人生最後の日だと思えば驚きが訪れる | なんぎょう(南行)のつれづれブログ

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高杉晋作(東行)、西行法師にならい、暖かい南を選んで、南行という号を自分で付けました。日々のこと、大好きな畑仕事、歴史、旅行、寺社巡りなどの記事をつれづれに書いていきます。

毎日自分に言い聞かせなさい。
今日が人生最後の日だと。
あるとは期待していなかった時間が驚きとして訪れるでしょう。

これは古代ローマ時代に南イタリアに生きた詩人ホラティウスの言葉。

今日を最後にと思って、という言葉は多くの人が言う。
そう思って悔いのないように頑張れ、
あるいは楽しめという文脈が多い。

実際に今日が最後の1日だったらどうだろう。
いつものように仕事をするだろうか。
かもしれないが、たぶんしないだろう。

ではホラティウスは何を言いたかったのだろう。

頑張ることも、楽しむことも、何もかも含めて最後の1日と思え。
よく頑張って仕事をした、いっぱい遊んで楽しかった、
そんな風に人生を過ごせば
次の日も、また次の日も驚きの時間として充実する。

そして、やる気のないスランプの1日、無駄に思われる1日も
最後の1日かもしれない。

しかし、それまでが充実していれば
それが人生なのだから
悔いはないのである。