Age30 -2ページ目

とうとう最終出社日


お世話になった会社の最終出社日。


荷物を整理し、ご挨拶に回る。


多くのことを学ばせていただいた。


機会があれば、恩返しをしたいと思う。


それが出来る様に早く事業を成功させたい。


会社の従業員通路を出て、高くそびえ立つビルを見上げる。


大きく1礼、頭をさげて帰路についた。


帰りの足取りはとても軽い。


明日から全力で走れそうだ。

三顧の礼に応える


起業準備をしているある日のこと


昔の同僚と再開することが出来た。


起業の意思を伝えたところ、相手は大いに驚いた。


なんと彼も起業しようとしていたのだ。


さらに、その創業メンバーに私の参画を希望している。


嬉しい話であったが、丁重にお断りした。


私は起業するからには社長を希望していたし、共同経営は何かと問題が起こる予感がしたからだ。


それから1ヵ月後に連絡があり、お誘いを受けた。


今回も承諾する理由がなく、お断りする。


また1ヵ月後に連絡を受ける。


いくつかアドバイスを貰いたいこともあるというので、会うことにした。


なるべく力にはなりたい。


その待ち合わせ時間に私は2時間ほど遅刻してしまった。


急なミーティングが入ってしまったが、連絡がとれない。


結局、連絡が取れないままにミーティングが終わるやいなや、待ち合わせ場所に急いだ。


もういないだろうと思われたが、彼はそこにいた。


そして三度目のお誘いを受けるに至り、とうとう共同経営に同意することにした。


No.2として彼を支え、事業を大きくしていくことを約束する。



再開!


8月は退職の手続きと起業準備で大忙しであった。


今の仕事を同僚に引き継ぐ、これが大変な作業。


同僚の能力は人物は私以上であるが、内部的な調整でなかなか思うように行かない。


よいコンサルタントを引継ぎの人員としてアサインすることで、


既存のお客様への影響を最小限にしたい。


しかし優秀なコンサルタントは、既存のプロジェクトを抱えている。


それが一段落するまでは引き継げないのだ。


ようやくその機会が訪れて、引き継ぐことができたのは8月の中旬にさしかかるころ。


有給は完全には消化しきれない。


それで、いい。


私は自分の都合で起業するのだから。

ITコンサル → プログラマ

久しぶりにもとの同僚と再会した。


私より1年ほど前に退職している。


「今はどんな仕事をしているだろう?」


興味とビジネスとの両輪


ついつい急ぎ足となる。


知っているのはIT系の会社を設立したが、


共同経営者と意見があわずに飛び出したところまで。


なんとその元ITコンサルの彼は


孤高のプログラマとなっていた。


納得のいく仕事のみを受ける 技術の安売りはしない


世の中に役に立つものを作る 品質を追求しつづける


彼の掲げる4か条は素晴らしい。


信念を感じる。


つらぬき通せる力があれば本物だ。


プログラマとして 彼の名前が聞こえてくる日が待ち遠しい。

SLAコンサル

情報システム部門の肥大化を防ぐために


情報システム部門を子会社化する場合がある。


本体から切り離されても、直ぐにシステムの変更が入るわけではない。


提供するサービスは変わらないが、サービスの契約という観点が追加となる。


ITサービスを課金制とするなら、


どのようなサービスがあるのかカタログ化しなければならない。


サービスの詳細な仕様を文書化し、双方がなっとくしてサービス契約とするのが望ましい。


これはSLAを規定し、SLAに基づいてサービス契約を行うと言い換えることができる。


データセンターやプロバイダーでしか聞かれなかった言葉が、


エンタープライズ分野で聞こえてくるようになった。


その場合、SLAを規定するのは初めてというケースが多く、


外部のコンサルタントにお願いすることが多い。


『方法論で食べていく』 これは私の目指すところ。


SLAコンサルティングに今後も注目したい。

事業の天秤

この世に生を受けて 早30年


ビジネスの世界に足を踏み入れて まる8年


そのほとんどをIT分野で過ごしてきた。


PG(プログラマ)→NE(ネットワークエンジニア)→IT系コンサルタント


いわゆる下流工程から上流工程を経験することができた。


富士山でいうところの頂上の景色を知っているつもりだ。


世の中には富士山よりも高い山がある。


その頂きはまだ制覇していない。


それでもいくばくかのバリューを5年は提供しつづけることが出来る。


特に方法論のところは、陳腐化しにくい。


独立系のITコンサルタントとして起業するのがもっとも手堅い。


異業種をチャレンジしたくなるが、そうすると自身のバリューは半分以下になる。


それで勝負できるか?


起業はリアルなはず。


バランスのとれていない事業計画では たちまちのうちに資金が溶けて無くなる。


ビジョンとバリューのバランスが重要なのだ。


私の事業の天秤は倒れない。


大きく ゆっくりと かたむき


小さく 素早く 回りながら


奇をてらう 賭けはなし


絶妙かつ 王道


世の中が必要とするように 棚卸の才を打ちいれる。

育児休職のすすめ

男性の育児休職は0.44%だそうだ。


その中に含まれているかと思うと不思議な気分。


生後10ヶ月の我が愛しの息子と2ヶ月ほど過ごした。


子育てというのは、かなり重労働。


私の様な主夫の場合、ちかくに井戸端会議する相手もおらず。


ノイローゼでダウンする母親の気持ちが良くわかった。


ヨメさんが帰ってくると話を聞いてもらいたくなる。


子供の成長が楽しみになる。


立場が変われば、心境も変わる。


相互理解ってこういうことなのかも。


男性の育児休職が増えれば、離婚率も減少するはず!


家庭が安泰なら安心して事業に打ち込める。


さぁ、そろそろ事業プランについて考えるとするか。

我が人生は詩となりえるか!?

カミさんの祖父が他界された。


享年85歳。


まさに大往生と言える。


ご冥福を祈る。


若い頃のおじいさんは、強面だったとのこと。


はじめてお顔を拝見したのは、2年前。


その頃でもベットに寝たきりだった。


初孫を去年見てもらいに行ったときは、相当に具合が悪かった様だ。


お通夜で昔の話を聞かせてもらうと、


頼りになる男気のある人だったそうな。


一人につき、エピソードをすこしづづ。


しかしそれが集まると短編詩集になる。


私の心の的を射た一遍の詩。


弓が大好きな祖父の様に


我が人生も詩となりうるような生き方をしたいものだ。



有終の美!?

現在のお仕事で表彰されちゃいました。


はじめてのソリューションで、しかも他部署連携が必要。


しかもアプリケーションの開発は中国と問題が発生する可能性はてんこもり。


山を越え谷を越え、そして谷間にはさまったボールをとり・・・・。


なんとか無事に終えることができたのです。


その仕事がお客さんに評価されて、次々に億単位のオーダを頂いたのが評価されました。


もっと苦しいときに表彰してくれると、奮起するいい機会になるんだけど、


もう退職願いも出してしまったので。。。


劇画タッチな生き方

本日は、組織の上司とプロジェクトの上司の3人で飲み会。


色んな話をしつつ、終電まで楽しく飲みました。


今後の行く末を心配されつつ、期待されつつ。


とてもありがたいことです。


「池上遼一の漫画のような、劇画タッチな生き方をしたい。」とユーモアを交えていったところ、


かなり勘違いが入っている様でますます心配と言われました。


「コンサルタントとして、人のビジネスのために仕事をしてきたが、


今後は自分のビジネスのために全力をつくす。」といったときも


ぽか~んという感じでした。


劇画タッチな生き方は、現実からかけ離れすぎているのかもしれません。(笑)