほしい。

それが訓練生たち皆の願いだ。

(大塚敦子・フォトジャーナリスト)