町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」 | 内垣新平のブログ

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 クジラの鳴き声は海の中で、何百kmも離れた所を泳いでいる仲間のクジラに伝わるという。実に不思議だ。そしてそんなクジラの中に突然変異なのか何なのか、とび抜けて高音域で声を発するクジラがいるらしい。それが52ヘルツのクジラと呼ばれている。音域が違い過ぎて他のクジラにはまったく伝わらない。でもそのことが自分ではわからないから、海の中でひたすら鳴くのだという。「だれか応えて」と。

 

 この小説はクジラの話ではない。凄惨なほどの孤独の中で、だれにも届かない声を上げている人たちの物語だ。

 家庭内でのヤングケアラーとか虐待とか、とても重い話が続く。あまりにつらくて苦しいなら逃げればいい、その方がいい場合がある。だが当人は怖くて逃げ出せない。そもそもどうやって逃げればいい?どこへ逃げればいい?

 逃げるにはそういうきっかけをくれる人と場所が必要だ。他人にはなかなか聴こえない52ヘルツの声を出しているその人の存在に気づいてくれる人がいて、苦難の場所から引きはがし、別のところへ連れ出してくれる人。そういう人との出会いが不可欠だ。

でも残念ながら、いつもそんなにうまくいくとは限らない。それが現実なのだろう。

 

 この物語は、そうした「52ヘルツのクジラたち」が、いくつもの悲しみを経由した先で出会い、共鳴し、少しづつ理解を深め、互いを思いやることで前を向いて行こうとする、そんな話だ。

 

 

 私は最近、歳のせいか長い小説をなかなか一気に読むことができなくなってきたけれど、この本は久しぶりにほとんど一気に読んでしまった。読ませる力のある話だったと思う。