通夜の日①(忘備録) | 落ち着け私!な(元)介護日記

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父:2017年12月27日に旅立ちました
母:2022年5月8日に旅立ちました
現在は介護を卒業したので【日常あれこれ】がメインです

葬祭センターからの指示で朝9時半集合。

 

まず、死化粧をしてくださる方々が到着して、

持ってった父の写真を見て、それを参考にしながらきれいにしてくださった。

飲まず食わずの10日間だったし、歯も抜けて頬がこけてたので綿詰めたり、

血色良く見えるように化粧したり。

できあがりはとても素晴らしいものだった。

近年稀に見る血色の良さだねー、と妹家と話したり。

 

お斎の席順やら、生花の並べ順、お寺さんの送迎どうするとか、

葬祭センターの担当さんの誘導でどんどん話が進んでいく。

担当の男性、とても良さげな方で、おっとりとした口調と動作に焦燥感も和らいだ。

 

お昼過ぎ、お嬢到着。

お嬢は仕事納めの日。

園長先生にお伺いしたら、半日で上がってくださいって言われたって。

火葬場へ持ってくものの買い出し頼みたいから、

とりあえず一旦葬祭センターへ来てね、とlineしておいた。

お線香あげてくれる?

「うん」と上着脱いで荷物おいて、お焼香。

台から離れたなー、って見てたら、枕元に回って・・

父の肩をさすりながらしゃくりあげてた。

そばに行って、なでなでしてたら号泣。

ドライな子だと思ってたし、会いに行こうよー、喜ぶよー、って誘っても、

「えー、面倒くさい」って言ってたから、まさかねー、こんなに泣くとは思ってなかった。

思い出してみれば、私は産休だけで復職したので、その後は父母がみててくれた。

3才になったら、半日ぐらいオレがみてる、と父が言ったので母上もパート復帰した。

お嬢は父とのお留守番時間が一番長かったかもね。

俺様で、わがままで気まぐれでイヤなヤツなんだけど、不思議とこどもには優しい人だった。

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

亡くなった日、親戚関係は父の兄に連絡をお願いした。

とりあえず、兄妹だけ連絡つけばいいや、程度だったんだけど、

伯父は張り切って連絡をしてくれた。

父の顔を見れるのは通夜の晩までだから、なるべく多くの人に・・って。

 

だけどね、その割に伯父の考え方が優先されてて、

本来声をかけなきゃいけない人に声かけてなくて・・。

中でも叔母の息子二人、

特に下の息子は父母が仲人した間柄。

実際、通夜の時に叔母から「息子たちが声かけられなかったから行かないって言ってた」と聞いて、

声かけなかったんじゃなくて、連絡先しらないから伯父ちゃんに頼んでおいたのに、ってなっちゃって、

なんで声かけてくれなかったのか聞いたら、伯父は「必要ない」と。

必要有るか無いかは、私が判断することなんだからって言っても・・頑固爺(--;

なので叔母には、こういうわけでと理由を話しておいたんだけど、

 

でもさ、声かけられなくたって、そういう時は来るもんだよね?

別に喧嘩してたわけじゃないし

あ、私がばーちゃん(父の母)追い出したの気にいらなかったのか?

でも、それも本をただせば、ばーちゃんと叔母がいけないんだからさー

 

って、悶々。

はー、面倒くさー、が、このあたりから始まった。

 

旦那は、うっかり実家に早めに連絡いれちゃったものだから、

枕経が始まるというのに梅子電話でしゃべりっ通し。

始めるよ、って声かけたら、まだ何か電話の向こうでしゃべってたらしいけど、

プツッと切ったんだって。

これも後に梅子ワールドが開催する・・。