命のバーゲンセールがある。
命を捨てていい日がある。
だから、犬を買い、そして捨てる
飼い主がいる。
そして今日も、捨てられた犬たちは
窒息死させられていく。
責任者よ出てこい--。
(編集部 太田匡彦)
2009年2月中旬の木曜日、
茨城県内のある自治体庁舎の駐車場に、
その犬は50歳前後の女性にひかれて
やってきた。
名前はベル。
8年ほど前、女性の上の子が飼いたい
といって拾ってきた、オスの雑種
だという。
いつもと変わらぬ散歩だと思うのか、
茶色いしっぽを振って女性に
寄り添うように歩く。
だが、その先に待ち受けていたのは
「捨て犬収集車」だった。
隔週の木曜日、決められた時間帯、
この駐車場には捨てられる犬と
その飼い主が集まってくる。
時には行列もできる。
茨城県による捨て犬の
定時定点収集が行われているからだ。
つまりこの場所は「犬捨て場」であり、
この日、
この時間が
「燃えるゴミの日」ならぬ
「捨て犬の日」なのだ。
定時定点収集とは、自治体が犬猫を
捨てていい場所と日時を定め、
それにあわせて飼い主が捨てに来る犬猫を、
収集車が巡回して集める制度のこと。
茨城県の場合、42カ所の「捨て犬場」
があり、捨て犬が多い地域では隔週、
それ以外は月に1度、「捨て犬の日」が
設けられている。
殺処分機で10分、絶命
収集車の荷台から保管用の
ケージが降ろされ、女性がベルを
そのなかに入れようとする。
異変を感じたのかベルは抵抗するが、
収集業者の男性と2人がかりで
押し込まれた。
なぜ8年も一緒に暮らしたのに、
捨てに来たのか。
「連れて来たくなかったのですが、
家族を噛むんでどうしようもないんです」
そう説明し、女性は立ち去っていった。
その後ろ姿を、ベルはケージのなかで
静かにお座りをし、しばらく見つめていた。
女性の家ではもう1匹、2
歳のラブラドルレトリバーを飼っていると
いう。
下の子がどうしても飼いたいといい、
ペットショップで購入してきた。
この翌日、殺処分されることになる
ベルとは大きく明暗が分かれた。
飼い主に捨てられた犬にはどんな
運命が待っているのか。
東日本のある自治体で、
殺処分の様子を取材した。
午前9時30分、
いつものように犬舎の壁が動き始め、
この日は柴犬やビーグルなど9匹の犬が
殺処分機に追い込まれた。
処分機の広さは約3立方メートル。
うっすらと明かりがともっている。
そのなかを、犬たちは所在なげにう
ろうろとし、何匹かは側面にある
小窓から、外の様子をうかがう。
処分機の入り口が閉じられると、
すぐに二酸化炭素の注入が始まる。
犬たちはまずガタガタと震え、
息づかいが荒くなる。
処分機上部に取り付けられた
二酸化炭素の濃度を示すメーターの
数値が上がっていくと、苦しいのだろう、
次第に頭が下がってくる。
1分もすると、ほとんどの犬は
立っていられなくなり、ゆっくりと
折り重なるように倒れていく。
酸素を吸いたいのか、何匹かの犬が
寝そべったまま大きく口を開く動作を
する。
助けを呼びたいのか、何とか顔を
上げようとする犬もいた。
そんな動きも注入開始から10分が
たつころにはなくなった。
犬たちは目を見開いたまま、
絶命していた。
身勝手な飼い主の実態
恐らく、自分の身の上に何が起きたのか、
理解できた犬はいなかっただろう。
なぜ、自分がこんな目に遭うのか、
わからないまま死んでいったのだろう。
殺された犬たちのほとんどが、
飼い主側の事情によって
捨てられたのだから。
こうして07年度には、
全国で12万9937匹の犬が
地方自治体に引き取られ、
うち9万8556匹が殺された。
太田匡彦
太田匡彦(おおた・まさひこ)
1976年生まれ。
98年、東京大学文学部卒。
読売新聞東京本社を経て
2001年、朝日新聞社入社。
経済部記者として流通業界などの
取材を担当。
AERA編集部記者を経て
14年からメディアラボ主査。
著書に『犬を殺すのは誰か
ペット流通の闇』(朝日新聞出版)
などがある。

全国の地方自治体で毎日、
犬たちが窒息死させられ、
焼却炉で燃やされている。
自治体にもよるが、
飼い主が捨てに来た犬は、
その翌日にはほとんどが殺処分
される。
殺処分された犬たちは
焼却炉で焼かれ、骨になる