「問題を間違うことを極端に嫌がる小6の子への対応」ってのを読んで思った | 飛ばねえアヒルは ただのアヒルだ

気に入って読んでいる塾の先生のブログ

 

「問題を間違うことを極端に嫌がる小6の子への対応」

についてってブログを読んで、

 

懐かしいな~って思った。

あったあった、そういう時期。

妙に勉強ができて、学校で頭良いってジャンルになってた、うちの子にもあった。

 

ピヨ太(現在、高校3年生 ヒゲがのびた。肉食獣の匂いがする)

小4の頃に、算数の問題を手で隠して解いていたっけ★

よく泣いていたな~。

 

ピヨ助(現在、中2。朝から洗面所で前髪の1ミリで格闘。松田聖子の歌か!)

小1の頃、間違えるのがイヤで泣いていたっけ★ その後、小4ぐらいまで続いた・・・。

 

ってなわけで、こういうことは本人に聞くのがいい。

あの頃は泣いていたけど、今はまったく泣かなくなった方にインタビュー

 

「なんで泣いたの? 悔しいって感情? 恥ずかしいって感情?」

『恥ずかしいって感情だったと思うよ』ピヨ太

「間違えたことが恥ずかしいって?」

『そうだね』ピヨ太

 

「なら、恥ずかしくないよ。って理解したから泣かなくなったってこと?」

『間違えたとしても、それで何かが決まるわけじゃないって気が付いたからかな?』

『その時期(多感な小学生時代)は、今が全てって思っていたと思う。』

『だから、今間違えた=今終わる。と短絡的に結び付けたんだと思うよ』ピヨ太

 

ほほ~、興味深いね。

 

「なら、大人はどうすればよい?」

『基本的に、ほかっておいても、いつかは、本人が気が付く』

『ああ、間違った問題、ほかっておいたから、テストで点がとれんのだって』

『でも「間違えたことは恥ずかしいことじゃないよ」と教えてくれたら、早く気が付いて、泣いたりイライラするのが早く終わる可能性があるんじゃね』ピヨ助

 

とのこと。

 

ちなみに、アヒルの記憶では、

算数の問題を手で隠しながらやっていたピヨ太には、当時、

「ピヨ太くんさ~、隣の子が算数解いてる時、それ見てる?」って聞いて

『見てないよ』って答えたから

「ピヨ太くんが、みんなを見ていないのと同じぐらい、みんなも、あなたを見てないよ」

「たとえば、1週間前の算数の授業で間違えた答えを言った子を覚えてる?」

『覚えてないよ』って答えたから

「ピヨ太くんが覚えていないぐらい、みんなも、誰も、ピヨ太くんが間違えたこと覚えていないんだよ」

って、会話した記憶がある。

 

当時、小学校の二者面談で、

「間違うことに恐怖を抱くみたいで、泣くんですよね~」って先生に話したら

『授業で「間違えてもいいんだよ」って声かけても、そう思う子多いんですよ・・・』

って、先生も悩んでいた。

 

なんだろう?

教えてなくても、子どもらは「間違いが怖い」

空から降り注いでるのだろうか?

「間違えたら恥ずかしいんだぞ~雨」みたいなもんが?