内垣新平のブログ

内垣新平のブログ

気まぐれに思いついた事、感じた事など書いてます

 田舎住まいなので周囲は田んぼ、その向こうは低い山々に囲まれている。

 典型的な田舎暮らしと言えるかもしれない。

 

 ただその「田舎暮らし」という言葉からイメージされやすい、緑に囲まれてのんびりゆったり、という感じにはちょっと同意しかねるところがある。

 でもまあ、田舎暮らしの現実の大変さは、しばしば紹介されることもあるので今それは言わない。

 

 

 近年の熱帯化する気候の中でどうしても言いたいのは、「緑豊かな」などという形容が事実にそぐわなくなりつつあるなあ、ということだ。

 

 田んぼのボタ草や道路沿いの草、各家の庭木も空地も、もちろん山も、緑の成長が早くて草刈などの整備が追い付かない。

 一歩踏み込めばもはやジャングルではないか、というような箇所も多い。ただでさえ少子高齢化の波が加速しているのに、そこへもってきて過激な気象状況が年々ひどくなる一方である。

 

 もはや緑は暴力とさえ言えるかもしれない。そんな場所が今、日本中の田舎に急拡大していると思う。

 

 

 季語とか時候のあいさつに「新緑」「万緑」とかいう言葉があるが、「激緑」「凄緑」というような新語をそろそろ作った方がいいのではないか。気象用語に「酷暑」という新語ができたように。

 

 まあ俳句の趣味はないけど。

 

 

 

 

 

 

 「ブス」は差別用語ではないかもしれないが、侮蔑的に用いられることが多く、例外的には親愛の気持ちで使われることもあると思われる。

 

 まあそんな辞書的な解説はどうでもいいか。

 

 

 むかし松田聖子主演で「わたしってブスだったの?」というドラマがあった。原作・脚本は大石静。(1993年TBS)

 もはや内容はまったく覚えていないが、見ていたと思う。べつに松田聖子のファンでもなかったが、なによりもこの攻めたタイトルに驚いた記憶がある。

 

 ごく狭い範囲での陰口としては頻出語句だった「ブス」を、こうまでおおっぴらにタイトルに起用するなんて。しかも主演が当時トップアイドルの松田聖子。

 いったい裏でどういうふうなやり取りがあってゴーサインが出たのか、ちょっと興味あるところだ。

 

 

 タイトルにその言葉を用いるという意味では、これもかなり古いが、富田靖子主演の映画「BU・SU」というのがあった。

 内館牧子脚本、1987年。その頃はレンタルビデオの時代だったので、借りてきて見たと思う。やっぱり記憶には残ってはいないが。

 

 

 私は何の話をしているのだろう。なかなか今日の話題にたどりつけない。

 実は朝ドラ「風、薫る」のことを書こうとしていたのだった。

 

 

 はっきり言ってしまおう。

 見上愛が演じるところの「りん」が、あまりにもブスだと思う。先日、髪型が変だと書いたが、もはやそれどころでなく、目つき・立ち居振る舞い・性格などどれをとってもブスとしか思えない。

 大急ぎで断わっておくが、これは見上愛という俳優への個人攻撃ではないつもりだ。

 

 私はこのドラマを見ながら何度も何度も思ったのだ。見上愛ってこんなにブスだっけ?と。

 実はここから、松田聖子のドラマのタイトルを連想してしまったのだった。

 

 

 「風、薫る」に関しては結局のところ、この俳優をこういう見せ方使い方をしてしまっている制作側の問題なんだろうな、という気がする。

 

 いっそのこと直美(上坂樹里)とりんの役柄を逆にしたほうが、まだしもよかったのではないか、とも思った。

 そういう可能性まで考えた上で最終的に配役を決めている、ということだろうか。

 

 

 まだこの朝ドラ見続けますか?という問いに対しては、一応「ながら見だけどたぶん」と答えておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「銀河の一票」第8話。

 

 何かのアニメの名文句なんだろうな、という程度に思っていた、おまじないのような言葉に泣かされるとは・・・。

 終盤の1分余が見事だった。

 

 声を失った声優・白鳥光留(日髙のり子)が街中で雲井蛍(シシド・カフカ)の息子らしき子を見かける展開になった時、私のみならず多くの視聴者は、「来るぞ来るぞ」と思ったはず。

 何が来るかと言えば、ひとつの転換点が来るという予感だ。

 

 そしてその少年・陽太(山本弓月)が右手に拳をつくり「元気」と言い出した時点で、予感はほとんど確信に変わったはずだ。

 懐かしい「電車男」風に書けば「キターーーー!!」である。

 

 だがそのすぐあと、急いできた別の少年たちがぶつかって、陽太は倒れてしまう。ここはまあ、ドラマのお約束みたいなもんだ。

 倒れた陽太を見て、「あっ」と思う光留。「大丈夫?」と駆け寄りたいが、あえて抑える。

 立ち上がった陽太を見守りつつ「頑張れ」と祈る思いを向ける。

 そして・・・。

 

(以下省略)

 

 

 

 ところで、今日のタイトル「なぜその名前?」は、第8話には直接関係ない。

 といっても、すでに多くの指摘がある光とか明るさに関連する名前の話でもない。

 

 このドラマの主人公である星野茉莉についてである。彼女は「ほしのまつり」と呼ばれる。ドラマ内ではよく「まつりちゃん」と言われていたりする。

 

 私はけっして若い女性たちの名前に詳しいわけではないので自信はないのだが、「まつり」という名は多いのだろうか。そうは思えない。なのになぜ「まつり」という名にしたのか。

 

 ここから先は、深読みし過ぎだと批判されることも覚悟のうえで言う。

 

 私がはっきりとそういう名の女性がいたのだと認識したのは、ただひとり、「高橋まつり」である。

 べつに知り合いでもなんでもない。テレビのニュースで知っただけだ。

 

 そう、電通の社員で過労の末に自死した女性の名である。私はそのニュースの際にはじめて「まつり」という名前があるんだ、と思った記憶がある。

 

 

 で、この「銀河の一票」。ある人を死に追いやったと思われる政治家に対し、その政治家の娘が戦いを挑む物語とも言えるだろう。

 

 死に追いやった本人に戦いを挑む女性の名が「まつり」。

偶然だろうか。考え過ぎだろうか。

 そうかもしれない。

 

 

 けれど、このドラマの仕掛け人が佐野亜裕美と蛭田直美であることを考えると、必ずしも「ありえない」とまでは言えない気がする。