昨日、俺より早く帰ってきた春田さんは、いつものようにご飯を食べずに待っていてくれていた。
お互い午後9時まで帰れそうになかったら連絡して、そういう時は一人で、ご飯を食べる事にしている。
昨日は9時前に帰れそうだったので、30分前に春田さんにLINEした。
【あと、30分くらいで家に着きそうです】
すると、すぐ既読になって返事が返ってくる。
【今日は早いんだなぁ~今日は何を用意しとけばいい?】
【今日は煮込みハンバーグにしますから、冷凍庫から煮込みハンバーグって書いてある袋を2つ出しといてください。】
一からの料理は、禁止しているけど、料理もやりたいらしく最近、料理の前準備までやってくれるようになった。
【わかったぁそれからぁ?】
【鍋に水を半分くらい入れて、そこに煮込みハンバーグを袋のまま入れてから、クッキングヒーターで温めておいてください!あと冷蔵庫に茹でたブロッコリーとパスタ、あとスライスチーズとトマトありますから、出しといてください!】
【りょうかーい!】
春田さん……すごく変わったな。
最初の方は、ほんとになにもしない人だった。
自分の家なのにどこに何があるかも知らないし、何も出来ない人だった。
何回注意しても、ずっと繰り返すし……、どうしようもない人だった。
それなのに、俺が出ていこうとすると、生活態度直すとか言って……。
ほんとにどうしようもない人だった。
………………それでも、好きだった…ずっと。
そんな俺も……どうしようもない…か。
まさか、俺を本当に受け入れてくれるなんて思わなかった。それからも、お互いの海外勤務等でいろいろすれ違ったけど、今……。
俺の帰る場所に、いつも、春田さんが居てくれる。
これ以上の幸せは、きっとない。
『ただいま!』
『おっかえり~♪凌太ぁ』
玄関まで走ってきて、抱きついてくる春田さんを冷静になだめる。
『はいはい。まだハンバーグ温めてる途中でしょ?』
『あっ!!!そうだった!』
『料理中は、その場から離れない!』
『やべぇ!』
俺に促されて走って台所に戻る春田さんを見て、思わず顔がにやけた。一呼吸置いて、平静を保ってから中に入ると、グラタン皿が2つ出てて、そこにはすでにパスタが敷き詰められていて驚いた。
『春田さん……』
『何回か煮込みハンバーグ作った時と同じかなと思ってパスタ少し温めて敷いたけど、間違ってた?』
『いえ!凄いです。』
『凄いってなんだよ!パスタ敷いただけだぞ。』
『いや、こんな高度な事、今まで出来なかったし。』
『これのどこが高度なんだよ!』
『よしよし。』
『よしよしじゃねぇし。』
何だかすごく嬉しかった。春田さんは、納得してないけれど、小さい事のように見えて大きな事を春田さんはたまに軽々と越えてくる事がある。
『ありがとうございます、春田さん。』
『え?…お、おう!』
『じゃあ、ハンバーグ、パスタの上にかけますから、その上にこの…トマトの輪切りを乗せた上にスライスチーズを乗せてもらえますか?そして、脇にブロッコリーも添えてください。』
『わかったぁ!ハンバーグの上に……トマトとチーズ…。脇に…ブロッコリー、どうだ!』
『大丈夫です。じゃあ、オーブンに入れて少し焦げ目付けますから、その間にテーブルセッティングしてください。』
春田さんにテーブルマットとお箸や麦茶を用意してもらってる間に、俺は、もやしと卵のあんかけスープを作り、イチゴをガラスの器に乗せた。
そうしてる間にハンバーグのチーズもとろけて、焦げ目が付き、今日の夜ご飯が完成した。
『いっただきま~す!!!』
迷いもなく、熱々のハンバーグにかぶり付く春田さん。
『あっちぃ!でも、うまぁい!!!』
やっぱり毎日見ても飽きない。春田さんの食べっぷりと無邪気な笑顔。
春田さんと一緒にご飯を食べるだけで、こんなに楽しい。
『そんなに急がなくていいですから、火傷しますよ!』
『だって美味しいんだもん♪』
そう言って春田さんは、あっという間に全部平らげた。
俺は、自分のペースでゆっくり食べていると、先に食べ終わった春田さんが、俺の方をチラチラ見ながら何だかそわそわしているように見えた。
『なぁ、凌太ぁ。あ、あのさぁ……。』
『どうしたんですか?春田さん。』
『りょ…凌太ってさぁ、酢豚にパイナップル許せる派?』
『はあぁ?何ですか、唐突に。』
『サラダにりんごとか、大丈夫な感じ?』
『別に…どっちも大丈夫ですけど……。』
突然何なんだろ……。春田さんの言葉の意味が珍しく読めない。
それから春田さんが俺に何かを言おうとしては、口をつぐんでいる。どうしたのかと聞いても、やっぱりいいとか、何でもないとか、ごまかしている。
次第に不安になってきた。
春田さん……俺に言いにくい事、抱えているのかな……。
もしかして、家事も全部出来るようになって、俺の前から居なくなっちゃうのかな……。
俺が必要じゃなくなったのかな……。
水の中に絵の具が一滴こぼれて滲むように、一つの小さな不安はどこまでも広がり続けて、俺の心に広がっていった。
『牧!仕事落ち着いたから、昼食とってこい!』
狸穴さんに促されて、ふと気づいた。
あ……、朝、コンビニ寄るの忘れたな。
どうしようかな……、そう思っている時だった。
『牧!』
聞きなれた声が聞こえた。
つづく