「光る君へ」でも以下のブログに書いたように、源氏物語は一条天皇が読むように紫式部は書いたことになっている。
天皇が源氏物語を許した理由 | aderontoのブログ (ameblo.jp)

しかし、天皇の后が天皇の子ども(光源氏)と結ばれて子どもができるというスキャンダルが書かれている物語を、天皇がよく許したなという謎は残った。「光る君へ」でも事前に読んだ道長は天皇が機嫌を損ねるのではないかと懸念していた。ポイントは違うが案の定、天皇から当初、あの物語は「当てつけか」と言われた。

物語はフィクションであり、現実とは別であると割り切って一条天皇は読めたのかなと思うが、スッキリしない。

YouTubeを見ていると解説として、光源氏は一条天皇と定子の間に出来た子どもを思わせ、桐壺帝の后になる藤壺は彰子を思わせるなどで、一条天皇の置かれた環境を匂わせて、当事者のような興味を引いているという。

 

世界史で普通の支配者は自分の遺伝子をキープするため、宦官を身の回りに雇っている。

日本史では江戸時代には大奥を作って遺伝子をキープしているが、平安時代は厳密な制度はみられない。

 

平安時代の結婚では、男が女の家に通うわけで、同時に複数の男が通う時期があったかもしれない。そんな時にできた子どもの遺伝子は誰からきてるか分らない。日本の近代化前には、民間に夜這いの習慣があって、複数の男が通ってきて子どもができた場合、誰が父親かは女性の方が決めると、司馬遼太郎が「街道をゆく」の中で書いている。

昔は遺伝子は知られてなく、子どもは天からの授かりものとして、形だけ整っていればよかったのかもしれない。子どもができなければ養子を貰った。そんなおおらかな時代なので天皇も物語を楽しめたのだろうか?

 

「光る君へ」では一条天皇は源氏物語の著者が唐の故事、仏の教え、日本の歴史をよく学んでいて、それを踏まえた物語を書いていると感心して興味を持った。

源氏物語を現代語訳を含め読んだことはないが、YouTubeで見た源氏物語の解説では、唐で楊貴妃のため玄宗が政治をなおざりにして世の中が乱れたように、桐壺帝が桐壺更衣を寵愛して政治をおろそかにし、世の中が乱れたと書いてあるようだ。一条天皇が定子を寵愛して、定子の死後も思い出に浸り、政治をおろそかにしていると暗に批判しているのが、「当てつけか」の内容だろう。

 

こうしてYouTubeで源氏物語の概要を知るうちに肝心なことを見落としていたのに気付いた。

最初に一条天皇に読んでもらったのは第一章の桐壺であり、それに対する反応が「当てつけか」であったが、興味を持ってもらえた。

光源氏が桐壺帝の后との間に子どもをつくるのは、その後のことで第五章の若紫だ。それまでの章で一条天皇は源氏物語に夢中になってしまったのだろうか。「光る君へ」ではどうなるのか興味が持たれる。