2026年2月14日 AERA DIGITAL
哺乳類6050種のうち、約5・7%が冬眠すると考えられています。驚くべきことに、冬眠している間、臓器は傷まず、動かないのに筋肉が衰えることはありません。冬眠中の動物のからだにはどんな変化が起きているのでしょうか。名古屋市立大学教授の粂和彦氏による新刊、朝日選書『脳がないのにクラゲも眠る 生物に宿された「睡眠」の謎に迫る』(朝日新聞出版)から抜粋してお届けします。

※写真はイメージです(写真/Getty Images)(AERA DIGITAL)
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■冬眠と休眠
クマやリス、コウモリ、ハリネズミなどの哺乳類や、ヨタカ類など鳥類の一部は、冬眠をします。冬眠と睡眠は異なるものですが、似ている部分も多く、最近、その制御機構の一部がわかってきたことで、とても注目されています。いろいろなことがわかってきているため、全部紹介すると1冊の本になりそうなので、ここでは簡単に紹介します。
冬眠というのは、低温でエサが乏しい自然環境下で飢餓のリスクにさらされる状況を、体温を低下させて眠ることで、全身の代謝を抑制し、エネルギーを効率的に使って乗り切ろうという生存戦略です。睡眠との大きな違いは、数日間以上続くことと、体温が睡眠よりも大きく下がることです。また、強く刺激しても、すぐには起きません。
また、マウスなどの小動物では、休眠という現象も知られています。低温条件下で1日のうちに数時間代謝が落ちて体温が下がる現象で、英語ではトーパーと呼ばれます。休眠は、冬眠と睡眠の中間のような状態で、継続時間は1日の中で数時間程度なので日内休眠とも呼ばれ、体温低下は数℃程度で、睡眠中にも1~2℃は体温が下がることを考えると、冬眠よりは軽度ですが、中間的な状態です。また、睡眠中の脳波は高振幅徐波ですが、休眠中は低振幅になります。
哺乳類6050種のうち、約5・7%が冬眠すると考えられています。このうちクマなどの大型動物は、冬眠に入る前に食べたあと、春まで寝たままで、体温も5℃程度しか下がりません。一方、リスなどの小型の動物は、冬の間ずっと寝てすごすわけではなく、寝ぐらにエサをためておき、ときどき目を覚ましてそれを食べます。冬眠中の体温は10℃以下に下がりますが、中途覚醒時の体温は37℃ぐらいと、アップダウンを繰り返します。
こうした違いはありますが、驚くべきことに、冬眠している間、臓器は傷まず、動かないのに筋肉が衰えることはありません。冬眠中のからだにはどんな変化が起きているのでしょうか。
冬眠研究の第一人者である近藤宣昭博士は、シマリスの心拍数が、夏場が1分約400回のところ冬眠中は10回以下に、また代謝速度が平常の100分の1にまで低下することを観察し、それを可能にするメカニズムを探究しました。すると、なんと心臓を動かす機構が、平常時と冬眠時とでは大きく違っていたのです。
心臓を動かす心筋は、細胞外のカルシウムイオンがチャネルを通して細胞内に流入して収縮するのですが、冬眠していない場合に低温になると、チャネルの開閉機構のバランスが崩れてカルシウムイオンの増加を止めることができず、収縮状態が続いて凍死してしまいます。ところが冬眠中のシマリスでは、チャネルの機能がストップし、細胞内の筋小胞体の機能が増強され、筋小胞体に蓄えられたカルシウムイオンで心臓を拍動させていました。また血中の冬眠特異的タンパク質複合体が活性化するなど、冬眠時に「冬仕様の省エネのからだ」へと変化させていたのです。
1年に1回しか冬眠しないシマリスのような動物を研究対象にすると、10年単位の研究が必要です。そこで、冬眠研究のモデル動物としては、寒冷・短日条件下で1カ月以上飼育することで、いつでも冬眠するハムスター類を使うことが一般的です。
ところが筑波大学の櫻井武教授と理化学研究所の砂川玄志郎博士が、マウスの脳の一部の神経細胞群を興奮させるとマウスを冬眠そっくりの状態にできることを発見して、2020年6月に Nature 誌で報告しました。この神経細胞は、Qペプチドを分泌するため、「Q神経」と呼ばれますが、Qペプチド自身は、この現象には直接関与しないそうです。
砂川博士は2022年11月には、Q神経を活性化させてマウスを冬眠様状態に誘導した状態で、全身の血流を止めるような心臓血管手術を行っても、腎臓や血液の状態が悪化しないことを見い出しています。もしヒトにもQ神経のようなメカニズムがあって冬眠状態に安全に移行させることができれば、組織や臓器の機能を損なうことなく、大きな手術を乗り切ったり、大事故の後遺症を残さないような治療をしたりすることが可能になるかもしれません。
さらに、北海道大学低温科学研究所の山口良文教授らは、シリアンハムスターが10℃以下の低体温で冬眠するために重要な働きをする遺伝子を発見し、それがヒトのゲノムにも備わっていることを2024年9月に報告しました。今後、人工冬眠の研究も活発化しそうです。
※朝日選書『脳がないのにクラゲも眠る 生物に宿された「睡眠」の謎に迫る』(朝日新聞出版)より
【著者プロフィール】
粂 和彦(くめ・かずひこ)
1962年愛知県生まれ。名古屋市立大学大学院薬学研究科教授。分子生物学者・医師(日本睡眠学会睡眠医療指導医)。東海高校・東京大学医学部卒業、大阪大学大学院博士課程修了。立川相互病院研修医、東京大学助手、ハーバード大学研究員、タフツ大学研究員、熊本大学発生医学研究所准教授を経て現職。概日リズムと睡眠の制御機構を研究。Cell、Nature、Science誌などに論文を多数発表。睡眠障害診療も行う。著書に『時間の分子生物学』『眠りの悩み相談室』など。