空と風と川の流れを. -10ページ目

空と風と川の流れを.

 空と風と川の流れを求め,素の自分を表現できたら良いなと.

 本ブログを読んでくださっている皆様、今年もよろしくお願いします。

 

 2024年は能登半島地震と羽田空港の事故で幕を明け、心配と不安な気持ちだったことを思い出します。

 2025年の元日はそれに比べて穏やかに明けたようです。日本だけでなく世界的にも。

 

 ここに、毎年恒例ではありますが、ここに私自身の今年の目標と抱負を書き記したいと思います。

 【仕事】

 昨年一年、仕事上では”職人”に徹し、アウトプットのクオリティを上げることに努めてきました。現在の研究、実験環境で、ある程度確固たるものが出来きてきました。そのせいで周囲から浮いた存在になったかもしれません。あるいは、上司からは論文に関してぐずぐずしていらだたせたかもしれません。今年はそういった個人主義的な仕事の仕方はできないかもしれませんし、そうなってはいけないだろうと思います。専門職として職人に徹することは理想だとは思いますが、研究者としてはそうはいきません。そういった意味で、今年はもっとアウトプットを加速して量産し、クリエイティヴという意味で貪欲にデータの収集と論文の作成、さらには、立場、肩書きで上を目指したいと思っています。ただ、心配なのは体力です。昨年は著しく体力の低下を実感しました。身体が思うように動かなくなることが多々ありました。生活習慣の改善もしていかなければなりません。

 

【釣り】

 昨年は仕事に打ち込んでいたため、釣りにでかけるよりも仕事を優先していました。

 また、ここ数年は良く釣れるのでノースカロライナ州チェロキーの川に度々出かけていました。そろそろ他の川にも目を向けてみようと思います。とはいえ、なんだかんだいって、そこそこ釣れて、大きい魚も狙えて、車を運転していける場所となるとチェロキーの川が一番手頃なんですよね。夏ぐらいに一度、遠征しようか、それとも、根本的に考えを変えて海でボーンフィッシュなんかを狙うのもいいかもしれません。いずれにせよ、今年はもう少し釣りに出かけられたらと思います。

 

【写真・カメラ】

 昨年は釣りにあまり行かなかったので、写真も動画撮影もあまりしませんでした。動画もあまり作りませんでした。

 年末に動画のクオリティアップの目的で、ソニーα7CIIを入手しました。まだ使いこなせているとはいえません。動画はともかくとして、写真でもあまり満足いく結果を得られていません。一番の問題はカメラの設定を試して熟成させていっていないこと、そして、カメラに合うレンズを持っていないということかもしれません。近々、一つ、これ!というレンズを一本入手したいと計画しています。一方で、α7CIIを買ったことを少し後悔しています。下取りに出してα7CRにアップグレードするのも手かもしれません。その決定のためにも、まず一本レンズを入手していろいろ試してから。

 

【生活】

 昨年はとにかく著しく体力の低下を感じた一年でした。朝、なかなか起きることができず、疲れ切っていて動作を開始するにもしばらく時間がかかり、仕事でも短時間の集中力はあるものの長く続かず早々に切り上げるという、そのような状態から抜け出せずにいました。食生活に関しては様々なものを作ってできるだけバランス良くすることを心がけていましたが、もっと改善すべ貴点があるように思います。

 また、慢性的な運動不足です。これはとにかくジムに通うなりして改善していく予定です。それぐらいかな。

 その上で、今年の生活の目標として断舎利してとにかく”シンプル”に生活しようと。

 実は、もう二ヶ月ぐらいが過ぎているんですが、とにかくどれだけ眠りが浅くても、寝つきが悪くても、朝6時に起きる、ということを守り続けました。6時に起きて、神棚、その次に仏壇に手を合わせ、それから白湯を一杯。これだけは続けました。それはそれで続けること、そして、不要なもの、古いものをとにかく捨てる。そして、質素な食生活と生活習慣を送ること。

 そういう生活改善をゆっくり時間をかけてやっていきたいと思います。

 

 皆様の心と身体の安寧をお祈りします。

 今年も本ブログをよろしくお願いします。

 

 2024年、今年ももう残すところ一日になった。ということで自身の今年の総括をここに記しておく。

 

【仕事】

 数字、つまり論文数であるが、数字に現れるような結果は残せなかった。今年は共著論文が数本だけで筆頭論文は一本も出せなかた。理由はいくつかある。それはともかくとして、今年は限られた研究環境、実験機器を用いてその性能を最大限に引き出し、実験結果の質、クオリティの改善に尽くした一年だった。いわば”職人”に徹した。事務処理的な仕事をできる限り排除し、とにかく誰もが納得、一目みて理解してもらるほどの明確な結果を追い求め続けたのだ。楽しかった。おかげで、その狭いながらも自身の専門性を揺るぎないほどのレベルに上げることができたと自負している。

 上の2枚の画像はその一例。ほんと、今年はまるでオタクのように一つのことに没頭し、思いっきり遊ばせてもらった。ボスには申し訳ない。

 来年は、その専門性を活かしつつ、さらに仕事上の上を目指すことになると思う。今年やった仕事のやり方、スタイルを続けるというわけにはいかないだろう。

 

【釣り】

 というわけで仕事が楽しくてしかたがなかったので、釣りに行くより仕事を優先した。結果的に四月に一度、 六月に一度、先週十二月に一度、合計三度しか釣りにでかけなかった。六月の釣りではそこそこのサイズのマスを釣ることができたので動画も作れたのだが、十二月の釣りでは気温が低すぎて動画など作れるわけもなかった。

 来年?どれぐらい釣りするんだろうな。わからん。

 

【写真、カメラ】

 そのような状態なので、動画もあまり作ることがなく、写真もあまり撮ることもなかった。

 六月の釣りの動画を編集しているときに、α6400の性能の限界を感じたので何台かのカメラとレンズを下取りして十一月にα7CIIを買った。結論として、後悔している。α7CII、あれは動画専用機だね。どうも写真のクオリティとしては気に入らない。調節してもあまり好きな画質を作ることができない。値段に妥協せずα7CRを買っておけばよかったかとも思う。またα7CIIはフルフレームサイズのセンサーなのでそれに対応するレンズを使うのが望ましい。長らくAPSーCセンサーのカメラを使っていたので新たにレンズを買う資金の捻出ができなくて、数本のα7RIIに使っていたレンズを使っているのが現状。フルフレーム機用のレンズって高いんだよ。ったく。

 

【生活】

 今年は自分にとって二つの大きな出来事があった。

 一つは、”焼きあごだし”に出会えたこと。

 YouTube動画を観ていて、”焼きあごだし”というものがあることを知った。あごとはトビウオのことで、トビウオを焼いて乾燥させて煮出して取る出汁のことを”あごだし”というとのこと。

 こちらで生活している中で、ながらくずっと”ほんだし”を使っていた。特に蕎麦つゆにはよく使っていた。もちろん、日本で食べるお蕎麦の味には到底およばないし、記憶の中にある日本のお蕎麦の味からは程遠い。

 そんなときに、たまたま姉がこちらに荷物を送ってくれることがあり、頼んであごだしの粉末を入れてもらった。

 届いて早速、蕎麦つゆを作ってみた。あごだし粉末1.5g、ほんだし1g程度、みりん大さじ1、醤油大さじ1、水300ccを火にかけて煮立たせる。この出汁を使って温かいそばを作ってみた。

 結果、感動した。これよこれ。この味だよ。味が根本的に変わった。部屋に立ち込める匂いがお蕎麦屋さんのようになり、出汁を飲むと胃に、舌に鼻に染みつくような味。感動した。もう手放せない。中毒性が高い。食生活の中でこれほど幸福感を得られるなんて思いもしなかった。

 

 二つ目は、神棚を御祀りしたこと。

 日本の神話、神道を自分なりに学ぶ中で、日本の神様をお祀りしたいと思うようになった。そういえば、実家にも神棚はあった。父母は毎日手をあわせていた。榊も月一程度だったとは思うが交換していた。それ以外にも、栄えている企業の経営者の家や事務所、ヤクザの事務所にも神棚があったことを思い出した。両親もこれらの人々は、神様をお祀りするということの意味や重要性を理解していたのだろう。

 幸いこっちのAmazonで神棚を買えることがわかったので入手できた。壁に棚もかいた。手元にお札はなかったので、天照大神、内宮のお守りを神棚の前に置いて、毎日の御務めを始めた。

 その月の十五日の夜明け前に神棚を置く作業を開始して、30分程度の時間で完了した。そして、塩、水、洗い米をお供えした。 不思議だよね。これらの作業していると、肩が軽くなって身体が軽くなるような感覚に気づき、呼吸もしやすくなっていった。心もなんか楽しい気分になっていった。

 それからしばらくして姉が実際に内宮にお詣りして買ってきてもらったお札が届いた。この時も同様、楽しい気持ちになった。

 気分的なものであることはわかっている。ただ、普段、難しい顔して気分を沈ませているような自分にとって楽しい気分になるというのを明確に感じたのも事実。なによりも両親を失い、実家も失い、生まれ育った地元との縁が途絶えつつあり、日本とのつながりが希薄になっていっている自分にとって、神棚をお祀りしたことで”護られている”という気持ちになれた。

 

 【全体として】

 あっ、という間の一年だった。明けても暮れても仕事のことばかりをしていた。自分にとっては職人としてワンランクアップしたと思っている。あごだしで食生活にも幸福があった。

 ある一身上の大きな問題も未解決のままであるが、自分のやるべきこと、自分の道をどこまでも努めること以外に自分にはできない。

 ただ、仕事に関しては、今年のような好き勝手はできないと思われるので、来年は来年で、職人ではなく研究者としてレベルアップを目指す。

 

 今年も残すところ6日。ということで今年最も印象に残った写真を一枚選ぶことにする。

 

 実はこの画像、三日前に撮影したもので、撮影した場所はノースカロライナ州チェロキーのあるキャンプ場。夏場賑わうキャンプ場もクリスマスウィークはほとんど人いない。閑散としていて寂寥感さえ漂っていた。自身にも孤独感、寂しさを感じなくはない。

 米国では、クリスマスは家族のものであり、遠くから親元へ家族が帰省してパーティをして家族のつながりを改める日である。時折、そういうホームパーティーに誘われることがあるが、余所者でしかも外国人である自分が家族の中に入って気遣われるのも気遣うのも憚られる。つまり厭世的な理由から一人で過ごすことを選ぶのである。

 

 昨年との最も大きな違いは気温だった。昨年は真冬とはいえ予想していたよりかなり暖かかったのだが、今年はとにかく寒かった。朝の気温はマイナス8℃、日中も4℃程度。午後5時に日没になり気温は0℃ぐらいになる。

 

 ふとレンタルしていたキャビン(ログハウス)の外に出て空を眺めてみたところ、星空の美しさにしばらく見惚れてしまった。

 だいたい、自分自身、天文学や星座などには全く興味はない。写真も撮ったことがない。今回が初めてである。だが、真冬の澄んだ空気のせいで星がはっきり際立って見えていた。思わず写真を撮った。

 

 こうやって写真を撮ってみると、見えている星の数よりも数倍多い小さな星が見える。

 ただ自身が抱える苦悩や心の疲労、そして孤独感を、一瞬だけでも忘れさせてくれたこの星空。耳が痛くなるような寒さの中でどこか暖かさを感じる。