(1) 「馬鹿にする」「嘲り」「揶揄」

 

 「相手の反応を見て楽しむ」「相手を不快にさせて喜ぶ」「相手を自分より劣ったものとしてみなし、自己の優越性を確認して安心する」などの心理から、他人を馬鹿にしたり、揶揄したりする人がいます。「妬み」が相手を自分より上位とみなす心理から生じるのに対し、「馬鹿にする」「嘲り」「揶揄」などは相手を自分より下位とみなす心理から生じます。ちなみに、「嘲り(あざけり)」はばかにして笑うこと、「揶揄(やゆ)」は冗談や皮肉を言って、軽く相手をからかうこと、というようなニュアンスです。

 

(2)「からかい」

 

 「馬鹿にする」に近い言葉として「からかい」があります。ただし、「からかい」という言葉が表す行為には幅があって、「馬鹿にする」や「嘲り」や「揶揄」などに近い「からかい」、友達同士の親しみの気持ちに由来する「からかい」、好きな異性と仲良くしたい思いに由来する「からかい」など、場面によって持つ意味が異なってきます。

 

(3)相手を「馬鹿にする」心理の背景

 

 「相手の反応を見て楽しむ」や「相手を不快にさせて喜ぶ」などの心理から人を「馬鹿にする」場合は、人間として大切な他者の尊重ができていません。

 

 これには自分自身が尊重されていないと本人が感じている場合と親の教育が十分になされていない場合とがあります。

 

 人は自分がされたようにしてしまう面があると思います。自分が誰かから尊重されていないと感じる経験をすると、自分より弱い立場の人に対して馬鹿にしたり、からかったりするような態度をとってしまうのだと思います。自分に自信がないから、人を馬鹿にすることで自分が優位に立とうとしているのかもしれません。

 

 このような態度を取らないように教育するのは親の務めだと思います。だいたい、人を馬鹿にするような言動をする人間に人は好感を持つでしょうか。わが子が軽蔑される可能性のある行為をしないように教育しましょう。人間にとって大切なことを伝えていきましょう。表面的な行儀のよさよりも大切なことだと思います。

 

(4)子どもが馬鹿にされたと感じたら親としてはどうすればいいか

 

 「からかい」の場合は、友達同士の親しみの気持ちや好きな異性と仲良くしたい思いに由来する可能性があることを説明します。そのようなポジティブな気持ちや思いではなく、ネガティブな感情に由来するとしか思えないような場合は、相手自身も自分が大切にされないと感じる経験をしてきたためにこのような行動を取ってしまう可能性を説明し、辛い気持ちや悔しい気持ちに共感しつつも、そのような言動は無視するように勧めます。ただし、悪意ある言動を無視することは難しいことだと思います。

 

(5)「からかい」と「いじめ」の間

 

 悪意のある「からかい」をされてうれしい人間などいないと思います。しかし、友達同士の「からかい」もあることから、その境は判断しがたいのが現実だと思います。

 

 ただし、「からかい」を馬鹿にされたと感じ、嫌な思いから学校に行くのが嫌になってしまう中学生が一定数います。「からかう」人間は軽い気持ちでからかうのだと思いますし、自分は悪意がないつもりでいます。しかし、「からかわれた」人間の人生を左右する可能性もあるのです。「からかい」は本人が嫌だと感じたら「いじめ」なのです。親や教師はこれらのことを子どもたちに責任をもって伝えるべきではないでしょうか。

 

 

「妬み」に関するこちらの記事もご参照ください。