【日経バイオテクONLINE Vol.2496】
2016年8月3日 08:00
ドラッグラグは臨床試験スタートの遅れ、
とりわけ最初にヒトに投与する
first in humanの段階の遅れが大きく
響いていました。そうした反省から
first in humanに特化した組織が
国立がん研究センターに設置されました。
当然ですが、最初にヒトに新薬候補の
化合物を投与することは、慎重でなければ
なりません。必然的にその前段階である
動物試験の質も問われることになります。
この動物に、研究所で飼育されている
実験動物とともに一般家庭でペットと
して飼育されてきて病気になった犬を
利用する動きが出てきました。
栄養状態の改善や有効な駆虫剤や
混合ワクチンが普及した結果、
一般家庭で飼育されている犬の寿命は
飛躍的に延びています。一方で人間と
同様に加齢に伴って病気を持ちながら
生きる犬も珍しくなくなってきました。
病気になりながら生きる老犬が増えて
いるということです。
この“疾患ペット犬”を医学研究に
使うメリットは2つあります。
1つは人工的に作られた実験動物では
ない、いわば自然なプロセスを経て
発病した動物モデルであるために
実際のヒトの病気を治療した結果を
再現しやすいというものです。
免疫抑制状態にして株化した癌細胞を
移植して作った担癌動物を自然発癌した
ヒトのモデルとすることには限界が
あります。自然発癌した犬ではこの
限界を超えられるかもしれません。
ヒトではごく稀にしか発病せず
十分な研究ができないという病気でも、
犬では珍しくないというケースが
あります。2つめのメリットはその
病気の研究材料として犬を活用すると
いうものです。例えば肉腫はヒトでは
珍しい悪性腫瘍ですが、犬ではとても
多い病気です。米国で行われたCOTC003
試験は犬の骨肉腫に対するラパマイシン
(mTOR阻害薬)の有効性を評価した
試験です。このときヒトでも同様の
試験が進行中でしたが、ヒトよりも
短期間でフェーズI/IIの結果が出たため、
そのデータがヒトのデータと統合されて
います。
農林水産省は2010年に出した通知で、
しかるべき倫理委員会に諮問して了解を
得ること、飼い主の同意を得ることの
2点を条件にペット犬を医学研究に
用いることを認めています。医薬品
医療機器総合機構(PMDA)でも新薬開発
プロセスにおいて得られたペット犬の
データをどのように評価すべきかの
検討を開始しています。
制約もあります。研究が終わっても
犬を殺して病理解剖することなど
できません。飼い主が見ているのですから。
でも逆に動物愛護団体からにらまれないの
ですから、それはかえって好都合なことかも
しれません。
遺伝的に均一な集団を作って統計解析に
必要な個体数を登録して無作為化比較試験を
行う――これも難しいでしょう。
「ペット犬のデータをどこまでヒトの
ために使うことができるのか」は
「ペット犬の病気とヒトの病気は
どこまで同じなのか」を問うことであり、
さらにいえば「ペット犬とヒトはどこまで
同じなのか」という問いかけでもあります。
それはゲノムやプロテオームや
メタボロームなどの方法を動員して
科学的に追究されてしかるべきテーマかと
思われます。そもそもペット犬の癌は
どのような遺伝子プロファイルを持って
いるのでしょうか。
課題はあるものの、ペット犬たちが
人間社会にとって新しい意味での
コンパニオンとなることが期待されて
います。