
訓練所で拳銃が入ったかばんを
捜すイルミナ号
=東京都多摩市(関口聡撮影)
」
警察犬(※1)が幅広い分野で
鼻を利かせている。
容疑者の足取りを追うだけでなく、
違法薬物や拳銃の捜索など
「一匹二役」をこなす犬が登場。
現場では科学捜査を重視し、
警察犬を使った捜査を敬遠する
雰囲気も広がるが、逆風のなか、
犬たちは進化している。
東京都目黒区にある歌手の
ASKA被告(56)の自宅。
今年5月、警視庁の捜査員に交じり、
漆黒の犬が家宅捜索に入った。
室内を嗅ぎ回る鼻が書斎で止まり、
引き出しの上段を左前脚で
トントンとたたいた。
捜査員が開けると、違法薬物を
入れていたとみられる小さなポリ袋が
二つ。
「捜査員より早く物証を
発見してくれた」。
捜査幹部は振り返る。
手柄を立てたのは
ラブラドルレトリバーのイルミナ号
(6歳・メス)。
警視庁に所属する
「ハイブリッド警察犬」だ。
イルミナ号は民間から2009年
12月に警視庁の訓練所に入舎。
大麻やコカインなど6種の違法薬物と、
拳銃のにおいを訓練で覚えた。
鑑識課によると、警察犬の任務は、
(1)臭気から容疑者を追う「足跡追及」
(2)物証と容疑者をにおいで
結びつける「臭気選別」
(3)覚醒剤など違法薬物の捜索
(4)拳銃の捜索
(5)行方不明者や死体の捜索――などがある。
ただ、育成は簡単ではなく、
これまで1匹の警察犬がこなす任務は
主に一つだったが、警視庁は昨年末、
薬物捜索と拳銃捜索など二つ以上の
技能を習得した犬を「ハイブリッド犬」と
名付け、育成に力を注ぎ始めた。
担当者は「現場に薬物と拳銃の両方が
隠されていることもあり、多様な能力が
求められている」と説明。
所属する40匹中、ハイブリッド犬は
現在4匹。今後さらに増やす予定だと
いう。
人命救助、小型犬も出動
ここ数年、徘徊(はいかい)して行方が
わからなくなった認知症の高齢者の
捜索や災害現場での人命救助に警察犬の
能力を生かす事例も増えている。
警視庁からは、広島市の土砂災害の
現場にも数匹が出動。
日本警察犬協会の江口晋二理事は
「こんな場所にいるはずない、という
先入観が犬にはなく、メリットは大きい」
と話す。
こうした活動の広がりにともない、
シェパードやゴールデンレトリバー
といった大型犬に加え、
犬種も多様化してきた。
岩手県警は12年1月、
民間で飼われている小型犬のビーグルを
採用。
行方不明者の捜索で出動している。
県警鑑識課は「竹やぶなどの大型犬では
入りづらい場所でも能力を発揮できるうえ
、小型犬は県民の好感度も高い」。
岡山県警は11年8月から2年間、
シバイヌを採用。
日本犬の警察犬は全国初という。
昨春から今春にかけて
ミニチュアダックスフント2匹を
採用したのは熊本県警。
防犯イベントへの参加が主で
、事件や災害現場での活動機会はまだないが、
飼い主の新久保美枝子さん(35)は
「小柄な体形をいかし、
いずれは災害現場などで人命を救いたい」と
期待を寄せる。
(山岸玲、小野大輔)

熊本県警の嘱託警察犬を務める
ミキティ(左)と
ベッキー(右)
=宮崎県えびの市(小野大輔撮影)
名刺作り防犯広報も
警察が警察犬の活動の幅を
広げようとしているのには
、別のわけもある。
臭気選別や足跡追及といったメーン分野で
「お呼び」がかかりにくくなっている
ためだ。
10年ほど前から、DNA型鑑定が
急速に普及。
現場の捜査員からは
「DNA型鑑定を使った方が確実」
「犬に嗅がせると貴重な物証に唾液
(だえき)が付着し、鑑定に支障が
出るおそれがある」という声も
上がり始めた。

警察犬出動件数とDNA型鑑定の推移
警察犬の強みを理解してほしい――
。
警視庁では今春、得意分野を記した
顔写真入りの名刺を全40匹分、作製。
署員らに計約5千枚を配った。
署内の研修などでも警察犬の積極活用を
呼びかける。
一般の人向けにも名刺を使って
振り込め詐欺や薬物への注意を
呼びかける。
警察犬を通じた広報活動の一環で、
これまでに約7千枚を配った。

警察犬イルミナ号の名刺
釣宏志・鑑識課長は言う。
「容疑者逮捕のための捜査と、
事件を起こさせない防犯という警察の両輪を
、警察犬にも担ってもらいたい。
人間の約4千倍と言われる嗅覚
(きゅうかく)を持つ警察犬の魅力、
能力は、まだ捨てたもんじゃない」
※1 警察犬
都道府県警が飼う「直轄犬」と、
民間の訓練所などで暮らし、
警察の要請で出動する「嘱託犬」の
2種類がある。
警察庁によると、直轄犬は神奈川、
大阪、福岡など24都道府県で
計163匹、嘱託犬は全国で
計1199匹(いずれも2013年末)。