正伝ルパン3世/黄金のルパン帝国〈その6〉 | アディクトリポート

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正伝ルパン3世
〈その1〉
〈その2〉
〈その3〉
〈その4〉
〈その5〉

それぞれの準備

 3月25日の水曜日。大徳デパートの7階では、1週間後に開催されるエジプト展会場の準備がほぼ整えられていた。あとは開始ギリギリになって、イギリスから到着する展示物を飾るだけだ。
 大徳デパートの支配人で、エジプト展の担当でもある真行寺が、銭形警部に警備体制のあらましを説明していた。「以上が当店の警備体制です」
 銭形が神妙な面持ちで応える。「了解しました。本来でしたら、もっと本格的な監視体制や警備体制を整えられる、博物館や美術館で展示できればよかったとは思いますが……」
 いかにもそつのない人物を絵に描いたように実直そうな真行寺が、この機会を逃すまいといった様子で、銭形に割って入った。
「ああ、そのことなんですが、警部さん、ナイルの泪を貸し出してくださる大英博物館の方からは、今でもしつこいぐらいに、レーザー式の最新型警備システムだとか、向こうの警備会社だとかを斡旋(あっせん)してくるんですが……。いいんでしょうか、ほんとに? それをうっちゃっておいて、日本の警察に全てをお任せきりにしてしまって?」
 銭形は思い切り面倒くさそうに対応する。「ですから、その件については何度も申し上げましたよね。最新の優秀なシステムだかなんだか知りませんが、機械装置に頼り切るのは禁物です。日本ではこれまで導入実績が一度もない外国製のシステムでは、予期せぬ故障やトラブルに、こちらでは対処できませんからな。やはり最後は、人力に勝るものはありません。ですが人力といっても、ここは日本なんですから、日本人こそが警備にふさわしいってことも、忘れちゃなりません。確認したところ、その売り込んでくる会社には、日本語ができる警備員なんて一人もおらんそうじゃないですか! それではいざとなった時に、連携の取りようもありません」この言い分に対して真行寺がなにか反論したげな仕草を見せたが、銭形はそれを遮ってこう続けた。「だいたい民間の警備会社ごときに、トラブルや故障の責任を負う覚悟があったり、いざという時に、自分の身を呈してまで事態に立ち向かう心構えってものがあるんでしょうかね。どうせしょせんはビジネス、本当の危機的状況に陥ったら、自分の身可愛さに、尻尾を巻いて持ち場を逃げ出すにきまっとります。それに比べて、日本の警察は損得勘定抜きで、市民や団体の安全を、時に命がけで守っとるわけで、そもそもの取り組みの姿勢からして違うんですよ!」
 相手を気迫で圧倒した銭形は、今日の締めくくりの言葉をこう結んだ。
「まあ、そこのところは、今さら蒸し返してもしかたのないことですからな。ではこの状況に合わせて徹底した体制を敷くべく、我々も今日のところは、いったん本庁の方に戻ることにします」

* * * * *

 デパートの通用口から、銭形が率いる警察隊がぞろぞろと出て来た。
 その様子を道路脇に停めたフィアット500の車内から、次元が双眼鏡を構えて凝視していて、ルパンに向かって勢い込んで声をかけた。
「おい、出てきたぜ!」
 しかしルパンは、いかにも気乗りのしない返事をするだけだ。「ああ、そう」
 次元は面食らって、こう返してきた。「ああそう、じゃねえだろ! 今写真を撮らなかったら、せっかく張りこみした意味がねえだろ」
 ますます落ち着き払ったルパンが、そっけなく答える。「いや、銭形のオヤジなら、テレビでアップを画面撮りしたから、そんなに写真は必要ないんだ」
「はぁん? だったらなんでわざわざ通用口に張り込んで、カメラまで持ち込んだんだよ?」
「だからさっきから、あそこから出入りする従業員だとか、銭形の取り巻きの警官たちの写真を、くまなく撮ったじゃねえか」
「それだって、連中がぞろぞろ乗り込んできた時に、とっくに済ませたじゃねえか! なんだって今まで張り込みを続けてたんだよ?」
「一応念のために、警察が入っていくのも出ていくのも、正面玄関じゃなくて、通用口だってことを確認したんだよ。ついでにナイルの泪が運び込まれるのも、通用門の脇の搬入専用口だろうって察しもついたしな」
 次元は頼み込むような口調でこういった。「なあルパン、今回は厳しい計画だってわかってるんだから、確実にやり抜くためには、もう少し俺にも、具体的な中身をきかせてくれねえもんかな」
「たしかにお前の立場じゃあ、あれこれ知っておきたくもなるだろうけど、こっちの身としては、色々くっちゃべってるヒマはねえんだよ。そのヒマがあったら作戦実行にあてた方がずっといい。ってことでお前さんは、俺の行くとこに一緒についてきたり、作業を手分けして行く中で、少しずつ全体像をつかむことにしてちょうだいな。じゃあ次は、国会図書館にでかけるぜ」

* * * * *

 日本橋の大徳デパートを後にしたルパンと次元は、ほどなく千代田区永田町にある、目当ての国会図書館に到着した。
 駐車場にフィアットを駐めた次元は、待ちきれないようにこう尋ねる。
「で、ここには何があるんだい? 第一、俺たちドロボーに必要な情報が、こんなお堅い公共の図書館に、あったりするもんなのかね」
「なに言ってるんだよ、次元。国会図書館っていやあ、日本国内で発行された、全ての本が収められてて、そのほとんどが一般に閲覧自由だろ。まあ外国人のオレに貸し出させてもらうには、インチキの身分証が必要になっちまうが、お前さんを連れてくりゃあ、生粋の日本人のおかげで、しっかり役に立ってくれるしな」
「そりゃあいいけど、だからこれまで発行された、いったいどんな本を読んだら、宝石の盗み方なんて、便利でおあつらえ向きなことが書いてあるっていうんだよ?」
「いや、そんな本を探してるわけじゃない。まあそっちはオレがちゃんと目当ての本を見つけてから説明することにして、せっかくこうして二人で来てるんだから、お前さんには別の調べ物をしてもらうことにすっかな。それがうまくいったら、わざわざナイルの泪を盗み出さなくて済むかも知れないしさ」
「なんだって? いったいどんな調べ物をすりゃあ、そういうことになるんだよ?」

* * * * *

 二人はそれぞれの調べ物に取りかかり、2時間ほど経過した午後の3時頃に、互いの収穫を付き合わせることになった。次元はことさら誇らしげに胸を張って報告につとめる。
「ジャジャーーン! どうだいルパン、お前さんがお探しのモンを、しっかり見つけてやったぞ」
 これを聞くルパンも、どことなくうれしそうだ。「ほいな、そんじゃまあ、報告してちょうだい」
 次元は大きく一つ咳払いをしてから、堂々と自分の発表を始めた。
「ゴホン。ええ、日本軍総司令部は、太平洋戦争が本土決戦に突入した時に備えて、軍の最高司令部だとか、昭和天皇の最終避難用の施設を秘かに建造していた。で、オレはその場所がどこなのかを突き止めればよかったんだよな?」
「そうそう。で、見つかったのかい?」
「フン、オレ様を見くびってもらっちゃ困るぜ。あんまりカンタンにあっさり見つかって、拍子抜けしちまったよ」
「じゃあ、その成果を、とっくり聴かせてちょうだいな」
「よかろう、ルパン君、では教えてしんぜよう。長野県の松代だよ」
 しかしルパンは、どことなくあきれ顔だ。「……そりゃあ有名すぎるほど有名な話だよ。じゃあ、事態がそこまで差し迫らなかった場合の、東京での避難施設は?」
 次元の方も、こういう事態は予測していたようだ。
「ああ、どうせお前さんのことだ。そっちも訊かれると思って、ちゃぁんと調べてあるぜ。立川市の立川基地があったあたり、今だったらそう、昭和記念公園のあるあたりだってさ」
 ルパンの表情が若干曇った。「いや、立川ってえのも、こりゃまたけっこう有名な話だよ。ついでに言っとくと、昭和公園が国営なのも、その秘密施設がらみらしいぜ。だけどオレが探してんのは、その立川の施設もまだ出番がない時の、もっと都心の、うんとど真ん中のあたりのことなんだよ」
 次元は不満そうに自分の見解を述べる。「いや、そんな情報は探しても、どこにもなかったぜ」
「だろうな。すんなり見つかるぐらいなら苦労はしねえさ」
「ちぇっ、人の発見や手柄には難癖つけやがって! 大体お前さんがお探しのもんが、実際にあるかどうかだって怪しいもんじゃねえか。それよりルパン、そっちの方はちゃんと、自分の目当てのもんは見つかったのかよ!」と、次元はいかにも面白くなさそうな顔つきと口ぶりだ。しかしルパンは、自分に説明の番が回ってきたことがうれしそうに、晴れ晴れとした笑顔でこう切り出した。
「ああ、ちゃあんと見つけたぜ。ほら、これだよ」
 ルパンが指し示す大型の本に、次元が率直な感想を漏らす。「なんでえ、そりゃ? ずいぶんとまあご立派な、ごっつい本だな」
「だろ。大徳デパート創業五十年史。いわゆる関係者のみに配られた、限定版の社史ってやつさ」
「ふうん、そんなのがあったのか。で、中身はいったいどんなんだい?」
ルパンは誇らしげに自分の知識をひけらかし始めた。
「こういう類の記念出版とか社史ってやつはな、たいていが創業者とか社長の自己満足だけで作られてるもんだ。よくワンマン経営者ってえのは、いかに自分が苦労の末に一代で財産を築いたかってことを、自伝にして、とくとくと語りたがるもんだろ。そうすると書いた本人以外は、誰も読みたくもねえ、何とも始末に負えないやっかいな本ができあがっちまう。で、言ってみりゃあこれは、社長個人って言うよりも、大徳デパートを個人に見立てた、大自慢大会の集大成みたいなもんなのさ」
「なるほどな。それで、そんな自己満足の塊みたいな図体のでかい本が、いったい何の役に立つんだい?」
 ルパンが大きくうなずいてから説明を続ける。「せいぜい自伝だったら、誰かさんの自慢話を延々と書きつづっておくだけで事足りるけど、こういう大判の記念誌ともなると、活字ばっかり並べたってしょうがないから、どうしても写真とか図版とかが必要になってくる。で、そう言う図版の中に、ほら!」
 ルパンの指し示す図版をのぞきこんで、静粛が尊ばれる図書館内なのを忘れて、次元が思わず大声を上げた。「あっ、こりゃおめえ、大徳デパートの建築図面じゃねえか!」
「オマケにほら、こっちのページには」
「あれま、こっちは各階の見取り図か」
「ってこと。つまり俺たちは、大徳デパートのどこから忍び込んで、どこに隠れて、どこで盗んで、どうやって逃げ出すかって計画を、この図面を参考に、しっかりじっくり立てられるって寸法だよ」
 次元がようやく合点がいったと言う風に、晴れやかな表情でこう言った。「そういうことか! さすがの銭形警部も、まさか俺たちがこの国会図書館で、こんなとびきりの情報を目の当たりにしてるなんて、想像もできないだろうしな。だけどこの大型本、貸し出し禁止のシールが貼ってあるぜ。どうする? まずはこの本を盗むのか?」
「いや、もう、こいつで図面や見取り図を撮影したから、ここには用はない」
 そう言いながらルパンは、ジタンの箱にカモフラージュしたスパイカメラを胸ポケットから取り出してちらりと示し、気持ちを切り替えるように、次元にこう語りかけた。「ほんじゃま、今日のところは引き上げますか」
 ルパンに促されて図書館の出口へと向かいながら、次元がつぶやくようにこう言った。
「まったく用意のいい野郎だぜ。だけどなルパン、なんかおかしかないか? もしもオレが都心の地下の避難所の情報を探り当ててたら、どうしてナイルの泪を盗まなくても済むことになったんだ?」
 しかしルパンは聞いているのかいないのか、これに答える気配が全くない。次元はかまわず、さらなる質問をたたみかけてくる。
「それにお前さん、そういう秘密の地下施設だとか、国会図書館だとか金持ちの記念誌だとか、そんじょそこらの日本人でも知らないことに、なんだって、そうやたらめったらに詳しいんだい?」
「いいところに気がついたじゃねえか、次元。さすがはオレの相棒だ」
 これを聞いた次元の顔が若干の失望に曇った。「なんでえ、それじゃあちっとも、答になってねえじゃねえか!」
 ルパンは真顔になってこう答えた。
「なあ次元、ここで事細かく全てを打ち明けるのは簡単さ。だけどそれをやったら、お前さんは自分の工夫や見通しを何にも加えないで、単にオレの言うとおりに動くだけの操り人形になっちまう。そんなの、ちっともおもしろかねえだろ?」
 このルパンの言い分が、峰不二子からの受け売りだなどとは、この時の次元には知るよしもなかった。

つづく(次回まで・深夜12時更新予定)

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