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aichanの双極性日記

千歳在住の情けないおじさんです。
双極性2型で喘息で、ブログ〈Zensoku Web〉(https://aichanzw.seesaa.net/)、
note(https://note.com/aichanzw)もやっています。

「フィクサー」は日本では「黒幕」と訳される。


しかし英語にそういう意味はない。


英語では「八百長や買収をする人」という意味なのだそうだ。


けれど日本では「黒幕」のことを「フィクサー」と言う。


日本語の「黒幕」には「かげにあって画策したり指図したりする人」の意味があるが、それが「フィクサー」と言われるようになった経緯はわからない。


ここでは、「フィクサー」=「黒幕」ということで話を進めていく。


大昔は天皇を神輿(みこし)にして藤原家が政治の実権を握っていたし、武士が勃興して鎌倉幕府ができると、政治の実験は武家が握った。


明治になっても天皇は神輿に近い存在で、実権は元老たちが握っていた。


彼らを「黒幕」とみることもできるが、ここでは近世の「黒幕」について書きたい。


近世日本のフィクサーとして有名なのは、笹川良一や児玉誉士夫などだろう。


彼らは満州に渡って、大量の軍需物資や金(ゴールド)などを手にし、莫大な資産を築いた。

 


〈笹川良一〉

 


〈児玉誉士夫〉


安倍晋三の祖父の岸信介もそうである。

 


〈岸信介(佐藤栄作とともに)〉


敗戦後、彼らはA級戦犯に指定され、巣鴨拘置所に収監された。


しかし、すぐに釈放された。


GHQと取引してのことだ。


たぶん、多額の金をGHQに渡したり、米国に協力する約束をして釈放してもらったのだろう。


そして彼らは莫大な資産をもとに政治家たちを操る存在になっていった。


彼らはみな右翼思想を持っていたので、彼らがかげで支えたのは右翼思想を持つ政治家たちだった。


笹川良一は、戦前は国粋大衆党総裁で衆議院議員だった。


日本社会へのファシズムの浸透に注力した政治家だった。


戦後は、財団法人日本船舶振興会を作り、全日本空手道連盟の会長も務めた。


日本船舶振興会の会長を務めたので、「競艇界のドン」の異名で呼ばれることもあった。

 


〈競艇〉


また晩年には、「私は世界で一番金持ちのファシストである」とも言ってのけていた。


死ぬまで強烈な右翼であり、ファシストだったのである。


児玉誉士夫は米国CIAエージェントを自称し、そのくせ強烈な右翼で、暴力団・錦政会を組織した。


太平洋戦争中に海軍航空本部のために物資調達を行い、敗戦時までに蓄えた物資を占領期に売りさばいて莫大な利益を得た。


この資金で、戦後分裂状態にあった右翼を糾合し、数多くの大物政治家に政治資金を提供した。


「政財界の黒幕」や「政財界のフィクサー」と呼ばれた。 


ロッキード事件でも児玉は重要な役割を担ったが、国会に呼ばれても「知りません」を繰り返し、罪に問われることはなかった。

 


〈証人喚問を受けるため国会に向かう児玉誉士夫〉


岸信介は、満洲国総務庁次長を務めたほか、商工大臣、衆議院議員、自由民主党外務大臣、自由民主党幹事長、自由民主党総裁も務めた。 


東洋パルプ、日本再建連盟の会長も務めた。


戦犯を逃れた後は米国CIAの協力者として活動し、戦後にも権力を得た。


佐藤栄作の兄であり、安倍晋三の祖父でもある。


岸信介も強烈な右翼で、安倍晋三はその影響を大きく受けた。


安倍が日本最大の右翼「日本会議」のメンバーになって「日本会議」の考え方に大いに賛同したのは、岸からの影響と無縁ではないと思われる。


安倍は「日本会議」の進める憲法改正を応援した。


その「改正法案」は天皇を日本の元首とするものである。


日本を天皇制国家に戻そうというのだ。


今の平和憲法を捨て去り、日本を滅ぼした大日本帝国憲法に戻すということでもある。


また岸信介は、韓国の統一教会の教祖・文鮮明を日本に招き、日本での布教に便宜をはかった。


その代わり岸は、文鮮明に自民党の選挙協力を依頼した。

 


〈文鮮明と握手する岸信介〉


それが孫の安倍晋三に受け継がれた。


安倍が自民党総裁になり総理大臣になると、自民党議員のほとんどが「日本会議」のメンバーになった。


高市早苗もそうである。


高市早苗は、安倍晋三の右翼的思想を受け継いでいるバリバリの右翼なのだ。


作り笑いで国民を騙しているが、高市の腹の中には、日本を戦前に戻すという恐るべき目的がある。


高市早苗の作り笑いに騙されてはならない。

 


〈作り笑いをする高市早苗〉


「日本会議」は今や日本のフィクサーと言ってもいい存在になっている。


「日本会議」には日本の大企業の会長や社長など、財界の大物たちが参加している。

 


〈「日本会議」の幹部連中〉


自民党は彼らから多くの献金を受けている。


自民党議員のほとんどが「日本会議」のメンバーになっているのは、そのためもあるだろう。


マスコミは、そんな「日本会議」について触れたがらない。


もし糾弾などしたら、多くの大企業から広告をもらえなくなるからだ。


それをいいことに、「日本会議」は憲法改悪に向かって突き進んでいる。


高市早苗も同じである。


平和憲法を守りたいなら、日本を軍事国家にしたくなかったら、「日本会議」と自民党(特に高市早苗)を潰さなくてはならない。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.0キロ。

ドナルド・トランプの妄想と暴走が止まらない。


以前は王冠をかぶって王様のようなAI画像で登場した。

 


〈王冠をかぶったトランプ〉


「こいつ、バカなのか」と本気でそう思った。


次にベネズエラを軍事攻撃させ、大統領を拉致した。


それでいて「オレにノーベル平和賞をくれるべきだ」となどと発言した。


さらに、「グリーンランドを寄越せ」とも言いだした。


そして、イランに戦争を仕掛け、まだ戦争を続けている。


ノーベル平和賞をもらえなかったから頭にきて、自分の思い通りにならないイランをやっつけてやろうと考えたのかもしれない。


まったくおかしな奴を大統領したものだと呆れていた。


呆れるのはまだ早かった。


何と、今度はイエス・キリストのような姿で登場したのだ。


登場といっても、AIを使ってイエスのような姿になっただけだが。

 


〈まるでイエス・キリストのような姿をしたトランプの画像〉


自分はこの世で最高の存在だと言いたいのだろう。


もはや、まともな人間とは思えない。


こういう奴は、本物のバカと言うしかない。


これではブーチンや習近平と変わらないではないか。


プーチンも習近平も、領土拡張や鉱物資源の獲得を目指している。


しかし、トランプのように王冠をかぶったり誰かの真似をしたりはしない。


その点、トランプはバカだから、どうしても自分の権力を誇示したいのだろう。


こんな奴を大統領にしたアメリカ国民の良識を疑ってしまう。


まあ、トランプを支持した人たちは、まさかここまでやるとは思っていなかっただろうが。


全能の神になったとでも妄想しているのだろうか。


こういうロクデナシに大統領を続けさせてはいけない。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.6キロ。

 

誰かから注文を受けて出版物などを作っている会社や人は、


「あなたの悩みをコピーで解決させます」
「あなたの課題をデザインで解決させます」


と訴えたほうがいい。


よく見たり聞いたりするのは、


「ポスター、チラシ、イラスト、ホームページ、動画など、何でもできます」


という訴え方だが、それでは効果が薄いと思う。


出版物などに限らないが、注文してくるお客さんは、「売上を上げたい」とか「人材を集めたい」とか具体的な悩みを持っていて、けれど自分ではそれができなくて出版社やデザイン事務所などに相談するのだ。


プロなら自分の悩みや課題を解決してくれると期待しているわけだ。


そんなお客さんに、


「ポスターはどうですか? チラシがいいですか? イラストのほうがいいかな? 動画もいいと思いますよ」


などと言っても、お客さんをガッカリさせるだけだと思う。


あるいは、悩んでいるお客さんの頭をさらに悩ませてしまう。


お客さんの悩みや課題を聞き取り、


「それならホームページを作り、そこでこういうことを発信すると効果的ですよ」
「こういうイラストで会社のイメージをアピールしませんか」
「こんなチラシを作って役所や図書館など多くの市民が集まる場所に置いてもらえば効果的ですよ」


というように具体的な話をし、お客さんに成功イメージを抱かせるほうが説得力がある。


自分や会社にそのレベルのスキルがなくても、そう訴えないと仕事をもらうのは難しい。


難しい注文を受ければ、自分や会社のスタッフは考えに考えてスキルを磨く。


努力して磨かざるを得ない。


そうすることによって自分や会社のスキルレベルがどんどん上がっていく。


私はサラリーマンをやめてフリーになったとき、そのことの重要さを思い知り、上のようなことに考えが至り、クライアントには上のような訴え方をするようなった。


それ以前のサラリーマン時代からそうする傾向が私にはあったが、それがそれほど効果的とは感じていなかった。


けれど、ひとりで仕事をすると、以前よりも明確なイメージでクライアントに訴えないと仕事をもらいにくいと感じ、それで文章だらけの企画書を書くのをやめ、イメージだらけの企画書を作ったり、企画書といってもペラペラのものだけにし、あとは実物をクライアントに見せてクライアントをその気にさせることに力を入れるようになった。


そのような「イメージ」を作るには、クライアントと会う前に、クライアントのことをしっかり知っておく必要がある。


注文を受けたら、その人や会社について、調べられるだけ調べる。


私のその当時はインターネットが始まったばかりで、ネット検索などしてもほとんど無駄だった。


そのため調べるのに実に苦労したが、今はネットで簡単に調べることができるので、これは絶対にすべきだ。


調べた上で、その人や会社には何が欠けているのか、何を加えればいいのか、それにはどんなメディアを使うのが適切なのか等を考え、簡単なレプリカ(コピーやレイアウト等)を作るのだ。


クライアントと初めて会う際には、そうやって作ったレプリカを持参し、クライアントに見せて納得してもらうようにした。


ラフでもいいが、できればもう少し形になったものを見せたほうがいい。


それまで自分や会社が作った製作物の中から、そのクライアントの意向に合うと思われるものをいくつか用意してもいい。

 


〈例えば印刷物なら、最初に会ったときに最低でもこの程度のものは用意しておき、クライアントに見せたほうがいい。可能なら少し色を付けたほうがいい〉


製作に入っても、途中まで作った時点でクライアントにそれを見せたほうがいい。


クライアントには忙しい人が多いので難しいが、できるだけそうしたほうがいい。


そうしないと、製作物を完成させても、ほとんど「直し」が入る。


ときには一からやり直しになることもある。


それを避けるには、クライアントと一緒に製作するつもりで、何度も会って途中経過を確認し合って完成させるのがベストだ。


メールで確認してもらってもいいし、今はテレワークという手段もあるので、それらの方法でクライアントと何度も確認し合う。


その後、また会社員になってもそのやり方でクライアントとは頻繁に会ったり連絡を取るようにした。


フリー時代よりもそのことを重視した。


なぜなら、大きな「直し」が出たら、自分が困るだけでなく編集部員全員が迷惑をこうむるからだ。


夜中まで残業になったり、ときには部員に徹夜を強いることになる。


印刷屋にまで迷惑をかけることがある。


データを印刷屋に渡して印刷屋がすでに版(輪転機に巻き付けるもの)を作り終えていたら、「それを一からやり直してくれ」と頼むことになり、印刷屋も徹夜などすることになるからだ。


カラーものだと版を4枚作るので、4枚のその版をすべて作り直さなければならなくなる。


そうなったら印刷屋も地獄である。


だから、クライアントとの打ち合わせは、できるだけ頻繁に行ったわけだ。


最初の面談のときに明確なイメージを見せて納得してもらえても、「直し」は当たり前のように出る。


だから、クライアントとは常につながるようにして、クライアントが心の底から満足するモノを作る努力をした。


「プロの編集者なら、そんなに打ち合わしなくても素人のクライアントを唸らせるモノを作るべきだ。それができないならプロとは言えない」


と言う人もいるだろう。


確かにその通りである。


けれど私は才能のある人間ではないので、上のような方法で物作りをするしかなかった。


クライアントと一度会っただけでクライアントを唸らせるようなモノを作ることのできる人は、おそらくそんなにいないと思う。


そう思うので、以前の私のやり方を書いた。


編集をしている方の参考になればいいと思っている。


いま通所している障害者就労継続支援B型事業所の職員に上のような話をしてみたが、「それは今の事業所では難しいですね」と言われた。


それもそうだなと思った。


自らハードルを上げることになるから、働いている障害者たちに無理な努力をさせてしまう恐れがある。


働いている障害者の中にはかなりのモノを作る人もいるが、毎日通所する人は少なく、通所しても1日4時間しか働けないし、昼で帰るとか、午後から来るとか、そういう人も多い。


そんな状態では、締め切りのある注文を受けることは難しく、クライアントとのやり取りをするのも難しい障害者もいるので現実的に考えると無理だ。


けれど、一般の編集部やデザイン事務所などではそうしたほうがいいと思う。


これは他の業界でも同じではないかと思う。


形で見えるアピールほど強い武器はない。


しかし、それよりも大事なのは、クライアントとの頻繁な意見交換だと思う。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.4キロ。

私は「双極性2型障害」である。


躁期の軽い躁鬱病である。


普通の躁鬱病は、今は「双極性1型障害」と呼ばれる。

 


〈「双極性1型障害」と「双極性2型障害」の違い〉


さまざまな病名が変わってきている。


「痴呆症」は「認知症」になったし、「精神分裂病」は「統合失調症」に変わり、「成人病」も「生活習慣病」に変わった。


「成人病」が「生活習慣病」になったのはわかりやすくていいと思うが、他はかえってわかりにくくなったと思う。


「躁鬱病」のほうがわかりやすいのに、「双極性障害」なんて、聞いても何の障害かわからない人が多いだろう。


「認知症」だって、「痴呆症」のほうがよっぽどわかりやすい。

 


〈「認知症」の主な症状〉


「統合失調症」も「精神分裂病」のほうが何となくわかりやすい。

 


〈「統合失調症」の主な症状〉


どうして病名や障害名を変えるのか?


たぶん、もとの病名や障害名の響きが悪いからではないか。


つまり、悪いイメージを喚起させるからではないか。


「痴呆症になった」では、何となくバカになったかのような印象を受ける人がいると思う。


「精神分裂病」と聞いただけで、その人を恐れるようなケースもあるだろう。


今では、特に行政が「障害」とは書かず、「障がい」と書く。


「害」と書くと悪いイメージを与えると思ってのことだろう。


今後も病名や障害名を変える動きがある。


「糖尿病」を「ダイアベティス」に変更する提案がされているという。


「なんじゃそれ?」という変更である。


「非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)」は「MASLD(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease)」に変わりそうだ。


それじゃ、何が何だかまるでわからない。


「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)」は「MASH(metabolic dysfunction-associated steatohepatitis)」と変わるらしい。


これまたさっぱりわからない。


こういう変な変更は、「もとの病名や障害名の響きが悪いから」ではないだろう。


なのに、なぜ変えるのか?


「MASLD」や「MASH」という呼び方は、医者でも知らない人が結構いるようだ。


こういう変更は誰がやっているのだろうか。


彼らは何を考えているのか?


英語の名称を医者に覚えさせるためのような気もするが、それでは患者も英名を覚えなくてはならなくなる。


もうやめてほしい。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.4キロ。

「出版」のことを英語で「publication」または「publishing」と言う。


「publication」と「publishing」は、「public」から生まれた言葉である。


「public」は「公共」の意味である。

 


〈「publication」という言葉が生まれるまで/「English Battle」さんより〉


「出版」が「公共」とはどういうことか?


それは、情報を大衆に公開する行為だからだ。


出版物が発行されれば、多くの人がそれを見たり読んだりする。


あまり売れない本や見てもらえないポスターなどもあるが、それでも不特定多数の人に読んでもらうために発行するのが出版物と言える。


大衆の目にさらされるわけだ。

 


〈さまざまな出版物〉


そのことは「公共」化とも言えるので、英語圏では「出版」を「publication」や「publishing」と言うのだろう。


日本では「出版」と書く。


「版」を「出す」わけだ。


「版」とは印刷のもとになるもので、それを「出す」というのは、大衆に届けるということになる。


と解釈すれば、「出版」が「公共」と同じような意味だと考えてもいいだろう。


出版物の編集がデジタル化されたとき、パソコンによる編集作業のことを「DTP」と言った。


「DTP」は「Desktop publishing」のことである。

 


〈パソコンで行う「DTP」作業の様子〉


普通は「机上の印刷」と訳されるが、この「印刷」には「出版」の意味が込められていると思う。


「DTP」で作ったデータを印刷会社に回せば、印刷会社はそのデータからフィルムを作って版を作り、すぐ印刷に入ることができる。


だから「DTP」を「机上の出版」と言ってもいい。


この「publishing」の単語を見たとき、編集者だった私は身が引き締まった。


大衆の目のある「公共」の場にさらされるのだと思い、恥ずかしくないものを作らなければならないと、あらためてそう思ったのだ。


というより、出版物は公共物なのだと思い、覚悟を強く持たないといけないと思った。


今は小説や詩や写真や動画などを個人個人がネットで自由に発信できる。


それで金を取るのならもちろんだが、金をもらわなくても、「公共」の場にさらされる公共物なのだから、その覚悟をして発信したいものだ。


変なデザインやおかしな文章やわかりにくい文章などさらしたらみっともない。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.0キロ。

私は出版物の編集の仕事をしていたが、校正が大嫌いだった。


一字一字、原稿とゲラを見比べて確認していく作業が面倒くさく、それに目が疲れて狂いそうになるので嫌いだったのだ。


だから、校正を真面目にやったことがない。


他の部員に任せていた。


昔は原稿は手書きで、編集者はその原稿に赤ペンで文字の大きさやフォントを指定し、それを写植屋さんに渡していた。


「写植」は写真植字の略で、写植屋さんは、もらった原稿を見ながら、でかい機械の前に座り、フォントごとに作られている何十枚もの大きなプレートをセットし、指定された通りの大きさで文字を打っていく。


ガシャンガシャンと大きな音がするので「打っていく」と書いたのだが、それは撮影する音なのである。


写真植字機で狙った文字のところが真ん中に来たら、スイッチを押す(ペダルを足で踏んでいたような気もする)。

 


〈写真植字機で文字を撮影する瞬間〉


そのときガシャンという音がする。


すると、写真植字機の中にセットされている印画紙にその文字が印字される。


そうやって文字を撮影していき、全部撮影したら印画紙を暗室に持っていって現像する。


それで、白い印画紙に黒い文字の並ぶものができ上がる。


これを編集部ではカッターで切り刻み、レイアウト用の台紙にレイアウト通りに貼っていく。

 

〈印字された文字を切り刻んでレイアウト用台紙に貼っていく〉


写真やイラスト等が必要なときは、自分で写真を撮ってきたり、イラストはイラストのうまい人に描いてもらい、それをレイアウト用紙にどう配置するか決める。


文字の印画紙を貼り終えたら、写真を入れる部分やイラストを入れる部分には四角、あるいは円形の線をレイアウト用の台紙に引き、どのくらいの大きさでどの部分を使うのか指定する(トリミング)。


カラーものなら、カラーチャートという小冊子を見ながら、文字や図形などを色指定していく。

 

〈カラーチャート〉


そうやってできたものを版下(はんした)という。


昔の編集部は、アナログのそんな方法で出版物を作っていたのだ。


今は「DTP」(Desktop publishing)といって、パソコンでそれらの作業をする。

 

〈パソコンで印刷データを作る様子〉


できたデータを印刷屋に渡すと、印刷屋はすぐ印刷に進むことができる。


パソコンが登場する前はワープロが出て、記者はワープロで原稿を打つようになった。


パソコンが出てIllustratorやPhotoshopというプロ仕様のデザインソフトができると、編集者たちはそれらソフトを使ってレイアウトし、データにして印刷屋に渡すようになった。


原稿はテキストエディタで打つが、レイアウトはIllusdratorで行い、写真はPhotoshopで加工してIllusdratorで読み込んで配置していく。


写真は、当初は写真屋さんで現像・焼き付けされた写真をスキャナーで読み込んで使っていたが、解像度の高いデジカメが登場すると、写真はデジカメで撮影したものを加工して使うようになった。


小さな編集部では、昔は企画から取材、執筆、写真撮影、レイアウト、版下作り、指定と、すべて各人がやっていた。


DTPになっても、小さな編集部では各編集部員はそれらの作業をすべてひとりで行う。


分業化が進んで、取材、執筆、レイアウト、イラスト作り等をそれぞれ得意な人が担当するところも増えているが、編集部員の多くは仕事の基本的な流れを知っている。


知っているのはアナログ時代にみんな行っていた作業だからだ。


しかし今は、ほぼ完全に分業化されている編集部が多い。


だから、例えば企画はできるがプレゼンはできないとか、取材はできないとか、原稿打ちが苦手だとか、イラストを描く人が原稿を打つことができないとか、原稿を書く人がレイアウトができないとか、取材ができないとか、そういう状況が増えている。


私は、編集部員なら、すべての仕事の流れややり方を把握していたほうがいいと思う。


そのためには、編集部員がアイデアを出し合うブレーンストーミング(脳の嵐。考えて考えて頭ぐちゃぐちゃになりながら各人がアイデアを出し合うこと)や企画を発表し合う企画会議、どのように作っていくか決める編集会議を行うことが必要だ。

 

〈企画を出し合う企画会議〉


そうしたほうが、どんな人にどんな取材をすればいいのか、どういうふうに記事を書くべきなのか、記事の内容に合うイラストをどう描くべきか考えることができるし、記事の内容に適したレイアウトもやりやすくなる。


同じ考えを共有していれば、いい物作りができる。


出版物に限らず、物作りをする際はみんなで進めたほうが断然いい。


クライアントから注文を受けて製作する場合、一番大事なのは、クライアントからの最初の聞き取りだ。


聞き取りのときにクライアントから「任せるよ」と言われても、それを作る目的、誰に届けるのか、どういうデザインが希望なのか、その人や会社等のイメージカラーくらいは、無理にでも聞き取ったほうがいい。


そうしないで製作に進むと、ほぼ必ずと言っていいほど「直し」を要求される。


きちんと聞き取った上で製作しても「直し」が出るのが普通である。


聞き取りをしなかったら、「全面的に直してくれ」と言われることになりかねない。


できれば、聞き取りのときにノートと色鉛筆を持参し、クライアントの目の前でラフを描くことだ。


下手でいいから、おおよそのレイアウト等を描き、色を少し塗る。

 

〈ラフレイアウトは最低でもこの程度のものを作りたい〉


「そんな感じで」と言われたら、会社に帰ってみんなと相談し、そのラフをもとにもう少しマシなラフに仕上げ(手書きでもいいしパソコンで作ってもいい)、それを持参して再びクライアントに会って、「こんな感じでどうでしょう?」と確認するのがベストだ。それでも「直し」を要求されることが多い。

 

だから、クライアントからの聞き取りは執念深くやるくらいのほうがいい。


それをしないと、困るのは自分、あるいは編集部なのだ。


「聞き取りはこれで十分」と確信できたら、みんなと相談したり、企画を出し合って方向性を決め、編集会議で各担当と締め切りを決め、本格的な製作に入る。


そうしたほうが無駄な作業をしなくて済むし、クライアントの満足するモノを作ることができる。


私はフリーでしばらく編集の仕事をしていたから、ひとりだけで作ることの困難さを知っている。


人ひとりのアイデアなどタカが知れているのだ。


知識や知恵は、いくら持っていても持ちすぎるということはない。


みんなで知識(アイデア)を出し合えば、ひとりで考えるより絶対にいいアイデアが生まれる。


分業化が進んでも、自分たちの作るものがどういう工程で作られるのかくらいは把握しておきたいものだ。


このことは出版に限らず、物作り全般で言えることだと思う。


物作りで最も大事なのは、相手の意をしっかり汲み取ることと、仲間で相談して製作に入ることだと思う。


校正の話から大きく飛んだ。


校正も編集では大事な作業である。


私も校正について勉強し直したいと思う。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.5キロ。

日本最大の右翼である「日本会議」は、独自の憲法改正案通りに憲法を“改悪”させ、日本を戦前の軍国主義国家に逆戻りさせようとしている。


なのに、マスコミは「日本会議」の「に」にも触れたがらない。


「日本会議」には多くの自民党議員とともに多くの財界人が入会しているからだ。

 


〈「日本会議」の組織図〉


「日本会議」を叩けば、多くの大企業から広告をもらえなくなる。


それを恐れて「日本会議」に触れようとしない。


しかし、公共放送局のNHKなら、それができるのではないか?

 


国民の受信料で運営されているのだから、国民のために真実を発信すべきだ。


「日本会議」は危険だと。


「日本会議」の作った憲法改正案は日本を滅ぼすと。


高市早苗率いる自民党は、その改正案通りに、憲法を“改悪”させようとしている。


その内容は戦前までの明治憲法(大日本帝国憲法)と大差ない。


今の平和憲法を捨ててそんな憲法になったら、右翼どもが天皇をかついでまた戦争を始める。


国民は主権を取り上げられ、基本的人権が大幅に制限され、愛国心を植え付けられ、同性愛は認められず、高齢者や障害者や病人は厄介者と見なされ、女系天皇も認められなくなる。


そんな国になってもいいのか?


なってしまったら、もう終わりだぞ。


皆さん、どうか危機感を持ってほしい。


高市早苗は、自ら言っている通り“作り笑い”で国民を騙している。

 


〈高市早苗の“作り笑い”〉


台湾有事などになったら、彼女は「緊急事態条項」を発動して緊急事態宣言をし、日本人に戦争を始めさせるだろう。

 

〈「緊急事態条項」を発動させれば内閣は全能になる〉


そんなに戦争したいのなら、自分だけでやればいい。


何の責任もない国民に戦争をやらせるというその卑劣さにはヘドが出そうだ。


NHKは総理官邸と密接なつながりがあるそうだ。


安倍晋三が総理のときは、安倍のシンパを会長としてNHKに送り込んだ。


今はどうなっているのか?


NHK職員の皆さんにお願いする。


どうか、本当のことを放送してほしい。


「日本会議」がいかに危険な存在か、その示す憲法改正案が戦前の明治憲法と違わないこと、自民党、特に高市早苗が「日本会議」の考え方に共鳴して、同会議の案通りに平和憲法を捨て去って戦前までの忌まわしい明治憲法にしようとしていることを。


NKHKの職員の皆さん、権力者に逆らうのは勇気のいることだが、それがジャーナリズムの使命なのだということを思い出してほしい。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.2キロ。

京都には「太秦」という地名がある。


時代劇で使われる撮影所でもあり、東映の太秦映画村があるところでもある。

 


〈時代劇の撮影〉


「太秦駅」という駅もある。

 


〈山陰本線の太秦駅〉


ところで、「太秦」を「うずまさ」と読める人はどれくらいいるだろうか。


「日本書紀」には、この「太秦」の言葉の由来についてこう書いてある。


「秦(はた)の一族が、ばらばらに散らばっていたので秦酒公(さけくみ)はうまく統制できずにいた。そこで天皇が詔(みことのり)を出し、秦酒公のもとへ馳せ参じるようにした。秦氏は感謝の気持ちで絹を天皇に献上し、庭に“うずたかく”積んだので〈禹豆麻佐(うつまさ)〉という姓を賜った」と。


こんな由来を信じる人がいるだろうか?


京都盆地は、朝鮮半島から渡来した秦(はた)氏の集団が開拓した。


ということは、古代、京都盆地には渡来人が住んでいたのだと思う。


京都は昔から機織りが盛んで、西陣織などの織物の産地である。

 


〈西陣織〉


この「機織り」は「はたおり」と読む。


「機」をどうして「はた」と読むのか不思議だったが、京都盆地を開拓したのが秦氏だと知ったとき、「はた」はそこから来たのか、と納得した。


話が脱線したように思うかもしれないが、そうではない。


「太秦」には「秦」という文字が入っている。


とすれば、この地名も「秦氏」と関係があるのではないか、とそう思ったのだ。


秦氏は、自分たちは秦の始皇帝の子孫だと言っていたそうだ。


たぶん嘘だろう。


始皇帝の子孫と言ったほうがハクが付くと考えてそう言っていたにすぎないと思う。


古代、朝鮮半島から渡来した人の中には、「漢氏」(あやうじ)と名乗る集団もいた。


彼らは「漢人の子孫」と称していた。


これも怪しい。


「太秦」に話を戻す。


「ウズマサ」とは古代朝鮮語なのではないか。


古代朝鮮人たちは日本人よりも早く漢字を知って取り入れた。


古代日本に漢字をもたらしたのは古代朝鮮人たちなのである。


それはそうと、「ウズマサ」が古代朝鮮語だとすると、それになぜ「太秦」という漢字を当てたのか?


「太秦」という漢字には、「ウズマサ」に通じるような発音はないと思う。


古代朝鮮語で「ウズマサ」がどういう意味なのかわからないが、「太秦」という漢字を当てたほうがいいいような意味が「太秦」という漢字にはあるのではないか。


あるいは、日本列島に渡来して京都盆地を開拓してから、「ここは俺たち秦氏の土地だ」という思いを込めて、「太秦」という地名にしたのではないか。


「太い」「秦氏」と並べれば、秦氏にとってはめでたい地名になったのかもしれない。


飛鳥時代の飛鳥の人口の8割は、渡来人かその子孫だったとわかっている。


奈良は、朝鮮語の「ナラ」と同じ発音である。


「ナラ」は朝鮮語で「クニ」の意味だ。


奈良に平城京を造営したのは元明天皇である。


それまでの都だった藤原京から遷都して奈良に平城京を造った。


「日本書紀」では「ナラ」を「乃楽」と書いている。


「万葉集」では「平」「名良」「奈良」と表記している。


いずれも「読み」は「ナラ」である。


私は、この「ナラ」も古代朝鮮半島の言葉だったと思っている(ちなみに、「アスカ」も古代朝鮮語らしい)。


平城京を造るときに土地を「平(なら)した」から「奈良」と名付けたとかいう説もあるが、古代朝鮮語の「ナラ」から取ったと考えるのが最も素直だと思う。


しかし、自分たちの国の都に、「クニ」(ナラ)なんて名前を付けるだろうか?


当時の権力者たちの多くは渡来人かその子孫だったので、「ナラ」が「クニ」の意味だと知っていたはずだ。


天皇がそれを知らず、「ナラ」という言葉にめでたい響きを感じて「奈良」にしたのか?


違うと思う。


天皇家自体、渡来人かその子孫だと私は思っているからだ。


つまり天皇家は、日本を征服し、その都にふるさとの言葉「ナラ」を冠したのではないか。


古代の朝鮮半島は、主に3つの国に分かれていた。


高句麗(こうくり)、新羅(しらぎ)、百済(くだら)がそれである。


新羅と百済に挟まれた地域(朝鮮半島南部)には、加羅(伽耶ともいう)という小国家群があった。


古代日本人は、その加羅と親しく貿易をしていた。


余談を書くと、昔の日本人は舶来品を「カラもの」と呼んでいた。


それは、日本人が初めて貿易した相手が加羅だったので、舶来品のことを「カラもの」と呼ぶようになり、それが後世になっても使われたのだろう。


朝鮮半島南部の加羅と日本列島の北九州は同じ文化圏にあって、同じ民族が住んでいたようだ。


「日本書紀」などを読むと、日本の使節が朝鮮半島に行く際、高句麗や新羅の場合は通訳を付けたが、百済や加羅への使節には通訳を付けなかった。


ということは、加羅と百済と日本の北九州地方は同じ言語か、かなり似ている言語を使っていたのだろう。


加羅は新羅に滅ぼされた。


その後の日本の天皇は、「ありし日の加羅」と、滅びる前の加羅を偲んでいる。


まるで自分の母国が滅ぼされたかのような偲び方ではないか。


加羅が滅ばされた直後、日本の関西地域に巨大な前方後円墳が次々と造られた。


大山古墳などだ。

 


〈大山古墳〉


それまでも前方後円墳は築かれていたが、大山古墳などのように巨大なものはなかった。


私は、それら巨大古墳を造らせたのは、加羅の王族たちではなかったと思っている。


加羅から逃げてきて古代日本を征服し、巨大な権力を手中にしたのではないか。


教科書によく載っている「大化の改新」は、豪族を中心とした政治から天皇中心の政治へと変えた改革だった。


それを行ったのは、中大兄皇子(なかのおおえのみこ。後の天智天皇)と中臣鎌子(なかとみのかまこ。後の藤原鎌足で藤原氏の祖)である。


彼らふたりは、強い権力を握っていた蘇我入鹿(いるか)を暗殺し(「乙巳〈いっし〉の変」)、蘇我氏を滅ぼして天皇中心の政治を始めたとされる。


もっとも、この当時は「天皇」という呼称はなく、「大王(おおきみ)」と呼ばれる者が後の天皇の立場にいた。


私は、「乙巳の変」は中大兄皇子と中臣鎌子によるクーデターだったとみている。


つまり、蘇我入鹿は「大王」だったと思っている。


当時は複数の豪族が順番に大王になるような仕組みになっていたのではないかと思う。


「ヤマト王権」の「ヤマト」を「大和」と表記したのは、複数の豪族が「大きく」「和する」意味を込めたのではないか。


それで「乙巳の変」のときは蘇我入鹿が大王だったのだろう。


蘇我氏は、日本の先住民族か、あるいは最も早く日本列島に渡来した人たちだったと思う。


それに対して中大兄皇子と中臣鎌子は、たぶん百済から遅くに渡来した王族だったのではないかと私は思っている。


中大兄皇子は、天智天皇になってから、新羅と唐の連合軍に攻められている百済に大量の救援軍を送っている。


とうてい勝ち目のない戦に日本から大量の軍隊を派遣するだろうか。


私は、天智天皇と藤原鎌足の両者、あるいはどちらかが百済の王族だったのだと思う。


百済には、彼らの親族がいたのではないか。


だからこそ、勝ち目がないと知りながら救援軍を派遣せざるを得なかったのだろう。

 


〈天智天皇は百済に救援軍を送った〉


天智の次は天武が天皇になった。


このあたりから天皇家は一系になったと思っている。


それまではいくつかの豪族が争い合っての権力闘争が続いていたのだと思う。


余計なことまで書いてしまったようにも思うが、これらのことから、天皇家は古代朝鮮出身者だと私はみている。


だからこそ、懐かしい「ナラ」という言葉を、征服した日本という国の都の名前にしたのではないか。


「太秦」の話から「奈良」にまで話が及んでしまった。


では、「京」も古代朝鮮語なのか?


これは違うと私は思っている。


「京」という漢字には、「高いところに建つ」というような意味があるそうだ。


今の中国には「北京」という首都がある。


「南京」という都市もある。


だから、日本の「京」は中国語から取ったものではないかと思う。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.2キロ。

私は何度か「?」(疑問符)と「!」(感嘆符)の後に一字開けたほうがいいと書いてきた。


だからまた書くのもどうかと思ったが、ネットで目にする文章のほとんどが上のルールを守っていなので、また書くことにする。


では、疑問符と感嘆符の後に一字開けたほうがいいのはなぜか?


そうしたほうが読みやすいし見やすいからだ。


例を出そう。


「あなたの仕事は何なの?え?編集!ホント?」


この文章を見て違和感を覚えない人が多いと思う。


そういう書き方(打ち方)や、こういう文章を読むのに慣れているせいだろう。


しかし、ちゃんとした編集者のいる編集部や出版社がそれを印刷に回すとしたら、次のように直される。


「あなたの仕事は何なの? え? 編集! ホント?」


前のような文章を打ち慣れている人や読み慣れている人には、ちょっと間が抜けて見えるかもしれない。


しかし、日本語の文章の文字組みでは、「?」と「!」の後に一字開けるのが原則なのである。


これは編集者や記者としての知識の基本の「キ」なので、広く公開する文章を書いたり打つ場合はそうしないと軽く見られる恐れがある。


ただし、見出しなど大きな文字のコピーなどでは、一字開けると間の抜けた印象になることがあるので、そういう場合は半角だけ開ける。


ちなみに、小説の文章や新聞記事などは一画一画に一字ずつ書いて(打って)いくが、チラシやポスターなどになると、大きな文字のコピーは字間を詰めることが多い。


そうしたほうが締まって見えるからだ。


要は、見やすくて読みやすく見栄えがこいいと感じてもらえるように工夫したほうがいいのである。


けれど、例えばポスターのなどの大きな印刷物で、「NOTE」といった短い見出し(特に外国語)をデカデカと配置するとする。


そういう場合は、敢えて「N O T E」と全角アルファベットで字間を開けて文字を配置することもある。


そのほうがデザイン的に目立つしはバランスがよくなったりするのなら、そうしたほうがいい。


そのため、プロ仕様のレイアウトソフトやデザインソフトには、字間を調節する機能が必ず付いている。


「?」と「!」の説明に戻ろう。


日本語の文章では、読点(「、」)や句点(「。」)がほぼ必ずある。


「、」にしろ「。」にしろ、一画の左下にちょんと小さくあるだけなので、パッと見には一字開いているように見える。


読点(「、」)は、昔の人は文章を音読していたので、それで息継ぎをするところに付けたのだろう。


読点は息継ぎするところだけでなく、ひとつの文章(センテンス)の意味をよりわかりやすく読み手に伝えるためにも使う。


今の時代は後者の目的で読点を打つことが多い。


例えば、「私はアメリカ人の好みそうな風景に似合う真っ白くて大きな建物を愛する」という文章があるとしよう。


これを読むと、「私はアメリカ人」とまず読むので、読み手は「この人はアメリカ人なのか」と思うかもしれない。


しかし、次に「の好みそうな風景」とつ続くので、「何を言いたいの?」と思われる恐れがある。


最後まで読まないと意味がわからない文章なのだ。


しかし、次のように読点を入れれば、すんなり読むことができ、読み手を惑わせることもない。


「私は、アメリカ人の好みそうな風景に似合う真っ白くて大きな建物を愛する」


ちなみに、このことも何度か書いてきたのでまた書くのもどうかと思うが、念のため簡単に説明することにする。


「私は、アメリカ人の好みそうな風景に似合う真っ白くて大きな建物を愛する」


の文章の場合、「主格」は「私」で、「述語」が「愛する」である(日本語の主語は、欧米語でいう主語とかなり違うはたらきをするので、今は主語ではなく「主格」と呼ぶ)。


そして、この文章では「建物」を「目的語」と言う。


その目的語を説明する言葉を「修飾語」と言う。


上の文章の「修飾語」は、「アメリカ人の好みそうな風景に似合う」と「真っ白くて」と「大きな」の3つである。


これを逆に並べて上の文章を書き換えてみよう。


「私は、大きな真っ白くてアメリカ人の好みそうな風景に似合う建物を愛する」


どうだろうか?


何か違うとは感じないだろうか?


初めの文章と比べてみてほしい。


「私は、アメリカ人の好みそうな風景に似合う真っ白くて大きな建物を愛する」


前の文章よりもこのほうがさらりと読むことができると感じないだろうか。


「修飾語」は、長いものから順に並べたほうがいいというのも、文章を書く場合の基本なのである。


そのほうが読みやすいし、わかりやすい文章になるのだ。


どうしても「白くて大きな」から書きたいというなら、次のようにしたほうがいい。


「私は、大きな、真っ白くて、アメリカ人の好みそうな風景に似合う建物を愛する」


このように読点を打つことで読みやすくなる。


こういう読点の打ち方はお勧めできないが…。


次に、句点(「。」)は、言うまでもなくひとつのセンテンスの終わりを示すマークだ。


この句点がないと、文章がどこで終わっているかわからず、ひどく読みにくい文章になる。


昔の日本人は、読点も句点も打たずに文章を書いていた。


漢文がそうだから、日本人が初めて知った言語である漢文にならって、読点や句点を入れようとは思わなかったのだろう。


いつから読点や句点を打つようになったかはわからない。


たぶん明治時代だと思う。


そして現代では、長い文章なら読点のない例はまずない。


句点のない文章もない。


読点と句点を打つことで、見やすくて読みやすくてわかりやすい文章になるのだ。


なぜかというと、読点と句点の部分が一字開いているように見えるので、文章に切れ目ができ、見やすくて読みやすく、理解しやすい文章になるからである。


ここで、冒頭の例文に戻ろう。


「あなたの仕事は何なの?え?編集!ホント?」


これでは、文章がどこで切れているかわかりにくい。


「あなたの仕事は何なの? え? 編集! ホント?」


このように疑問符(?)や感嘆符(!)の後に一字開けると、そこで文章が切れている、終わっているとすぐわかる。


これは読点(「、」)と句点(「。」)と同じような効果を持つ。


このことは本当に基本の「キ」なので、文章を書く(打つ)ときはぜひ守ってほしい。


疑問符や感嘆符には、全角文字ではなく半角文字もある。


普通の文章であれば、半角の「?」や「!」よりも全角の「?」や「!」と書いたほうが見栄えがいい。


パソコンでは半角で打つほうがやりやすいので、半角で打つ人が多いようだが、できれば全角で打とう。


例えば「いち」と打って変換しても「1」はなかなか出てこない。


私は、「1」から「9」まで単語登録している。


そうすればすぐ変換できる。


ただし、「!!」や「!?」と全角で打つと、間伸びした印象になるので、疑問符や感嘆符をふたつ並べるときは半角で打つ。


「!?」とか「!!」のように、半角で打ったほうが見栄えがいいことがわかるだろう。


その場合も、その後は一字開けたほうがいい。


英語などでも、この基本は守られている。


また英文などでは、コンマ「(,)」とピリオド(「.」)を打つ。


日本語文章の読点と句点と同じ役割を持つ。


もしかすると、日本語の文章に読点と句点を取り入れたのは英文を真似たのかもしれない。


(もしかすると、将来の日本人は英文の書き方にならい、単語と単語、文章の区切りを少し開けて文章を書く〈打つ〉ようになるかもしれない。例えば「いつから読点や句点を打つようになったかはわからない たぶん明治時代だと思う そして現代では、長い文章なら読点のない例はまずない 句点のない文章もない」というように)


なお、「?」や「!」の後に一字開けて書いて「?」や「!」が文章の最後にくる場合、次の行が一字下がってしまう。
例えばこうだ。

あなたの仕事は何な
の? え? 編集!
 ホント?

こうなると「ホント?」で行変えしているように見える。


小説などの長い文章を書くときは、段落の初めを一字下げる(このことについては小学校で習うので説明しない)。


そのように、つまり段落が変わったように見えてしまうので、このようになる場合は以下のように書く(打つ)。

あなたの仕事は何な
の? え? 編集!
ホント?

見やすく、読みやすく、わかりやすく、そして見栄えが良くなるように書く(打つ)習慣をぜひ身に付けてほしい。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.3キロ。

私は何度も、日本最大の右翼である「日本会議」が作った憲法改正案に、「天皇は元首」と明記されていることを書いてきた。


自民党議員のほとんどは同会議のメンバーで、その「憲法改正案」に賛成している。


特に安倍晋三が「日本会議」の憲法改正に大賛成で、その影響を強く受けた高市早苗も「日本会議」の作った案通りに憲法を変えようとしている。

 


〈笑顔で憲法改正を訴える生前の安倍晋三〉


天皇を元首にし、主権在民でなくし、国民の基本的人権を大幅に制限し、国民に愛国心を植え付ける教育に力を入れ、自衛隊を「国軍」という軍隊にしようとしている。


まるで、戦前までの大日本帝国憲法(明治憲法)である。


高市早苗は、「一年以内に案をまとめる」と言った。本気なのだ。国民の半分以上が憲法改正には賛同している。


それで強気になっているのだろう。


しかし彼らは、どう改正されるのか知らないで憲法改正に賛成しているのだと思う。


もし台湾有事になどなったら、高市早苗は「緊急事態条項」を発動して「緊急事態宣言」をし、内閣を全能にし、誰の意見も聞かず憲法を変え、日本を軍事国家にするだろう。


核武装するかもしれない。


徴兵制を復活させるかもしれない。

 


〈高市早苗も“作り笑い”で憲法改正を訴えている〉


それを憂えて、私は安倍批判、日本会議批判、高市批判をずっと続けてきた。


すると、以下のようなコメントが届いた。


「天皇は元首ですよ。日本には元首がいないのか? そんなことはないですよ。天皇が元首です。総理大臣は天皇が任命するわけで、天皇がナンバー1で総理大臣はナンバー2です。なので総理大臣が元首は無理がある。立憲君主国では君主が元首です。イギリスもベルギーもオランダもそうです。日本も同じです」


この人はたぶん右翼的考え方を持っているのだろう。


平和憲法とも呼ばれる今の「日本国憲法」を見ても、「元首は天皇」などという記述はない。


識者も、「憲法上、主権者が国民であることははっきりしており、天皇は、主権者で も統治権の総攬者でもない。 そういう意味では、象徴天皇は元首ではない」と明言している。


私は、高市早苗などのゴリゴリの右翼が、戦前までのように天皇をかついでまた戦争を始めるのではないかと不安なのである。


「日本会議」は、「昭和十年代が日本で最も良かった時代だ」と言う。


昭和十年代は、日本軍が中国大陸で大勢の中国人を殺戮していたときであり、無謀な太平洋戦争を起こしたときでもある。


その昭和十年代に日本を逆行させようとしているのだ。


日本国民なら、絶対に阻止しなくてはならない。


今の皇室なら、天皇自身が元首になどなることを拒むと思う。


しかし、高市などのゴリゴリ右翼が無理やり元首にしてしまう恐れが多分にある。


そうなったら日本はまた滅ぶかもしれない。

 


〈この「平和憲法」を私は守りたい〉

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.8キロ。