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インキャ、コミュ障の『負けない戦略』研究所

元は超がつくほどのコミュ障、いわゆるインキャ。
対人関係が苦手で、ゲームに走ったり

起業は単騎じゃ無理だと悟り、
「広告」スキルを買われ参謀に。
そんな逃げ症の持ち主。

そんな僕でも、「幸せ」になれる確信を持てた。
体験を交えて伝えていきます。

どうも、しんです。

今回は、
ぼくたちが「24時間気持ちがいいな」と感じられる日常、

 

つまり、

理想の未来を掴むため
「予測と現実のギャップ」を埋めるために必要な情報を
なぜか得られない、見出だせない理由について話を進めます。



結論を言うと、
予測と現実のギャップが生まれる理由は、
「変動する要素」を盛り込んで予測するか、否かです。

変動する要素とは、
自分でコントロールできない現象のことです。

例えば、
天気や自然現象が最たるものです。

仲間とBBQをする予定を立てていても、
雨で中止になった時、
雨が降るであろう日にBBQを予定したこと」に原因があります。

(厳しい表現かもしれませんが)

 




事前に雨の予報を考慮すれば、
「雨でも平気な場所」に行くという選択をしただろうし、
もしくは、
BBQを延期する、という選択をした可能性もゼロではありません。


今回は分かりやすい例ですが、
予定を立てて、
BBQ当日の「予測」を立てる時に、

天気など「変動する要素」をどれだけ盛り込めるかどうかで、
狙った通りの愉しいBBQができるか、
雨でテンションが下がる日常に分かれる、ということです。


その変動する要素までアンテナを立てて、情報収集するかどうかで、
心地よい日常か、心地よくない日常かを左右する、
ということを今回の記事で感じてもらいたいと思います。


1.ぼくが「予想」ではなく、「予測」と表現した理由

その理由は、
根拠の有無であり、
違和感なく、気持ちがいいと感じる日常を手にれる精度が
段違いだからです。

予想は、
単に「こうなるだろう」という『主観』に想像して見当をつけることを指して、

予測は、
物事の成り行きや結果について、前もってある程度の『根拠』を元にして推し量ることを指します。

この違いを考えると、
「気持ちがいい、違和感のない日常」を自分の手で創り上げるためには、
予測じゃないと、なし得ないことを感じてもらえると思います。


つまり、
根拠のない「予想」程度では、
「気持ちいい日常」ではなく、
「運任せ」と言っても過言ではないということです。

そして、その「予測」の「ある程度の根拠を元にして」の「ある程度」の精度が
予測と現実のギャップを埋めるために必要になるわけですね。

予測しうる「ある程度」の中にある判断材料の中には、
先程、例に挙げた天気など
変動する要素があって、
そこを把握することが予測の精度を高める大事な要素になります。

変動する要素を含めた予測の精度を高めるからこそ、
「運任せ」から、

 

全てのデータを握った上で、
「ほーら」と言わんばかりの結果が出るよう
ベスト中のベストの現実を手繰り寄せる可能性が高まるということです。

つまり、「ある程度の根拠」ではなく、
「完璧な根拠」に近づけていこうよ、

というのが、今回の記事でお届けしたいことです。


2.これまでぼくが「予測」だと思っていたけれど、「予想」でしかないと感じたこと

ぼくが夢中になれる広告が
狙った感情や行動を起こすかどうか、の精度

平たく言えば、
広告を通して、何を感じて、
問い合わせや、メールアドレスの登録や、LINE@の登録など、

どう行動するか予測してズレていないか、
ぼくにとって「いい広告の定義」とは何か、と考えていたことがあります。


ぼくが思う「いい広告」とは、
相手が実際に行動を起こしちゃって、未来の仲間候補として、
コミュニティに参加する広告です。


賛否両論はあるかと思いますが、
ぼくにとってはそれが答えでした。


いい広告を体現するために
広告文
単語
言葉
色など、


必要な人にだけ広告を打つための設定など
リアルでのコミュニティを創るために、
ネット上のコミュニティを形成しました。

かつては、
「答えは市場が持っている」から、
まずは広告を出せばいい。

と考え、
広告文や、色や、言葉、単語のキワまで思考せず、
テスト改善のスピートと量にこだわりを感じていました。

当時の師匠の教えの第1条が
『愚直なスピードと実践量』
と教わっていたことも相まって、

「早くテストしなきゃ」と、
思考パターンが固定化されてきたように感じます。



とはいえ、その中ででも
「いい広告」だと見てもらわないといけない、とは考えていました。

世の中をより良くするために、
役に立つ商品・サービスを広める者として、

言い換えると、
いい広告であると、「相手に思わせる=人の行動を動かす」
ということを仮説検証していたからこそ、

ぼくの広告が、相手が気持ちよく行動してしまう、という美学を磨き上げて、
予想でしかなかった、ぼくの広告の質に向き合うことができました。

なぜかというと、
夢中だったからこそ、
予想でしかない自分に気づけた、ということです。


適当に広告に向き合っていたとしたなら、
狙った結果を得られなくて、
あっさり諦めてしまい、
予測できない自分に向き合うことが出来なかったと思います。

予測が予想だと感じたきっかけは、
大量の広告テストを行った結果、
広告の無駄打ちが非常に多かったことに気づきました。

なぜ、こんな広告を打ったんだ、、と感じる広告も存在していました。

正直、やっちまったと後悔しました。



「テストしたから」という一言で片付けることもできましたが、
そんな言い訳はぼくの美学に反していました。

広告は「大量のテスト改善する」もの。
ロードローラー作戦をするのが当然。

という思い込みであり、
その思考が、相手の心情を度外視していたということです。


思考が雑であれば、
相手が行動するかどうか、精度が雑になるのも当然です。

相手のことを考えていない「広告」では、
誰でもあっても行動するはずがありません。

理由は、
「答えは市場にある」
という考えに腰掛けて、

雑な広告を打つことは、
「怠惰」だということです。


パソコンの向こう側にいる、相手の心情を汲み取って
どんな言葉、単語が響くのか
キワのキワまで考える必要がありました。

だから、
「いい広告」の定義を思い出しました。

相手がどう思考して、どんな感情で行動するか、に目を向けて、
相手以上に相手の理想の未来はこうであろう、と予測
し、
広告を打ちました。



どうして、予測ができたかというと、
社会性から、他者と比較され続け、
顔色を伺うような人の思考が
ぼく自身そうだったからからです。

ぼくの経験が、「いい広告」の定義を体現するために
相手の心情を汲み取る、ということが必要だと痛感しました。

結果的に、事業仲間として
共同生活をする人も
ぼくの広告を通して集まった
ことから、
とても貴重な体験をしています。

単にいい広告を打つという観点だけでは、
到底たどり着けない視点で広告を認識することができました。


「相手の心情」という変動する要素を、
分からないから、とりあえずテストする。と、
「分からないことを分からないまま」に放置せず、


相手の行動、感情、過去の積み上げ、相手が描く理想像などを根拠にして、
いい広告を体現するための「予測」をすることが出来るようになりました。

そして、
「相手の心情」を予測して、広告を打てるようになったから、
結果として、
自分の想いが浸透する「気持ちがいい日常」を引き寄せることができました。



3.自分の想いが浸透する広告を打てるようになった結果

すると、日常生活においても、
相手の心情を察して、
相手の顔色を伺うこと無く、
会話をすることができるようになりました。

つまり、
相手を動かしてやろうという、自己満足の広告を打っていた「独りよがりのぼく」から
妥協の二文字無しに相手に踏み込んで
相手が考える以上の相手の理想の未来を魅せることができるようになりました。

結果的に、
相手もぼくの気持ちや感情を汲み取ってくれるようになり、
自分の思い通りに「気持ちがいい時間」を過ごせることができたんです。

つまり、
気持ちがいい日常を
「広告」以外でも体現することができました。

 




自己満足で終わっていたぼくでは、
広告や事業に触れている時間でないと、
自分は存在価値がなく、
相手の顔色を伺うことしかできないと感じていました。

けれど、
「人の心情」という変動する要素を
「分からないことを分からないまま」に放置し、

居心地が悪かったら、その場から逃げて、人と距離感を取っていたから、
対人関係、コミュニケーションを取ることが苦手になってしまっていたんだ、
と気づくことができました。


ぼくが広告や日常生活で、
「人の心情」という変動する要素を
盛り込んで予測を立てながら、

事業や広告や、会話を通して気づいたことがあります。

『全ては思い込みから現実ができているんだな』と。


広告も日常会話も抽象的に見れば、
「自分の想い、心を相手に届ける」ことであり、

「相手が受け取りたくなる言葉」であれば、
相手は喜んで行動します。

そう考えれば、
子育てだったり、
小説だったり、
ダンスだったり、
料理だったり、
絵画だったり、
釣りだったり、

相手の心を予測して、言葉や身振り手振りで表現することで、
全て「自分の想い、心を届けて、相手が喜んで行動しちゃう」とするなら、
全てが「思い込みと一緒である」という観点を得ることができました。


しかし、
思い込みか!だから考え方を変えよう!

 

と感じ取ったとして、
頭では理解できても、
行動に移せないジレンマ
を抱える人は、
少なくないと思います。

ぼく自身もそうでしたし。笑

ぼくが大切にして欲しいのは、
「予測」を立てて、気持ちがいい日常を手に入れるには、
変動する要素も含めた、全ての情報を握りに行く覚悟が必要であり、

その「全て」の精度が、「予測の精度」に繋がっていることを感じて欲しいんです。

次回の記事では、
「なぜ、予測を立てるために
 全ての情報を握ることができないのか?」
という視点で話を進めます。

平たく言うと、ぼくたちが「予測の精度」を上げるために、
必要な情報を得ようとしていないこと、

また、予測の精度が低くて、
「予想」に成り下がる
ことが多々あります。


そもそも論で、
家族や仲間や職場の人の心情や、
天気など変動する要素など、

毎回「同じ正解」は存在しないわけです。

ここを踏まえた上で、
しっかりと次章も読み進めてください。
「仕事や日常を「運任せ」から「計画通り」にする」


ここまで読んでいただき、
ありがとうございます。

どうも、しんです。

今回は
気持ちのいい時間=肩肘張ず、自分の意志で過ごす時間(こだわりを持って夢中になれる時間)
気持ちがいいとは言えない時間=それ以外の時間
と定義した時に、

ぼくがこだわりに固執するあまり、
「気持ちがいいとは思えなかった時間」を作ってしまっている
ことについて
話していきます。

もちろん、
こだわりに固執せず、
「気持ちいい」と言える時間をどのように作っていくのかについても
お話ししていきます。


1.自分が「気持ちいいな」と感じる時間とは、
 

趣味かもしれないし、
仕事かもしれないし、
家族と過ごすことかもしれないし、
いろんな時間があると思います。

逆にいうと、
「気持ちいいな」と判断する時間がある、ということは、
「気持ちよくない」と感じる時間もある、ということを暗に示しているとも、言えます。

つまり、
こだわりがある時間がある、
気持ちいいと感じる時間がある、と認識している時点で、
「そうじゃない時間」が存在している、というわけなんですね。


で、その原因が
「こだわり、気持ちいい時間」に固執しちゃってるからだよー、というのが、
今回の内容です。

24時間全ての時間を
自分の意志で過ごせる
こだわりに夢中になれるものにしていきましょう。

結論から言えば、
24時間の全てを「こだわりがあって、気持ちのいい時間」だと言い切れないのは、
自分にとってのこだわりの時間を「気持ちのいい時間」だと考え、
それ以外を「気持ちがいいとは思えない時間」と考えてしまっているから
、です。


気持ちのいい時間とは、
自分のこだわりのこと。


例えば、
家族との会話
恋人との会話
友人との会話
事業家との会話
その中で、自分の「得意」を話している時間のこと
自分の「知っていること」を話している時間のこと
自分が「好き」なことをしちゃっている時間のこと

平たく言えば、
夢中になって
時間が短く感じてしまう時間
のことです。

ではそれ以外の時間はというと、
自分は興味を持っていない話題の話や
自分が「好きではない」ことをやっている時間
「好き」なことをするために、我慢しちゃってる時間

例えば、
プライベートで愉しむために、我慢して働く時間など、です

簡単に言えば、
我慢して、
時間が長く感じてしまう時間
のことです。


もし、「気持ちがいいと思える時間」が、
24時間の内、3時間だとしたら
睡眠時間7時間を引いたら、
14時間が「気持ちがいいとは思えない時間」になります。

割合としては、2:8ですね。

 




日常の中の8割も、「気持ちがいいとは思えない時間」を過ごしてしまっている
そんな毎日を「楽しい!」と言えないのは当然です。

しかも、
気持ちいいとは言えない時間は、「長く感じる」から
精神的な「気持ちいいとは思えない時間」は、1:9で感じると思います。


なぜ、「夢中になってこだわっている気持ちいい時間」が 「我慢を感じて気持ち良さを感じない時間」を生み出しているのか
というと、
「夢中になれるこだわりの時間」が、自分の長所を磨く時間であるからです。

日常生活の中で
自分一人で夢中になれる時間
ここは、当然気持ちいいと感じる時間だと思います。


他にも、
友人と話している時間
家族と話している時間
職場の人と話している時間
自分が「気持ちのいい時間」だと感じる時間は、
「自分の得意」なこと、「自分のこだわり」の内容について話している時や
「自分が知っている範囲」のことについて話しているとき、などですね。

逆に、
自分が話していない時でも
相手が話す内容が
自分が把握していて、得意な内容であれば、
「気持ちいい時間だな」と感じる
と思います。

それ以外の時間は、自分にとって気持ちがいいとは思えない時間とも言えます。



2.自分にとって「気持ちがいいとは思えない時間」とは、


自分の得意、ではないフィールドで闘うことになる瞬間
自分があまり知らない話題
自分があまり知らないジャンル
そもそも興味がない世間話

根幹にあるのは、
他者に負けたくない、という気持ち
自分には「これがあるから」相手より勝っている、という気持ち
自分の「これ」は、相手よりこだわっている、という気持ち
この原因は、
社会的に、「お互いに格付けしあう」ことで、
自分の存在意義を見出す仕組みになってるからです。

 



学生時代であれば、
足のはやさ
テストの点数
などですね。
子どもの頃から「競争して勝つこと」で存在意義を感じていたわけですから、
ある意味「勝てるフィールド」で、自分が過ごす瞬間は、全てが気持ちいいと感じるのは、当然でもあるわけです。

だから、
自分がこだわって周囲の人よりも「勝っている」と感じられる瞬間を
多くの人が、狙って作ろうとするわけです。



だから、こだわりの時間は、
自分に自信を持てるから「気持ちいい時間」が量産されるけど、
他のことに割く時間や、体力がないから、
「他のことでは勝ることができない」状況を作ってしまうわけです。

それは、
知識や経験で、「負けてる」と思ってるから
話に入れないし、
やってみる事が出来ない
そんな状況を生み出すのが、
「こだわりの時間」に固執しちゃうから、と言えるんですね。

つまり、
「こだわりの時間」にこだわる時点で、”自信が持てる範囲”を自ら狭めている、ということです。

だから
自分が得意なことの話題じゃないと会話に入れないし
自分が得意なことを話せる相手じゃないと友達として仲良くなれないし
仕事の時間は、ある種「仕事モード」の自分で振舞わないといけなくて、きつくなる
「こだわり、だけを手に取れば幸せになれると思っていた」と勘違いしていました。


得意や、
自信が持てること、

でもそれが、
一番「気持ちがいい時間」を作ってくれるはずだったのに、
逆に「気持ちがいいとは言えない時間」を大量に創り出してしまっていた原因だったわけです。

つまり、
自分のこだわりだけに固執していることが
自分にとって意味のない部分、を産み出してしまっていた

これまで、
興味がないことや、
ぼく自身が意義を見出だせなかったことや、
「得意」ではないことに挑戦できなかった
のは、

非効率
合理的じゃない
認めてもらえない
自慢できない

という気持ちがありました。

根幹にあるのは、
「相手」にどう見られるか、という気持ち
「下に見られないかな」と不安になる気持ちです。

そもそも
自分がこだわりを持っている時間は、
誰かに認められたい、って考えて始めたものじゃなかったのに
いつの間にか、
相手にマウントを取って、
自分が自由に発言するための手段、
として利用しちゃっていた、というケースになるわけです。

これが「固執する」と表現した理由です。


自分にはそのつもりなんてカケラもなかったのに
社会的に「競争で勝つこと」に存在意義を見出すから、
自然と「こだわり」が目的から「マウントの手段」に切り替わっちゃうわけです。


そのことを認識して、
どうすれば、「24時間気持ちいいな」と言える日常を作れるのかというと、
「自分自身が理解している範囲以外も手を伸ばす」ことです。

どういうことかというと、
結局、自分が「相手より勝れること」に固執するから

「気持ちよくない時間」が生み出されるのなら、
「相手よりも勝れること」として判断するのではなく、
単純に「自分が理解していない範囲を楽しみにいく」ことができれば、
自然と自分の幅が広がるし、

これまで「しらない、理解できないジャンル」だったことでも、
当たり前のように
「知っている」ことになる
から
24時間全体の時間が「知っていて気持ちいい時間」になるわけです。

 



以降では、なぜぼくがこの視点で考えられるようになったのか、
実際に知らないジャンルに手を伸ばす必要性がある、と
痛感したきっかけがなんなのか、について、話を進めていきます。


ぼく自身がこれまで、こだわりに固執していたことで
「気持ちいいとは思えなかった時間」を作ってしまった、考え方があります。

それが、
事業の成長戦略や、特にこだわっていた広告のスキルやキワは、
広告や仕事からしか得られない、と思っていた
ことです。

言い換えると、
狙い通りの広告を打つためには、
良い広告を、
限られた人が知りうるスキルや成功事例を
たくさん知って、実践するしかないと思っていた
、ということです。


ぼくが広告を打つために考える時間は、
広告のスキルや知見を伸ばすことができるから
必然的に、こだわりを持ったし、時間も忘れるくらい没頭していました。

だから、
気持ちいいと感じられる時間と言えます。

他にも、
人との交流で言えば、
家族との会話や
仲間との会話で
ぼくの広告の知見が積み上がり、楽しかったんです。

音楽ゲームが好きな人
ボードゲームが好きな人
事業者との会話
そのどれもが楽しい時間でした。

もっと言えば、
ぼくが一番広告の成功体験や失敗体験が多かったからこそ、
コミュニティでは、一番知識があって、
「最も知識がある人」と慕われ、
天狗になってしまいそうな時間でもありました。


ですが、
事業や広告に触れていない時間は、
正直、無味乾燥な日常でした。

 



なぜなら、
ぼくが事業や広告に触れていない時間は、
人との関わりで言えば、
ぼくが知らない、
そもそも必要ないと判断している
会話や動作が飛び交うからです。

家族や友人とご飯を食べている時間も
広告の話題が出るはずもなく、
テレビで放送された世間話や、近況報告が9割以上だった訳で、
「広告に触れられない時間」だと感じていました。

だから、
気持ちいい時間とは思えなかった訳です。

特に芸能人やドラマや音楽など、
テレビを見ていたら一般教養ぽく見えるものが
ほとんど会話についていけない状態でした。

まさに、
気持ちいい時間とは思えなかった訳です。

ただ、ぼく自身が「日常会話も広告と同じだな」と気づいた瞬間がありました。

それが、ぼくが広告を作成して、友人の相談役をしていた時でした。

相談役になるということは、
相手以上に相手の可能性を信じて、
相手以上の未来を提案しないといけません。

つまり、
「うんうん、そうだね〜」と言葉を聞くだけの
御用聞きではいけない、ということです。


すると、
友人にどんな言葉、単語を使えば響くのか、
どんな論法なら、納得して前に進めるのか
相手以上に考える理想の未来は何なのか
相手に目を向け始めました。

その時、
広告って、何かを発信したいという自己満足で創るものではなくて、
だれかとともに、創るものなんだな、と感じたんです。

 



つまり、
日常会話でも

言葉や単語選び
ストーリー
論法
相手以上に考える理想の未来
が存在していて

会話1つ1つが「広告」だと感じるようになりました。

興味がないと思っていた
ご飯を食べるなかでの世間話や近況報告、
テレビで放送されているドラマや芸能人や音楽でも

ぼくは、日々変わる「日常」という広告に触れ続けられる感覚を身に着けたことで、
これまで「興味がないし、意義もないし必要ないや」と感じていたことでも、
前向きに挑戦できるようになりました。


引きこもり体質で外に出るのが億劫だったぼくが
「釣り」という趣味を取り入れることで、
釣りの中にある「戦略」や「思考過程」も感じられるようになったし、

これまであまり関わらなかった
「釣り」などレジャー系の人の会話にも
参加するようになったから、
新たな広告の切り口も迎えにいけるようになりました。


3.今、事業仲間と共に過ごす中で体験していること
 

釣りの成長戦略を決めることが多いのですが、
「釣り」もまた、
「成長戦略」を決めるのもまた、
「広告」的だなと感じています。

なぜなら、

「釣り」を通して、

魚がどんな反応をするのか


「成長戦略」を提案して、
仲間がどんな反応をするのか、

それでいこう。と言ったり、
Bの釣り場の方がいいよね。とか
釣りよりも優先することない?とか
相手が求めていることを感じられるわけです。

この構図は、先程触れた日常会話で感じたことと全く同じです。
ぼくが愉しみを見出している広告で
相手がどんな反応をするのか、
ここが、一緒なわけです。

ここに気づけたのは、
もちろん、「友人の相談役」をしていたときに感じたことがきっかけですが、

言いたいことは、
ぼくが興味がなかったこと、意義を見出だせず必要ないと
理解していなかったことを無自覚に遠ざけていたから、

こういった発見がなかったんです。


自ら、
意義を見出だせなかったことを
全力で飛び込みにいけば、
ドラマや芸能人の振る舞いなど、広告と同じ「言葉や単語遣い」があることに気づけたし
日常会話でも、相手が納得してしまう「論法」に広告と同じ部分を見出すことができたというわけです。

 



当時の「こだわり以外の時間」を必要ないと判断していた時間は、

今思えばもったいなかったなーと、感じています。

結局、ぼくに足りなかったのは、
こだわりに固執するあまり、
ぼくが興味がなかったこと、意義を見出だせず必要ないと
理解していなかったことを無自覚に遠ざけてる、という認識でした。

ぼくが広告や事業以外の時間に価値を見出だせていなかったことが、
「理解していない、分からないことに対する恐怖」だと
認識できなかったことが「気持ちいいとは思えない時間」を量産してしまっていました。


つまり、
ぼくがこの経験で見出したことは、
ぼく自身が何事も「意義を見いだせる」視点を持ち、
未経験の分野への挑戦や、理解できる範囲外に飛び込むことが大切です。

そして、「意義を見いだせる」視点を持つには
自分で経験する
自分が知覚する
自分の感情や思考過程を言語化することが必要です。

ぼくがどう経験、知覚して、
自分の感情や思考過程を言語化したかどうかについては、

次の記事でまとめていきます。
理想の未来を掴むために、ぼくたちができること


ここまで読んでいただき、
ありがとうございます。

どうも、しんです。

前回のブログ講座では、
釣りでこだわっていることが、
日常全てに繋がっていることをお伝えしました。

今回のブログ講座では、
釣りをしている時以外の「日常」においても、
釣りの質が上がるために、
24時間、何を意識して日々を過ごせばいいか、

また、
釣りをしていても、
日常全ての質が上がるために、
24時間、何を意識して日々を過ごせばいいのか、お伝えします。

まず、「日常全てが釣りである」と考えを持つために、

専門的に1つのことを極めるスペシャリストの生き方は、
アンバランスと言えます。

 



なぜ、アンバランスであると言える理由を
僕が手掛けている広告事業を一例として、

話を展開していきます。

この記事を読まれているあなたも、
 

何かしらの専門職、または会社員、専業主婦で
メインで携わっている仕事に置き換えていただけると、


よりお役に立てると思います。


もし、広告だけを手掛けていて、
ある程度の収入を得ていたり、
自分が心地良いと思えるポジションであったり、

仕事と日常を割り切り、
仕事に集中することで、
「仕事=楽しい、日常=楽しくない」

その逆に、
「日常=楽しい、仕事=楽しくない」

と、24時間「楽しい、気持ちいい」と感じている人は
少なくないと僕は思います。

実際、過去の僕もそうでした。


1.広告の専門家として、仕事に没頭した結果

広告代理店として他者の商品やサービスの販売のお手伝いをしたり、
広告運用をゼロから教えて、自社で広告運用ができる広告担当者の育成をしたり、
広告を使ったアフィリエイトで、バストアップクリームを月に30本売ったり、

また、
広告の周辺スキルとして、
Webページの製作や画像編集、動画編集
マーケティングやYouTubeの構築など

仕事的には、専門家というよりはß、
集客や販売のお手伝いを全般できるようになっていました。


ただ、広告とその周辺の仕事とし続けても、
「仕事と日常がどこか切り離されていて」
喉が渇いている感覚は拭い去ることはできませんでした。

確かに、会社員をやっている友人からは、
「パソコン1台で、いつでもどこでも好きなところで過ごせていいねー」と言われはするけど、
「何か違う、、」と24時間が全てが「気持ちいい時間」と感じることはできませんでした。

 




24時間全てが「気持ちいい時間」と感じることができなかった理由は、
広告の専門家としての自分自身の限界を感じてしまったことや、

合理性や効率を重視するがあまり、
広告など仕事受け取れる以外のことに意義を見出だせず、

ムダなことと感じてしまったり、

例えば、「釣り」ですね。

また、自分自身がやっていることを「認めてもらいたい」という
承認欲求を満たすために、
広告でマウントを取りたいと考えていた可能性もゼロではありません。



仕事とは逆に、趣味と受け取られる「釣り」でも、
インスタやFacebookで釣果を投稿するために、

平気で立ち入り禁止のフェンスを超えたり、
エサ釣りをして、不要な魚を陸煮上げたまま、
罪のない魚を干からびさせて生命を絶ったり、

「人としてどうなのかな、、」と感じる瞬間もあったり。


だからこそ、
24時間気持ちいい日常を過ごすために、
全てを自分で積み上げていき、

周囲を総入れ替えする必要があると気づきました。

そのために、
自分自身のこだわりであったり、美学を見出し、
 

「素の自分でいられる」

自分の核を見つけていきます。

その自分の核を見つける試金石として、
過去は全く意義を見出だせなかった「釣り」をしています。

 




2.釣りを始めて3ヶ月、ルアーで「狙って釣れる」を体現しようとした結果

釣れやすいロッドの動かし方であったり、
釣れやすいルアーの動かし方であったり、
着水してから、ルアーが水深何mであったり、


竿を振って、
ルアーが着水してから、
1,2,3とカウントし、

15カウントして海底に届いたことを確認し、
再度を竿を振り上げると、
根がかり(海底でルアーが引っかかること)が起こってしまいました。
しかも、譲り受けたルアーを2個連続で無くしたため、

「やっちまったなぁー!」と頭の中で反芻し、
情けなさと悔しさが入り混じった感覚を覚えました。。

ここで学んだことは、
頭の中のイメージでは、ルアーが水中で上下していたと思い込んでいましたが、
実際のルアーの動きは、海底をズルズル引きずっていて、
理想と現実のギャップがあったということです。

思い込みからくる、
理想と現実のギャップは、
釣り以外でも、日常でも起こっています。


例えば、広告では、
広告文や文章にこだわった結果、
「これなら行ける!」と自信と確信を持って配信した広告が、
ものの見事に外したりするのと全く同じです。笑

そのたびに、
「はぁ〜なぜだ〜〜〜」と悔しい感情が湧き出てきますが、
多くの場合は、独り相撲をしていたことがほとんどでした。



仕事でのコミュニケーションミスは、
最たる例だと僕は思います。

メールで重要な情報を共有したつもりが、
後々伝わっていなかったことが分かったり、

「質問はない?」と後輩に聞いて、
「大丈夫です。」と返答された直後に、
仕事の進捗を見て、理解していなかったことが分かったり。


様々な場面で、
理想と現実のギャップは起こりえます。


ここで、考えておきたいことが、

釣りを釣りとして捉えていたら、
釣りでのトラブルである。

仕事を仕事として捉えていたら、
仕事でのトラブルである。

と、遊びと仕事は「全く別である」と認識してしまいます。


それだともったいないと僕は思います。


今回の釣りのトラブルでは、
仕掛けが根がかりをして、ルアーをロストしたことだけを悔いていたと思います。

そうではなく、

釣りでも仕事でも、
理想と現実のギャップとしては、
同じことが起こっていると見ることもできます。
 

「狙って釣れる」をこだわりを持って体現するための

理想の現実 のギャップも同じことが言えます。


単にエサ釣りをすればいいということではありませんし、
単に全種類のルアーを試せばいいということでもありません。


3.結論は、「答えはない」

現代では、すぐに答えを求めたくなる気持ちは分かります。

ぼく自身も「すぐに答えが欲しい」と感じるときがあるのも事実です。


ただ、釣りでは、
釣れるエサを使ったとしても、
釣れる未来が確約されるとは限りません。

釣れるロッド、釣れるルアー、釣れるリールを揃えたとしても、
釣れる未来が確約されるとは限りません。

「狙って釣れる」ために、
これをすれば、至れるであろうという仮説検証

積み上げていくしかありません。

だからこそ、
広告だと、「これからいける」とアクセルを踏める仮決定と確信度を持つために、
全データを握って、初めてスタートラインに立ち、

「全て自分で積み上げるしかない」ということです。

 


次回のブログ講座では、


日常全てが釣りや広告一緒だと繋がった結果、
ぼくたちにどんな日常が待っているのか、
 

これから迎えていく未来を共有します。

次回のブログ講座が最終回になります。

リンクはこちらから

→準備中

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

どうも、しんです。

この記事では、

釣りを釣りとして見たら、もったいないことや、
仕事を仕事として見たら、もったいないことや、

何か1つのスキル、ノウハウに特化して、
時代の変化や、不測の事態に巻き込まれて、
アンバランスな状況を作ってしまわないために、

仕事やプライベートなど、
日常をどう過ごすかお伝えします。


今回は釣りを中心にブログ講座をまとめています。


釣りをしたことがない方でも、
仕事や日常生活をまとめて
スッと理解できるようにしましたので、

ぜひ、最後まで読み進めてください。



1.釣りや仕事など、たった1つのことを専門的にやること

問題ややりたいことを細分化すれば、
広告や釣りなど、
日常やプライベートのキワが磨かれると思っていたが、
そうではありませんでした。


例えば、釣りだと、

釣れて当然のエサ釣りはせず、

ルアーで釣るために、
ルアーの種類では、
ルアーの重さ
ベイト(捕食対象の魚)のサイズに合わせたルアー
釣り糸を巻いたときのルアーの動き方

仕掛けの動かし方では、
海の上層、中層、下層のどこにいるのか把握したり、

狙いの魚が食いつきたくなるような、
弱った魚を演出したり、



つまり、釣り「だけ」こだわりの時間となってしまい、
「釣り=愉しい、日常=苦しい、大変」という日々を過ごすことになります。

言い換えると、
そもそもの視点が間違っていて、
日常全てのこだわりが釣りのこだわりであったり、
日常全てのこだわりが広告のこだわりだという視点が

必要だということに気づきました。


釣りのこだわりの話に戻します。


釣れて当然のエサ釣りは、自分の成長の糧にならないし、
なにしろ、エサ釣りで大量のエサを海に投入された結果、
赤潮が発生している釣り場もあり、個人的には美しくないなと思いました。


だから、
ジグヘッドやルアーを使って、
あえて、自分自身に縛りを課して、
「狙って釣れる」を体現しようとしました。

 



そのために、
魚が釣れる条件や要素を細分化し、
必要な情報や道具を揃えました。


2.釣りで「狙い通り」を体現しようとした結果


釣るための道具に関しては、
釣れるロッド
釣り糸
釣れるルアーなど、
数十種類を買い揃え、

釣り場の環境に関しては、
風向きを事前に調べて、
潮流から潮の状況を予測して、

天候は、
月の満ち欠け、
光量、
狙いの魚が食べている魚、

そして、満を持して釣りに臨みました。



風向きや潮流や、魚の活性が上がる時間を狙って、
狙って釣れる」を体現しようとしましたが、

結果的に、
風向きが逆になっていたり、
潮の流れが意図しない方向になっていたり、
狙って釣れるを体現するには、足元にも及んでいませんでした。

「くっそ、、」とめちゃくちゃ悔しい思いをしました。



だから、
赤い布切れでマグロを釣れたという情報から、
波紋学を取り入れたり、


天体の影響もあるのでは?と考え、
西洋占星術を取り入れたり、
釣り以外の視点から、思考するようになりました。



つまり、
「釣り」を「釣り」として見るのではなく、
釣りをしていない時も、釣りの質が上がることに
気づいたということです。

だからこそ、
釣りだと、
魚が日中の活性が低かったり、
日の出や日没の時間に活性が上がる傾向があるのは、

広告であれば、
相手がいつ仕事をして、いつインターネットサーフィンをしていて、何に興味があるのかだったり、
「こうであろう」という予測を立てて、配信面を指定して、
広告を配信することであったり、

西洋占星術だと、
新月の祈りや、
水星の逆行から起こりうる人の行動の変化に傾向があることを踏まえて、
魚にどんな影響があるか調査したり、、、

釣りだけでも色々な観点から見ることもできるということです。

 



専門的に1つのことを極めることは、
理解はできます。

ただ、人生を24時間愉しむ上で、
専門職という仕事の時間と日常を切り離してしまうということは、
「気持ちいい時間」とそうでない時間を作ってしまうのでは。と僕は思います。

つまり、仕事「だけ」こだわりの時間となってしまい、
「仕事=愉しい、日常=苦しい、大変」という日々を過ごすことになります。

逆の場合も然りです。

「遊び=愉しい、仕事=苦しい、大変」という日々を過ごす人も

 

24時間「気持ちいい時間」に総入れ替えするために、

僕も日々を練り上げています。


次回の記事では、

理想と現実のギャップを埋めるために、

「仕事」だけ、「遊び」だけ見るのではなく、
日常全てから俯瞰すると解決策を見いだせた視点についてまとめました。

 

釣りや広告が教えてくれた、理想の叶え方



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

どうも、しんです。
今回の記事タイトルは「やってはいけない素直」ですが、

僕が会社員時代に経験したことから、
やったほうがいい素直を記事にまとめ、

最後に「やってはいけない素直」をまとめました。

結果が出る人、出ない人を分ける視点だと
僕は考えていますので、
ぜひ、最後まで読み進めてください。


1.仕事や日常を過ごす上で必要な「素直」

仕事、ビジネス、事業で共通で教わる心構えで、

「素直」、「前向き」、「勉強好き」な人が

成長、成功すると
聞いたことがある方も少なくないかと思います。

特に、
全く新しい分野で学ぶ時、
人から教わる時、

スキル、ノウハウに限らず、
その人の観点を学ぶために
「素直」さが必要になります。


言うまでもありませんが、

教わったことを否定しかしない人、
教わったことを屁理屈を並べて実践しない人、


どちらも「素直」ではありませんよね。笑


さらに、
「素直」さというのは、
結果だけを見て判断するものではないと、僕は思います。

言い換えると、態度です。

例えば、

仕事で業務効率が3倍上がるエクセルの使い方を2人に教えて、
Aさんがその日の内に対応したと報告をし、
Bさんが1週間後、対応したと報告がきた場合、

どちらの方が、より素直と感じますか?


答えは自明かと思います。


つまり、
結果だけでなく、取り組む姿勢を含めて、
「素直」かどうかと言えると、
僕は思います。


2.意欲があれば、素直に何でもやり遂げられる

広告を教わった時の僕の体験談を少しお話すると、
初めて広告を触ったきっかけは、
広告を使ったアフィリエイトでした。

(今は広告審査が厳しいですし、そもそも論として社会貢献ができているのか怪しいこと。
また、広告アフィリエイトに疑念を抱くことが多々あったので、僕はオススメしません。)




その当時、講師に教えていただいた最初の工程を
「平均1ヶ月かかるよー」と言われていた内容を、
僕は1週間で仕上げて、講師に報告しました。

講師の方からは、「しんさん、めちゃくちゃ速いねー!」と言われて、
少し悦に浸りましたが、

一刻も早く成果を出したい想いと、
会社員から独立して、起業したいという想いと、
商品やサービスを、求めている人に適切に届けて貢献したいという想いと、
新しいゲームを早く始めたいという想いなどなど、
様々な想いが入り乱れていたこともあって、

連日深夜まで起きて手を進めるのは当たり前だ!
と、閉ざされている扉をこじ開けんばかりに、

鼻息荒く実践していました。



結果としては、
今の仲間や
今の広告事業にもつながっているので、

「とても」がいくつあっても足りないくらい
感謝しています。


ここで、勘違いしてはいけないのは、

自分自身の力だけでなく、
教えてくれた恩師がいるからこそ、

今の僕がいるということです。

だからこそ、
義を通すために
僕がいなくても仕事が回るように、
チームを組織している最中です。

なぜ、一生をかけて、その恩師を担ぎ上げようとしないかというと、
生き方のスタンスや最終的に目指している世界が異なるからです。

今この瞬間から離れればいいじゃん。
と考える人もいるかもしれませんが、

僕はこうしたい!という生き方を貫くために、
引き続きパートナーとして仕事をしています。


ただ、
この生き方になるまでの、過去の僕自身も、
恥ずかしながら、何かしら屁理屈を用意して、
やらない理由を並べて、
本来やらなければいけないことと、向き合わず、よく逃げていました。


なので、
今この瞬間から考えを改めることは
ほぼ間違いなく可能です。


3.「素直」さの前提を変えるだけで、人生は変わる

まとめると、教わったことを、
できる限りスピードを持って
「素直」に実践して、

実践した結果を報告する。



結果に関しては、
思った通りの結果が出ても、
推測したことと違った結果が出ても、
どちらでも構いません。

結果を報告すると同時に、

結果を導くまでの、
どんな思考をしたか?

結果が出た後に
どんな思考をしたか?

次に自分自身はどうしたいか?



つまり、
結果が出た前後の思考過程も添えて、
経過報告をすることが、
「素直」
と言えるのではないかなーと、僕は思います。

この瞬間は、
仕事、プライベート全てで
「素直」のスタンスを24時間貫けられていないのは自覚しています。

なので今、目指し続けています。

そうすれば、
教わる人信用、信頼関係も自然と構築しちゃえて、
「義理と人情と恩返しが大切」と言い放てる
カッコいい大人になれる、と日々過ごしています。


その対極にある、
「やってはいけない素直」に触れます。

僕が出会った中で、一人だけの経験ですが、

教わったことが「答え」だ!と思い込んでしまい、
何も考えずに実践した結果、
思ったような結果が出なかったことに、
「ウソつき!」と言っちゃう人には、
正直、悲しくなりました。

もちろん原因は、僕の伝え方が稚拙だったことで、
手取り足取り丁寧に教えて、
相手が思考する機会を奪ってしまったことや、
軌道修正できなかったことです。


だからこそ、
相手が凹んでしまった時、
相手の悩んでいること、詰まっていることを察して、
どんな声掛けをすればいいか、
LINEの返信文の最初10文字でモチベーションを引き出すには
どうすればいいかなど、考えるきっかけになったため、
今に活かしています。


僕の経験からもそうですが、

この記事を読まれているあなたも、

仕事だけに内容ではなく、
家族、仲間、友人への声掛けであったり、

「広告」でどんな言葉、単語を使えば、
相手の意欲を引き出せるのか、
仲間を集めるための布石になるのか、

ノウハウを学ぶよりも、
予測を立てたことや経験から学ぶことの方が
多いのではないでしょうか。

そんな体験しながら成長できる環境を
僕は創っている最中です。

 

自ら思考して、

教わったことを「素直」に実践して、

狙った結果を手繰り寄せる人が増えたら、

 

世の中はもっと愉しくなると、

僕は確信しています。笑

 



最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
 

 

最後に、、

 

僕が、

仕事や人間関係で失敗したこと、良かったことなど

体験したことを元に、

 

問題が起こった時、

問題が起こる前に

どんな視点で取り組めばいいかなど、

 

一定、言語化できるようになりました。

 

自ら思考して、未来を切り開ける人 を育成できると、

そう確信するに至った僕が、
考え方をLINEでまとめました。
 

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