さて、せっかくなので、他の人があまり書かないことで、これまで本ブログでも書きそびれていたことを、まとめて。
ジョブズ氏がアップルに返り咲いて、第一弾製品、iMacを世に送り出して以来、現在のiPhoneの世界的隆盛まで破竹の快進撃を続けて来た印象だが、実はそういうわけでもなく、急成長はここほんの数年のことで、
上昇気運が安定したのは、ようやく2005年から。
そこに至るまでには、それなりの試行錯誤や失敗も、ないわけではなかった。
ジョブズ自身が、地球上で最も美しいマウスと称した、初代iMacの円形マウスは、
「上下がわかりづらい」と、ユーザーに不評。
次に鳴り物入りで発表した
Power Mac G4 Cubeは、
デザイン的には高評価だったが、トラブル続きでセールスは芳しくなく、短命な製品に終わった。
ジョブズ指揮下の再生アップルの要(かなめ)は、デザインの革新性で、その立役者はジョナサン・アイブ。
現在は子供の教育のために、故郷のイギリスに戻ることを切望しているが、どっこいアップルが、そんなことは許さない。
アイブはジョブズが復職する前からアップルに在籍していて、
アイブ氏の前職は、バスルーム(浴室とトイレ)のデザイナー。
アップルには1992年から在籍。
ジョブズの粛正を生き延びたことでもわかるように、
↑2004年
↑iMac G4と共に。2004年以降。
↑2009年7月
相当の実力者である。
いったん自身のデザイン能力を放棄し、
転用(パクリ)で済ませることを覚えてしまうと、
そこから抜け出せなくなる。
2本目で新入りに追い出された、
↑デザインはパクリ、クレヨンで塗りつぶすような色使いしかできなかったダグ・チャンは、
↓描画ソフト(ペインター)を駆使して、情景を色調で演出できる、
↓ライアン・チャーチと
↓エリック・ティーメンズ
の二人組に追い出される羽目に。
チャーチとティーメンズのコンセプトアートの色調は、
劇中と、ほぼ同じ。
どこぞのヘナチョコデザイナーもどきとは、
↑台湾出身。えらい違いである。
何が言いたいかというと、「こうしたい」という明確なビジョンがあれば、何もかもを自分一人でやる必要はなく、ビジョンに理解と支持を示してくれる仲間と、得意分野を分けあって成し遂げることができるが、
出発点のビジョンが不確かでは、そこに寄ってくる輩(やから)も動機が不純だから、
結局は中途半端な仕上がりにしかならないということだ。
話をジョブズの人となりに戻すと、
ジョブズの復職たちまちの活躍に、「これはスゴイ人物、生きる伝説だ!」と、
幕張メッセのマックワールドエキスポにやってきた、1999年に見に行った。
講演は(たしか)2月19日の金曜日で平日。
当時の私は、千葉県八千代市にある私立高校の教員だったが、欠勤せずに見に行けた。
3学年の担当で、その時期は卒業式まで生徒は登校せず、教員は朝礼を終えたら、退勤時間まで、校内ではやることが何もなかった。
この機会を逃してなるものか!
というわけで無断で外出して、車で幕張まで出かけて、生ジョブズを見て、何食わぬ顔で帰ってきた。
講演内容は、数週前のサンフランシスコ版のリピートだったが、別にそれはどうでもよくて、とにかくジョブズが見たかった。
「なるほど、こういう人なのか」という感じで、成功者の影や闇をすでに克服して、聴衆に良い印象だけを示せるようになっていた。
上り詰めて地位を盤石なものにするまでは、イケイケのひたすら攻めモードで、無能な者を徹底的に排除したエキセントリックな人物も、
過去に自分自身が会社を追われた経験から、「そうそう人に冷たくもあたれなくなった」と人生観を転換し、後には、
「本当に自分がやりたいことをやるべきだ」と提唱した。
アーティストを中心に、「今の自分があるのは、まさにジョブズのおかげ」と謝意を述べる人が後を絶たない一方で、
未だに、「自分が本当にやりたいことが見つからない」という人たちも大勢いる。
成し遂げたいことがしかし、私欲や我欲の追求だと、
↑なんで6日のニュースのトップが、全人類のために貢献した人物の逝去よりも、自分のことしか考えてない、こいつの話題なのか理解できんよ。
一時はうまくいっても、そのうち守りの姿勢に入ってしまい、その自己保身こそが身を滅ぼしかねず、
結局は本当の成功に行き着かない。
となると、尊敬するジョブズのように生きるということは、自分のやりたいことが、自分以外の他の人のためにもなる道を目指すことだと思われる。
つまり、その人が世に生まれたからこそ、その人が生まれる前より、世の中が良い方に変わったと、良い意味で歴史に名を残すことを目指す。
次にジョブズに匹敵する人物が続くには、その人物がまずは、この真理に行き着かなければならない。
ということを気づかせてくれたことにこそ、私はスティーブ・ジョブズに、心から「ありがとう」とお礼を述べる者である。
忘れない。