この間、夢を見ました。
亡くなった伴侶とドライブをしています。
「そこを左に曲がって」と言われ、曲がるとたくさんの人の行列に行き当たり、その時点ですでに車はなく歩いています。
その行列に並ぶしか先に進めないなあと思い、並ぼうかどうしょうかと迷っています。で、この行列ってなんなのさ?と、よく観るとコロナワクチン接種会場への行列です。
建物はなんとも古びた侘しい建物で、並んでいる人たちは全員外国人ですべて白人。なんとなくJ・オーウェルの小説「1984」を彷彿とさせるかつての旧ソ連とか東ドイツとか、あまり馴染みはないけれど知らないなりに閉塞的な感じがする環境及び無表情な人々。
なぜか女性はひとりも居ず、全員が男性です。
「いやいや、私はこの行列には並びたくない」と思い、ここから出たいと進んでいくとワクチンを打っている部屋に行き着き、そこで接種状況を観ています。
すると防護服のような着衣の人が直系5cmほど、長さ20cmほどの子供の玩具のようなポンプ式の水鉄砲状のものを使って、なんと顔面(左のこめかみ下あたり)にそのポンプ注射を打っています。
それを見てとんでもなく恐ろしくなり、逃げようとするともっとガッチリした防護服を着た大男がそのポンプを持って追いかけてきます。
「きゃ~~~あ!やめて下さい!私はいいですから!」と逃げ回っても執拗に追いかけてきます。思わず「〇〇さ~んっ(伴侶の名前)助けてぇ~~~!」と叫んだところで目が覚めました。
強烈な夢とワクチン懐疑派(と言うか、西東洋に関わらず今の全ての医学に常に懐疑的。故にここ30年以上病院に行ったことがありません)なので参考にと思い、先日、こんな本を読みました。
書いてあることがすべて真実かどうか、そのあたりは断言はできませんが「そうかぁ・・」と思う点は多々ありました。
下のは随分以前に読んだ本なのですが、
シュタイナーの言ってることと、現在の状況がかなりオーバーラップ。
清濁合わせ、山のように沢山のコロナ関連の本が出ています。
本オタクとしては偏ること無くいろんな本を読みたいのですが、新刊本(古書店のは情報が古く種類も少ない)を買うとお金もかかるし、場所も取る。
吟味に吟味を重ね、取りあえずのチョイスはこの2冊。
ご興味があればぜひ。
コロナワクチンを打つか打たないか、どちらを選択するかは自分次第です。
今の日本に於いては困難を伴わず法律に触れない限り、個人の自由意志で殆どの事柄に対する選択が可能です。
私が思うに、コロナワクチンのみならず生きていく上での出来事に対してすべて自分の意志で決め、選択していくことは基本の基です。
今後、あらゆる面で自分自身のセンサーが基本になってくると思います。
それをしっかりお手入れし、少々のことで狂わないようにしておかなければなりません。
そして自分の選択の失敗の責任を誰かに押し付けたり、後悔したりしない生き方を全うしていきたいと思っています。
8/2~8/8のお告げ
VISION
QUEST
ビジョンクエスト
ビジョンクエストとは子供から成人へのイニシエーション(通過儀礼)で、たったひとりで山にこもり自然の中で断食断水で過ごす4〜5日を、ひたすら祈り続けるというなかなかにハードな儀式なのです。
聖なる石の輪でであるメディスン・ホイールの中で眠り、そのような状況の中で体験した夢、精霊からのメッセージ、ビジョンなどを真摯に受け止め、そこから得られる応えが今生での使命だそうです。
慌ただしい都会生活を営んでいては、このような本格的ビジョン・クエストを実行することは非常に困難です。
が、ほんの少しの時間を作り、しばしたったひとりで過ごすことは可能です。
世界中が騒然としている今こそ、その喧噪から距離を置き静寂を保つことはとても大切なことです。
差し迫った個人的な問題があってもなくても、そのような時間と状況を作ることは、即ち”自らの創造”であり、決して大袈裟ではなくとも今の自分のミッションに気づくための貴重な時間なのです。
例えば、日々なんとなく歩いている道に意識的になり、もし、目についたものがあればそれに注意を向ける、見慣れたまわりの景観を新鮮な気持ちで眺める、普段とは違った方法でなにかをしてみるなど、自分にしか解らないことを自分だけの方法で行ってみるのです。言うなれば自分だけの儀式を演出するのです。
勿論、機会があれば自然の中に身を置き、自然とのコミュニケーションをすることは最良です。
儀式とは”非日常”です。
第三者に振り回されることなく自分の自由意志で非日常を創造し、そこからのメッセージを受け止めて下さい。
今週は自分自身を見失わないための儀式を真摯に愉しむ週になさって下さい。















