【寄稿Ⅱ】タロウ(2)スーツの知られざる世界A/ふぞろい怪獣43 | アディクトリポート

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この記事(【寄稿】セブンとタロウ2017〈ウルトラマンタロウ(1)前史〉/ふぞろい怪獣42)に続く、

SAITOU(サイトウ)氏のご寄稿の第2弾です。

 

前回の記事はたいへんな反響で、

さすがは造形業界での知識と経験が豊富なSAITOU氏の、

明解で簡潔ながら緻密な解説の賜物。

同時に、

ウルトラマンタロウというキャラクターの人気の高さを物語っていた。

 

第1期への崇拝のあまり、

大胆な路線変更の「タロウ」評価は、

いわゆる「怪獣倶楽部」世代には散々だったが、

ウルトラ初体験が「タロウ」だった世代には、

熱烈な支持者も多い。

 

ツイッターでばびらん氏が、DVDと書籍を資料に、執念のスーツ変遷考察を、タロウのみならず他ヒーローでも地道に継続。

タロウ最新版は、2017/7/18に公開されたばかり。必見です!

ばびらん氏は、ウルトラマンのスーツ考察というと第1期の初代マンやセブンばかりで、タロウ以降をほとんど見かけないことから一念発起。その解析は部外者レベルでは最高峰に緻密で正確、事実に肉薄している。

 

では、今回も前回にさらに輪をかけてディープな世界を存分にお楽しみください。


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タロウスーツの知られざる世界A

 

寄稿: 特殊美術工房BD7 SAITOU

キャプション(画像の補足説明・青字表示)文責:アディクト

 

現役期(1973/4/6〜1974/4/5)のスーツ造形について、

今まであまり語られる事のなかった、

ウルトラマンタロウですが、

理由としては、

造形的に安定期に入っていて、

個体差が少ないために誰も気にならなかった

sense

↑前半の代表スーツと、後半の代表スーツ。遠目には違いがほとんどわからない。

——ということが挙げられるでしょう。

そこであえて難題に挑戦、

タロウスーツの全容を検証です!

 

1.デザインコンセプト

昭和46(1971)年、

帰ってきたウルトラマンに続いて、

ウルトラセブンも帰ってくる予定でしたが

(「戦え!ウルトラセブン」)

 

2017年2月に、南風原で開催された「ウルトラマンライブ ~ピース・オブ・ジ・アース 」同時開催の「金城哲夫展」に展示されたシナリオ群。


金城氏の書斎の「ウルトラセブン」関連の台本資料の中から発見されたもの。

本イベントの企画、開催を担当したのは、

幻の琉球国王肖像画の研究と再生がライフワークの、

琉球絵師の佐藤文彦氏。

佐藤氏は金城哲夫研究会代表として、初期ウルトラマンシリーズの脚本家・金城哲夫氏のイベントを企画、開催しており、2016/3/6に南風原町で開催されたイベント「ウルトラマンプレシャスステージツアー2in南風原」では「金城哲夫の世界展」の展示協力をされた方。

 

「戦え!ウルトラセブン」の企画は発展的に解消し、

ミラーマン(1971/12/5〜1972/11/26)として結実します。

 

この時点でのデザイン画は確認されていないものの、

新ウルトラマンのように、セブンの新デザインが検討されます。

4301

↑順番はこれより前だった、

↓ボディのシルバーとレッドを反転させた、成田亨氏のセブン初期案の一つ。

「戦え!ウルトラセブン」が実現して、

セブンV2(新セブン/セブン二世)がこんなのだったら、

ウルトラの歴史もガラリと変わっていただろう。

 

昭和47年暮れに、「エース」の後番組でもウルトラシリーズの続投が決まると、

次のウルトラマンの概要が検討されます。

この時点で、

次のウルトラマンは、

*今までのウルトラマンの集大成とする

*円谷プロ10周年の看板作品にふさわしい王道キャラクターとする

という命題を背負って、デザインの検討が開始されます。

 

そこで人気の高かったセブンをリファインし、

好評だったウルトラの父の角をプラスする事でデザインは完成します。

 

デザインの原案は、東宝特美の鈴木儀雄氏が考案し、

氏のデザインの特徴の、丸(円形・球形)を多用したものになっています。

ないわけじゃない

↑これが鈴木氏のデザインだという保証はありません。

下記のデザイン画以外に見つかった唯一の画像なので紹介するだけです。

 

細部は井口昭彦氏によって詰められていきます。

そのデザインを基に、

開米プロによって造形作業が進められました。

2.マスク製作

ウルトラセブンを再構成するにあたり、
原型はセブンを流用することになりました。

 

マスクの原型は、『ゴジラ』などの石膏班スタッフだった照井栄氏が開米プロの依頼を受けて製作した。

口の凹凸の左右が牙に見えるので造形には苦労し、「頭(マスク)が大きいので170センチ以上あるスーツアクターを入れてほしい」とプロデューサーの熊谷健に伝えたとのこと。

照井氏はエースの頭部造形も手がけた覚えがあるという。

 

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作業工程としては、

1  セブンマスク
              ↓
2  セブンマスク石膏原型
             ↓
3  石膏原型改修
              ↓
4  タロウ量産用マスターFRP原型
               ↓
5  タロウFRPマスク量産

という段取りになりますが、
本体の顔面とは別に、角の部分は独立した型が起こされ、
5で量産されたマスクの各個体に取り付けられていきます。


セブンマスクの改良


セブンマスクをベースにするにあたり、
従来のマスクの欠点として、
なにしろかぶりにくかったので、

硬質部分が後頭部まで回り込む形状はやめて、

マスク本体は頭頂部までとされました。

 

アイスラッガーのアール(取り付け角度)をゆるくしないと、

かぶりにくかった点を踏まえ、

脱着式のアイスラッガー(ブーメラン機能)は廃止され、

トサカは頭部と一体化、

よこ

マスクをかぶる際に干渉しないように、うんと前方にせり出しました。
 

各パーツ

昭和46年暮れの客演セブンの新規造形の時点で、

左側の目の型が紛失していたため、

「帰マン」38話「ウルトラの星 光る時」(1971/12/24)から、
本来はアトラクション用に新調されたスーツが登場。

sasa

胸の段差でラインが途切れているのは、

昭和45(1970)年頃に新造されたセブンスーツに、

胸の段差下からラインが始まっているものが多く、

それを参考にしたため。

 

いずれはセブンの目の型を作り直す必要性が生じ、
この機会に目の型が作り直されます。

 

新型は、上下左右を共用で使えるように対称形で作成され、
アクリルないし塩ビ板を挟みこむヒートプレス用の木型が製作されます。

凸レンズ状のビームランプも、

セブンと同じデザインで、ヒートプレスの型が作成されました。

タロウの特徴でもある、溝の部分に打たれた鋲(びょう=ボタン)は、

革工芸等に使用されている鋲で、
現在でも容易に入手が可能です。

 

↓頭部の鋲はこんもりと盛り上がった饅頭(まんじゅう)型、

↑胸部の鋲は、平べったい碁石型でした。

 

頭部の鋲は、段(土台=基部)があるものと、

現在でも東急ハンズ等で入手可能。

 

ないものの2種類あり、

見映えを統一するために金に塗装されたり、
メンテの手間を省くために、下地と同色の銀に塗装されたりもしました。

鋲まで銀一色のタイプ。
 

3.スーツ

「帰ってきたウルトラマン」(1971)より、

開米プロダクションによる
プロダクションシステム(俗に言う外注。円谷プロ自社内でなく、他社が業務としてスーツ制作を請け負う体制)に移行し、

「マン」(1966)

「セブン」(1967)

の頃よりも多くのスーツが、

撮影、アトラクション用に製作されるようになります。

 

「帰マン」時期より、

撮影用スーツは基本的に1クール(13話単位)ごとに、

2~3体ずつ納品されるようになります。

 

また、膝、肘部分は擦過によるスーツの損傷が激しいため、

マスクの方は使い回して、

スーツのみ新調した場合もあります。

 

この時期はまだ、

撮影用、アトラク用に明確な区別はなく、

撮影用として使用された後に、

現場の要請でアトラク(当時は番宣と言ったらしい)に回される業態だったらしく、

「タロウ」撮影時期にはアトラク用スーツが不足し、

特撮現場のスーツを貸し出しても間に合わない程の、
ブームの過熱ぶりがうかがわれる逸話さえあります。

(満田かずほ氏、川北紘一氏の証言)

タロウスーツの最大の特徴が、

この時期にベースのウェットスーツの材質が変わった(替わった)ことです。

「ウルトラファイト」(1970/9/28〜1971/9/24)時期より、

黒地のウェットスーツに、

赤い薄手のビニール表皮を圧着したものが、

帰マン(1971/4/2〜1972/3/31)、

sasa

エース(1972/4/7〜1973/3/30)、

ftft

レッドマン(1972/4/24〜10/3)、

やああ

ゴッドマン(1972/10/5〜1973/9/28・東宝作品

等では使われていましたが
72年秋にヒルマモデルクラフトにより、

アイアンキング(1972/10/8〜1973/4/8・宣弘社作品

kinngu

ファイヤーマン(1973/1/7〜7/31)が、

現在のウルトラシリーズ等の造形で使用されているカラースキンと、

ほぼ同質素材の赤い生地で製作されます。

 

ゴム素材そのままで、

色成分は純赤(スカーレット)な生地なのですが、

明度が高い(白っぽい)ため彩度が鈍ってピンク色に近く、

使用頻度が高まると、

くすんで小豆(あずき)色に変色する欠点があるため、
「ウルトラマンの赤色としてはどうなのよ?」

という声もあったようです。

 

しかし、

材質の収縮性、軽量さ等から、
ウルトラの母で採用されます。

esta

(このため、母のスーツは完成が遅れたようです)

ははは

この母での採用が、

従来のスーツとさほど違和感が無かったことから、

kinenn

↑従来型のタロウスーツと比較すると、

↓赤い部分の色味が異なる。

第7話(ガンザ、タガール戦)の東宝特美請負分の川北組後半分より、

タロウにも、カラースキンで製作されたスーツが投入されます。

↑この時期(19話)には、母とタロウの赤の色味は同じ。


以後、現在に至るウルトラ戦士のウェットスーツの生地は、

この時点の赤色のカラースキンとほぼ同質の生地で製作される事になります。
生地自体の厚みは5mmです。

 

↓母のスーツの赤色が、経年変化で沈んだのを確認できる、ほぼ唯一の画像。

↑タイとの合作映画「ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団」(1974/日本公開1979/3/17)の広報スチル。劇中にこの場面はない。

 

4.プロテクター

放送当時のタロウのプロテクターは
型抜きしたラテックスに平たい鋲のボタンを一個一個取り付けていましたが
78年頃のアトラク用より、
その鋲部分まで一体で型取りして、着色したものに替わっていきました。

 

 

撮影用タロウスーツの検証と製作状況

便宜上、各クール(13話)ごとに分類しますが
「タロウ」時期には明確に新調、納品されたわけではなく、

また放送中に製作規模が縮小された事情等から、
『帰マン』以降続いていた潤沢なスーツ供給体制は、

タロウがターニングポイントとなります。

では、各スーツの特長と、製作された状況を検証して行きましょう。

第1クール用スーツ

Aタイプ


基本のスーツで、デザイン画の意図するとおり、

セブンのイメージが細部まで反映されたスーツ。

(眼のフチのみクリヤーイエローによる着色、

ろた

ボディラインの流れ等)

 

後頭部の段差(帯=バンド)もあり、頭部の溝部の鋲は7対。

東宝プール脇で行われた撮影会等、

うゆゆy

各出版社の特写会等で主に使用されました。

 

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本編デビューは意外に遅く、

ようやく6話の対ジレンマ戦(恐らく西条満氏代役)から、

代表スーツなのに作品登場が6話と遅れたのには、

このスーツはショーケース(見せびらかし)用、

つまりメートル原器ならぬタロウ原器として、

展示見本で、きれいに保存したかったのではないか。

しかし撮影状況は逼迫(ひっぱく)し、

やむなく現場に投入たちまちスーツは傷みまくってしまい、

最後は17・18・19話のバードン戦時のダメージングスーツとして活躍。

↓17話

↓18話

↓19話

 

頭部は現存し、

「ウルトラマン創世紀展」で展示されました。

 

「ウルトラマン創世紀展-ウルトラQ誕生からウルトラマン80へ-」

2012/4/14~6/24 新潟市新津美術館
2013/2/2~3/24 富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館
2013/4/13~6/16 ふくやま美術館
2013/7/13~9/16 高浜市やきものの里 かわら美術館
2013/12/6~2014/2/5 北海道立釧路芸術館
2014/4/5~6/15 佐川美術館 
2014/6/22~8/20 浜松市美術館
2014/11/22~2015/1/12 北九州市立美術館 分館
2015/6/27~8/30 横須賀美術館 

 

学年誌が発売された日、この顔の写真を見て、

「これがウルトラの母か~」
と勘違いした
読者が続出!

 

ウルトラマンに角がついたのが父だったので、

セブンに角がついたのが母だと思った子供が多かったようです。

 

↓内山まもるのマンガ版でも、母の姿が未確定の時には、セブン系の顔だった。

90

タロウの顔を知ってれば、父がマン系な以上、母は当然セブン系だと考える。

↓ところがいざフタを開けたら、母はバリバリのマン系だった。

みりいい

母「ホホホ、みんなバカよねえ。

217

↓セブン系の女性なんて、成立するわけないじゃない」

hahaja

タロウ「ええ、そうですよね、お母さん。

ボクもゴーグル溝に六角目のウルトラ女性なんて、見たことがありません」

xhikko

 

 

↓とはいえ、この父(左)とこの母(右)から、この息子(中)がなぜ生まれるのか?

さんばい

この疑問は、今も根強く、

↓こんなフェイク(なんちゃって)家系図まで広まる事態に!

↓左はフェイク、右はホンモノです。

「タロウは本当はウルトラの母とセブンの父の息子」

「ウルトラの母とセブンの母は、ともにセブンの父と関係を結んだ“さお姉妹”」

「ゾフィーと初代マンの母は、同じ女性」

——という、いかがわしい情報は全てガセですので、ご用心!

↑これがホンモノ。

 

今回はここまで。

次回もお楽しみに!