短歌は出口ではない 2 | 喜劇 眼の前旅館

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短歌のブログ

革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ  塚本邦雄


あらかじめお断りすれば私は歌を象徴とか寓意とかのほうでは基本、読めません。あるいは読みません。
うっかり読めたり確信犯的に読む場合もあるかもしれないがそれは例外で、つまり象徴とか寓意で読むというのは歌を俯瞰して全体を一度に視界に収める、のみならず、その一首が矢印として何か歌の外にあるものを指しているらしい、と、その何かまでを視界に収めようという志向であると思いますが、そういう読み方以外で読もうとするということです。

掲出歌。絵としてはとくに問題なくわかりやすい歌です。
「革命歌作詞家」なる肩書きというか職業、の人物に「凭(よ)りかかられて」、「すこしづつ液化してゆくピアノ」。と、ひとまずそのままに無理なく取ることができる。
ピアノが「すこしづつ液化してゆく」ところにやや脳で絵にしにくさがあり、その分だけ“言葉の世界のできごと”感があるけど、いったんほぼ一首丸ごとイメージに変換し終えたのちに、そのイメージをみなで共有し、「革命歌作詞家」は何を意味しているか。「ビアノ」は「液化」は何を、といった議論に続けやすいタイプの作品ですね。

そのように読後を活気づかせることも作品の力だと思いますが、作品の力は作品そのものではない。作品の力で語らされることは、作品を語ることとはちょっと違うのではないかというのは、短歌にかぎらず文学作品を語る言葉におぼえがちな疑問です。
イメージによって適度に作品から遠ざけられてしまう前の、むきだしの文字のつらなりに読み手があらためて出会い直せば、たとえば、この歌には何て<カ>の音が多いんだろうかといった、誰の目にもあきらかでありつつとくに意味のなさそうなことが気になってくる。


カクメイカ/サクシカニヨリ/カカラレテ//スコシヅツエキカ/シテユクピアノ
カ   カ    カ    カカ            カ


計六つの<カ>音があります。結句以外すべての句に<カ>がみられ、初句と三句にはそれぞれ二つもあらわれています。
四句の<カ>は字余りの八音目かつ句跨がりの途中なので、四句というより下句の中心にあるとみることもできる。一首を上句と下句で分けるなら、<カ>音の出現には上句に五つ、下句に一つだけという偏りがあることも気になります。
いずれにせよこの歌を読むということは、うるさいほど頻出する<カ>音を一首の中に聞き取り続けることであり、音の次元で起きているそのことが、意味としての一首の読みに何も働きかけないなどとは考えられないし、その逆もまた然りです。


革命歌/作詞家に凭り/かかられて//すこしづつ液化/してゆくピアノ
カ カ   カ    カカ           カ


ここに意味を呼び戻してみます。
大雑把にいって上句は人物、下句はピアノに焦点化しているということができますね。人物とその「凭りかか」る動作にまだ見ぬ対象があることまでを示す上句と、その対象であったピアノとピアノに起きている現象だけが描かれている下句。
この“人物からピアノへ”という焦点の移動と、前述した上下句間の<カ>の数の格差を重ねあわせたとき浮かび上がるのは、「革命歌作詞家」と肩書きに三つも<カ>音を備えた上句の主役たる人物が、凭れかかったピアノとその領分である下句へ、みずから豊富に持つその<カ>音とともに「液化」(この語が<カ>音を備えているのもいうまでもない)という影響をもたらしつつある、という一首の光景です。

いいかえれば、彼がなぜ「革命歌作詞家」という見慣れぬ奇妙な肩書きでなければならなかったのか。そしてなぜピアノに「凭りかか」らねばならず、受けとめたピアノのほうはなぜ「液化」しなければならなかったのかといった理由のうち、少なくともその一部は、上に示した一首の意味と音の連係する光景があきらかにしています。
つまり、「革命歌作詞家」「凭りかか」「液化」はそれぞれ<カ>の音をふくむゆえにこの場に招かれる権利を得たのであり、「革命歌作詞家」が歌の外に何を指すのかといった議論は、そもそも<カ>音を豊富に含む肩書きにほかにどのようなものがありえたか(いくらでもありえたとも、これしかなかったともいいうるでしょう)、といった文字列=歌に寄り添った想像力によってすかさず制限されなければならないでしょう。

くり返される音がほかでもない<カ>なのは、もちろんこの作品が短歌つまり歌=<カ>であるからです。
短歌=<カ>が自らの分身として「革命歌」をここに呼び寄せ、同時にその語にふくまれる二つの<カ>と出会ったことをこの<カ>にあふれた歌の起源の物語として捏造してみるのは、“作者の意図”という証明不能の起源を遠慮がちに捏造することとくらべても、それほどいかがわしいことではないと思います。