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aichanの双極性日記

千歳在住の情けないおじさんです。
双極性2型で喘息で、ブログ〈Zensoku Web〉(https://aichanzw.seesaa.net/)、
note(https://note.com/aichanzw)もやっています。

先日、「日本年金機構」から大型の郵便が私に届いた。

 


封を開けてみると、「返還請求」という大きな文字が見えた。


「何事か?」と思って封筒の中から書類を全部出すと、その中に振込用紙も入っていた。


どういうことかと書類を読んでみたら、「年金を払いすぎたから返還してくれ」という内容だった。


「はあ?」と私は怒り心頭に発した。


「払いすぎた?」


そんなのこっちは知らないよ!


「そのぶん返還しろ?」


そっちの責任で支払いすぎたのなら、そっちでどうにかしろよと思った。


もらった年金はもう全部使ってしまった。


なのに今さら返せと言われても困る。


まったく頭にくるったらない!


そもそも「日本年金機構」というのは、厚労省が作った特殊法人である。


役人だけでは年金の処理ができないから作ったと言いたいらしいが、年金の財源がないくせに、よくもそんな特殊法人を作れたものだ。


特殊法人とは、「国が資本金の2分の1以上を出資している法人」である。


独立行政法人も同じ。


政府関係機関、国立大学法人等という存在もそうである。

 

われわれの税金をそんなふうに使っていいのだろうか?


多額のその税金の多くは、厚労省や他の省庁からの天下りの給料や退職金に充てられる。


多くの特殊法人等は天下りのために作られたと言ってもいい。


そんな法人のために、なぜまた我々国民が金を払わなければならないのか。


国からもらう多額の財源でどうにかしたらいいだろう。


年金機構はミスをしたのだから、その尻拭いは自分たちですべきだ。


もう頭にくるったらない!


日本には、特殊法人が2024年4月現在、34もある。

 

 

〈特殊法人〉


独立行政法人にいたっては、2025年4月現在、86も存在する。

 


〈独立行政法人〉


みんな役人の天下り用の組織だ。

 

税金食い虫だ!


こんなの全部撤廃すれば、国家予算は膨れ上がり、福祉政策などの充実が実現するだろう。


ついでに、日本学生支援機構(JASSO)についても書いておく。

 


この独立行政法人は、学生に奨学金を貸したり給付する組織である。


私の息子と娘が大学に進学したときは給付型はなく貸与型しかなかった。


返済能力のない若者に金を貸すはずがないと頭からそう思っていた私は、元妻が「奨学金を借りる」と言ったとき、返すのは親なのだからと思い、日本学生支援機構から奨学金を借りることに同意した。


当時の私は鬱がひどく、頭が常にボーッとしていたから、深く考えることができなかった。


もし鬱でなかったら、日本学生支援機構について調べ、返済能力のない学生に貸し与えるのだと知って、奨学金を借りるのをやめたと思う。


息子と娘が大学生になると、毎月、定額の奨学金が元妻の口座に振り込まれた。


私は息子と娘の口座に振り込まれているのだと思っていたのだが、そうではなかったのだ。


このことも、鬱だったせいで確かめることをしなかった。


息子と娘も大学を中退した。


すると元妻は、「中退じゃなく休学にしなさい」と息子と娘に言った。


そのとき私は、元妻が息子と娘の復学を期待してのことだと思った。


しかし違った。


中退すれば奨学金の支給は停止されるが、休学なら停止されない。


そうすれば元妻の口座にはそれまでと同じように奨学金が振り込まれる。


元妻はそれを狙って「休学にしなさい」と言ったのだ。


その奨学金を元妻は飲み代やブランド物代に使っていた。


元妻と離婚してから、息子と娘が奨学金の返済をしていることを知った。


その返済額はかなりの額で、それが40歳くらいまで続くと知って私は仰天した。


息子と娘が大学を中退したのは、このまま大学生活を続けたら返済額がもっと大きくなると恐れたからだったのかもしれない。


鬱だったとはいえ、まったく私はバカだった。


そのことについてツイッター(今のX)に詳しく投稿したら、ひとりのおじさんがコメントしてきた。


「日本学生支援機構の奨学金の利息はそんなに高くない。あなたは勘違いしている!」といったコメントだった。


また投稿すると、同じおじさんがまたコメントしてきた。


「利息が●パーセントだとすると毎月の返済額は●万円にしかならない。ウソを書くな!」と攻撃的なコメントだった。


そのおじさんは日本学生支援機構の関係者だったのだと思う。


それで日本学生支援機構から娘に届いた返済請求の書類を撮影した写真を投稿したら、そのおじさんからのコメントが止まった。


その後、日本学生支援機構は給付型の奨学金制度を作ったが、それは私のような人からの苦情がたくさん寄せられたからではないかと思う。

 

〈今は貸与型だけでなく給付型もある〉


だいたいにして返済能力のない若者に多額の金を貸すことがおかしい。


卒業してからすぐ就職できたとしても、月に数万円もの返済をするとなれば、若者たちは結婚もできないだろう。


就職できなかったらもっと悲惨なことになる。


日本学生支援機構という独立行政法人は、そういう不法で非情な組織なのである。


お子さんの大学進学で奨学金を借りようと考えている親御さんたちは気をつけてほしい。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.8キロ。


今日5日は、亡くなった愛犬アイルの月命日。


1ヵ月後の5日は6回目の命日。


アイル、早く会いたいよー。


早く死にたいよー。

 

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.1キロ。


〈最近の日本の小説〉


小説を英語で言うと「novel」または「fiction」となる。


「fiction」はフィクションで、ノンフィクションではなく架空の物語ということだろう。


「novel」には、「新しいもの」「新奇なもの」「奇抜なもの」という意味がある。


「novel」と呼ぶ場合、それはもともとは「新奇な物語」ということなる。


では、それを日本ではなぜ「小説」と呼ぶのか?


文字だけ見ると、「小さな説」のことかなと思う。


しかし、多くの「小説」は別に何かの説について書いたものではない。


調べてみると、「小説」という呼称を初めて使ったのは坪内逍遥のようだ。


坪内は西洋の文学形態の変遷を踏まえ、『小説神髄』で「novel」の訳語としたのだそうだ。


「小説」という言葉は、個人が持つ哲学的概念や人生観などの主張を、一般大衆により具体的にわかりやすく表現して示す「小編の言説」という捉え方から生まれたもののようだ。


君主が国家や政治に対する志を書いたものを「大説」と呼んでいたので、個人の書いたものを「小説」と呼ぶことにしたのかもしれない。


ところで、「小説」と呼ばれるものの中には「物語」と呼ばれるものもある。


「物語」の「物」には、昔は、事柄、出来事、道理、筋道、感情、思い、霊的な存在、妖怪といった意味があった。


だから「物語」は「(何らかの事柄や出来事)を語った」という意味だったろう。


昔の日本には文字がなかったから、語部(かたりべ)と呼ばれる古老たちが、昔から伝わる「物語」を暗記していてみんなに語って聞かせていた。


文字ができると、「物語」は広く民衆に伝わった。


「小説」と「物語」に違いはあるのだろうか?


以前は、「小説」と「物語」の間には明確な違いがあるとされてきた。


英語では「物語」のことを「story」と呼ぶ。


「novel」や「fiction」と「story」に違いがあるとすれば、呼称が違うだけではないだろうか。


「story」的に「novel」や「fiction」を書けば、それは「小説」や「物語」と呼んでいいのではないか。


念のため調べてみると、「“話の展開に内容から導かれる必然性があるもの”が小説であり、“内容とはかかわりなく偶然のつながりによって話を進めてゆく”のが物語」という何だかよくわからない説明が書かれていた。


その説明には、「 言い換えると小説は『虚構の連続性と因果律のある話の構造』を持たねばならないことが条件とされた」と続く。


これまたよくわからない説明だ。


「(現代では)何をもって小説とするかは一概に決めることはできない 」という。


昔はややこしい区別があったが、現在はそんな区別がなく、「小編の言説」だろうが「フィクション」だろうが「新奇な物語」であろうが、何だって「小説」や「物語」と呼んでいいのだ。


私的には、文学書ならみな「小説」や「物語」と呼んでいいのではないかと思う。


「文学」は文芸とも言い、言語によって表現された芸術のことである。


芸術的とはとても言えない「小説」」や「物語」もあるが、それは稚拙な「小説」」や「物語」ということで納得すればいい。


ところで、「文学」には、「小説」」や「物語」のほかに詩、戯曲、脚本、随筆、評論などが含まれるという考え方もある。


「エッセイ」(随筆)や評論までをも「小説」」や「物語」と同列にしないほうがいいと私は思う。


せめて「エッセイ」と「評論」は「小説」」や「物語」と区別すべきではないだろうか。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+4.2キロ。


旧優生保護法によって強制的に避妊手術を受けた人たちがいる問題で、最高裁が違憲判決を決めた。


これで、強制的に避妊手術を受けた人たちが少しは救われる。


しかし、少しである。


避妊手術をすれば子どもを作れなくなる。


その損害というか悲劇はどうやっても拭えない。


旧優生保護法とは、戦後間もない1948年に制定され、48年間施行されていた「優生保護法」のことである。


1996年に改正されて、現在は「母体保護法」となった法律だ。


旧優生保護法の第一条には、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命・健康を保護することを目的とする」と定められている。


この法律により、障害等を持った人に国は強制的に避妊手術を受けさせた。


信じられない悪逆行為である。


人権無視どころではない。


死刑を宣告して人を殺すよりもひどいことではないか。


私が以前に通所していた障害者就労継続支援B型事業所には、「障害者は子どもを作るべきじゃない」と力説していた女性がいた。


「どこが障害者なんだ?」と思うくらい元気で、しかも生活保護を受けているから、よほど口がうまくて自治体職員を騙しおおせているのだろう。


彼女は、「障害者が子どもを作ればその子どもも障害者になる。その子どもの面倒を誰がみるの? 障害者は子どもを作るべきじゃない!」といつも言っていた。


それに対して私は、「障害者が子どもを作ってもその子が障害者とは限らないでしょ。もし障害者だったら、社会全体でその子を守っていけばいい」と言った。


しかし彼女は、「そんなの無理無理!」と受け入れなかった。


イジメについても、いじめっ子を肯定するようなことを言っていた。


「いじめられっ子はいじめられる原因があるからイジメにあう。いじられっ子はその点を直さなくちゃいつまでもいじめられる」と言ってはばからなかった。


私はイジメやパワハラは犯罪だと思っているので、「いじめっ子をまず潰すべきだ」と言っても話をそらしてまともに答えなかった。


自分に都合の悪い話題になると話を逸らすクセが彼女にはあるのだ。


彼女の娘は愛知の小さな国立大を出て作業療法士か何かになっていて、そのことを彼女はいつも自慢していたのだが、「国立大といっても偏差値の低いところがたくさんあるからね」と私が言うと、不利になるのを予感して話を逸らした。


彼女は職員にパワハラまでした。


それは凄まじいパワハラだった。


私は彼女に「パワハラしたのは事実なんだから職員に謝るべきだ」とLINEしたが、彼女はパワハラにはまったく触れず職員の悪口ばかりのメッセージを返してきた。


障害者就労継続支援事業所というのは障害者を雇うと国から莫大な給付金を毎月もらえるというおかしな存在だ。


そんな莫大な給付金を出す余裕があるなら、国や自治体が障害者就労継続支援事業所を作り、公務員が職員として働けばいい。


なのに国はそれをせず、そういうことは民間に丸投げする。


だからいろいろな問題が起きる。


パワハラおばさん(彼女のことを私はそう呼んでいる)のパワハラもそのひとつだった。


発端は些細なことだった。


しかし、パワハラおばさんは障害者就労継続支援B型事業所に対して常々不満を抱いていたから、それが爆発したのだ。


職員としては、障害者が通所してきてくれるおかげで給付金がもらえ、そこから給料がもらえる。


しかも通所してくるのはみんな何らかの障害者であり、障害者虐待などをしたら大問題になる。


それでつい障害者に甘くなる。


障害者がワガママを言ったりミスをしても怒ることもできない。


いわば弱い立場にいるのだ。


その弱い立場にいる職員に対して、パワハラおばさん強い立場から攻撃し罵倒しバカにしつづけた。


どうせ反撃されないだろうという安全地帯からのパワハラだった。


しかし追い詰められた職員は「じゃ、帰れば」と言ってしまった。


するとパワハラおばさんは思いもしなかった反撃をされ一瞬、言葉を詰まらせ、「あ、そう。じゃ、あたし帰る。送ってって!」と言ったが、その後もその職員を罵倒しつづけることをやめなかった。


ついには「あんた! 障害者についてなに学んでるの? どんな本読んだか教えなさいよ! 読んでないっしょ! バカじゃない!」とまで言った。


そして社長を脅して金を巻き上げて事業所を辞め、千歳から札幌に引っ越した。


そういうパワハラおばさんが障害者について詳しいかというそんなことはない。


その事業所にはリウマチで障害者手帳2級の人がいた。


その人のことをかげで「たかがリウマチのくせに!」とよく罵っていた。


リウマチのことを何も知らないんだなと思った。


知的障害の子もいた。


「あの顔みればわかるっしょ。頭は幼稚園」と彼女をバカにしたこともある。


事業所に来ても「眠い眠い」と言ってろくに作業しない人もいる。


障害のためか、それとも薬のせいでそうなるのだろう。


その人については「眠いんなら来るなってちゅうのよ!」と手ひどい。


そういう人だから、障害者について詳しいとはとても言えない。


なのに職員には上から目線で「あんた! 障害者についてなに学んでるの? どんな本読んだか教えなさいよ! 読んでないっしょ! バカじゃない!」とまで言ったのだ。


異常とも思える性格の持ち主なのだ。


障害が遺伝することがあるのは事実だ。


だからといって避妊手術を強制したり、子どもを作るなと言うのは人権的に見て暴挙である。


障害者であっても子どもを作ってほしい。


少し前、NHKで放映していたドラマに、ダウン症の子どもたちが出演していた。


河合優実が主演で、弟がダウン症で、その弟がダウン症仲間とともにレストランのウェイターとして働いていた。


演技が実に自然で、ダウン症の人にはこういう道もあるなと思った。


また障害者の中には、特定のことにものすごい才能を持つ人がいる。


サヴァン症候群という。


例えば山下清は知的障害なのに素晴らしい絵を残した。


また「SEKAI NO OWARI」のFukaseは何かの精神障害で入院したこともあるが、素晴らしい曲を作り、素晴らしい声で歌う。


イチローはアスペルガー症候群なのに世界一と言っていいベースボールプレイヤーになった。


アップルの創始者のスティーブ・ジョブスも、相対性理論を考えたアルバート・アインシュタインもアスペルガー症候群だった。


モーツァルトも、アスペルガー症候群であり、注意欠陥・多動症だったと言われている。


こういう例はたくさんある。


彼らは、障害を持っている(た)からこそ、強い集中力やこだわりを持ったり、ストイックな生き方などができる(た)のかもしれない。


そういう才能を持っていなくとも、障害者であっても立派な命であり人間である。


生まれて嘆く必要はないし、産んだ親が嘆く必要もない。


生まれた子どもが障害を持っていたら親は大変な苦労をするが、世の中にはその子どもたちに寄り添って大切に育てている親御さんがたくさんいる。


そうした親御さんをサポートする人たちもいる。


障害を持たない国民はどう見ているのだろうか?


まったく関心を持たない人もいるし、前述した「パワハラおばさん」のように中にはバカにするようなひどい人もいる。


行政はどうだろうか?


障害児を持つ親御さんに、どういうサポートをしているのか?


そのサポートは十分か?


障害児が生まれたら、政府はその子らを暖かく見守る仕組みを作らなければいけないと思う。


一般国民も障害者や障害児を偏見の目で見ることをせず、助けていこうと思って行動しなくてはならない。


そのために税金が余計にかかっても仕方ない。


北欧ではもうそのようになっている。


世界の潮流はそのようになっていくことは確実なのだ。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.7キロ。

懺悔しまくる夢を見た。


一番最初は、「あのとき、なぜわたしを連れてどこかに行ってくれなかったの?」と、聞き覚えのある女性の言葉が聴こえた。


その女性は、婚約者のいる人だった。


なのに私たちは恋仲になってしまい、彼女を悩ませた。


私も悩んだ。


彼女に言われる前に駆け落ちしようかと本気で考えた。


けれど、私の理性が「それはいけない」と言った。


私は小さな出版社で働く男でしかなく、彼女の婚約者は大手メーカーの社員だった。


彼女は彼と結婚したほうがいいと思ったのだ。


そんなことより、周囲はもう彼女と彼の婚約を喜び祝っていて、私が入り込むスキなどどこにもないように思えた。


次に聴こえたのは、「なぜわたしをしっかり抱いていてくれなかったの?」という、少し強い口調の女性の声だった。


その女性の声も、もちろん聞き覚えがあった。


彼女の両親に大反対され、結婚をあきらめた相手だ。


これまでに一番愛した女性だったかもしれない。

 

〈その彼女が描いてくれた若いころの私の肖像画〉


「結婚をあきらめた」と書いたが、正確にいえば、あきらめさせられた。


付き合っていたある日、彼女が突然消えたのだ。


電話しても母親か父親が出て(当時は家電しかなかった)、「娘はいません!」と言われてガチャンと切られるばかり。


訪問しても「娘はいません!」と怒鳴られるように言われるだけ。


後で知ったところでは、彼女は遠いところに住む親戚に預けられていたのだ。


しかも、その親戚に監視されて生活していた。


彼女はひとり娘で、両親は婿養子を迎えたいと思っていた。


けれども彼女は親のその思いを知らなく、自分はどこかに嫁にいくと思っていた。


そう聞いていたから私もそのつもりでいた。


しかし、私が長男だと知った彼女の両親は慌て、娘を隠したのだ。


彼女は親に逆らえない子だった。


それで遠くの親戚の家にやられてしまったのだ。


彼女の両親が結婚に反対していると知った時点で、無理やり籍を入れてしまえばよかったと後悔した。


それからも、別れた女性の声が次々と聴こえてきて、私は責められつづけた。


最後に、私が60歳のころ告白した30歳の女性の声が聴こえてきた。


か細い声で、「わたしはガンになったよ。それも末期ガン。それでもわたしと結婚してくれた?」と言われた。


私が告白したのは彼女自身がガンとは知らず、トシが違いすぎるからと私の告白に対して断ってきた。


その1年後くらいに彼女は末期ガンと診断され入院した。


私は断られてから彼女と会うことはせず、彼女のインスタを見るだけにしていた。


それで、彼女が末期ガンで入院したことを知った。


驚き、考えた末にDMを送った。


インスタで彼女は「DMを受け付けません」と書いていたが、どうしても出さざるを得なかった。


「私にできることがあれば何でもします。あなたのガンが良くなることを祈っています」と。


でも返信は来ず、それからしばらくして彼女のインスタの更新が止まった。


亡くなったのだと思うしかなかった。


不思議なことに、彼女たちの声が聴こえるだけで、顔は出てこなかった。


こういう夢を見たのは初めてだ。


目覚めて、自分の生き方は間違っていなかったかと考えてしまった。


回答は得られなかったが、彼女たちのために何かできることはあったのではないかと深く反省した。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.7キロ。

 

私はワンコが大好きである。


フジテレビ系列のテレビ局で毎朝放映されている『めざましテレビ』には、「きょうのわんこ」という枠がある。


主に関東圏の家庭を訪問して、そこで飼われているワンコを取材した映像を流している。


笑える仕草をするワンコや不思議な動作をするワンコや感心なことをするワンコなどなどが登場する。


私の愛犬は6年ほど前に亡くなった。


息子だと思っていたので、その死は私を打ちのめした。


そう見られないように振る舞っていたが、内心はもうぐしゃぐしゃだった。


6年経つのに、いまだに愛犬のことが忘れられない。


生きていたころよりも愛しく思うようになっているかもしれない。


そう、愛犬はペットではなく家族なのだ。


犬の先祖はオオカミだと言われている。


たぶん、オオカミの中から人になつきやすい子を人間が育てるようになり、そういうオオカミを交配させることによって犬ができたのだろう。


犬と人との共同生活が始まったのは1万年以上前らしい。


日本でいえば縄文時代だ。


西洋では、ギリシャ・ローマ時代に、人間が必要とする用途に合わせて、牧羊犬、狩猟犬、闘犬などが作られるようになった。


ルネッサンス時代になると、犬種は一段と増えた。


その後、フランスで狩猟ブームが起き、犬は狩猟犬として大事にされるようになった。


昔は、犬は主に狩猟犬として品種改良されてきたのだ。


17世紀になると、ペットとしての犬が誕生した。


今は愛犬に名前を付けるのが当たり前だが、犬に名前を付けるようになったのは18世紀になってからだそうだ。


その後、犬種はもっと増え、現在では700〜800の犬種が存在するという。


補助犬やセラピー犬など新しい役割を担う犬も登場した。


愛犬がまだ生きていたころ、ドッグランに連れていくと、「うちの子に乗ってもらえませんか」と何度か頼まれた。


そのワンコを見ると、チワワだったりパピヨンだったりした。


私の愛犬はM・ダックスのオスで、ブラックとクリームの体にハンサムな顔をしていいたので、メスの飼い主がミックス犬を作ろうと思い、そんなお願いを私にしてきたのだ。

 


〈ありし日の愛犬「アイル」〉


私はいつも断った。


ミックス犬を作ることに反対だからだ。


ペット、狩猟犬、盲導犬、警察犬のどのワンコも、交配の末に品種改良されて生まれてきた犬種だ。


あまりにも交配させすぎたせいなのか、近親の犬と交配させたからなのか、今の犬種にはさまざまな問題がある。


例えば、私の愛犬だったミニチュア・ダックスフンドは、胴が長くて脚が短いせいで、腰椎に負担がかかりやすく、椎間板ヘルニアになりやすい。


溶血性貧血や膝蓋骨脱臼、歯周病にもかかりやすい。


また失明するケースがある。


私が知っているだけで3例ある。

 


〈車いすになったミニチュア・ダックスフンド〉


トイ・プードルは前脚が長いため脱臼や骨折しやすい。


また、アレルギーによる皮膚病になりやすく、膝蓋骨脱臼、外耳炎にもかかりやすい。

 


〈トイ・プードル〉

 

〈皮膚病になったトイ・プードル〉


チワワは、生まれつき脳神経の病気にかかりやすい。

 


〈チワワ〉

 

〈水頭症になったチワワ〉


ヨークシャー・テリアは腸が弱いので、下痢が続いたら要注意である。


蛋白漏出性腸症、膝蓋骨脱臼、僧帽弁閉鎖不全症にもなりやすい。

 


〈ヨークシャー・テリア〉

 

〈蛋白漏出性腸症になったヨークシャー・テリア〉


シー・ズーは、遺伝的に目や皮膚の病気になりやすい。


肛門周囲腺腫、ドライアイ、アトピー性皮膚炎、外耳炎にもかかりやすい。

 


〈シー・ズー〉

 

〈ドライアイになったシー・ズー〉


パピヨンは、遺伝的に目の病気になりやすい。


白内障、門脈体循環シャント、アトピー性皮膚炎、外耳炎にもなりやすい。

 


〈パピヨン〉

 

〈白内障になったパピヨン〉


ポメラニアンは、骨折しやすく、気管の病気になりやすい。


気管虚脱、乳歯遺残、膝蓋骨脱臼にもなりやすい。

 


〈ポメラニアン〉

 


ミニチュア・シュナウザーは、体に溜まった老廃物が排出されにくい体質を持つ。


それで尿石症になりやすく、糖尿病、甲状腺機能低下症になることもある。

 


〈ミニチュア・シュナウザー〉

 

〈ミニチュア・シュナウザーの膀胱に石のできた内視鏡画像〉


マルチーズは、心臓の不調が起こりやすい。


鼻涙管閉塞、水頭症、僧帽弁閉鎖不全症にもなりやすい。

 


〈マルチーズ〉

 

〈水頭症になったマルチーズ〉


ラブラドール・レトリーバーは、関節や皮膚の病気にかかりやすい。


股関節形成不全症、膿皮症、腫瘍性の病気にもかかりやすい。

 


〈ラブラドール・レトリーバー〉

 

〈股関節形成不全症になったラブラドール・レトリーバー〉


ゴールデン・レトリーバーは、遺伝的に腫瘍性の病気にかかりやすい。


甲状腺機能低下症、膿皮症にもなりやすい。

 


〈ゴールデン・レトリーバー〉

 

〈膿皮症になったゴールデン・レトリーバー〉


パグは、顔のしわに菌がたまりやすく皮膚病になりやすい。


肥満細胞腫、膿皮症、アトピー性皮膚炎、外耳炎にもなりやすい。

 


〈パグ〉

 

〈皮膚病になったパグ〉


フレンチ・ブルドッグは、軟膏蓋過長症、半側脊椎、膿皮症にかかりやすい。

 


〈フレンチ・ブルドッグ〉

 

〈膿皮症になったフレンチ・ブルドッグ〉


ミニチュア・ピンシャーは、パターン脱毛、レッグペルテス、膿皮症になりやすい。

 


〈ミニチュア・ピンシャー〉

 

〈皮膚病になったミニチュア・ピンシャー〉


これらはほんの一例で、詳しくは「野村犬猫病院」を見てほしい(上の犬種別「なりやすい病気」はこのHPを参考にさせていただいた)。


これらの病気などは、品種改良を重ねすぎた結果だと思う。


これ以上、犬種を増やす必要はないと思う。


ワンコのために、ここでもう品種改良をやめるべきだ。


今のペット用ワンコの多くは、もとのオオカミとはあまりにもかけ離れた姿形になっている。


これは異常だと私は思う。


上に書いたような病気になりやすいのは、この“異常”と関係があると思う。


ワンコと暮らしている方は、自分の愛犬がどのような病気になりやすいタイプなのか把握し、予防に努めてほしい。


なお、ワンコがペットとして飼われることにより、生活習慣が崩れてメタボになったりすることが多い。


体重が重くなれば関節を痛めやすくなり、心臓に負担がかかったり気管を圧迫する要因にもなる。


家族の一員としてのワンコのためにも、毎日よく観察して、おかしいなと思ったらすぐ動物病院で診てもらおう。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.9キロ。

最近、難しい漢字混じりの文章をよく見る。


最近というより、35年くらい前からその傾向があった。


ワープロが出たのがそれくらいの時期だから、ワープロの変換で書けない漢字を容易に打てるようになったからではないか。


携帯電話、スマホが登場すると、メールやLINE等で、またまた漢字だらけの文章が増えた。


例えば、「麗しい」「綺麗」「頷く」「俯く」はまだいいが、「労わる」「蝦」「顰蹙」「蜘蛛」「睨む」等は、読めても書ける人は少ないと思う。


「有難う」「宜しくお願い致します」「の様な」は頻繁に見る。


間違いではないから文句は言いたくないが、ワープロやパソコンやスマホが勝手に変換してくれるからと、漢字だらけの文章を打つのは感心できない。


「うるわしい」「きれい」「うなずく」「うつむく」「いたわる」「エビ」「クモ」「にらむ」でいいではないかと思う。


「顰蹙」を「ひんしゅく」と書くと読みにくくなるので、「顰蹙」を使うなら漢字でもいいが、括弧して読みを入れたほうがいい。


そもそも、「読み」(ルビも)を入れなければならないような漢字はできるだけ使わないほうがいいと思う。


「顰蹙を買ったかな?」なんてLINEメッセージを打ったりしたら、読めない人に顰蹙を買うだろう。


「顰蹙」は「不快に感じて顔をしかめる」意味だから、そう打てばいい。


「お早う御座います。今日は良い日和ですね。無理し無い様にお過ごし下さい」


といった文章もよく見る。


私だったら、「おはようございます。きょうはいい天気ですね。無理しないようにおすごしください」と打つ。


そのほうが穏やかな雰囲気になるのでいいと思う。


ところで、「お早う御座います。今日は良い日和ですね。無理し無い様にお過ごし下さい」の文章のように「無い」を人はよく使う。


「もったいない」を「勿体無い」と書いたり、「行け無い」と打ったりする。


「食べ者が無くなった」のように、何かがないときやなくなる場合は「無い」と打ってもまあいいと思うが(私はヒラガナを使うが)、「勿体無い」や「行け無い」の「無」は使うべきではないだろう。


文章を打つとき、長く打ってから変換すると上のようになる。


だから私は細かく変換する。


日本語の文章、例えば小説等を読む場合、漢字だけを拾って読んでいくだけで、だいたいの内容をつかむことができる。


その点、漢字混じりの日本語の文章はとても読みやすいのではないかと思う。


しかし、だからといって難しい漢字を多用するのはどうかと思う。


漢字をできるだけ使わず、しかし読み手が読みやすくなるように工夫して文章を打ちたいものだ。


パソコンやスマホの変換機能に頼りすぎると、昔の武士が漢字だらけの文章を書いていたのと同じようになる恐れがある。


そんな文章を見ると、私は読む気を失う。


漢字を多用するだけでなく、やたらと難しい表現をしていたり、「論文か?」と思うような難解な書き方で解読に手間がかかるような文章を見ると、上から目線で見られているようで腹が立ってくる。


文章は、自分や自分の考えや自分が参加している組織などについて、読み手にわかりやすく伝えるものでなくてはならない。

 


なのに、なぜ難解に書くのか、なぜ難しい漢字を多用するのか、私にはさっぱりわからない。


読み手に寄り添う気持ちがないからそんな文章を書くとしか私には思えない。


そういう文章は無用である。


「顰蹙」を買うだけだ。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+4.0キロ。

 

君たちは省庁の中で、こう思っているそうだね。


「おれたち(わたしたち)は絶対にミスをしない」と。


優秀だからミスは少ないだろう。


でも人間なんだから、たまにはミスするでしょ?


そう言われても、「おれたち(わたしたち)は絶対にミスをしない」と言い張る?


本当のことを教えてよ。


「たまにはミスをする」と。


そんなとき、君たちはどうするの?


「ミス」を部下に押し付けるのかな?


政治家などが大失態を起こした場合など、課長補佐さんがよく自殺するね。


エリートじゃない人は、課長補佐までしかのぼれない。


エリートは課長補佐になんでも押し付ける。


実際の作業をするのは課長補佐だから、それを命じたエリートと課長補佐だけが事実を知っている。


しかしエリートは責任を回避して課長補佐が勝手にやったことだと開き直る。


課長補佐に「死」まで押し付ける。


それとも、屁理屈を考えて、「これはミスではない!」とでも言いわけするの?


官僚諸君は頭がいいから、そういう屁理屈を考えるのも簡単かな?


「敗戦」を「終戦」という言葉にしたのは君たちの先輩なんじゃないかなと私は疑っているのだけど。


そもそも日本軍を侵略戦争に引き込んだのは、君たちの先輩の陸軍参謀本部のエリート連中だよね。


統帥権を拡大解釈して議会にはかることなく、まずノモンハン事変を起こし、次に日中戦争を起こしたね。

 

〈戦時中の御前会議/陸軍参謀本部は統帥権を拡大解釈して、自分たちちと天皇は直結していると思い込んだ〉


ノモンハン事変では、相手の旧ソ連が分厚い鉄で作った新式の戦車を持っていると知りながら、日本軍には薄っぺらな装甲の戦車で戦わせたね。

 

日中戦争では補給部隊を付けずに兵士を中国に送り込んだでしょ。


兵士たちは仕方なく民家に押し行って食料を奪い、女性がいれば犯した。


女性を犯したのは兵士の責任だけど、補給部隊を付けなかったのは、ひどい手落ちでしょ。


インパール作戦では、兵士たちの多くが飢えて死んだんだよ。


「補給部隊を付けられるほど日本には食料がなかった」と言いわけするの?


そんな状態なのに戦争を起こすなんて、ひっどいミスでしょ。


戦争の戦術を考えた参謀本部の連中は、兵士たちが飢えに苦しみながら戦っていたとき、日本で芸者を揚げて騒いでいたそうだね。


戦争が終わっても、彼らエリートは罪悪感を抱かなかったようだ。


どういう神経をしているのだろうか。


その不可解な神経で、戦後も彼らはのうのうと生きた。


人間のクズでしょ。


そう思わない?


兵庫県知事の斉藤元彦は、霞ヶ関で働いていた元官僚だよね。

 

〈斉藤元彦兵庫県知事〉


彼はパワハラで職員をふたりも死に追いやり、それでも平気な顔で、自分は何も悪いことはしていないと言っていた。


あれは、「おれたち(わたしたち)は絶対にミスをしない」という考え方が身についてしまっていて、自分の犯した罪を「ミス」じゃないと本気でそう思い込んでいたんじゃないかなと私は疑っている。


また、君たちは平気で天下りするよね?


恥ずかしくないの?


官僚諸君、誰か反論してきて。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+4.3キロ。

「爆発する可能性があります」


とテレビ等でよく言う。


多くの人が何の違和感も持たないと思う。


では、「爆発する恐れがあります」と言ったらどうだろうか?


「“恐れ”じゃ怖いから“可能性”でいいんじゃね」と思い人が多いかもしれない。


しかし、この場合は「爆発する恐れがあります」が正しいと私は思う。


なぜか。


「可能性」の意味は「できること」「実現しうること」というニュアンスを持ち、現実にはまだ起きていないことに対して使う。


それなら、「“爆発する可能性があります”でいいじゃん」と思うかもしれない。


しかし、「可能」の意味を調べてみると、「〜できる」という意味なのである。


しかも、「可能」には単に「実現しうること」等という意味があるだけでなく、「良いことが実現しうること」というニュアンスがあるのである。


「可能」の反対語は「不可能」である。


「不可能」は、言うまでもなく「無理」「絶望的」といったニュアンスを持つ。


「不可能」は、悪い結果が予想されるときに使われると考えていいと思う。


「可能」はその反対で、良い結果が予想されるときに使うべきなのではないだろうか。


「爆発」は良い結果ではない。


だから、「爆発する可能性があります」は厳密には不適切な言い方で、この場合は「爆発する恐れがあります」と言ったほうが適切だと私は思う。


最近は「可能性」「可能」が多くの場合に使われる。


それでみんな、「爆発する可能性があります」と言われても違和感を覚えないのだろう。


「可」には「良い」という意味がある。


「能」にも「良くする。良くできる」という意味がある。


悪い意味はないのである。


「可能」は中国語だと私は思っていたが、調べてみるとそうではないようだ。


和製熟語なのかもしれない。


いずれにしても、「可能」という言葉に悪い意味はない。


だから、悪いことが起こると予想されるようなときに「可能」「可能性」は使わないほうがいいと思う。


ただし、予想される結果が「良い」のか「悪い」のかわからない場合、どちらとも言えないような場合は「可能」「可能性」を使ってもいいと思う。


他の日本語にも、これと似たような間違った使い方が一般化してしまったものがあると思う。


話すとき、書くとき、特に熟語についてはよく考えて使いたいものだ。


また、「世論」を「ヨロン」読むようになって久しい。


「ヨロン」はもとは「輿論」と書いていた。


しかし「輿」が当用漢字に採用されなかったこで、「ヨロン」を「世論」と書くようになった。


「世論」は、世間一般の意見、公共の問題について多くの人々が共有している意見、大多数の賛同が得られている意見のことである。


「輿論」も上とほぼ同じ意味である。


だから「輿論」を「世論」と書くのは問題ない。


そのほうが書きやすいし読みやすいので、「世論」のほうがいいだろう。


しかし「世論」と書いた場合、「セロン」と読むほうがいいと思う。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+4.5キロ。

「緊急事態条項」とは、「国家緊急権」を憲法に創設する条項である。


 「国家緊急権」とは、非常事態に、国家のために、人権の保障と権力分立を停止する制度である。


 人権保障がなくなり、政府に立法権や予算議決権が認められ、政府に極度に権力が集中する。

 


 〈「緊急事態条項」〉


 この「緊急事態条項」を、安倍晋三は狙っていたといわれている。


 「緊急事態条項」を発動すると内閣が誰に相談する必要もなく何でもできるので、それで憲法“改悪”をするつもりだなとにらんでいた。


 何度も書いてきたが、大事なことなのでまた書く。


 安倍晋三は、日本最大右翼の「日本会議」の考えに大共鳴し、「日本会議」が掲げる憲法改正案通りに憲法を変えようとしていた。


 その憲法改正案を見ると、「天皇は元首」と明記されている。


 つまり主権在民ではなくなるのだ。


 さらに国民の基本的人権を大幅に制限している。


 愛国心を国民に植え付ける教育に力を入れるとも書いてある。


 自衛隊は「国軍」という軍隊になる。


 まるで、戦前までの明治憲法(大日本帝国憲法)ではないか。


 「日本会議」のメンバーは、「昭和十年代が日本にとって最も良かった時代だ」と言ってはばからない。


 昭和十年代といえば日本が中国やアメリカと戦争していた時代だ。


 多くの兵士が死に、日本各地の都市が焼き尽くされ(昭和20年には沖縄が悲惨な目にあい、広島と長崎には原爆が落とされた)。


 中国や東南アジア諸国は日本軍の侵略を受け、多くのアジア人が殺されたり強姦されたりした。


 そんな時代が「最も良い時代だった」?


 どういう頭をしているのか疑う。


 安倍晋三は、そんな「日本会議」のメンバーになり、日本を戦前に戻そうとしていた。


 しかし国民の多くは、今の平和憲法を変えることに慎重である。


 それで安倍はとりあえず「九条」だけ変えようとしたが、病気のために実行できなかった。


 高市早苗も「日本会議」のメンバーで、安倍の考え方の影響を強く受けた。


 それで最右翼になった。


 高市も、憲法“改悪”を目指しているはずだ。


 国民の同意を得られなければ、「緊急事態条項」を発動して無理やり憲法“改悪”をするかもしれない。


 中国が台湾に侵攻でもすれば、高市は「緊急事態条項」を発令し、すぐさま憲法を改悪し、自衛隊を軍隊にし、軍事行動を始める気がしてならない。


 自民党幹部もおそらく同じ思いを持っていると思う。


 国民は高市内閣の動向を注視し、「憲法“改悪”」を何としても阻止しなくてはならない。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.0キロ。