ザスタのクマさん -9ページ目

ザスタのクマさん

あらゆるアート、デザイン、 特に写真が大好きなクマこと熊谷の作品集。

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東京で1番好きな場所は?


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🖋 東京の日エッセイ

七月十七日を「東京の日」と名づけたのは、
少し気取った歴史好きかもしれない。
江戸ヲ称シテ東京ト為ス──その古風な詔書の文言は、
今では社会科資料集の片隅で黄ばみかけている。

それでも、この日を誕生日と決めてしまえば、
喧噪に満ちた首都も、どこか一人前の人間の
ように見えてくるから不思議だ。

子供のころ、東京といえば真っ先に
浮かんだのは教科書の挿絵の東京タワーだった。

だが大人になって六本木ヒルズの屋上に立つと、
東京タワーは、もはや記号ではなく、
遠くで静かにまたたく一本の灯に変わる。











今どき、屋上を吹き抜ける風は、
海の香り、潮の匂いがする。

ただ、足もとの街路だけがやけに小さく、
そこを行き交う無数の人々が、

誕生日を持たされた都市の毛細血管の
ように、せわしなく脈打ちつづけて。

江戸が東京に改名されたあの日から、震災と空襲を
くぐり抜けてきた街が、この夜もなお光を絶やさずにいる。


最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

撮影  文 熊谷

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ちょっとした幸せを感じる瞬間は?


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ナイアガラの滝を見下ろす岸の上に、
私は八年前の自分をふいに見出した。

世界の端が、そこだけ白くちぎれて
落ちている。その裂け目から溢れ出した水は、
轟々と鳴りながら奈落へ吸いこまれ、







底で砕けては、再び空へと立ちのぼる。
水は落ちるたびに重さを忘れ、
純白の霧となって逆巻きながら、
私の視界をゆっくりと奪っていった。






見上げると、霧の一枚ごとに光が滲んでいる。
陽は高く、雲は薄い。そのどこにも特別な
ものはないはずなのに、滝壺から吹き上がる水けむりと
出会った途端、光はたちまち色に解け、
二重の弧を描いて、谷をまたいで架かりはじめる。








一筋目は濡れた岩肌をなぞるようにくっきりと、
二筋目はそれを追う影法師のように、
淡く、たえず揺れている。

同じ場所にとどまりながら、
絶えず生まれ変わっている虹である。






やがて虹のうち、外側の一つがふっと薄れた。
風向きが変わったのか、水けむりがわずかに
流れを変えたにすぎないのだろう。







それでも私は、
二本の弧のうち片方だけを失った空を、
妙に物足りなく感じながら眺めていた。

片方を見送ることで、残った一本さえ、
遠い日のものになってしまった気がしたからである。










八年後の今も、
あの谷底には白い霧が立ちのぼり、
誰かが同じ場所で同じように虹を
見上げているに違いない。

水は落ち続け、霧は巻き上がり、
光は二重の弧を描き続ける。

その「いつでも」の中から、
あの日の一瞬だけが切り離されて、

私の心の隅で、今も静かに濡れたまま、消えきらない。







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暑い日差し浴びると。海に会いたくなる。
ということで、三年前に行った

イタリア・チンクエ・テッレで2番目に小さい街
マナローラの昼と夕方小景。

カラフルな家々が、
昼の碧い海を背に並んでゐる。
崖のへりへりまで家を押し出して、
どれも息をひそめてゐるやうだ。

夏の光が瓦を白く灼いて、
洗濯物だけが風にあらがつてゐる。

港には小舟が三つ四つ、
鎖の音をたてたきり、
あとは波にまかせてゐる。

人声も笑ひ声も、
どこか硝子ごしに聞くやうに遠い。






ところが夕方になると、
家並は俄かに
ひとのやうな表情を持ちはじめる。

西の空がうすい朱にそまり、
黄色い壁はその朱をうつして、
ふいと頬を赤らめたやうに見える。

さつきまで碧かつた海は、
鉛いろの底からゆつくり火をともされて、
むらさきがかつた藍へ変つてゆく。

どこからかの調理の匂ひが立ちはじめ、
坂道の上には一日の疲れを
からだから放つた観光客が、
狭い手摺にもたれかかつてゐる。









私はそのうしろ姿を眺めながら、
この村は海に向かつてゐるのではなく、
夕方という一つの時間に向かつて
建てられたのだらうと思つた。

昼のマナローラは絵葉書で、
夕方のマナローラは日記の一頁である。
どちらも捨てがたいが、

旅人のこころに長く残るのは・・・

たいてい夕方の方だ。







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カップ入りゼリーの好きな味は?


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今日はゼリーの日です。

ゼリーの原料であるゼラチンがフランス菓子や料理に盛んに使われることから、
フランス革命と同じ日を「日本ゼラチン・コラーゲンペプチド工業組合」が  
「ゼラチンの日」及び「ゼリーの日」に定めました。

七月十四日。
台所のガラス鉢には、
昨夜の名残りのゼリーが、
まだ震えてゐる。

巴里の石畳に血を流した民衆と、
冷蔵庫のなかで微かに光るこの菓子とが、
どうして同じ暦の上に並ぶのか、
私には少し不思議である。

ゼラチンは、どこか哲学的だ。
熱に溶け、冷たさに従ひ、
器のかたちに身をゆだねる。
自由を叫ぶでもなく、
しかし囚人でもない。







スプーンを入れると、
革命前夜の城壁のやうに、
あっけなく崩れる。

その断面に閉ぢこめられた
果物たちは、群衆のやうに色とりどりだ。

そして、一七八九年七月十四日、
雑多な靴音が押し寄せ、錆びた大砲と
不満とが一緒くたになって門を揺らし、
やがて城は落ちたが、崩れたのは石だけではない。
王の時間もまた、静かに割れたのである。




『民衆を導く自由の女神』 ウジェーヌ・ドラクロワ



いまは、革命という言葉は派手だが、
実際は長い夜に似ている。飢えた財政、
鈍い貴族、苛立つ市民。ロウソクの火のまわりで、
自由や平等という聞き慣れぬ語がゆっくり形をとる。

バスチーユ襲撃は、その夜の最初の雷鳴にすぎなかった。
だが人は、最初の音だけをよく覚えている。
あとに続く血と討論と処刑台の季節は、
教科書の余白に押し込められてしまう。







今では牢獄よりも記憶の方が
牢屋らしくなってしまい、
石も鉄格子も観光客の
スマートフォンに押し込められている。



現在のバスチーユ記念碑と広場、向かって右奥オペラ座。



銃声の代わりにシャッター音がひびき、
怒号の代わりにドローンが低くうなっている。
革命という言葉も、ワインと同じ棚に並べられ、
ラベルの年号だけが丁寧に読まれる。

だが、広場を吹き抜ける風は、
いまだに火薬とパンの匂いをまぜこぜに
運んでくる気がする。

生きにくさだけは、
どの世紀にも余っているからだ。

夜になると花火がセーヌの水に沈み、




10数年前パリ祭、トロカデロ広場人混みの上のエッフェル塔と花火。




石の城はとっくにないのに、
日付だけが同じ顔で残るのは不思議だ。
七月十四日は、圧制の象徴を潰した日であり、
いまは観光と安全を気にしながら
花火を見上げる日の名札でもある。

人々は革命の細部を忘れ、
そのかわり「自由・平等・博愛」という、
少し手触りのよすぎる言葉だけを紙の旗のように掲げて歩く。

その薄さを笑うことはたやすいが、紙でも、
掲げ続ければ風の向きくらいは示すのかもしれない。








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もう梅雨明け、ますます夏本番となってきますね晴れ
夏バテなんかもして来ちゃいますが、そんなときは!!

✒ 五色そうめん小景

食卓に五色の糸がほどけるように並ぶと、
それだけで部屋の温度が一度ほど下がる気がする。

ガラス皿の上、白・赤・緑・黄・茶が、
それぞれ別の夏を巻き取って小さな渦にしている。

箸を伸ばすと、まず耳の奥で伊予節がかすかに鳴る。

白は無言のまま光を吸いこみ、
梅肉を練りこんだ赤は、
どこか場違いなほど血色がよい。

抹茶の緑は、城山の木立を遠くに
見て育った少年の横顔に似ているし、
鶏卵の黄は、昼下がりの路地にさす一枚の陽の切れ端だ。
そば粉の茶だけが、ひとつ年長の顔をして、
他の色の浮かれぐあいを、冷ややかに見ている。

人は由来のついた食べものから先に箸を出す。
松山の海と山とが、細く長くなって喉を通ると思えば、
つゆのしょっぱささえ、どこか歴史の味がするものである。










第一本目にどの色を選ぶかで、その日の気分が量られる。
白から始める者は常識家の仮面を好み、
赤に手を出す者は、食卓にささやかな事件を望んでいる。
黄を選ぶのは妥協を知った大人であり、
緑は健康を気にしているつもりの怠け者だ。
茶を先に取るのは、たいてい昨日から
少しだけ人生に倦んでいる人間である。

そうめんごときに心を読まれてはかなわぬと、
私はわざと目をつむり、手探りで一束をつまみあげた。
箸先に触れたのは、よりによって無色透明の、
ただの白であった。残念と言っていいのだろうか!?、

名物は、最後にはただの満腹として静かにおさまる。
歴史の終わりは、いつも食後の眠気のかたちをしてやって来る。

あとには空っぽの硝子皿だけが、
夏のひかりを無色のまま受けとめていた。





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撮影   文    熊谷


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日付は1954年(昭和29年)7月12日、国立東京第一病院
(現:国立国際医療研究センター)で初めて「人間ドック」が行われたことから。
より多くの人に「人間ドック」の受診を促すことで病気の早期発見につなげ、
国民の健康増進に寄与することが目的。
記念日は2019年(令和元年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。


最近の私は、どうやら人間ではなく高級家電であるらしい。
しかも最新式ではない。保証書もとっくに失くした、
修理歴多数の型落ちモデルである。月に一度、
人間ドック兼「総合点検」に持ち込まれる。

受付のソファには、同じメーカーの同じ年式と思われる
紳士淑女が、番号札を胸に静かに並んでいる。

どの顔にも、どこか似たラベルが貼ってある。
「高血圧気味」「心電図要注意」「がん既往あり」。
一見ただの老人クラブだが、実態は
老朽化した精密機械の見本市である。





(ホテルのようなエレベーターから見た大学病院内部)




もっとも、不具合は突然始まるわけではない。
まず朝、起動に時間がかかる。立ち上がっても、
関節という部品の一部がぎしぎし鳴る。

そこへ胸の奥で、聞き覚えのない電子音が鳴る。
説明書には載っていない警告音である。

私は大病のおかげで、もはや新製品ではなく「生産終了モデル」だ。
にもかかわらず、調子が悪くても、病院へはなかなか持ち込みたくない。
電源を入れ直せば直る気がして、つい我慢してしまう。
 
ところが現実の人間という精密機械家電は、取扱説明書を読まないと、
あっけなく煙を上げる。症状が悪化してから駆け込む待合室には、
同じく「保証期間の切れた」顔がずらりと並んでいる。










そこでは皆、血圧計に腕を差し出しながら、
「もっと早く来ておけば」と心の中でだけ反省するのである。

老齢化国家日本では、
定期検査はもはやぜいたく品ではない。
高級ワインより、人間ドックの方が
よほどビンテージを伸ばしてくれる。

壊れかけて、捨てられる時代は終わったのだ。

これからの紳士淑女は、こう言うべきだろう。
 「若作りはやめたが、メンテナンスだけは最新式です」と。
 


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よく食べるラーメンは?


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ラーメン産業の振興・発展とともに、日本独自のラーメン文化を支えることが目的。
記念日は2017年(平成29年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

日付は「7」を「レンゲ」に、「11」を「箸」に見立てたことと、ラーメンを最初に
食べたとされる水戸藩主・徳川光圀(水戸黄門、1628~1701年)の誕生日から。
徳川光圀は、学者肌で非常に好奇心が強いことで知られている。
中国の明から亡命してきた儒学者・朱舜水に学んでおり、外国の文化も積極的に取り入れて、
その中に中華麺も含まれていたされることから、光圀は日本で最初にラーメンを
食べたといわれている??。

七をレンゲ、十一を箸と見立てた者の
機知はたしかに愉快であるが、

そのレンゲに掬い上げられる
ラーメンの値段を思うと、
私の箸は中空で止まる。

日本橋本町の一隅で、一般社団法人
とやらが人類とラーメンの未来を
案じているあいだにも、私の財布は
ひっそりと過去形になってゆくのだ。

水戸黄門光圀公が、はじめて支那そばを啜ったと
伝えられるのは、もっと穏やかな物価の頃であろう。











黄門様の印籠が問題になる。あれはなぜ、ああも遅いのか。
斬り合いになり、血飛沫が飛び、悪役の一人や二人は、
もはや二度と熱いスープを味わえぬ体になってから、
もう一太刀出れば誰かの腕か首か
が転がろうという、その寸前。

そこでようやく、例の「この紋所が目に入らぬか」となる。

血の匂いを少しばかり吸い込ませてからでなければ、
御威光も充分に効かぬと見える。

あれほど権威があるなら、
割り箸を割る前に出してもらいたいものだ。

考えてみれば、今のラーメンも印籠に似ている。
一杯千円以上の丼の前で、我々は無意識に平伏する。
替え玉を頼むかどうかで逡巡する姿は、
もはや庶民ではなく家来である。

だが、黄門様と違って、ラーメンは
決して「もうよい」とは言ってくれない。

店先の貼り紙には、小麦高騰、
光熱費高止まりと、達筆で言い訳が並ぶ。

客は一瞥してから、黙って券売機の前を通り過ぎる。
その背中に向けて、誰かがこのインフレにそっと印籠を
差し出してくれはしないだろうか。

政府よ「目に入らぬか、庶民の生活を」と。




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納豆を使ったおすすめレシピ!


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日付は「なっ(7)とう(10)」(納豆)と読む語呂合わせから。
関西納豆工業協同組合が関西での納豆の消費拡大を目的に、
関西地域限定の記念日として1981年(昭和56年)に制定。

その後、東京都荒川区荒川に事務局を置く全国納豆協同組合連合会(納豆連)が、
1992年(平成4年)に改めて全国的な記念日として制定。

📜 納豆の日の小景

七月十日が納豆の日であるという理屈は、
あまりにも安直で、そして抗いがたい。
七と十を並べて口にすれば、確かに、
あの糸を引く音までが舌の裏で
ぬるりと立ち上がる気がする。

この日になると、私は決まって藁苞に
包まれた納豆のことを思い出す。

今話題のナフサ由来圧縮発泡スチロール容器から、
ぺりりと内ビニール蓋をはがす今どきの納豆は、
どうにも発芽の瞬間を見損なった
種子のようで、どこか気の毒である。








藁の隙間から顔を出す大豆は、
まだ田畑の匂いをほんの少しだけ
身にまとっていた。

子どもの頃、母の指がその藁を解くたび、
古びた箪笥の中から、秘密の日記でも
盗み見るような後ろめたさを覚えたものだ。



糸をひく豆を箸でかき混ぜていると、
発酵などという理科室めいた
言葉を知らぬころから、

自分の内臓のどこかも、同じように
静かに発酵している気がする。

大豆だの乳酸菌だのという
栄養学的用語を借りるまでもなく、

舌と腸はこの微かな腐敗の
奇蹟に感謝している。







そして結局のところ、「体に良い」という
呪文を唱えながら茶碗をかき込んでいる

私自身が、もっとも安直な語呂合わせなのだろう。




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ジェットコースターで何を叫ぶ?


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7月9日は「ジェットコースターの日」。
1955年のこの日、日本で初めて後楽園遊園地にジェットコースターが誕生した。

ちなみに、世界最長のコースターは三重県桑名市のナガシマスパーランドにある「スチールドラゴン2000」で2479メートル。世界最速のコースターはアラブ首長国連邦・アブダビのフェラーリ・ワールドにある「フォーミュラ・ロッサ」で最高速度240km/hです。


🎢 ジェット機の名をもらって

ジェットコースターの日と聞くと、
決まって胸のどこかがそわそわする。

昭和三十年のこの日、後楽園ゆうえんちに現れた
長さ千五百メートルの軌道は、まだ戦後の埃を
わずかにまとった東京の空に、未来の線を引いたのだという。

名は本来ローラーコースター。けれど後楽園は、
ジェット機にあやかって「ジェットコースター」と
呼びかえたという。その名の軽率さと野心とが、
いかにも戦後の東京らしくて、私は好きだ。

若いころ、あのレールを見上げるだけで胸が先に落ちていった。
最高時速五十五キロと聞けば、今どきの若者は鼻で笑うかも。
だが、ぎい、と鎖に引かれながら昇ってゆく途中、

連れの沈黙が少しずつ濃くなるあの時間は、数字では計れない。
眼下に縮んでいく観覧車の屋根、麦わら帽子のつば。
その一つ一つが、頂上の手前でふいに永遠に思えた。

空を飛ぶことに憧れながら、結局レールの上を走るしかない
鉄の車両。私たちは歓声を上げ、風を切り、胃袋を
持ち上げられながら、その事実に気づかないふりをしていた。





ええじゃないか(富士急ハイランド)より





やがて落下がはじまる。風は顔に平手打ちを浴びせ、
悲鳴とも笑いともつかぬ声が喉の奥からちぎれて出る。

あの瞬間だけ、人生のハンドルは完全に手放され、
ただレールの意志にゆだねられる。若い私は、それを
自由だと信じていた。いま思えば、自由とはああして
誰かに預けてしまう、甘やかな怠け心でもあったのかもしれない。

気がつけば、もう長いことコースターには乗っていない。
腰だの首だのを理由に断り続けるうち、友の誘いも遠のいた。

静かなベンチに腰を下ろし、遠くで上がる歓声を聞いていると、
身体より先に心がすっかり地上に根を張ってしまったことに気づく。

あの頂上で、世界と未来をごっそり置き去りにしてきた若者たちは、
いまどこで何を見下ろしているのだろう。

かつての私は、あの鉄の背中にしがみつき、世界が自分のために
急降下してくれるのだと信じていた。今の私は、コースの全体を見渡し、
誰かの悲鳴と笑い声とを、同じ音として受け取ることができる。

それでも、七月九日が巡ってくると、胸の奥の小さなコースターは、
そっと動き出す。がたん、ごとん、と記憶のレールをたどり、
あの日の空へ昇ってゆく。現実の私は、もう二度と乗らないのに。

それでも、心の中の老朽コースターだけは、今日も変わらず
最高時速五十五キロで、若き日の私を運び続けている。

叫び声も、風の匂いも、そのままの速さで。







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まずはこれはおかしいと思った。

昭和百年祭を「歌謡ショー」に貶め、
天皇陛下のお言葉すら封じた高市内閣。






主役であるはずの陛下を脇に追いやり、
自分だけ前に出てノリノリとは、
保守を名乗る資格すらない。
戦争と復興の記憶に向き合う代わりに、
昭和をBGMに消費するだけの
軽薄さに、ただただ怒りしかない。

まして、
自民党が進める皇室典範改正は、
明らかになっている世論と
ズレたまま強引に決めようとしてる。






女性天皇への支持が8割前後という調査が続く一方で、
旧宮家養子案には反対が賛成を上回るとの
結果も出てるのに、それを正面から受け止めない
姿勢は、国民を「空気」としか見ていない証拠。

今年の2月に衆院選で大勝したので、思い上がり、
民主主義の基礎体温を無視した傲慢な姿勢。

そして
🌸 愛子さまのたたずまい

敬宮愛子内親王殿下は、
幼いころから常に人前に立つことを
求められながらも、一歩引いたような慎ましさがあります。

儀式の場で深く静かに一礼なさるとき、
その所作は派手さを避けつつも、
芯の強さをにじませます。

目立とうとしない分だけ、
ふとした笑みやうなずきが、
周囲への細やかな気づかいとして際立ちます。






成年をお迎えになった折のごあいさつでは、
ことば少なに感謝と決意を述べられました。

声はやわらかく落ち着いていながら、
一語ごとに意味を確かめるような慎重さがあり、
軽さよりも責任の重みを抱きしめる姿がうかがえました。
その慎み深さこそが、現代における
新しい気高さとして映ります。






👑 「長子」が継ぐという自然さ

天皇陛下と皇后陛下の
ただ一人の子として育まれた年月は、
皇位という抽象的な継承よりも、
まず家族の物語として積み重なっています。

災害の被災地や行事の場で、
両陛下の背後に静かに寄り添うように
立たれるお姿は、次の世代がそっと
受け継ぐ灯火のようにも見えます。

長く寄り添ってきた親子の時間の延長線上に、
そのまま象徴の役割が滑り込んでいくなら、
それは決意よりも「自然な成り行き」に
近いものになるでしょう。

血筋や制度の前に、「あの方ならば」という
穏やかな納得が先に立つ、その落ち着きこそが、
日本の次の時代の空気を決めるのかもしれません。








🌱 静かな未来像としての愛子天皇

もし、未来のある日、「天皇・愛子」という名が
公に呼び上げられるとき、それは喧噪とともに
訪れるというより、長く続いた祈りが
静かにかたちを持つ瞬間に近いでしょう。

災害で傷んだ土地に足を運び、
人びとの言葉にならない痛みを
ただ受けとめる視線。

過去の過ちに向き合う式典で、
深く頭を垂れたまま、長く沈黙を保つ横顔。
そのひとつひとつが、「強さ」とは
声高な主張ではなく、壊れやすいものを
守ろうとする静かな意志なのだと教えてくれるはずです。







愛子さまの笑顔には、勝ち負けや優劣から
少し距離を置いた、やわらかい余白があります。
その余白に、国のかたちや歴史の重さだけでなく、
学校に通う子どもたちの日常や、
仕事帰りに空を見上げる誰かの
ため息までも、そっと受け入れてもらいたくなる。

そんな「親しい隣人」としての象徴天皇像が、
静かな光となって未来を照らす。
次の時代が、声高な叫びではなく、

愛子天皇の静かなまなざしとともに、
いつのまにか始まっていたらよい。
そう願う心そのものが、

すでに新しい時代の種になっているのだと思います。






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