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3D騒ぎが映画をダメにする9つの理由

非常に興味深い記事がありました。

3D騒ぎが映画をダメにする9つの理由

これには全く同感です。
3Dの技術が悪いとは思わないけど、これに踊らされる配給側もお客さんも、ちょっと冷静になってみたら?という意見です。

 3Dとはちょっと外れるけど、なんか最近の映画やテレビって、作り手が「この人がヒーロー、あの人は悪者」と結論を完結させた作品が多い気がします。昔の作品って、終わった後に「あのエンディングはあーだこーだ」とか、「Aが正しい」「いや、Bの言ってる事が筋が通ってる」って議論をした覚えがあります。つまり、社会問題や疑問を投げかけて終わるから、受け手それぞれが結果をどう受け止めるかは自由。見終わった後になんかモヤモヤして、それからしばらくは考えたり議論したり、調べたりする日々が続くのでした。

 それが最近は、結果がはっきり出て、映画の中で完結!って感じで、それって映画の中でスッキリするけど、映画館の外に出たら全部忘れてるって感じw

 3Dも、なんか配給側が「この人はこのくらい赤い色の服を着て、あの建物よりこのくらい手前に立ってるんだ」とか、全部手取り足取り教えてくれるみたいで…そのうちに匂いのする映画館とか出たら全てが疑似体験できるのかな?

それに比べて、昔のモノクロ映画とか、黒くても血に見えるし、白くても空に見えるし、主人公が「赤い服」って言えば、そのグレーの服がずっと赤に見えるし。そりゃ想像力を使うけど、頭の中で脳みそが懸命に働いてるんだと思う。

 もっと前なら、弁士のいた映画。モノクロ映像を魅せつつ、ト書きや主人公のセリフを全部ひとりで語る。

 最たるものは、やはり落語。映像すらない。全部一人で全てを語り、その映像は聞き手が頭のなかで組み立てていく。頭を使うけど、鮮明に映像が浮かぶもんです。
 先日観させて頂いた「中井貴恵」さんの語りもそれに近い。映像はないのに、今でもシナリオも出演者の顔もしっかり頭に残ってます。

そうだ、寄席に行こう!w うん、生で観たい。

 人の話を聞いて、自分の脳みそをフルに使ってその場で映像を組み立てるから、ずっと鮮明に残ってるんだろう。それこそが「疑似体験」なんだと思う。
 昔、子どもの頃、先生の朗読を元にしてみんな一人ひとり絵を描く授業があったけど、今考えると、全員が描くポイントが違って面白かったw
 
 カラーとかステレオとか5.1chとか、ましてや3Dとか、人間のイマジネーションを全部不要としている気がする。
だって、答えがそこに全部あるから、そこにいる百人が百人とも全く同じ映像を観て同じ結論を得るんだもんね。
シナリオだって、主役が絶対的に正しくて、敵は悪役で間違ってる。そんな結論づけた映画が多いのでは?

 目は疲れるけど、頭は疲れない、ってのを、「娯楽映画」っていうんだろうね。

 時代が違うけどw、ドロン女様やボヤッキーは憎めないキャラだから別として、人間の敵であるデスラー総統やベルク・カッツェ、バルタン星人が大好きっていうファンもたくさんいたもんねー。主役だけがヒーローじゃない、ヒールだって人生があるんだし、主役と敵対するだけの理由もあるんだろうし。それをよく議論してましたよ。私が小学生の頃(笑)。