退院ウラシマ効果/場所の記憶(12)・松原団地東口 | アディクトリポート

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昨日の記事(はからずもの続編)と、少しだけ、かぶります。

2012年、(たしか)7月17日に退院して、
2週間ぶりに自宅最寄りの松原団地駅に下り立つと、
それなりに駅前商店街が様変わりしていて、
プチ浦島太郎気分を味わった。

具体的には、
メガネ屋(メガネマート 松原団地店)
セブンイレブン(松原団地駅東口店)になっていた。

前段として、
もっと駅に近い、
ステーションプラザビルの1Fにあった
メガネ屋(名称不明)は、
競争に負けたらしく、
少し前に撤退して、
別のコンビニ(サンクス松原団地駅前店)に変わっていた。

つまりメガネ屋同士のバトルは共倒れに終わり、
次もまた同業種のコンビニの戦いに移行したという…。

これには他にも、
同業他社の競争がからんでいる。

そもそも東口駅前のセブンイレブンは、
もう少し駅から離れた、
現店舗とは道の反対側にあったが、
その左隣に小規模な100円ショップが開店し、
当然セブンイレブンの商売に打撃を与えた。

そしたら今度はセブンの右側に、
ローソンストア100が開店してしまい、
つまりは同業の店舗が、3軒も連なるという異常事態に。

当然、真ん中にはさまれたセブンイレブンは、
両脇の100円ショップとの価格競争に破れて潰れた。

新旧セブンイレブンの経営者は別々だという情報を、
開店早々の新店で聞いた。

でもってこの前の入院から退院して来た日には、
老舗の個人経営のラーメン店、
悟空林
の前にテーブルが出され、
「ご自由にお持ち下さい」
と張り紙があった。

少し先のモスバーガーが、
店舗再編で閉店、
カレーのココイチに入れ替わるも、
道の反対側の、
むかーーし、おっちゃんストアのあったところに入った、
松屋(松原団地店)のトマトカレー(期間限定商品)の激安ぶりも手伝い、
わざわざ高いココイチに入る人なんて、とんと見かけない。

悟空林からパチンコ屋をはさんだ一つ先には、
新しい味噌ラーメン屋(らー麺屋めん丸 草加店)があったが、
短期間で閉店、
道を一本引っ込んだ路地裏に移り、
今では元あった場所は、なか卯に交代している。

というわけで、
全国展開の安売り飲食店の乱立で、
個人経営の飲食店は、
のきなみ駆逐されている。

大型チェーン店でさえが、うかうかしていられず、
マツモトキヨシの奥には、
ドイトの跡地にドン・キホーテが開店してしまい、
マツキヨで買い物するメリットは、
消費者にはほとんどなくなった。

悟空林とは別の、古くからの飲食店(中華飯店 山水)は、
自分が2003年にこの地に舞い戻ったら、
若かったはずの息子の店員がすっかり白髪頭になって、
今も店を切り盛りしている。

近くの老舗のそば屋(「砂場」という店名)も5年以上前に閉店してしまい、
最近はサービス価格を表に貼り出してるが、
経営はなかなか厳しそうである。

松原団地東口は、
それまでのただの水田を、
砂煙を舞い上げながら舗装作業していた、
45年ぐらい前をじかにこの目で見たほどに、
よくよくよく知っている。

↓建設中の松原団地駅(団地と反対の東口方向より)。1962(昭和37)年撮影
なな
↑駅の階段の傾斜と位置から、たぶん東口と思われる。1965(昭和40)年撮影
本記事はこちらで。


当時は松原団地のD地区住まいで、
父母に連れられ、
新築住宅の下見に行く時、
駅の反対側に初めて足を踏み入れた時、
あの異世界の光景を、
幼稚園に入園前だったが、
今でもなんとなく、断片的に覚えているのだ。

あなたにとっての、
浦島太郎体験は?

かめ

元画像はこちらで。

↓昭和版浦島太郎。「ウルトラQ」第6話「育てよ!カメ」