葬祭センターからの指示で朝9時半集合。
まず、死化粧をしてくださる方々が到着して、
持ってった父の写真を見て、それを参考にしながらきれいにしてくださった。
飲まず食わずの10日間だったし、歯も抜けて頬がこけてたので綿詰めたり、
血色良く見えるように化粧したり。
できあがりはとても素晴らしいものだった。
近年稀に見る血色の良さだねー、と妹家と話したり。
お斎の席順やら、生花の並べ順、お寺さんの送迎どうするとか、
葬祭センターの担当さんの誘導でどんどん話が進んでいく。
担当の男性、とても良さげな方で、おっとりとした口調と動作に焦燥感も和らいだ。
お昼過ぎ、お嬢到着。
お嬢は仕事納めの日。
園長先生にお伺いしたら、半日で上がってくださいって言われたって。
火葬場へ持ってくものの買い出し頼みたいから、
とりあえず一旦葬祭センターへ来てね、とlineしておいた。
お線香あげてくれる?
「うん」と上着脱いで荷物おいて、お焼香。
台から離れたなー、って見てたら、枕元に回って・・
父の肩をさすりながらしゃくりあげてた。
そばに行って、なでなでしてたら号泣。
ドライな子だと思ってたし、会いに行こうよー、喜ぶよー、って誘っても、
「えー、面倒くさい」って言ってたから、まさかねー、こんなに泣くとは思ってなかった。
思い出してみれば、私は産休だけで復職したので、その後は父母がみててくれた。
3才になったら、半日ぐらいオレがみてる、と父が言ったので母上もパート復帰した。
お嬢は父とのお留守番時間が一番長かったかもね。
俺様で、わがままで気まぐれでイヤなヤツなんだけど、不思議とこどもには優しい人だった。
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亡くなった日、親戚関係は父の兄に連絡をお願いした。
とりあえず、兄妹だけ連絡つけばいいや、程度だったんだけど、
伯父は張り切って連絡をしてくれた。
父の顔を見れるのは通夜の晩までだから、なるべく多くの人に・・って。
だけどね、その割に伯父の考え方が優先されてて、
本来声をかけなきゃいけない人に声かけてなくて・・。
中でも叔母の息子二人、
特に下の息子は父母が仲人した間柄。
実際、通夜の時に叔母から「息子たちが声かけられなかったから行かないって言ってた」と聞いて、
声かけなかったんじゃなくて、連絡先しらないから伯父ちゃんに頼んでおいたのに、ってなっちゃって、
なんで声かけてくれなかったのか聞いたら、伯父は「必要ない」と。
必要有るか無いかは、私が判断することなんだからって言っても・・頑固爺(--;
なので叔母には、こういうわけでと理由を話しておいたんだけど、
でもさ、声かけられなくたって、そういう時は来るもんだよね?
別に喧嘩してたわけじゃないし
あ、私がばーちゃん(父の母)追い出したの気にいらなかったのか?
でも、それも本をただせば、ばーちゃんと叔母がいけないんだからさー
って、悶々。
はー、面倒くさー、が、このあたりから始まった。
旦那は、うっかり実家に早めに連絡いれちゃったものだから、
枕経が始まるというのに梅子電話でしゃべりっ通し。
始めるよ、って声かけたら、まだ何か電話の向こうでしゃべってたらしいけど、
プツッと切ったんだって。
これも後に梅子ワールドが開催する・・。