私は、父親として味わえるはずだった子育ての喜びの多くを経験できませんでした。
当時の私には、そのように感じられていました。
私は、息子と同じ部屋で寝たことがありません。
妻が息子と一緒に寝ており、私が一緒に寝る機会はありませんでした。
私は、息子と一緒にお風呂に入ったこともほとんどありませんでした。
何度も「一緒にお風呂に入りたい」と伝えましたが、その願いが受け入れられることはありませんでした。
子どもの成長過程の中で、一緒にお風呂へ入れる時間は、本当に限られています。
だからこそ、その時間を父親として共有したかったのです。
休日に家族で出かける機会も、ほとんどありませんでした。
私は「今度の日曜日は○○へ行かない?」と何度も提案しました。
しかし、家事などを理由に見送られることが多く、家族で出かける機会はほとんどありませんでした。
また、息子の学校での出来事が私に共有されることも多くはありませんでした。
遠足があったことを後から知ることもありましたし、小学校で賞状をもらっても、そのことを知らされないこともありました。
子育てについて相談したいと思っても、私の考えが十分に話し合われることは少なく、父親として関わりたいという思いを受け止めてもらえないと感じる場面が何度もありました。
私は、「自分の意見を通したかった」のではありません。
父親として息子の成長に関わり、一緒に喜び、一緒に悩みながら子育てをしたかった。
ただ、それだけだったのです。