『はい。終わりました。チェックお願いします。』
今日は出社を1時間早めて、仕事をこなした。
早く終わらせて、百貨店で材料買って、春田さんが帰る前に帰って、チョコ作らなきゃ……。
もちろん仕事は冷静にやってるつもりでいたが、今日はそわそわしてしまった。
狸穴さんが隅々まで資料をチェックして、頷いた。
『大丈夫だ。お疲れ。今日はもう帰れ。』
『え?』
『春田が待ってるんだろう?今日はバレンタインだよな。早く帰ってやれ。』
『ありがとうございます。狸穴さん。』
いつもより少し雑に机を整理した後、すぐに会社を後にした。
いつもの俺ならありえないけれど、何よりも今日は優先させなきゃいけない事があった。
春田さんと出会って、もう7年経った。
7年越しのバレンタイン……。
春田さんと一緒に迎える初めてのバレンタイン。
嬉しくて……待ち遠しくて仕方なかった。
シンガポールに居たときも、いつか、春田さんと過ごすバレンタインの為に、試作してたトリュフチョコ。
早く材料買って、家に帰ろう。
百貨店のバレンタインコーナーは、バレンタイン当日なのに、結構混んでいる。
あれ?当日ってこんなに混んでたかな……。
人混みを掻き分けて、手作りチョココーナーに行くと、さすがに人はまばらだった。
買うものを頭に入れていたから、そんなに時間はかからなかった。
近くのレジで会計をして、帰ろうとした時だった。
『え?なんで???』
『え?どうして?』
そこにいたのは、春田さんだった。
『何で凌太いるの?』
『春田さんこそ……。』
駄目だ……。
何の言い訳も出来ない。
なんで…大切なバレンタイン……何も用意出来てないんだ……。
あれだけシンガポールで何回も何回も作っては味や硬さの調整をして、練習してたのに…、何やってるんだろう…。
何も取り繕えなくて、ただ謝りたくなった。
『ごめんなさい!!!』
『ごめん!!!』
なぜか二人同時に謝った。
春田さんが俺を見てきょとんとしている。
『何で凌太が謝ってんだよ。』
『春田さんこそ…。』
すると、春田さんが苦笑いをしながら、頭を掻いた。
『俺さぁ、凌太をびっくりさせようと思って、凌太が喜びそうなチョコレート探して、何回も百貨店に来たんだけどさぁ、俺、バレンタインのチョコ買うのって初めてだから、中々選べなくてさぁ~ずっと悩んで結局今日まで買えなかったんだ。』
春田さんが…俺の為にチョコレートを選んでくれてた?
春田さんが俺に……?
俺は、春田さんにチョコをあげる側だとしか、思ってなくて、まさか、春田さんがチョコをくれるなんて考えてなかった……。
え?じゃあ……ここ何日か春田さんが変だったのって……。
『もしかして春田さんが悩んでたのって……。』
『え?バレてた?だってさぁ、俺と凌太の初めてのバレンタインだからさぁ、特別なものにしたくてさ……。』
『よかった……。』
『え?何???凌太、何で涙目になってんの?』
俺は春田さんの最近の様子の意味がわかって、ほっとしていたのと、春田さんが俺の為に何度も百貨店に足を運んでくれてた事が嬉しくて、胸いっぱいになっていた。
春田さんは、そんな俺を見てびっくりしている。
『とりあえず、ここから出る…か?』
俺は、何も言わずに頷いて、百貨店から出た。
辺りは薄暗くなって、街はバレンタインのハートやピンク色に浮かれている。
男女の恋人と何度もすれ違う中で、春田さんは俺と手を繋いだ。
『春田さん!誰かに見られたら……』
『いいじゃん、別に。だって俺達、結婚してるだろ。』
昔…外で手が触れ合っただけで人目を気にしていた春田さんは、もういなかった。
逆に見せつけてやると、言わんばかりに春田さんは俺の手を強く握った。
つづく