実はこの2ヶ月余り、週末も休まずに仕事をしていた。処理能力が低いと言われてしまえばそれまでなのだが、釣りどころではなく、週末も実験をしながらも、主に事務作業に追われていた。米国で仕事をしているのだから、当然全て英語で書かなければならない。
ちょうど一年ほど前に、ボスから自分で研究資金を獲得しろと言われた。
日本における科学研究助成金、いわゆる科研費にあたる、Research funding, Grantと呼ばれるもので、医学研究では国立衛生研究所 (National Institute of Health, NIH)が拠出する研究助成金が主なものである。そのほかにも財団や団体が出す助成金があり、そういった研究費を獲得して自身の研究活動に充てる。日本と大きく違うのがそのGrantには自身への人件費、給与が含まれる。
これがかなり競争率が高い。100件の申請があればそのうち20件ほどしか採択されない。その申請書を作成するのはとてもハードな作業であり、緻密かつ詳細な内容を要求され、内容には現実性と斬新性が要求される。
自分にとって最も困ったところはもちろん英語の能力なのだが、通常の科学英語というよりは法律あるいはビジネス英語のようなものも要求される。実際申請書の作成を開始してから知った単語も多くあった。さらに予算の明細書も作らなければならず、これも英語で書いたことなどもなかった。
事実、研究に関する文章はまだ理解できるとして、それでも微妙な言葉遣いや言い回しなど独特の単語や書き方を要求されたし、その他の事務文書に関してはまったくちんぷんかんぷんだった。挫折感、劣等感の毎日だった。なによりも、研究者は研究だけをしれいればよいというわけではなく、研究費申請を作成して実際に研究費を獲得できなければこの国では独り立ちした研究者としてやっていけないのだ。逆にいうと、ポスドク(博士研究員)という身分はほとんど研究だけに専念できる立場なのだが、それがいかに楽でお気楽な身分なのかということを思い知った。Faculty(教員)になるために、そしてFacultyの身分を維持するためにも実際の研究活動と並行、あるいはそれ以上の時間を割いて研究費申請の作業をしなくてはならない。これまで研究だけをしていればよかった時間が、まるで遊んでいた夢の時間だったように思えるほどだ。
この年2月に一度申請書を提出したのだが採択されなかった。実際に審査員からの採点とコメントはひどいものだった。しかし、良い経験になった。今回は前回提出したものを審査員のコメントを元に修正し改良したもで、その作業に2ヶ月休まずかかってしまった。そして昨日、ようやく仕上がり、大学側の最終チェックも終えて申請書を投稿できた。
疲労困憊。体力もメンタルもかなり消耗した。これが本気、ほんまの研究者としての仕事なんだと思い知ったような気がする。甘いもんじゃないわ。
しかし、自分自身、学生の頃からハードな試験期間が終わったあと、あるいは、論文が一つ仕上がったあと、やっと自由に勉強、研究ができると思い、よりやる気が出て、次はもっとやってやるぞなんて思っている自分がいる。あとは年齢と体力勝負。





