夜空に咲く花と言えば花火ですが、
ここ数日の満月もなかなか美しゅうございました。(本当は、ここで満月の画像をアップした方が良いのでしょうけど面倒なので撮影もしてませんしアップもしません。m(_ _)m)

母星である地球との距離は約38万4400km。地球の1/4強という衛星にしては不釣り合いな大きさを持ち、その引力で度々?地震などの自然災害を誘発(科学的な根拠は地震以外は示されていないそうですが)。
まるで、子供に振り回されておかしな行動を取っている大人(両親だけではなく祖父母も!)たちのようです。

日本列島縦断で約4400kmだそうですから、単純に87回縦断してもまだ足りない計算になりますからかなり遠いですわね…。(-o-;)
この月と地球の距離は年間約3.8cmずつ離れていっているそうで100年で3.8m差が出来るわけですから、そりゃ気象が変わるのも無理はありません。

サンゴの化石の調査で、4億年前は1日が22時間ほどで1年が約400日あったとか…。もちろん暦も時計もない時代ですが、日の出や日の入り、季節の移り変わりなどどのようなものだったのでしょうか?

こういうヒントですぐにアイデアが浮かんでしまう私は、例えば『自分時計』という商品を思いついてしまいます。

『自分時計』
当然、生まれた日から時計が動き始めます。
二十歳の人なら○○20年の○月○日。
日常生活に困るので日付と時間だけは標準時間に合わせるとして、オリジナルの年号を年齢と共に一生使うってのも乙なモノではないでしょうか?
何だかんだで自分の人生ですからね!

では、満月に代わって出てきた太陽Sunの眩しさに負けないくらい眩しい週末をお過ごし下さいませ!('◇')ゞ
ナポレオンの弟、ルイ・ボナパルト。
9歳上の兄のエジプト遠征に従軍して軍人デビューするもリウマチを遠征で?発症。
以後、鬱の傾向が現れ陰気な性格と言われる。
兄嫁ジョゼフィーヌの連れ子、オルタンスと結婚、3児をもうけるものの夫婦仲は悪く後に離婚してしまう。

1806年 18歳の時にホラント王国(イギリス侵攻の基地として重要視していたオランダ~1795年からバダツィア共和国としてフランスの衛星国の役目をしていた~)の統治をナポレオンから命ぜられ、ローデウェイク王として就任する。
ところが、オランダの王としてオランダ人の利益に配慮、自由主義的な政策や大陸封鎖令への反対などナポレオンの意思とは違う方向へ進み(何故かナポレオンの兄弟姉妹はほとんどがナポレオンを裏切ったり反旗を翻したりしている)、
1809年 イギリス軍のオランダ上陸に端を発し
1810年 ナポレオンは20000の兵をオランダへ派兵、ルイを王の座から退位させる事となる。
ルイはオルタンスと離婚、
ボスニアへ亡命し後継の次男は10日間だけローデウェイク二世として君臨するがフランスに併合されてしまう。

この次男ルイボナパルト(ややこしい(-"-;))は、父より早く31歳で早逝してしまいます(長男に至っては4歳で亡くなっていた)が、三男のナポレオンボナパルトがナポレオン家を再興、ナポレオン3世として帝政を復活させるのですが…。


かのカール・マルクスは著者『ルイボナパルトのプリュメールの18日』で、
あまり好きではなかった?へーゲル(ドイツの哲学者)の言葉を引用して、
「彼(へーゲル)は以下の事を付け加えるのを忘れている。一度目は悲劇だが、二度目は茶番劇だという事を。」と書いています。
この茶番劇を今、民、自、公でやろうとしているのはご存知の通りですが、マスコミも同じ穴の貉です。
大スポンサーである大企業は消費税が上がればむしろ儲かるわけで、消費者や中小企業だけが負担に苦しむシステムです。
とにかく野田内閣で何もかも悪い事を決めてしまって、選挙の結果で次に首相になった人をまた手懐けてしまえば自分たちの会社と権益は守れるとでも思っているのでしょう。

郵政民営化の時はコイズミ某をヨイショして、今度は消費税増税しなければ年金とか持ちません!
などと良く言えたもので、まさに茶番劇極まりないのですが…。
増税分でまた工事が出来ると関係者だけが喜んでるんですけどね。
1799年 ナポレオンに逃げられ残されたエジプトのフランス軍は、イギリスとオスマン帝国の攻撃に何とか持ちこたえていたものの、
1801年 遂に降伏、15000の生き残り兵はフランス本国へ帰された。

一方、フランスへいち早く戻りクーデターにより独裁政権を築いていたナポレオンは、1801年2月にオーストリアと、1802年3月にはイギリスと講和条約を結びヨーロッパ戦線は休戦状態であった。


カリブ海に浮かぶサン=ドマング。
砂糖やコーヒーを大規模農園で栽培して消費地である北アメリカやヨーロッパに供給していたこの地はスペインからフランスの植民地へと変わっていた。
労働者はアフリカから強制連行された黒人奴隷。
あまりにも過酷な強制労働に逃亡する者たちもいて、森の中へ逃げ込んだ彼らはマルーンという反乱組織を結成、度々プランテーションを襲撃していた。

1789年 世界の40%もの砂糖を生産していたサン=ドマングには、支配層である白人やムラート(混血)の8倍に当たる約50万人の奴隷が酷使されていたがフランス本国の革命が情勢を変えるきっかけとなる。
1791年8月 ブードゥ教の高僧が奴隷たちに動員令を発令、大規模な奴隷蜂起が起き、2ヶ月で2000人の白人を殺害、280ヶ所の砂糖農園を焼き払い、1年が経った頃には島中が混乱の渦に巻き込まれていた。
これにスペイン軍が参戦し混乱は拡大、
1792年4月、フランス議会は肌の色に関係なく植民地のすべての人の平等を宣言する。

島の指導者トゥーサンはフランスに屈服するつもりなど毛頭なく自治政体として支配、
1801年にサン=ドマングの憲法を発布し、自治政府の樹立と自身の総督就任を定める。
これに対しナポレオンは義弟を総大将として派兵、トゥーサンに近い同盟者の寝返りでトゥーサンは一挙に苦境に陥り、
「投降すれば自由を保障する」という諫言に乗り捕縛されフランス国内の要塞に収監、翌年死亡してしまう。
同年10月、フランスが奴隷制度の復活を企んでいると勘づいた島民は再び反旗を翻し戦闘が再開、
『自由さもなくば死』の旗の下にフランス軍を打ち破り、
1804年1月1日 ハイチ共和国として独立を果たす。


基地問題などの一方的な決定でお分かりのように実は日本は独立してはいません。
国民の税金で他国の軍人を養う国が何処にあるでしょうか?
勝ち組、負け組とコップの中で争ってる場合じゃないんですけどね…