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バナラシのんびり生活

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日本を出発してちょうど1年がたった6月27日、
私はバナラシにやってきた。


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ボリビアのラパスで出会い、
チリのビーニャで再会した男前のシュウくん。


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アルゼンチンのブエノスアイレスで出会い、
今回も髪を切って頂いた美容師のシゲさん。
(シゲさんどうもありがとう!)


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そして、中南米5ヶ国を約5ヶ月間かけて
一緒に旅したまっつんとこの町で再会した。

半年ぶりだった。

彼らがバナラシに滞在中だという知らせを受けたのが
たしかイスラエルでのこと。

南米旅行中に出会った旅人たちのほとんどは
すでに帰国していて、それぞれの生活を始めている。

もう、彼らも帰ってしまっているものかと勝手に思っていた。
だから、知らせを受けたときには嬉しくて、すぐにでも会いたくて、
私はデリーの空港に降り立つと、真っ先に鉄道駅に向かって
デリー観光もせねままに、バナラシ行きのチケットを手に入れたのだった。

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そんなわけで、気心知れたみんなに囲まれながら
私の、のんびりバナラシ生活は始まった。


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男性陣3人は、インドの弦楽器「シタール」の修行中の身だとのことで
彼らの部屋からは、毎日優しい音色が響いてきていた。
暇さえあれば、いつでも絵を描いてたまっつんが
時間を惜しむように、シタールに励んでいた。
どうやらまっつんは、ビザが切れるまで、修行を続けるつもりらしい。

頑張れ、まっつん。

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さて、何も考えずにとりあえずバナラシまで来たものの、
皆既日食までには、まだ3週間以上あり、時間を持て余した私は、
「近隣の見所を周ってから日食までに戻ってくる」という選択肢を捨て、
そのかわり「タブラー」というインド太鼓を習ってみることにした。

ちょっとした暇つぶしのつもりで始めたタブラーだったけれど、
規則的な身体の動きと指から伝わる振動が、とても心を落ち着かせた。
左手の甲を太鼓の上で滑らせて出す「ブオンッ」って音がとても好き。
叩く場所で、色々な音を奏でる魅力的なこの楽器。
帰国までに購入するか、現在悩み中。


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そうそう、皆既日食の直前には、
トルコからエジプトにかけての約2ヶ月間、
一緒に旅したコウダイとも再会することが出来た。(写真右)
「皆既日食とか別に興味ないし。」とか言って、
日食前日に出発しようとしたコウダイをほとんど強引に引き止めて、
結局一緒に観ることに成功。




毎日同じ時間に起きて、みんなと朝食を食べて、
同じ時間に太鼓を叩いて、みんなと夕飯を食べて…。
突っ込み所満載のインド映画を見に行ってみたり。
あとは読書したり、昼寝したり、散歩したり…。

久々に、どっぷりと「生活」をした。

人々の喧騒には、時々うんざりしていたはずなのに
朝日に染まる聖なる河「ガンガー」を眺めていると、
もっとずっとここに留まっていたい。と思ってしまう。

不思議な魅力のある町だ。


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せっかくなので、この濁った聖なる河でも泳いでみることに。
元気なケイタくん(21)は飛び込んでいたけど、私には無理。
あれは若さだ。


鰐だとか川海豚だとかがいるという噂の信憑性は定かではないけれど、
死体が流されているっていう話はもちろん本当。

ガンガーのほとりには、大きな火葬場がある。
そして、火葬場を目指して死者を担いで行進する一行をいたるところで目にする。
美しい布に包まれた死者が、人ごみの喧騒の中を静かに通ってゆく。

照るつける太陽の下、
積み重なる薪木の間に挟まれてゆっくりと燃やされてゆく死者。
高く燃え上がる炎。
立ち上る煙。
私は人肉の焼ける臭いを、はじめて嗅いだ。

火葬場では、犬たちは走り回って喧嘩をし、
山羊や牛たちはあたりを徘徊し、
すぐ近くの川辺では子供たちが水遊びをしていた。

その風景は混沌そのものだった。
生と死の、その近すぎる距離感が、私を困惑させた。



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皆既日食を見たその夜、この町を出ることにした。
リキシャーに乗ってバナラシの町を離れるときに
ちょっとだけ涙が出た。

少し長く滞在しすぎたのかもしれない。
私は心底この町に愛着を持ってしまったらしい。

だけど、行かなくちゃ。

インドはまだまだ訪れたい場所で溢れているから。



さよなら、バナラシ。


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インド着。そして皆既日食

2009年7月22日
ガンジス河の流れるバナラスで、皆既日食を見た。

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まさに太陽と月が重なるその瞬間、
私たちの世界から急速に光が奪われていった。

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昂る気持ち。

人々の歓声。




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聖なるガンジス河のほとりで
たくさんの友人と共に
この神秘の瞬間に立ち会えたことを
心から本当に幸せに思う。


あぁ、感動してしまった。
鳥肌立ちました。。。

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エルサレムの金曜日に

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聖地、エルサレム。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教が混在している町だということを、色濃く感じることが出来る金曜日。


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夕暮れ時、十字架を背負わされたイエスが歩いた道のり、「ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)」をサンフランシスコ派の修道士が率いるキリスト教徒たちが祈りを捧げながら行進してゆく。そして黙祷の静寂の中、イスラム教の祈りの時間を知らせる「アザーン」がこの日も町中に響き渡っていた。


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ユダヤ教の聖地である「嘆きの壁」には日没が近づくにつれ、多くのユダヤ教徒が詰めよせてくる。黒いスーツ姿に、黒い帽子、豊かな顎鬚と長く伸ばされた「もみあげ」。次々に壁の方へ吸い込まれてゆく敬虔なユダヤ教徒たちの集団が壁の周辺を埋め尽くし、やがて真っ黒な塊のようになった。その黒い塊は大きく揺れ、歌い、そして祈りを捧げていた。

今にも泣き出しそうなほどに、ぐったりと壁にすがりついている者、
正確な動きで儀式的な動きを行いながら、壁に近づいてゆく者や、
頭を上下に激しく振りながら、恍惚とした表情で何かを叫ぶ者…。

やがてカーキ色の軍服を着た警備の兵隊たちが100人ほど集まってきた。そして彼らは巨大な円陣を組み、いつまでもいつまでも笑いながら飛び跳ねていた。

これが毎週この場所で繰り返されているのだ。
私は呆然と立ち尽くし、ただ傍観していた。
上手く言えないけれど、私が抱いた感情は正直、恐怖に近い。


毎日のように嘆きの壁を見に行っていた私は、やはり毎日嘆きの壁のところに来ているユダヤ教徒のイシュライと顔見知りになっていた。この日、彼に「シャバット」と呼ばれるユダヤ教徒の安息日の食事に招待された。
私は、「ユダヤ教徒ではないから。」と断ったのだけれど、「宗教は問わないから。」と強く勧められ、断りきれず結局ついて行くことになった。

「シャバット」の会場は旧市街から30分ほど歩いた場所にあった。
団地のような建物の一室に、簡易テーブルと折りたたみの椅子が並べられ、50人ほどのユダヤ教徒たちがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

席につくと、スープやサモサ(豆のペースト)やチキンやケーキなどが次々と配られた。そして聖職者の男性が大きなパンを私たちのために裂いてくださった。毎週金曜日の夜に行われるこれらの集会の資金は全て一部のユダヤ教徒によって賄われているらしい。

集会にはヨーロッパ系や、アメリカ系など世界各地からの巡礼者が来ていた。
そのため、会話はヘブライ語ではなく英語が使われていた。
異教徒なのは私と、やはりイシュライに連れてこられたモロッコ人の女の子の二人だけだった。異教徒である私は、説教の内容もよくわからないままに、皆と一緒に歌に合わせて手拍子をしたりしながらも、場違いの場所に来てしまったことを少し後悔していた。

やがて、途方に暮れていた私のところにイシュライがやってきた。
「ユダヤ教徒ではないAIに頼みがある。」と言われ、私は彼の後に従った。
アパートの一室に案内されると、住人であるご婦人は丁寧な口調で、
「申し訳ないのだけれど、この空調のスイッチを切っていただきたいの。」と言った。
頼みごととは、切り忘れたスイッチを押すことだったのだ。

私はポカンとしてしまったが、すぐに今日が安息日であることを思い出した。
彼女には今日、スイッチを押すことが禁じられているのだ。

ユダヤ教徒には、「律法」に基づいて、守らなければならない決まりごとが数え切れないほどある。南米旅行中に会ったユダヤ教徒の女の子に、「宗教によって食べてはいけないもの」を問うたとき、彼女は「食べてはいけないものを話すより食べてもいいものを話すほうがよっぽど楽だわ。」と言っていた。「食べたくないの?」と聞いたら「別に。」と言って彼女は涼しい顔をしていた。

そして、ユダヤ教徒にとって重要な決まりごとのひとつが「安息日」だ。
安息日には、一切の仕事を行ってはならない。
簡単に説明すると、
アダムとイブを創った神が6日間でこの世界を創りあげた後、
1日、休息をとられたためである。

しかし。
「空調のスイッチを押すのは安息日を破ることで、
空調のスイッチを切ってくれる異教徒を探して、押してもらうように命じるのは安息日を破ることにはならないというのは、なんとも妙な話だな。」と私は首をかしげながら、そのスイッチを押した。

何が正しくて何が間違っているのかは私にはわからない。
ただ宗教によって、個人によって、「ものさし」が異なっている。
きっとただ、それだけのことだろうと私は思う。

それだけのことだけど、
それは時に、とても大変なことで
お互いの正しさが衝突を招く。

いつか世界が丸くなればいいだなんて、
簡単には口に出来ないことが、私は悲しい。

今日は金曜日だ。
異教徒によって崩された神殿の壁に寄り添いながら
今日も多くのユダヤ教徒が祈りを捧げていることだろう。

新たな神殿の再建を夢見ながら。

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