正伝ルパン3世/黄金のルパン帝国〈その7〉 | アディクトリポート

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「正伝ルパン3世/黄金のルパン帝国」の第1章は、本日の公開分までです。

〈その1〉
〈その2〉
〈その3〉
〈その4〉
〈その5〉
(その6)

準備とヒント

 3月25日の水曜日。次元のアジトではルパン一人が、なにやら神妙な面持ちで作業に取り組んでいた。小振りな専用鍋を電熱器にかけ、そこに鹿の膠(にかわ)を乾燥させて棒状にしたものを、ポキリと折っては放り込んでいる。
 日本画で用いられる鹿膠とは、鹿の皮革から精製して乾燥させて作られたもので、岩絵の具を溶かして紙や布に描いたものが、はがれ落ちずに定着する役目を果たす、いわゆるミディアムと言う画材の一種だ。
 ルパンはこれを、変装に用いるマスクや、顔の部分ピースに塗る塗料の定着に応用しようと研究を始めたばかりで、使い慣れない材料の吟味のためか、同型の電熱器を数台並べて、湯煎(ゆせん)の温度を様々に変える実験に余念がない。
 そこへ大きな紙袋を両腕に抱えた次元が戻ってきて、部屋の中にルパンの姿を認めるなり、こう嘆いた。
「なんでえ、やっぱりいるんじゃねえか。これだけの大荷物を買って戻って来たんだ。何度もベルを鳴らしたんだから、玄関を開けてくれるのを手伝って欲しかったぜ」
 ルパンはいかにも気乗りのしない口調で、つぶやくようにこう答えた。「ああ、すまねえ」
「なんでえなんでえ、その適当な相づちは。なあルパン、注文通りの品物を、ひとしきり買ってきてやったんだぜ」
「ごくろうさん。そこらへんに適当に置いといてくれ」
 次元はテーブルの上に買い物袋をドサリと落とすと、急に思い立って中身をゴソゴソとあさり、中から小さな箱を取り出してルパンに指し示しながら、いかにも諭すような口調になってこう言った。
「だけどな、ルパン。こればっかりは感心できないぜ」そう言って彼が指し示したのは、コンドームの箱だった。「まあ薬局に行くついでだったから、今回だけは買って来てやったけどよ、仕事と遊びはしっかり分けてくれねえかな。だいたいおめえ、一日中この部屋にこうやってこもりっきりで、外に一歩も出ねえんだから、女遊びなんかしてるヒマなんてねえはずだろ。それなのにこんなにどっさり買い込むなんざ、正気の沙汰とは思えねえぜ」
 ルパンは次元の方を振り返りもせず、作業の手を休めずにこう応答した。
「いや、それも仕事に必要なんだ。べつに製品本来の目的に使おうってわけじゃない」
「へっ、こんなもん、避妊以外に、いったい何の役に立つんだよ?」と、次元が思わず素っ頓狂な声を上げる。ルパンが得意気に説明を始めた。
「日本のコンドームの質はな、次元、薄さも耐久性も、世界でもトップレベルなんだぜ。それを変装の小道具の一部として、使わせてもらうのさ」
「そう言ったっておめえ、こんなもん、変装にどう使うんだよ」
 ルパンは作業を続けながら、淡々と解説する。
「いくら変装の名人でも、どうしたってムリなことがある。自分が痩せてれば、太るのはカンタンだが、その逆はムリ。背が低ければ背を高く見せる工夫はいくらだってできるけど、背の高い男が身長を縮めるのには、せいぜい猫背になるぐらいで、努力にも限界がある」
「ふむふむ、それで?」
「小顔なら頭をデカくふくらませる変装はできるが、反対に頭がデカけりゃ、小さくはできない。だって頭を削ることなんて、誰にもできやしないからな。まあ整形手術で骨を削るってのも、手段としてはないわけじゃないが、そうおいそれと繰り返せるってもんでもない。な、ここまで言えば、もうわかんだろ?」
次元は首を横に大きく振りながら答える。「うんにゃ、全然。それがコンドームとどう結びつくのか、まるで見当がつかないよ」
「これをゴムバンド代わりに使って、頭全体を縛り付けるんだよ。もちろん頭蓋骨まで縮められやしないが、ギリギリまで小さくはできる。そうそう、オレはいつでも変装できるように、こうして頭を短く刈り込んでるが、お前みたいに長髪だって、これでつくったゴム製のカツラをつければ、わざわざ髪を切らなくても済むってことだよ」
「ふん、恩着せがましく言ってくれちゃって。ってことは何か、今回の作戦は、お前だけじゃなくて、オレまで変装する必要があるってことじゃねえか!」
「まあそういうことになるな」
「ずいぶん気楽に言っちゃってくれるもんだな。だけど結局どうなんだ? 頭はともかく、顔までそれで覆っちまったら、皮膚呼吸とかができなくなったりしねえのかい?」
「そりゃまあ、これで顔全体を覆っちまえばな。だけど要所要所をしばりつけるだけだったら問題ないし、全体を覆うマスクの方は、また別にその上からかぶるから----」ルパンはそう言いながら、いくつか並べてある人の頭の模刻、つまりモデルとなる人物に似せたマスク原型を指し示した。「----どのみち延々とかぶり続けるってわけにはいかないよ」
 ルパンの指さした先には、銭形警部に生き写しだが、石膏で成型されているため、色だけが真っ白なのでかろうじて本人ではないとわかる程によくできた模刻も並んでいた。次元がこの模刻の前に立ち、うなるようにこう声を上げた。
「ふうん、なるほどねえ」
「なんだい、何に感心してるんだい?」
「いや、お前さんには、いつも驚かされるなあって」
 ルパンはまんざらでもない様子だ。「へえ、お前にしちゃあ珍しく、素直に俺を認めてくれるじゃねえか」
「別に手放しで誉めてるわけじゃないさ。驚かされるってえのは、ガッカリが半分、感心が半分だったりするからな。だけどまあ、この彫刻の腕前には、素直に感服するしかないぜ。まるで銭形に生き写しじゃねえか。さすがにこれは彫刻の腕がないとムリな芸当だが、お前さん、そもそも一体どこで、こんなすげえ技術を身につけたんだっけか?」
 ルパンは相棒の次元にさえ、自分の過去の経歴や境遇を語りたがらない。だがここは話の必然もあって、その片鱗だけを披露するにとどめるつもりのようだ。
「彫刻だったら、昔ちょっとばかし、かじったことがあっからな。だけどな次元、いくらミケランジェロやラファエロばりの並外れた彫刻の腕があったって、技術の進歩なしには、この銭形に完全になりすますのはムリなんだぜ。もっと言やあ、これは2年前の俺には、やっぱりムリだったことなんだ」
「2年前にはっつうと……カリオストロの頃か?」
「そう、1968年。実はあの後、俺がプイッといなくなったのには、それなりの理由があってな。ロスとロンドンを訪ね歩いてたのさ」
「ふうん……そうだったのか? で、何でどっちか1カ所で済まさずに、わざわざアメリカとイギリスを、別々に訪ねる必要があったんだよ?」
 ルパンは得意気にこう言った。「ロスにはジョン・チェンバース、ロンドンにはスチュアート・フリボーンが住んでるんだよ」
 だが二人とも、次元には全く聞き覚えのない名前だ。「誰だい、そいつら? 暗黒街の大物に、そんな名前はいねえだろ?」
「当たり前だよ。ふたりとも犯罪者なんかじゃなくて、映画の特殊メイクのアーティストだから。チェンバースは『猿の惑星』、フリボーンは『2001年宇宙の旅』さ」
「ああ、映画ね」
 次元の返答は素っ気ない。彼はほとんど映画を観ないからだ。それを察してルパンが続ける。
「そうか、おまえは映画をほとんど観ねえもんな。だけどな、スパイ映画だとかフィルムノワールみたいに、俺たちとダブるジャンルの映画じゃなくたって、意外と役に立つもんなんだぜ。『猿の惑星』に『2001年』っていったら、両方ともSF映画だが、そのメイク技術が実際の変装に、そりゃあしっかり役立ってくれるんだから!」
「どこら辺が、どんな風に?」と少しは興味がわいてきた様子の次元が尋ねる。
「両方とも人間が猿を演じてたし、これまたどっちにも老人だとかミイラ化した死体だとかも出てきたが、ああいうのは全部特殊メイクだからさ。人間を動物に変身させるのだって可能なら、人間が別人になりすますのなんて、もっと簡単ってことになる。そう見込んで直々に訪ねていったら、二人とも気さくな職人で、色々とためになるテクニックを、そりゃあ惜しげもなく教えてもらえたぜ」
「たとえば?」と、ますます興味をそそられて次元は思わず身を乗り出して尋ねた。ルパンが大きくうなずいてから先を続ける。
「これまでかぶりもののマスクっていうと、ゴムの厚みがけっこうあって、どう見たって仮装大会とかお化け屋敷みたいになっちまうのが関の山だった。だから使うにしたって、夜の暗がりだとか、日の当たらない場所だとか、ある程度ごまかしのきく場所に限られていた。明るい場所じゃあ変装だってバレバレだったからね。そこへ行くとフォームラテックスっていう新素材は、空気をたっぷり混合するから、薄くて軽くて、ホンモノの皮膚みたいに見せられるのさ。もっともそのかわり耐久性はないから、一回変装するごとに使い捨てで、もってせいぜい1日が限……」
 ここまでルパンがとうとうと説明したところで、バチンという音がして、次元のアパートの照明が一斉に落ちた。呆れたと言った口調でルパンが叫ぶ。「なんだ、またかよ!」
 次元は入口近くの配電盤に手探りで向かいながら、こう言った。
「わりいわりい、個人の家庭じゃ、電気を使いすぎると、こうやってすぐにブレーカーが切れちまうもんなんだ」
 ようやくたどりついた配電盤を開けてブレーカーを上げると、何事もなかったかのように照明が再び点灯した。次元は再びブレーカーが落ちるのを防ぐために、玄関の明かりを消しながらこう言った。
「だいたいさあ、お湯を沸かすんだったら、電気をめいっぱい食う電熱器なんか使わずに、ガスコンロを使ってくれればいいじゃねえか」
 ルパンはいかにもわかってないなという口ぶりだ。
「一定の温度を保つには、熱量が安定してなきゃダメなんだよ! それには電熱器が一番……」
 ここまで言って突然口を閉ざしたルパンに、心配になった次元が問いかける。
「なんでえ、急に黙りこくっちまって?」
 ルパンはニヤリと笑ってこう言った。
「いやな、ナイルの泪を盗み出すのに、いいアイデアが思い浮かんだのさ」

第1章 おわり

「正伝ルパン3世/黄金のルパン帝国」:尾伏志音著
は二次創作のため、原作者や原作の版権管理団体の許諾なく販売はできません。

経緯については、
以下をご参照ください。

その1
その2
その3
その4

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今年の小説第1章の公開は、本日で終了します。
来年のアディクトの小説お披露目に、ご期待ください。


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