内藤九段がプロになった頃、勝負に負けてロ惜しがると
「かまへん、相手のひとが喜んでくれてるやないか」と、母上はよくそう言われたそうだ。
最初のうち内藤九段は、その言葉を聞けば聞くほど口惜しさが増したそうだ、
今頃相手は喜んでいると、想像すればするほど口惜しくなる。
が、そのうちに、いつしか相手の喜びを受け入れるゆとりが自分の中に芽生えてきた。
こうして内藤九段は、負けることによって口惜しさしを味わうのではなく、相手の喜びに共感出来る大きな人間に成長し、確実に昇段していったのである。
私はこの話に心打たれたのである。誰が可愛いわが子の負けを、辛く思わない親がいるだろう。
そんな中で「ええやないか、勝った人が喜んでいるのやから」と言えた内藤九段の母上は、本当の勝負に勝ったお方である。
人生の勝負で、勝利の座を占めた人と言える。
自分だけが中心の生活をしていると、自分だけに太陽の光が注ぐことを望むような、ケチな根性になるのではないか。
そして、それはそれだけの貧しい人生でしかない。
豊かな人生、それは相手のことも思うことの出来る人生である。
聖書にも「おのおの、自分のことばかりでなく、他人のことも考えなさい」と書いてある・・
忘れえぬ言葉私の赤い手帖から
三浦綾子
小学館文庫