気がつけば、子どもたちに関わる仕事を始めて、もう10年ほどになります。
最初は学童保育を2年間。
その後、放課後等デイサービスに携わるようになりました。
でも、僕の「子どもと関わる仕事」の原点は、もっと前にあります。
それが、スイミングクラブです。
大学を卒業する頃、僕には田舎に戻って就職する話が決まっていました。
ところが、卒業直前になって、その話がなくなってしまった。
「さて、どうする?」
そんな状況です。
そこで、それまでアルバイトで行っていたスイミングクラブで相談したところ、
「うちで働いてみないか?」
という話をいただきました。
しかも、
「水球のチームを見てみないか?」
という話まで出てきたんです。
実は、そのスイミングクラブには水球チームがありました。
ただ、名前だけが残っていて、指導者がいない状態。
そこに僕が入ることになりました。
当時の僕は、もちろん水球の経験もありました。
そして、自分自身も一度、オリンピックを目指して頑張っていた。
だからこそ、
「やるなら、本気でやろう」
と思ったんです。
でも、単純に「水球を教えてみよう」と思ったわけではありません。
ある雑誌の記事との出会いが、僕の考え方を大きく変えることになります。
その雑誌が、**『月刊水泳』**でした。
そこに、ハンガリーの水球について書かれた記事が載っていました。
ハンガリーでは、子どもたちが日常生活の中で水球のボールに触れている。
日本の子どもが、広場があれば絵を描いたり、相撲を取ったりする。
それと同じように、ハンガリーの子どもたちは、水のある場所で自然に水球をしている。
その記事を読んで、僕は思いました。
「これだ。」
日本の水球を強くするには、ジュニアから選手を育てなければならない。
誰かがやらなければならない。
だったら、
自分がやろう。
それが、僕が水球の指導者として歩き始めた原点でした。
そして、ここから7年間。
思い通りにはいかない、長い時間が始まります。
つづく。
