sippo 10/22(土) 10:00配信
東京都大田区にある老猫ホームで
最長老だったオス猫「てつ」(22)が
10月16日、旅立った。仲良しの友「トラ」が
逝ってから1年足らず。周囲から愛された
末の大往生だった。
元気なころのてつ
◇ ◇
どこからともなく黒と白の模様の猫が
現れて、こちらを見上げている。
てつ君? 丸い頭をなでると、猫は
きゅっと目を閉じた……。
老犬や老猫を生涯預かる施設
「東京ペットホーム」に暮らすてつが、
私の夢に出てきたのは10月はじめ。
その夢から1週間ほど後、15日に
ホームのスタッフから連絡が入った。
「てつ君が危ないんです」
危篤の知らせを受け、翌朝会いに
いくと、てつはホームの代表、
渡部帝・まいこさん夫妻の自宅にいた。
居間に置かれたケージの中に横たわり、
オムツをしている。久しぶりに会った
てつは、やせ細っていた。大きな鳴き声が
トレードマークだったが、すでに鳴く力も
ない。渡部さんが見守るようにいう。
「自力で食べられず、1週間ほど前から
寝たきりになりました。でも数日前には
自分で食べて水も飲んで起き上がろうと
したんですよ」
老猫ホームは自宅と目と鼻の先に
あるが「急変もあるかもしれない」と、
自宅に連れてきたという。妻の
まい子さんがケージの横に布団を
敷いて寝ている。
目を閉じたままのてつを、抱かせて
もらった。
すでに1キロ台のようだ。でも、
命の重みがじんわりと伝わった。
「てつ君、てつ君、会いにきたよ」
話しかけると、シッポの先が動いた。
「あ、聞こえてる!?」
渡部夫妻と、スタッフの高橋さんと
一緒に揺れたシッポを見た。
「夢に出て呼びにいったのかな、
律儀な子だねぇ」と渡部さんが
穏やかにいう。
昨年9月から1年の間に、3度の
取材をさせてもらった。人間なら100歳に
相当する年齢だったが、愛らしく、
惹き付けられるおじいちゃん猫だった。
てつがホームに来たのは2015年の
1月14日。成人の日に、20歳を超えて
やってきた。
「先にトラ君(当時19歳)が来ていて、
高齢猫同士、気が合ったんです。
トラを追いかけるように2匹で遊び、
気付いたら抱き合って寝るように
なりました」(渡部さん)
てつの飼い主夫妻(80代)は
大の猫好きで、複数の猫と暮らしてきた。
だが2人で高齢者施設に入ることになり、
最後に残った高齢のてつを
高齢者施設には連れて行けず、
周囲に預ける人もなく、このホームに
託したのだった。
昨年クリスマスには、「仲良しの2匹へ」と、
飼い主さんから、てつとトラにお揃いの枕が
贈られた。だが今年1月、親友のトラが急に
体調を崩して亡くなった。それからてつに、
変化が起きたという。
「いつも2匹で寝ていたケージで眠らなく
なったんです。プレールームでトラを
探すようにぐるぐる回って大声で
ワオワオ鳴いて、床で寝ることが
多くなって」
心配した渡部夫妻とスタッフは、
少しでもてつの元気回復につながればと、
ホームで気の合うメス猫ビーちゃんと
一緒に過ごす時間を増やしてみた。
すると、てつの起きている時間が少し
「長く」なった。イキイキしたようにも
見えたという。
渡部さんが振り返る。
「少し刺激になったのかと思います。
食欲も出ました。でも老衰で目が
見えなくなり、粗相も増えた。何しろ、
トラがいる時といなくなってからでは
様子が違いました」
夏を過ぎるとガクッと体力が落ち、
10月はじめにはえさを食べなくなり、
一時的に入院した。その時、病院で
飼い主夫妻と2年弱ぶりに再会したと
いう。
もともとは生後数週間の時に捨てられ、
保護されたてつ。飼い主さんの家で
たくさんの猫たちと過ごし、その仲間を
見送り、都内の老猫ホームに住まいを
移し、そこで親友も見送った。そんな
てつが永眠したのは、10月16日朝8時。
私が会いにいった12時間後だった。
「妻の腕に抱かれて眠ったまま、
痙攣もなく、力が抜けるように、
穏やかでした」(渡部さん)
てつは、飼い主さんの要望で、
大田区のペット霊園に入るという。
ホームの仲間も何匹かそこに
眠っている。
どうか安らかに――。
もうトラ君とは会えたかな。
sippo(朝日新聞社)