funta(ふぁんた)のブログ -303ページ目

ものすごく共感!

この記事には正直、ものすごく共感を覚えた。


ジャンプ連載『ブリーチ』漫画家「才能も無く努力もしない奴は口だけ開けて雨と埃だけ食って生きてろ」

 ごめん、私はジャンプを読まない人なので、(たまに立ち読みしても、両さんしか観ない)、このBLEACHも作者も知らないんだけど、ジャンプに毎週連載されてるくらいだから、それは面白い作品なんだと思う。

 

 そもそものきっかけはというと、とある心無い読者が、ある有名なマンガ作品を勝手に全巻スキャンして、それをzipに固めてアップし、インターネットで全世界に共有し、これをたまたま発見して怒り心頭となった現役漫画家が自身のTwitterで「癌になればいい!」と発言。これを受けた別の漫画家が「癌では遅いから雷に打たれて即死を望む」みたいなフォローをしたというもの。これをきっかけに一部のTwitterではいわゆるお祭り騒ぎです。


その発言の半分はフォロアから「言いすぎだろ!」と糾弾されている。


 

・・・が、しかし、私は完全に支持しますよー!ww


 

この記事にあった発言は確かに過激すぎると思う。でも、的を得ていると思う。


 

 

「(自分で作品描いてみろ!)面白ければ必ずBLEACHより成功する。」


「絵が描けないと言うのなら、努力して編集者になって漫画家にアドバイスすべきだ」


「本当に能力があれば、どこへ行っても歓迎される」


 

 

どれも「そのとおり!」という感じ。良くぞ言った!と言いたい。


まぁ、敢えて異論を言わせて頂ければ・・・才能ってのは存在しないです。

 

 普通に生まれてきた人が子供のころから才能を発揮するのはやはり両親の影響や家庭環境が大きいし、それを大人になってちゃんと将来職業にできた人は、何より本人の「努力」以外の何モノでもないです。それを「あいつは才能があるから得だよなー」なんていわれたくない。あんたは努力しないから何もできないんだよ!って言いたい。


 俺だって才能も経験もないから、大人になって勉強して譜面もオケも人の3倍苦労してここまで作品を作っているのに、それを勝手にコピーされたり、頭ごなしに否定されたら10倍頭にくる。


 

 もひとつ、ものすごくピンときた発言が


 

「時々勘違いしてる子がいるから言っとこうかな。読者にあるのは作品の話を変える権利じゃない。その作品を読むか読まないかを選択する権利だ。気に食わなければ読むのをやめればいい」


 

というもの。全・・・ったくそのとおりだと思います。


 

今の若い子は、メールやTwitter、ブログなどを使って簡単に作者にダイレクトに意見できるし、その自分の発言ひとつで大御所作家の作品が変えられるって大きな勘違いをしている人が多いけど・・・。本当に目を覚ましてほしい。あんたは何様ですか!w

 

 だいたい、人の作った作品に文句言う人も、ましてやそれを勝手にzipにまとめてインターネット配信する輩も、基本は同じで、自分がその作品に匹敵するものを苦労して造った経験が全くないから、そこまで行くために先人がどれだけ苦労して、どれだけの想いを込めて、どれだけ苦しみながらそれを生み出したのか、またそれがどれほど素晴らしい作品なのか、それを体感的に理解できないんですよね。

 

これ、前にも同じようなことをこのブログで発言したよね。

 

文化がわかんないから、クオリティを理解できないから、平気で人の気持ちを踏みにじる行為ができるんだ・・・。

そんな人に文学や音楽を語ってほしくない。絶対に。

 

 作品を生み出す苦労を知らないから、他人のそれを簡単に否定したり、勝手に配信したりする。某国の著作権問題と全く同じ事が、この日本でも平気で行われてるんですよ。ただ日本は比較的大人が多いから、まだ規制がうまくいってるように見えるだけ。


 例えばモノクロ写真1枚観て、「なんだ、こんなしょぼい写真なら俺だって撮れるぜ!」って思う人もいれば、

「こんな一瞬のシャッターチャンスを、こんな素晴らしいレンズを使って、しかもこんなに引き伸ばせる大きな機材を持ち込んで何日も待機して、この場所でこのアングルでこの光でこの一瞬を切り取ったカメラマンって、どれだけ時間を使ってこの一枚を待ってたんだろう・・・どれだけ犠牲を払ったんだろう・・・」って考えて、自ずと涙が出てくる自分と・・・


 

 前にもブログで言ったけど、


 

「語らない強さ」


 

ってあるんだと思う。


作者は語らないけど、作品が雄弁に語ってくる。自分がその写真を撮るとしたら、今の仕事や家庭を全部捨てて、大きな機材を持ってあの場所に本拠地を構えて、(しかも現地の人の許可やコミュニケーションも必要)、何日も機材を抱えて歩き回って・・・この天候でこの一瞬にこの機材にこのレンズを付けてこの方向にファインダーを覗いてたカメラマンの強運というか、その努力というか・・・・写真ってそうやって味わうものですよ。

 

 

写真一枚がビンビン語ってくる。オーラがある。でもそれを受け止められるだけの力量を観る側も身につけなければだめです。


 作品が出しているオーラを観た人が感じる努力をする前に、先に言葉で「これはこういう意味で」とか「これはこんなに素晴らしい!」などと解説するメディアが多いから、みんな「あ、そうなんだ」って納得して終わってしまう。これはいけない。


 だから、どうでもいい作品でも解説者が「これは素晴らしい!」とか言えば売り上げが上がるし、テレビでバラント(バラエティタレント)が「すごくおいしいーーー!」って言うだけでその店に行列ができるみたいな・・・。


 これは本当にいけない傾向だと思います。前にもブログに描いたけど、目や耳から情報が入りすぎると、頭を使わなくなって、「あの人がいいって言うからいいんだ」って洗脳されてる。だから本物を見分ける力がなくなってる。だから三流映画とか三流音楽とかフェイク物(偽ブランドなど)が流行するんですよ。


 

 写真も音楽もマンガも、作品を味わうには、受ける側に教養も経験も必要なんです!それを知らないガキが勝手な行動をするから、大人の漫画家がガキみたいに怒るんです。それは当然のことだと思います。


 

あー、ちょっとだけすっきりした。www