読書その他のメモ@Twitter | 喜劇 眼の前旅館

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短歌のブログ

ワダチ(松本零士)読了。各回おわりのポエムみたいのがすごくいい。あのポエムみたいのをぶつぶつ呟く空間として四畳半とか屋台とか、パンツとかトリとネコとかタムシがどこまでもついてくる。5:31 PM May 31st webで
すごく内面的な話なのに、主人公が傷つけられたシーンでも全然「感情移入しろ!」ていうコマがないのがいいなあ。そういうとこがセカイ系と違うのかなあ。5:37 PM May 31st webで
四畳半と大宇宙がじかに繋がるとこはセカイ系的ともいえそうだけど。5:39 PM May 31st webで
作家がひたすら主観的に無反省にポエム的なものをたれながしていい空間、というのを作品のなかに確保するのは大事なことだなあ。5:50 PM May 31st webで
無反省なポエム的つぶやきはわりきれない矛盾をはらむのでイイ。6:11 PM May 31st webで
B39-II。吉村萬壱の小説ではじめていいと思った。9:08 PM May 31st webで
ホトトギスが鳴いた。吉村萬壱『ヤイトスエッド』読了。「B39-II」と「鹿の目」がよかった。4:46 AM Jun 2nd webで
サボテン・ブラザーズ。超苦手なタイプの映画で気が滅入る。3:26 PM Jun 2nd webで
最初の数分で、もう泣く準備して見るつもりだったのがなぜこんな凶悪な気分に。3:43 PM Jun 2nd webで
アンデルセンは詩人だねえ。比喩がいっぱい。8:39 PM Jun 3rd webで
視覚的に再現不能な描写、って詩だなあと思う。まあ詩のことはよくわからんのだが。8:40 PM Jun 3rd webで
小説の描写は、視覚的な再現性に過剰にこだわることで時空がゆがむとこがあるけど、8:43 PM Jun 3rd webで
言葉のうえだけの論理で描写を成立させてしまい、視覚的にありえないものを呼び起こすという描写もあって、そういうのを詩的描写ということにしとく。8:45 PM Jun 3rd webで
描写を切り詰めて、少ない言葉でぱっと対象の本質をつかんでみせる、みたいなやり方がもともとあって、8:55 PM Jun 3rd webで
そこから描写の対象を消してしまうということかな。何もないけど脳が読みにいってしまう感じ。8:57 PM Jun 3rd webで
くだりかかってたとこを「新・明日に向って撃て!」みて持ち直す。リチャード・レスターのマンネリにはなんか癒される。9:22 PM Jun 3rd webで
向井豊昭『怪道をゆく』読み中。3:42 PM Jun 5th webで
寺山修司の話し方について、あれは青森なまりじゃなく「アクセント一つない」「青森のアクセントを捨てようとして、東京のアクセントまで捨ててしまった寺山」とあるけど、3:42 PM Jun 5th webで
あの平板な感じは韓国語をベースにしてんじゃないかなとおもったなんとなく。3:44 PM Jun 5th webで
Wikipediaにこんなこと書いてある。「寺山の競馬の出会いは1956年。ネフローゼで入院中でのことで、同室の韓国人から賭博とともにそれを学んだ。」http://bit.ly/kzGrR3:47 PM Jun 5th webで
青森なまりを消すために韓国語をつかったんでわという仮説。3:51 PM Jun 5th webで
サンダーボール作戦。007はマクガフィンだけでできてる映画。12:42 AM Jun 9th webで
オードリー・ローズ。こんな重い映画だったのか…。くだけ散るガラスとともにおとずれるやりきれない救い。
THX-1138/ジョージ・ルーカス。仮面つけたポリス(ロボットという設定)がかっこよかった。4:27 PM Jun 12th webで
メトロポリスのアンドロイド+石森章太郎(ロボット刑事とか)と言う感じ(ポリスが)。4:29 PM Jun 12th webで
ブラックジャック読む。「殺しがやってくる」の回、事故を起こしたピノコを“手術”するBJ。筐体をあけて脳や臓器をむきだしにされるグロテスクなピノコにも手塚の趣味のよさ(反語じゃなく文字通り)は発揮されてるけど、ぎょっとするのは下腹部。8:20 AM Jun 14th webで
幼児のかたちをしたピノコが「奥さん」を気取るたび読者の頭をかすめる疑問に、手塚はちゃんとひとつの答えを示している。つまりピノコはセックスできる体につくられていた。8:26 AM Jun 14th webで
BJ、ピノコの出る回はみんないいな。今さらだけどピノコいい。
医学知識が支えてるリアリティとはべつのリアリティの柱がピノコにはあって、前者のリアリティと地続きなこっち側のもろもろの面での矛盾をあっち側から無効にしてくる!(うまくいえてない)5:54 PM Jun 20th webで
ピノコのリアリティ=人間のかたちをしたものには人間と同じように魂が宿る、というオカルト的な実感。5:55 PM Jun 20th webで
かたちどころか、中身まで人間から詰め替えられてるんだから、それが動いたり喋ったリするのも当然、というリアリティ。5:59 PM Jun 20th webで
医学的リアリティ=劇画的リアリティ、オカルト的リアリティ=マンガ的リアリティというのはどうか? そうゆう二つの柱。6:11 PM Jun 20th webで
ピノコ自身にもその二つは共棲してて、パカッとふたを外すとリアルな脳味噌や内臓が露出して描かれもする。マンガの下から劇画があらわれる。6:17 PM Jun 20th webで
ということはつまり、ピノコがオカルト的(マンガ的)リアリティの代表として作品のリアリティのバランスをとってるんじゃなくて、ピノコ自身がオカルト(マンガ)/医学(劇画)という二つのリアリティが共存したBJとゆうマンガの象徴的なキャラクターなのです!6:25 PM Jun 20th webで
千年女優。今敏はなんか途中で飽きるな。2:16 PM Jun 22nd webで
フレーム乗り越えものはすごい好きなんだけど、ずっとそれで押されると飽きる。乗り越えのバリエーションがいくら抱負でも乗り越えってだけだと単調だから。2:18 PM Jun 22nd webで
回想シーンに現在の人物が介入する、ていうのは先例だと「絞殺魔」とか「ドグラ・マグラ」とか。回想と現在を分けるフレームはそもそも単に映画の約束事だから、そんなものは元々ないんだとも言える。2:25 PM Jun 22nd webで
だから映画が一方的に(観客との)約束を破って登場人物にフレームを乗り越えさせることには、何も障害はないけど、約束がくずれて語りに混乱が起きるわけでそこがおもしろいというしくみ。2:28 PM Jun 22nd webで
でもその混乱もずっと続くと見慣れてしまうし、もともと約束があっての約束破りだから、破れてしまった約束を何度も破ってみせるのはもうジャンル(の約束事の強固さ)へのもたれかかりというか甘えみたいのがにじみ出てきてよくないと思う。2:34 PM Jun 22nd webで
でもフレームを越えたり崩れるときのめまい、みたいなのはやっぱり私は偏愛つうくらい好きかも。ディックなんかはフレームがあからさまに越えたり崩れることはそんななくて、つねにぐらぐらしてるところがいいんだな。あれは技法っていうよりもっと人格とか文章の病気みたいなもんだと思う。2:41 PM Jun 22nd webで
千年女優でアニメならではのうまくいってたとこは、映画(虚構)と現実の間のフレーム越えの所。実写だとそもそもが「現実」と似すぎてるので、映画内の虚構(映画)と現実を分ける約束のこととか、よけいなことがいろいろ目についてしまうと思う。2:45 PM Jun 22nd webで
アニメはもう現実とは別個のリアリティを前提に見てるので、作品内での「映画」と「現実」が見分けのつかない状態で呈示された上で、事後的に「これは現実でした」「映画でした」とひっくり返されていっても違和感がない。2:48 PM Jun 22nd webで
ただそのアニメ的なリアリティの、デフォルメされかげんというのがこういうタイプの作品では単調さにつながるという気がする。実写ならよけいな情報が多くてすっきりフレーム越えられない分、そのよけいな情報が思わぬ見どころになるから。2:54 PM Jun 22nd webで
ディックが開けっ放しの蛇口みたいに小説書いてたときにダダ漏れになってた私生活の悩みとか頭の中のもろもろが、ディックをディック好きの作家が真似るときに技法化するようなものとは一線を画してる。3:02 PM Jun 22nd webで
ディックの書き方には町の中でカメラを回してるようなところが含まれてたんだと思う。3:04 PM Jun 22nd webで