funta(ふぁんた)のブログ -320ページ目

最近気づいたこと・・・

まずは、すっと昔の話から・・・

 大学生時代、就学先の地元の子供相手のボランティアのリーダーをしていた頃。
チームは同じ大学の学生や、地元の短大生や、もう立派に仕事している大人たち、それに両親も相手。
その中で、子どもたちのために何がいいのか、何が悪いのかを議論して、意見が割れることもしばしば。
「今年のキャンプ、キャンプ地はどっちにするの?」「1泊するの?しないの?」「次のステージは誰が出るの?」「小学何年生までが無料で観覧できるの?」「高校生は大人あつかい?子供扱い?」「どっちが正しいの?」・・・こんな議論ばっかり。

リーダーである私は当然決断を迫られ、出した結論が必ずしも成功とは行かないことも。あるいは後になって「やっぱりあっちにしておけばよかった」なんて思うことも。100点じゃない結論は選択ミスだと思って自分を責めてた。

 そんなとき、いろいろすごく落ち込んでた時期にふと気づいたこと。

「社会に出たら、絶対これが正解ってのはないのかも。学校で習った時とは違う・・・」

この時の開眼ぶりったら・・・今でもはっきり覚えてる。そうかぁ!って。
学校ではかならず「答え」がある。先生やテストの出版社が用意した「正解」以外は「間違い」だった。。
でも社会に出たら、100点じゃなくても今この瞬間にどちらかを選択することこそが答え。それに気づいた。
100点を求めるがために、あと1日決断を延ばしたとしたら、その結果が「正解」でも、その行為自体が「間違い」なんだ。

それ以来、100点を求める決断はしないことにした。AとBを比べて、現段階でAが比較的いいと思えたらそれを選択。その後の過程でだんだんBがよく見えてきても、
「あの時点でAを決断したことが正しい。今この段階でBを選び直すとチームが混乱するし、今までやったことが無駄になる」
って思えるようになった。もちろん今まで積み重ねてきたものを全部ひっくり返してギリギリでBを選択することもある。当然それ相応の覚悟やフォローは必要。

 それからずっと、そういう考えで生きてきた。これである程度成功してきたつもり。

で、ここからが最近考えたこと。

 選曲したり、アレンジしたり、バンド譜面描いたり、イベントを企画したり演出したり。今までいろんな作品を創ってきたけど、自分で「100点」だったことは一度もない。でも本当に短期間である程度必要とされているものを作る力は普通の人よりあるつもり。

 だけど中には、私がどんなに努力しても絶対に満足しない人がいる。どんなに音楽的にいいモノを提供しても、どんなに100点に近い譜面を描いても、どこかで必ずミスが出る。それをちょっと直すだけで「また訂正かよ・・・いい加減にしろよな」って顔をされる。その度に、今までやってきた自分の努力が全部無駄になる気になる。

 そりゃ俺だって100点を目指して譜面描いてるさ。でもみんなが歌ってるウチに「あ、これはこっちが正しいかも」とか「そう歌うなら、こうしたほうがもっといい曲になる」って常に考えて、その度に譜面を全部差し替えたい衝動に駆られる。でもみんなの顔を見ながらちょっとづつ音を直して済ませてる。

 それすら「またかよ・・・せっかく覚えたのにまた音が変わるのかよ・・・」って顔をされると、本当にテンションが下がる。覚えたってのは譜面を見ずに歌えるようになってから言えよ!俺の譜面に文句あるなら自分が最初から100点の譜面描いてみせろよ!って何度も言いかけた。

 でも、やはり数十人の前で迷惑をかけてるのは事実だし、自宅で何日も描いてる時間になんで気づかなかったのか?って言われれば言い訳できないし。一緒に100点を目指している志の高い人の意見として寛容に受け入れなきゃって思ってた。

 それが最近、考えが変わった。

 メンバーの大部分は、私がどんなに譜面を変えても、みんなに迷惑をかけても、ニコニコして一緒に歌ってくれるメンバーが殆ど。80点だろうが90点だろうが、人のやったことに対してまずは「ありがとう」「すごい!楽しい!」って言ってくれる。こっちもテンションが上がって来る。もっとこうしたい、あーしたいってイメージがわいてくる。

 それに対し、何をやっても絶対に「いい」とは言わない。しかも何か訂正が入るたびに文句を言うほんの一握りの人間だけが、私に常に高いレベルを要求しているのだ・・・と思ってたのだが、これが正反対だってことに、大間違いだったって事にようやく気づいた。

 どんなに譜面を変えても、迷惑をかけられてもニコニコして付いてきてくれる、一緒に作品を創り上げて歌ってくれるメンバー、彼らは私の譜面のミスより、アレンジの妙を、私の作品を本当に理解してくれてるんだって事に気づいた。最初から100点じゃなくても、まず80点90点をたたき出す私の音に共感を持ってくれてるのだ。それを更に100点に近づけるために私がもがき苦しんだり、途中で訂正して自分達に迷惑がかかってもいつもニコニコして一緒についてきてくれる。本当に愛すべきメンバーだと改めて思った。

 片や、あと10点20点のミスに満足できない一部の人、必ず文句ばかりいう人。彼らは音楽のレベルが高い完璧主義であるが故にその届かない10点が許せないのではないってことにようやく気づいた。私が最初に持ってきた80点90点の音楽の意味が全く「わからない」んだね。私が何日も徹夜して渾身を込めて描いたそのアレンジの意図や、みんなに本当に伝えたかったこと、演りたかったハーモニーが理解できていない。そういえばそれは彼らの雑な歌い方にも現れてる。全体の音楽性も理解せず、ちょっとした譜面のミスや、オケのミストーンを責める・・・それって音楽的レベルが高いわけじゃないよね?音楽って数学じゃないんだから、最初は100点じゃなくても一緒に進化させれば120点だって200点だって出せるのに・・・それを知らないんだね。何をやっても文句ばかり言い続けて辞めちゃった人もいるしね。

 私の最初の譜面が80点だろうが、99点だろうが、70点の駄作だろうが、すごく前衛的なハーモニーを駆使した作品だろうが、そんな彼らにとってはたぶん無難な50点としか映らない。更に譜面が訂正された時点で0点なのだ。それが最終的にどんなに音楽的に素晴らしいハーモニーになるかとか理解できてない。自分達が与えられた譜面に訂正が入ることが許せないのだ。その音楽性なんてどうだっていいんだ。

 それに気づかないまま、毎晩毎晩徹夜しながら完璧を求めた譜面を描いて、それでも100点じゃないしどうしようとか、みんなの前に出すタイミングもすごく悩んで、キーも音符も何度も何度も変えてみて、「みんなの前でまたミスがあったらどうしよう・・」とか「またチッって顔されたらいやだし・・・」とか、軽い鬱状態になるまで譜面に没頭して苦しんでた自分が本当に馬鹿らしくなった。音楽のレベルなんて全く理解できない人に、私の譜面に込めた気持ちや音楽性を理解される事無く単なる凡ミスをずっと責められ続けてたのかと思うと・・・譜面描いてギャラもらってる訳でもないのに一人でここまでものすごい時間費やして一人で悩み苦しんで、その原因の殆どが本当の音楽の素晴らしさを理解できない一部の人間からの心無い中傷だったのかと思うとマジで泣けてくる。今は本当に譜面を描く気力がしない。全く描けない。もうオケだって作らない。

 文句あるなら市販の譜面を使ってよ・・・・市販のオケを使えばいいじゃん。市販の譜面ですら写植ミスがたくさんあるんだし、それを訂正する人もいないんだから、そのミスのまま一音も間違わずに歌ってよ。譜面に完璧を求めるならそれでいいじゃん。
 あるいは、絶対にミスを犯さない、精密機械みたいなプロに高いギャラ払ってお願いすればいいじゃん!ww
本気でそう思ってる。実際そういうプロっているよ。当然ギャラも高いけど。

 他の団体は、私がバンド譜を用意した事だけで感激して「ありがとうございますぅ~」って言ってくれるのに、なんでウチのメンバーは「譜面があるのがあたりまえ」「ミスがないのがあたりまえ」なんだろう・・・もしかしてライブで演奏するのにミュージシャン全員にそれぞれ違うバンド譜ってのが必要だってことも知らないんじゃないのか?
プロなんだから、コード譜さえあればCDみたいに演奏できるって本気で思ってるのか?まさかね・・・w

 歌の譜面って、同じ曲でもメンバーが変わればアレンジも変わる。同じメンバーでも出す声が成長すればアレンジで使える音も増えるからキーだって変わるし挑戦したいコードだって増える。そうやって常に「生きた譜面」をモットーとしてメンバーの顔を見ながら毎回譜面を成長させながら描き換えてきた私の努力は全部無駄だったのだなって事にようやく気づいた。これに気づくまで十年かかった。

 こんなことなら、十年間ドラム一本で生きていけばよかった・・・。あーもう時間を無駄にした。

派手なのがかっこいいとか、速ければすごいとか、それが全てじゃないでしょ?そんな薄っぺらい音楽を提供してきたつもりはない。