GW終わりましたね~。
皆様はいかがお過ごしだったのでしょうか![]()
私の今年のGWは、久々のカレンダー通りのGWでした。
(これまでのGWは、祝日でも仕事をしていたので、4連休が並ぶなんて20年ぶりぐらいかな)
だけど、
4連休があっても、どう過ごそうかと考えているうちに、どんどん時間が過ぎていって。
休日の時間は、何でこんなに早く過ぎ去るのでしょうね。
ずっと家にいるのもつまらないので、5日に大好きな京都に行ってきました。
中●人がいなくなったとはいえ、人気観光地は相変わらず人混みがすごいので、今回も比較的人が少ない山科を旅してきました。
行ってみたいお寺が二つもあるのですよ。
随心院
まず行ったのは、随心院。
地下鉄東西線「小野駅」を下車し、5~6分歩きます。
随心院といえば、小野小町ですね。
超美人でありながら、謎多き女性です。
親しくしてもらっているブロガーさんの過去記事を見て、ぜひ行きたいと思っていたのですよ。
随心院総門入口
随心院は991年に創建された真言宗のお寺で、代々、摂関家が住職を務めた門跡寺院です。
だけど、このお寺が人気なのは、何といっても日本を代表する美女、小野小町が晩年を過ごした寺だからです。
小野小町を描いた絵
小野小町は遣隋使で名高い小野妹子の一族で、生まれは秋田県。
クレオパトラ、楊貴妃と並んで世界三大美女と伝えられています。
小町の残した和歌の石碑
小野小町は和歌の名手でもあり、六歌仙の一人としても知られています。
百人一首で詠まれた和歌は、
「花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
「桜の花と同じように、時が経てば人の若さも美も永遠ではない」
と解釈でき、どんな美しい人でも、いつかは年老いていくのだ、という自らの人生を詠んだような、いかにも小町らしい歌ですよね。
随心院、大玄関
宮仕えを引退した小野小町は、晩年この随心院で過ごし、一生独身を通したと言われています。
平安時代の女性の乗り物「輿(こし)」
実際に女性が乗る時は、台座に屋根と母衣が付けられていました。
小町様が乗っていたのかもね。
能の間
極彩色梅匂小町絵図(ごくさいしきうめいろこまちえず)
この華やかな襖絵は、小野小町の一生を鮮やかに描いた絵だと言われています。
インスタ映えを狙って多くの人がSNSにアップされていますね。
当寺院のメインでもあり、5枚組の絵ハガキがよく売れていましたよ。
建物の外にも魅力的なスポットが幾つかありました。
小野小町が化粧するために姿を映したと言われる化粧井戸。
水に自らの姿を映して、ここで化粧をしていたのですね。
私も実際に水面に顔を映してみましたが、暗くてよく分からない顔でした。
小町文塚
小町に届いた大量の恋文千通を供養したと言われる文塚。
小町は宮中で宮仕えをしている時に、多くの男性から山のような恋文と求婚攻めにあったという逸話を残しています。
深草少将との悲しきエピソードは有名ですよね。
谷崎潤一郎の「痴人の愛」の小説に「女の顔は憎しみがかかればかかるほど美しくなる」と書かれています。
小町の美貌は、フラれた男の恨みや憎しみによって作られたのかも知れませんね。
小町は恋文を捨てることなく塚に埋葬し、恋が成就しなかった男の情念や恨みを塚に閉じ込め供養したのです。
懺悔でしょうか。
それとも、今でいうストーカー対策のようなものかな![]()
絵馬(左)とおみくじ(右)
絵馬には多くの女性から「美」や「恋」「学問」に関する内容がたくさんありました。
「才色兼備」「小町美人」という言葉が随所に溢れていましたね。
日本の歴史史上で、美人と呼ばれた女性は多く存在しますが、
ここに来ると、やはり世界に名高い小野小町は別格だという気がします。
醍醐寺
随心院から徒歩で20分ぐらいでしょうか、頑張って歩いてようやくたどり着きました。
総門
醍醐寺は、世界文化遺産でもあり、真言宗醍醐寺派総本山でもあります。
この壮大な空間は、三宝院エリア、伽藍エリア、霊宝館エリアの三つのエリアに分かれていて、それぞれのエリアで別途料金がかかります。
三宝院の入口に拝観料の受付がありました。
まずは三宝院エリアからスタートします。
三宝院は永久3年(1115年)に創建され、その後、安土桃山時代に豊臣秀吉が「醍醐の花見」を行ったのを契機に本格的に整備され、豊臣色の強い寺院となっています。
大玄関正面の襖絵と生花
写経部屋
玄関を入って左側に、写経をする部屋がありました。
三宝院本殿の中は、「菱の間」「秋草の間」「勅使の間」「表書院」など幾つもの部屋があって、それぞれ襖に見事な襖絵が描かれています。
菱の間
勅使の間
表書院
どの部屋にもこのような素晴らしい襖絵があります。
純浄観
奥宸殿
奥宸殿は座主の居住空間といわれ、お城並みに武者隠しがあるそうです。
また後方にある醍醐棚は、天下の三大名棚とよばれています。
屋敷の中から見る庭は、本当に素晴らしいですよ。
三宝院・庭園
亀島(左)&鶴島(右)
ずっと見ていたくなるほど素晴らしいです。
どの角度から写してもいい写真が撮れますよ。
秀吉自らが庭の縄張りを考案したとされ、覇者の象徴とされる「藤戸石」を庭の主人石として配したユニークな発想は、さすが天下人としての非凡さを見せています。
どの島も全て橋で繋がっており、決して孤立させないところに秀吉の性格が出ているようにも思います。
カメラでは全景を収めることができず、ばらばらに写したので、よく分からない写真になっていますけど。![]()
藤戸石
「天下を治める者が所有する石」として室町時代から足利将軍によって引き継がれてきた天下の石です。
大河ドラマ「豊臣兄弟」にも登場していましたよね。
秀吉の命で「醍醐の花見」以降、ここに運ばれて来ました。
この石を置くことで、ここが天下人の場所だと主張しているのです。
教えてもらわなければ分からないような遠くにぽつんと置かれています。
ちなみにその後方には、秀吉を祀った豊国大明神があります。
唐門
門は黒の漆塗りで、菊と桐の門に金箔が施されています。
天皇家と豊臣家が融合した格式の高さを表しています。
「下乗」とあるのは、ここで馬や駕籠を降りる場所なのです。
次は伽藍エリアに向かいます。
エリアの入口、仁王門(西大門)
阿吽二体の仁王様が出迎えてくれます。
金堂
醍醐寺の本堂がここです。
本尊の薬師如来坐像は、病気を癒し苦しみを除く仏様です。
五重塔
この塔は天暦5年(951年)に完成した京都府最古の木造建造物です。
不動堂
日月門
観音堂
西国三十三観音霊場第十一番札所になっており、本尊の観世音菩薩は「子授け」のご利益があるとされています。
弁天堂
弁天池にかかる赤い太鼓橋を渡ってお参りします。
この伽藍エリアには他にも「清瀧宮本殿」「祖師堂」「真如三昧耶堂」など数々のお堂と仏像が存在しています。
参拝に夢中になり、昼食をすっかり忘れていました。
このエリアに唯一のお食事処があるのですよ。
寿庵
伽藍エリアのずっと奥にあります。
カフェもありますよ。
醍醐の桜麺&ゆば丼 (1800円)
(デザート付き)
私の食べたお昼ごはん。14時過ぎの遅い食事でした。
帰りは地下鉄「醍醐駅」まで歩きました。徒歩15分ぐらいかな。
万歩計を見てみると、この日歩いた歩数は約17000歩でした。
毎度のことですが、京都に行くとつい歩いてしまいますね。
史跡を訪れることで、日本の歴史だけでなく、その時代に生きた人の心内に触れることができるので楽しいです。
だから「旅」というのはやめられませんね。
オマケです~
外に出かけて行ったのは、この日だけで、
あとの休日はずっと家にいて草引きをしたり、小説(小蝉の続編)を書いたりしていました。
なかなか良いアイデアが浮かばずに苦戦しています。
いつもは家のコタツの上で書いているのですが、
たまには気分を変えるために、
我が家の庭を見ながら
このような雰囲気に浸って書いています。
もちろんコーヒー付きですよ。![]()










































