ぽち太騎兵旅団(1人) 世界遺産防衛作戦 総括3 | ぽち太の寝言は寝て言え

ぽち太の寝言は寝て言え

その日、その時、思ったコト、したコトをありのままに書いてます 気楽にやりましょー(^-^)/

連休明けの今週の仕事、やっと終わりました
(^-^)
さて、この後は、久しぶりに金山まで飲みに行こうかな
o(^o^)o

明日は天気も良さそうだし、走りに行きたいので、深酒しないようにせねば!

一応、今回の総括で、合掌集落のツーリングレポは最後
最後の総括は、合掌集落についてです

ご存知のように、白川郷・五箇山の合掌集落は世界遺産に登録されています
合掌家屋が造られるようになったのは、意外に新しく、江戸時代中期頃だそうで、他の地域の古い街並みに比べて特に古いワケではありません

この集落が世界遺産に登録されたのは、古き良き日本の元風景と言うのに加えて、家屋の建築様式の独自性によるトコロが大きいでしょうね

では何故、この様な家屋建築があらわれたのかな?
ぽち太君とおねいさんで考えてみよう!
(^-^)/

ぽち太(以下ぽち)「やっぱり屋根の形が独特だね。何でこんな形なの?」

おねいさん(以下おねい)「それはね、この辺りは冬になると、雪が沢山降るんだよ。その雪の重さで家が潰れないように、あんな屋根の形になったんだよ」

ぽち「ふーん、でも、何でそんな雪が沢山降る所に家を建てたの?」

おねい「それはね、昔平家ってお侍さんが源氏って言うお侍さんに負けて、逃げて来来たのかもしれないね。この辺りは少し前まで『平村』って村だったし、ほら、美味しい五箇山豆腐を『平家豆腐』って売ってるお店もあるね」

ぽち「そっか、源氏のお侍さんが追いかけてこれないように、山が険しくて雪が沢山降る所に来たんだ」

おねい「これはおねいさんの想像だけどね」

ぽち「なんだ、想像かぁ」

おねい「でもね、この辺りは、江戸時代には、悪いコトをした人が流される所だったのは、本当だよ」

ぽち「ふーん。で、その人達はココでお米や野菜を作ってたんだね」

おねい「ところが、そうじゃないんだよ。この辺でお米を作るようになったのは、昭和になってからなんだよ」

ぽち「じゃあ、ココに住んでた人達は、どうやって暮らしてたの?」

おねい「それはね、蚕って言う蛾を育てて絹糸を作って売ったり、土の中から取れる火薬の原料を作って売ったりして暮らしてたんだよ」

ぽち「へえ、そうなんだ」

おねい「でも、そうしたお仕事には、沢山の人手がかかるし、狭い土地で沢山の人が一緒に住んだり、仕事したりするのが便利なように、こんな形の家になったんだよ」

ぽち「へえ、そうだったんだ。昔の人が、みんなで暮らしていけるように、一生懸命考えて出来た家なんだね。おねいさん、凄く勉強になったよ、ありがとう」

と言った解説が主流のようですが、それ以前はどんな家に住んでたんでしょうね?

また、今観光で訪れる我々からすれば、懐かしく思う風景も、実際には時代と共に変わっています

時代の変化と共に、家や生活様式は変わってゆくのは、至極当たり前のコトだと思いますが、世界遺産に登録されたコトによって、それもままならないとしたら、そこに住む人達にとって良いことなんでしょうか?
ぽち太自身を含めて、懐かしがるだけの観光客に答えは出せません

実は、ここを訪れる前に、いわゆる「限界集落」について調べてみたんですが、世界遺産に認定され、観光客が押し寄せるコトによって合掌集落に住む人達の暮らしは安定しているようにも見えます
しかし、この風景を維持してゆくには、家だけを保護すれば良いとは思えません

例えば田んぼもこの風景を作り出す、重要な要素なんですが、この地道な作業を継続する人がいなければ、田畑はどんどん荒れていきます

ぽち太が泊まった相倉集落は11世帯、菅沼集落は9世帯しか生活している家庭はありません
観光が成り立たなければ、とっくに限界集落です
インフラの整備や日々の暮らしに必要な施設、働く場所等も増やさないと人口の維持も難しいでしょうね

自分を含め、押し寄せる観光客を眺めながら、深く考えさせられます

不思議なもので、この辺りに残る民話等も悲しいものが多い気もします

代表的なのが、集落のシンボルとも言える人形山の伝説

昔、目を患った母の為に、幼い姉妹が山の権元様(女人禁制)に願いを掛けたところ、権現様のお告げがあり、その通りにしたら母親の目は回復しました
姉妹は権現様にお礼を言うために、山に入りましたが、突然降り始めた大雪に降り込められ、帰る事はありませんでした
それ以来、春になると山には手を繋ぐ姉妹の姿が残雪となって現れ、村人の涙を誘ったそうです


(写真中央の大きな雪渓がそうです)

女人禁制って言うと、T嶋Y子先生が目を剥いて怒りそうですが、修行の場、信仰の対象となるような山は、険しく厳しい地形と天候に晒されるので、体力の弱い女性を守る為に、信仰に結びつけて戒めた優しさが基にあったんじゃないかと思います

差別的な理由は、権威主義の一部の人が後付けで言い出したコトだと思います

合掌集落の風景と、そこに住む人達と話をすると、そんな気分にさせられます

五箇山名産「赤かぶ漬け」を食べてると、余計にそう思います



雪国の漬物って、凄くしょっぱいと思いがちですが、コレはほんのり甘くて、ごはんのお供にも酒のアテにもぴったり
五箇山豆腐と同じく、優しい味です

厳しい自然の中で暮らしてると、人も食べ物も優しくなるのかなあ

なんか、とりとめのない話になっちゃいました…
f(^_^;

このリカバリーは、次の更新で!