『凌太…どうした?』
『俺もごめんなさい。手作りチョコの準備出来なくて…今日、材料を買いに来たんです。春田さんが帰ってくる前に作って、春田さんを驚かせようと思ってたんですけど、駄目でした。事前に準備出来なかったのが、情けなくて…。』
凌太の言葉を聞いて、俺は安心した。
『よかったあぁ~。』
『え?』
『俺、凌太がなんか悩んでるのかと思って心配したわぁ。』
そっか、俺も凌太もお互いの事、心配してたんだ。
同じ事思ってたなんて、ちょっとくすぐったいな。
『凌太が忙しいの、知ってるから。大丈夫だから…さ。俺は凌太の気持ちだけで十分うれしい。』
『俺も……、うれしかったです。』
『でも、結局チョコ買わなかったぞ。』
『いいんです。気持ちだけで……。』
2人とも失敗してしまったバレンタイン……。
でも、何だろう。
すごく幸せに感じる。
『凌太。帰ろ。』
『うん。』
家までの道を歩いて帰る途中、凌太がふと思い付いたように言った。
『春田さん、スーパーに寄っていいですか?』
『いいよ。』
家の近くにあるスーパーに寄った。
レジの前方にもバレンタインチョコは置いてあるけれど、凌太はそこには目もくれず、普通のチョコが置いてある所へ向かい、板チョコを3枚買った。
『おっ!ガーナじゃん。板チョコ3枚も食べるのか?』
『違いますよ。手作りチョコはもう時間がないので、簡単メニューにします。』
料理の事を考えている凌太は、なんか楽しそうだった。
凌太は、青果コーナーに行った。
イチゴやパイナップルやキウイをかごに入れた。そういえば、凌太にこの前聞いたよな。
凌太もふと思い出したようだった。
『春田さん、そういえばこの前…酢豚にパイナップルとか聞いたの、なんだったんですか?』
『あ、あれはさ、バレンタインコーナーにドライフルーツを包んだチョコがあってさ、凌太どうかなと思って。』
『は?意味わかんない。』
『え?何で?』
『だって、チョコもフルーツもデザートの部類だし。』
『あ、そっか。なんか俺的には、チョコとフルーツが意外な組み合わせだと思ってさ。』
『全然普通ですよ。チョコパフェにだって、フルーツ乗ってるし。』
そういえば、そうか……。
凌太は、よほど面白かったのかクスクス笑っている。
でも、馬鹿にされてても、凌太の笑っている顔を見ると、なんか嬉しくなる。
凌太の笑顔を守りたい。
家に帰って、まずスーツからスウェットに着替えた。なぜか凌太に【黒のスウェット着てください!】と強制された。
着替えてくると、なぜか凌太も黒っぽい上下の服を着ている。
『凌太、珍しいな。お前、そんな色の洋服も持ってたの?なんか俺、凌太は明るい服しか着ないと思ってた。』
『今日は…特別です。』
そういうと、凌太は一昨日から漬け込んでいた鶏肉を取り出し、揚げ始めた。
『今日、唐揚げ~?』
『うん。』
『唐揚げめっちゃ久しぶりじゃん♪♪♪』
凌太の作るものは何でも美味しいけど、やっぱり唐揚げは、テンションが上がる。
『春田さん、平皿にレタスとトマト飾ってください。』
『わかった!』
『今日は後でデザートなので、これで完成です!せっかくだから、揚げたてのうちにご飯食べちゃいましょうか。』
『やった!』
久しぶりの唐揚げを堪能した後、凌太は、板チョコを細かく刻み始めた。
『すげぇな。こんな細かくすんの?』
いまいち俺にはこのチョコがどうなるかがわからない。
『春田さんはイチゴのへたを全部取って、水洗いしてザルに上げといてください。』
『おぅ!』
俺がイチゴに取りかかってる間、凌太はキウイの皮を剥き、4つに切った。それから、切ったキウイとカットパイナップルを白いお皿に乗せた。
『春田さん、終わったらキウイとパイナップル乗せた皿にイチゴ乗せてください。』
『わかった!』
凌太はその間に、小さな鍋に牛乳を入れて温め、その中に刻んだ板チョコを入れて混ぜて溶かした。
溶けたチョコの鍋とフルーツをテーブルに置いて、完成したようだ。
『さぁ、出来たからチョコが固まらないうちに食べましょ!』
『どうすんの?』
『チョコフォンデュですよ。好きなフルーツにチョコをくぐらせて食べるんです。』
『へぇ~。じゃあ、俺パイナップル!…うぉっ、ちょーうめぇ♪凌太すげぇな。』
『いや、チョコ溶かしただけだから。』
『でも、立派な手作りチョコじゃん!』
しばらく2人でチョコフォンデュを楽しんだが、そんなに量を食べれるものでもない……。
そうしてるうちに、よからぬ事を思い付いた。
『春田さん、口の横にチョコいっぱい付いてますよ!まったく、子供っぽいな。』
『そっか…、じゃあ舐めて。』
『は?何言ってるんですか?早く自分で拭いてください!』
『やぁだぁ~。凌太舐めて。』
凌太は、少し困ったような顔をしたが、観念したように、俺の頬を舐めた。
『はい!取れました。』
『ありがと!じゃあ、凌太食べさせてあげるから!』
『ちょ、ちょっと!』
俺はイチゴにたっぷりチョコを付けて、凌太の頬を汚してから口に入れた。
『あ、汚れちった!舐めてあげるから。』
『春田さん、わざとやってるでしょ!』
『へへっ、バレたか。』
でももう、逃がさない。
部屋全体に漂う甘い香りに、スイッチが入ってしまった。
つづく