源氏物語イラスト訳【紅葉賀110】藤壺の御心
わが御心にも、ものいとあはれに思し知らるるほどにて、
「袖濡るる露のゆかりと思ふにもなほ疎まれぬ大和撫子」
とばかり、ほのかに書きさしたるやうなるを、
【これまでのあらすじ】
桐壺帝の第二皇子として生まれた光源氏でしたが、源氏姓を賜り、臣下に降ります。亡き母の面影を追い求め、恋に渇望した光源氏は、父帝の妃である藤壺宮と不義密通に及び、懐妊させてしまいます。
光源氏18歳冬。藤壺宮は離宮に下がり、光源氏との不義密通の御子を出産しました。四月になり、藤壺宮と御子が宮中に戻り、源氏と藤壺は罪悪感に苛まれています。
源氏物語イラスト訳
わが御心にも、ものいとあはれに思し知らるるほどにて、
訳)自分のお気持ちとしても、なんとなくとてもしみじみ悲しくお思いにならずにはいられない時であって、
「袖濡るる露のゆかりと思ふにも
訳)「あなたの袖が濡れる露に縁のあるもの(涙にくれるあなたとのはかないゆかりの御子)を思うにつけても、
なほ疎まれぬ大和撫子」
訳)やはり疎ましくなってしまうような大和撫子(御子)であること…」
とばかり、ほのかに書きさしたるやうなるを、
訳)とだけ、かすかに途中で書くのをやめたような返歌を、
【古文】
わが御心にも、ものいとあはれに思し知らるるほどにて、
「袖濡るる露のゆかりと思ふにもなほ疎まれぬ大和撫子」
とばかり、ほのかに書きさしたるやうなるを、
【訳】
自分のお気持ちとしても、なんとなくとてもしみじみ悲しくお思いにならずにはいられない時であって、
「あなたの袖が濡れる露に縁のあるもの(涙にくれるあなたとのはかないゆかりの御子)を思うにつけても、やはり疎ましくなってしまうような大和撫子(御子)であること…」
とだけ、かすかに途中で書くのをやめたような返歌を、
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■【わが】…自分の
※【わ】…わたし。自分
※【が】…連体修飾格の格助詞
■【御―】…尊敬の接頭語(作者⇒藤壺宮)
■【に】…資格の格助詞
■【も】…添加の係助詞
■【もの―】…余情のある接頭語
■【いと】…とても
■【あはれに】…ナリ活用形容動詞「あはれなり」連用形
※【あはれなり】…ここでは、しみじみ悲しい、の意
■【思し知る】…理解なさる。なるほどとお思いになる
※「思ひ知る」の尊敬語(作者⇒藤壺宮)
■【るる】…自発の助動詞「る」の連体形
■【ほど】…時
■【に】…断定の助動詞「なり」連用形
■【て】…単純接続の接続助詞
■【袖濡るる】…袖が濡れる。涙にくれる意の象徴
※【濡(ぬ)るる】…ラ行下二段動詞「濡(ぬ)る」連体形
■【露(つゆ)】…露。はかないものの象徴
■【の】…連体修飾格の格助詞
■【ゆかり】…縁のあるもの。ここでは源氏との間の子をさす
■【と】…引用の格助詞
■【思ふ】…ハ行四段動詞「思ふ」連体形
■【にも】…~につけても
■【なほ】…やはり
■【疎(うと)ま】…マ行四段動詞「うとむ」未然形
※【疎(うと)む】…そっけなくする。よそよそしくする。きらう
■【れ】…自発の助動詞「る」の連用形
■【ぬ】…完了の助動詞「ぬ」終止形(打消・連体形とする説も)
■【大和撫子(やまとなでしこ)】…かわらなでしこ(=草花の名)の別名。ここでは、御子にたとえている
■【と】…引用の格助詞
■【ばかり】…限定の副助詞
■【~さす】…途中で~するのをやめる
■【たる】…完了の助動詞「たり」の連体形
■【やうなる】…比況の助動詞「やうなり」連体形(準体法)
■【を】…対象の助動詞
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わが御心にも、ものいとあはれに思し知らるるほどにて、
「袖濡るる露のゆかりと思ふにもなほ疎まれぬ大和撫子」
とばかり、ほのかに書きさしたるやうなるを、
【問】 傍線部の和歌の説明として最も適当なものを選べ。
1.「露けさまさる」と詠んでよこした源氏に対して、「わたしの袖も濡れるほど涙にくれている」という現状を吐露し、悲しいのは源氏だけではないことを訴えている。
2.「露けさまさる」と詠んでよこした源氏に対して、その濡れている「あなたの袖」を暗示し、「露のゆかり」は若宮があなたの子であるという意をこめている。
3.「なほ疎まれぬ」は、「いっそうこの御子をいとしまずにはいられない」意をさし、源氏の真情を知って余計に縁の深さを感じ、この愛に執心していくことを決意している。
4.「ぬ」は打消の助動詞で、若宮を疎むことなどできないと解釈し、この子が源氏の子であると思うと愛情が増してしまうという真情を、四句切れで吐露している。
5.「大和撫子」は、日本独特の清楚な女性をたとえる象徴表現であり、若宮をいとおしむ藤壺宮が、本当にすばらしい日本の母性愛であることを暗示している。
和歌中の「ぬ」は、最も注意しなければならない助動詞です。
基本的に助動詞は、直前の接続、直後のつながりから、文法的に識別することができるのですが、
今回のように、直前が未然・連用同形の上・下の活用の場合、直前の接続からは見抜くことができません。
さらに、和歌には句読点がないため、
直後のつながりが、たとえ体言であったとしても、
そこで句切れるならば、終止形であるし、
つながるならば、連体形なので、
直後のつながりからも、識別することができません。
今回の和歌中の「ぬ」は、実は、完了・打消、どちらにも解釈できます。
完了と捉えるならば、「疎ましく思えてしまう」と四句切れの和歌となり、せっかくの御子が、実は源氏との不義の子であるという罪悪感を、返歌に託したものとなりますし、
打消と捉えるならば、「疎ましいとは思えない」という、わが子に対する愛情を吐露したものと捉えられます。
もちろん、藤壺宮の真情としては、打消で捉えるのが当然のように思われますが、
不義密通の相手である源氏に対して、「あなたとの子が愛しくてたまらない」と返歌するのは、ちょっと浅薄な気がしますよね。
ここでは、藤壺が御子に対して「なほ疎まれぬ」と、完了・打消、いずれにも解せる返歌を源氏に贈ることで、「いとおしむ気にはなれない」という一方で、真情は「いとおしい」と思う、その両意を含んだ複雑な真情を訴えたものと解釈したいと思います。
今回の選択肢は、「ぬ」の識別というよりも、ほかの部分の正誤を確認してみましょう。
※【答え】は最後にあります。ぜひやってみてね!
YouTubeにもちょっとずつ「イラスト訳」の動画をあげています。
日々の古文速読トレーニングにお役立てください。
答え…【2】