前回はこちら
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/13bb354de7834b9fdb165425b7e50a46

東北新幹線未乗区間の乗車を果たし、
JR完全乗車まであと1路線に再び追い詰めた。
2013年12月29日、まだ朝7時にして、既に充実感がある。

さて、ここ八戸からは、本当に帰らなければならない。
再度「北海道&東日本パス」の出番である。
番外編として、鈍行で帰った記録を簡単に記しておこう。

車内でしていたことといえば、明るいうちは食べているか、車窓を眺めているか、
暗くなったら、本や論文を読んでいるか、寝ているかのどれかであった。

八戸→盛岡 青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道直通 普通列車

今日も残念ながらロングシート。でも盛岡近くまでがらがらだったので、足を伸ばさせていただいた。

盛岡→一ノ関 快速「ジパング2号」
夏に乗れなかったけど、今回は無事運行だった。
  
八戸駅弁「魅せる海鮮 潮騒の彩り」だそうだ。

東北は生の海鮮ものの駅弁が多い。



一ノ関→小牛田 ワンマン普通列車
今回出番の少ないロングシート701系


小牛田→仙台 普通列車
 
雪晴れの松島湾。

仙台で次の列車は50分後だが、もう入線していた。
荷物を置いて、外に出る。
仙台駅。名掛丁商店街は仙台七夕で有名。
 

仙台→福島→黒磯 普通列車

時刻表上は福島で違う列車になるが、同じ車両が直通する。
719系、前向きの座席もあり、大変快適だ。


伊達の牛タン弁当。売店のおばちゃん一押しで、まだ温かかった。
 

雪の福島盆地


福島で40分待ち。同じ電車なので気が楽である。
 

東北本線の関所、黒磯に到着。



黒磯→宇都宮 普通列車
京葉線からのお下がりの通勤型205系。2013年8月から走り始めた。




宇都宮→小金井 快速ラビット
ここから、三島まで750円(51km以上、ホリデー料金)を払って、普通列車グリーン券を買った。
これだけの出費で、残り約5時間が快適に。

快速だが、乗車区間は各駅に停車する。


小金井→大船 湘南新宿ライン 普通列車
当駅始発の湘南新宿ラインに乗り換え、都心を縦断する。
宇都宮で買った餃子と、仙台で買ったさば寿司で晩御飯。
 
2階建てグリーン車の車端部はわずかに8人もしくは12人の小部屋だが、あまり人気がない。

しかも師走の押し迫った日曜日、東京方面に向かう電車。
他に誰もいないから、餃子してもいいよね。
結局、新宿や渋谷といった大ターミナルでも誰も乗って来ず、大船まで貸切だった。

大船→三島 普通列車
眠さの極致に。でもなぜか三島駅到着前に目が覚めた。
待てよ、岩手県の一ノ関から静岡県の三島まで、121駅、
路線上の一つの駅も通過していないぞ。

三島駅に12月30日0時32分到着。
「北海道&東日本パス」の使えないJR東海のエリアに入ったので、
熱海~三島の320円を精算して改札を出る。

自宅最寄の御殿場線はもう電車がないので、
30分弱歩いて、実家に到着、風呂、就寝。
翌朝は、まだ時差ボケなのか、妙に早く目が覚めた。

次回に続く。
・前回はこちら
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/518e9e99cd0b4dd3d7fe12839962bd01
・往路のカシオペア、前回はこちら
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/6c4f2411422a21f4cf8d0effc7a35bf5

行きは用事がないのにカシオペアで北海道まで来た。
内田百けん*流に言えば、行く時は用事はないけれども、
必ず帰らなければならないので、帰りの片道は冗談の旅行ではなくなってしまう。
そこで、彼は、用事のない行きは1等車で大阪へ。
だが、用事としての帰りは3等車にしていた(当時は3等級制)。
百けんと同じように、片腹痛いものの、帰りは倹約で行く。
幸い、帰国時の成田空港から使い始めて、まだ有効期限内の「北海道&東日本パス」がある。
札幌から急行と鈍行乗り継ぎで26時間程度で三島に達することが出来、お得だ。
沿線のおいしいものを食べていこう。

*(「もんがまえ」の中に「月」)

それに、今回は帰るだけではない。帰りの途中に大事な目的がある。

カシオペアを降り、友人と別れてから雪の道北を目指した。
もちろん「北海道&東日本パス」を使うので、懐から足代は出て行かない。

札幌は大雪。


途中の旭川は快晴だった。「梅光軒」のラーメンがうまかった。
 
三浦綾子による小説の舞台ともなった塩狩峠を越え、
道北の美深を往復する。

そしてもうその夜、札幌に戻ってきて、
桑園駅前のスーパー銭湯で一風呂浴びた後、
急行「はまなす」に乗る。
我ながらあわただしい。
北海道は今回の目的地ではないのだ、と自分自身に言い訳をしておこう。


帰省ラッシュで満席のはずだったが、
夕方に窓口で聞いたところ、寝台券のキャンセルが出てきた。
早速押さえた。明日早朝の大イベントを前にしているので、しっかり寝ておきたい。

稚内方面からの到着列車の遅れを受けて、10分遅れの22:10に出発。


 
晩御飯。札幌駅の「石狩鮭めし」という名の駅弁は有名だが、
平成25年のレシピ(左半分)と、昭和40年代のそれ(右半分)との食べ比べだそうだ。
昔の方が質素だったか。鮭フレークが家庭の食卓にのぼる前からのものだから、
御馳走だったのだろう。


寝台車にある表示、"NO SMOKING IN BED" を見ると、冒頭の内田百けんを思い出す。
"in the bed" と定冠詞がはいっていないのはなぜか、
"in bed" で一つの言い回しなのだろう、という疑問が著書『阿房列車』で述べられていた。
生きた時代は違うが、彼は独逸語教師、私は仏蘭西語。気づきの感性は似ているか。

zzz

2013年12月29日5時20分ごろ。「おはよう放送」が入り、
あと20分ほどで青森に到着するのでそろそろ支度をすること、
現在5分遅れであることが告げられた。


乗り継ぐ特急「つがる2号」は、発車を待っていた。
青森駅を3分遅れで発車する。
3分ほどで、新青森駅に到着する。
(この一駅間だけは、例外的に特急券なしで特急に乗れることになっている)

未乗区間 東北新幹線 新青森~八戸間

東北新幹線は、1982年の大宮~盛岡間の暫定開業を皮切りに、
南は上野 (1985年)、東京 (1990年)と延び、
北は2002年に八戸まで達した。
八戸以北、新青森までは、2010年12月に開業する。
2011年3月の東日本大震災で打撃をうけるも、4月末には全線開業した経緯を持つ。
この新規開業区間が未乗であった。

早朝の新青森駅に立つ。
6時を過ぎた頃に「はやぶさ4号」が入線してくる。


新青森6:14発、静かに動き出す。
全国の国鉄を乗りつぶした宮脇俊三は、新しい区間にのると、背中がぞくぞくとしたそうだ。
私はこのとき、一瞬、歯をかみ締めてしまう。
ただ、最近はほとんど味わっていなかった。久しぶりの快感である。

しかし、12月の末でこの早朝では、外はまだ暗い、さらにトンネルばかりである。
三内丸山遺跡が見えるとか、見えないとかと何かで読んだことがあるが...
すぐに八甲田トンネルに入る。全長26.455kmで、陸上トンネルでは日本一、
世界では二番目だそうだ。

その昔、祖父がよく静岡から東京に連れて行ってくれたが、その度毎に、
私は、新幹線はいやだ、と駄々をこねたそうである。
そのうちの一つの理由が、トンネルで景色が見えないことだったというのを思い出した。

いつ七戸十和田駅を通過したか、わからなかった。
さらにトンネルの連続を超えると、6:41、もう八戸に到着だった。
車窓は暗く、あっけなかったが、とにかく一路線制覇である。

生きていれば、そのうちまた通る区間だろう。今度は明るいときに乗ろう!
旧年中は、本ブログをご覧いただき、ありがとうございました。
本年もよろしくお願い申し上げます。

新年の富士山、詰合せ。


静岡県駿東郡長泉町 JR御殿場線 長泉なめり駅より(実家)


静岡県沼津市~富士市 JR東海道本線 原駅~東田子浦駅間


静岡県御殿場市 富士急バスより


静岡県駿東郡小山町須走 富士急バスより


山梨県富士吉田市 富士急行線 下吉田駅~葭池温泉前駅間(だったかな?)

移動していくと、山の形が違って見えるのがおもしろいですね。
前回はこちら
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/73cd7b180e8809cfb66c682c8cb8c39c

青森からは進行方向が逆となり、12号車のラウンジカーが最後尾になります。


丑三つ時をちょっと過ぎた頃、
ラウンジの一番後ろにあるソファーを陣取り、後ろに流れる景色を眺めます。
もう寝ていられません。
こんな時間なので誰もいない、と思いきや、
青函トンネルを眺めようと、
入れ替わり立ち替わり常に3~4人がいます。

上下左右に広い窓を持つラウンジ。
床下には列車全体に給電するためのディーゼルエンジンが積まれています。

ところで、再来年に北海道新幹線が開通します。
青函トンネルを最後尾から見ることができるのも、
今回が最後になるかもしれません。

青函トンネル内は、火災対策のため、常に90%程度の湿度が保たれています。
後展望の窓は水滴がついたまま、40分をかけて海底下を通過します。

ラウンジに全国版の時刻表が置いてあります。
明日の予定を組みなおし、札幌から外に出てみることにしました。




函館に到着しました。再びこちらが先頭になります。
機関車が連結されます。DD51形ディーゼル機関車の重連です。

あまり雪は降っていません。

大沼国定公園を通ります。
大沼、小沼、じゅんさい沼。駒ケ岳。
北海道には幾度も渡ってきていますが、
この景色を見なければ渡道してきた気がしないというのは、
ある種の病気かもしれない。
通常は飛行機を使うので、見ないですよね。


いかめしで有名な森駅に到着すると、雪が激しくなっています。

ここから噴火湾沿いを走りながら道央を目指します。
長万部を出ると、青空になりました。
めまぐるしく天気が変わります。


食堂車で朝食とします。
我が部屋のある11号車から食堂車である3号車まで、
途中は全て個室寝台車。
狭い通路を延々と歩きます。



途中にお休み処みたいなミニロビーが2箇所あります。
全て個室とはいえ、乗車時間が長ければ、
こういったパブリックスペースも必要ですね。


食堂車は2階にあり、眺めも抜群。
 
和朝食 1,600円也。

このほか、コーヒーor紅茶or緑茶、ジュース、デザートのメロンゼリーがつきます。

付け合せのわさび漬が、田丸屋。これはやっぱり静岡だね!!


食後のコーヒーをいただいていると、真っ青な空になりました。

食後、ラウンジに行きます。
車窓左手に有珠山が見えます。
昨日もらったモーニングコーヒーのチケットを引き換えます。
コーヒーを片手に雪の原野を眺める、贅沢な朝です。
 


洞爺駅。


東室蘭駅直前。室蘭市の輪西あたりでしょうか。


温泉地登別の玄関口、登別駅です。海沿いだからか、あまり雪がありません。


ラウンジカー入口に売店があり、グッズを販売しています。

白老駅を通過したあたりから、吹雪き出しました。
海辺を離れ、内陸に進路をとっているのがわかります。

とまこまい、雪のまい。

南千歳駅で、新千歳空港に離着陸する飛行機が上空を掠めるのを見ると、
だんだんと名残惜しくなってくるのもいつものことです。

階下からのホームの眺めはこんな感じ。



札幌に到着。4分遅れとなりました。
 


総括

北海道行きの寝台特急には、この「カシオペア」の他に、
「北斗星」「トワイライトエクスプレス」がありますが、
これらとは違い、既存の車両を改造したものではないため、
とにかく機能的で清潔にできています。
走り始めてから15年経っているとは思えないほどに、
きれいに清掃、整備されているのにも好感が持てます。

今回は階下室だったので、横揺れも少なかったです。
階上室でしたら、眺望が利き、なおかつ車輪から遠いので静かですが、
高いところにあるため、ユランユランと揺さぶられます。一長一短ですね。

編成端となるラウンジ(12号車)の隣の車両の寝台券が取れたので、
移動は楽でした。
その代わり、逆の端にある食堂車(3号車)へは、
延々と通路を歩いていくことになりました。

今回喫煙室ということで、
非喫煙者には気になるタバコのにおいですが、
部屋自体のにおいや、
隣室が子供連れで吸わなかったというのもあって、
それほど気になりませんでした。

新聞報道でいよいよ、北海道行き寝台特急の全廃が発表されました。
JRからの正式な発表はありませんが、
北海道新幹線の開通と引き換えとなるようです。

まだ「スイート」や「デラックス」の部屋を体験していませんが、
叶うでしょうか。
ああ、また乗りたい!!絶対乗るぞ!

前回はこちら
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/32767916ceaa5c918fd1975d3824db1d

16時20分、定刻に上野駅を発車しました。
従来の客車列車と違い、動き出したのに気づかないくらいに静かな走り出しです。

25分ほど走ると大宮駅。埼玉県の一大ターミナルです。
冬至よりわずか数日。もう暗くなってしまいました。

アテンダントさんがウエルカムドリンクの注文にいらっしゃいました。
カシオペアツインでは、ソフトドリンクが選べます。

続いて、車掌さんによるチケットの確認、
そしてアテンダントさんがウエルカムドリンクと
明日のモーニングドリンク引換券を持ってきてくださいました。





宇都宮、郡山、福島、仙台と、約1時間おきに停車していきます。
白河を過ぎたあたりで、雪が積もり始めました。
東北へ足を踏み入れました。

テレビをつけていると、停車駅直前に自動放送とともにこんな風に表示が出ます。



食堂車はこの時間、予約制のディナーです。
予約された皆さんは、フランス料理のコースや懐石御膳に舌鼓を打っていることでしょう。
私達は上野駅で買ってきた弁当で晩御飯です。
 
「銀座スエヒロ」のサーロインステーキ弁当に赤ワインをつけて。
あ!割引シールがついてる!20%引きがばれた...

全室個室のため、
ワゴンによる車内販売を呼び止めるという風景は一見考えられませんが、
個室内にこんなランプがついています。
自分の車両にワゴンが来ると、音とランプで教えてくれます。

考えた人、偉い。

21時15分より、食堂車は予約なしのパブタイムとなります。
それまで、ゴロゴロしてましょう。
が、時差ボケでしょうか。腹がくちくなったのか、ワインが利いたのか、
急に眠気が襲ってきて、そのまま沈没。
個室なので気兼ねなく横になれるのが、あだになりました。

友人は初めてのカシオペアに大興奮中。ラウンジに出かけていきました。
電気を消すと、穴倉の秘密基地っぽくて、居心地がいい!
岩手県内の一ノ関、盛岡と停車に気づきました。
階下室のため、窓の下辺にびっしり雪が着いていました。
このまま日の変わった青森県あたりまで深い眠りについてしまった。

ちょっとした横揺れで目が覚めました。
青森市内の浅虫温泉駅を通過。陸奥湾に沿っているからか、
雪はそれほど深くありません。
天気予報によると、荒れ模様のようですが。。。

札幌で会う予定だった知人から、
不幸ができてしまったとの連絡がSNSに入っていました。
再会できなくなってしまいました。
さて、着いたら何しよう。

1:47に青森駅です。乗務員交代や機関車交換のための運転停車で、
お客さんは乗り降りできません。
ここから進行方向が変わり、
今まで一番前だった12号車のラウンジカーが最後尾になります。
機関車が切り離されました。

今頃、逆側では機関車が連結されていることでしょう。

次回に続く。
前回はこちら
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/e925d18ef6b78e6bdc9c7b7e5360cb6e


11号車に乗り込みます。
目指す部屋は12号室。オール2階建ての車両で、
私達は階下の部屋の主となります。

お部屋を見てみましょう。

通路から階段を下に降ります。




ドアを開けると、

ソファーが2脚、向かい合わせになっています。
 


このソファーが優れものです。
引っ張ると、

ベッドに早変わり。
ここにシーツを敷き、布団を掛けて寝ます。
2人は90度になって寝ます。

なんと、各部屋にトイレと洗面台が用意されています。





トイレは固定式、洗面台は取っ手を引いて引き出します。

「よくぞこれだけ詰め込んだな」というのが感想です。
何度もモックアップ(実物大模型)を作って試行錯誤した
との開発記を読んだことがあります。


洗面所脇の壁にテレビが埋め込まれています。
BSを見ることができるほか、
カーナビチャンネルも選べ、現在走行位置がわかります。


その他、オーディオ設備や目覚まし、空調のつまみもパネル上に。
今までの個室寝台車と違い、改造ではなく、カシオペアのために新造された車両なので、
各所が機能的でわかりやすくできています。

カシオペアの客車であるE26系は、オール2階建て車両です。
その中の「カシオペアツイン」には、階上、階下、車端部の3タイプの部屋があります。
基本構造、設備はどれも同じですが、
階上は景色がよくて走行音が静かだが、高所なので、広いピッチの揺れでゆさゆさ揺られる。
階下は揺れが少ないが景色が犠牲になる。
車端は天井が高いが、その名の通り台車の上に位置するため、
直に揺れが伝わってくる、と、3者3様の利点・欠点があります。

今回は、階下ですが、2度目の乗車であり、
冬なので暗い時間が長いことから、景色にはこだわりませんでした。
むしろ、ホームや対向する線路を低い部分から見るスリルもあり、楽しめました。

次回に続く。
日本に帰ってきました。
仕事の都合で、これから先、当分帰ってこられなさそうなので、
とにかく、やり残しのないようにして、
パリに戻ろうと決意しました。

JR全線完乗と合わせて、
やんごとなき用事のために、札幌に向かうことになりました。
久しぶりに寝台特急「カシオペア」号に乗ってみます。
夏の「トワイライトエクスプレス」の興奮が覚めやらないうちでの乗車です。

カシオペア号は、1999年から、東京の上野駅から、
青函トンネルを通って札幌駅を結んでいる寝台特急です。
1988年から同区間で運行を開始している「北斗星」号を
さらに豪華にした列車として登場しました。
専用のE26系客車が新規に製作されました。
個室は各種ありますが、全て2人用A個室*。

そのようなわけで、カシオペアは2人以上でないと利用できません。
暮れの押し迫った中で、友人に声をかけると、
乗り気で付いて来てくれました。
さすがオレの竹馬の友、感謝するぞ!

*補助ベッドを使って3人で使用できる部屋もあります。



意外と空きがあるのです。


カシオペアも、やはり1ヶ月前の「10時打ち」をしなければ取れない列車のひとつと言われています。
「カシオペアスイート」などの上級クラスの部屋は確かにそうです。
しかしながら、全77室ある「カシオペアツイン」は、
1ヶ月前には埋まってしまっても、
15日前あたりからぼちぼちと空席が出てきます。
1日前になると、キャンセル料が跳ね上がるため、
2日前あたりには空室が出やすくなります。

ブログ主が、5日前ぐらいに特設サイトの空室照会を見たときには「×」だったのが、
2日前ぐらいから「空室10室以下」をあらわす「△」に変わりました。
乗車当日に窓口に行くと、喫煙室ながら5室空いていました。
師走の移動の多い時期でもこれなので、閑散期なら何をか況や。


出発


12月27日15時過ぎ、上野駅。友人と落ち合いました。
 

15時35分、カシオペアが上野駅13番線に
後ろ向きでしずしずとと入線してきます。


やっぱり人気の的の被写体です。

昔思い描いた宇宙船のような、
レトロフューチャーなフォルムがフォトジェニックです。
最後尾は1号車1番個室「展望スイート」、いつかはチャレンジ。


ロゴは、フランスのデザイナー Georges Nathalie氏の手によるもの。


駅ナカで食べ物とワインを買い込んで、いざ乗り込みます。


上野駅はヨーロッパのターミナル駅のような頭端型。
アサインされた11号車ははるか前です。
そちらに向かい、さらにその先、先頭に付いている機関車に挨拶をしておきましょう。
今晩、青森まで引っ張ってくれるEF510形510号機です。


次回に続く
いつの頃だっただろう。
今から20年ほど前、確か高校生ぐらいだったと思う。
友人とJR北海道の路線を全部乗ったのに気をよくして、
日本のJR全線19000キロあまりに乗ってみようと志した。

高校時代は平日朝に新聞配達を、大学時代は様々なアルバイトをし、
稼いだお金でせっせと全国を回った。
本当に乗るためだけにあちこちに行った。

予算は限られていたので、基本は鈍行オンリーの「青春18きっぷ」。
遠隔地ともなると、
急行にも乗れ(特急は不可)学割も効く「ミニ周遊券」などのお世話にもなった。
インターネットはなくても、情報収集は欠かさず、
特急形車両で乗れる普通列車などの情報に詳しくなった。
いかに安く楽に楽しく行くかを考えながら、苦行を強いていた。

食べ物は地元スーパーのおつとめ品のお惣菜や、
自宅から持ってきた缶詰など。
まだコンビニは全国に普及していなかったし、
駅弁は高かった。
お土産屋さんや市場などに地のものがあると、
指をくわえながら通り過ぎたものである。
大学時代にお酒を覚えると、ウイスキーの小瓶を忍ばせ、
夜、ちびちびと嘗めていた。

宿泊は夜行列車で途中まで行って、深夜に逆側から来た列車で折りかえす。
乗り放題切符の使用が多かったので、この芸当ができ、宿泊費ゼロとなる。
目覚まし時計は必須だ。
あるいは寝袋を持って無人駅で寝た。
山陰地方の海岸線などでは、
「海からの不審者に注意」という海上保安庁のポスターがおどろおどろしかった。
まだ北朝鮮の拉致問題に光が当たる前の話だが、おぼろげながら想像できた。
北海道で夜寝ていて、地元ヤンキーに恐喝されると思いきや、
向こうを恐れさせたことがあり、いい思い出だ。
銭湯は朝に。
インターネットのない時代だったが、
おかげで、全国の主要駅前は妙に詳しくなれた。

大学の学部を終える頃、あと残り1路線というところまで追い詰めた。
しかし、そこから働き出してしまったため、
なかなか出かけることができなくなってきた。

そうこうしているうちに15年が経った。
フランスに出かける前3年間ぐらいは、少ない休暇を使って、
もっぱら、「ジョイフルトレイン」と呼ばれる車両ばかり乗っていた。
国鉄末期からJR初期のバブル時代にかけて団体専用に作られたお座敷列車や特別車両が、
全国で廃車を迎える時期であった。
これらを廃車前に一般に開放してくれるケースが、この頃は多かった。

少しお金に余裕ができたので、
旅に出たら観光もするようになった。
社会の情勢も変わったし、自分も変わった。
例えば、駅で眠れなくなってしまった。
国鉄の分割民営化から15年も経つと、
駅という場所が一企業の私有地であるということが
徐々に明確になってきたためというのもある。
また、快適なホテルの布団も恋しくなってきた。

そんな中で廃止される地方ローカル線、新しくできる都市の路線や新幹線。
こちらも少しずつながら変わってきた。
過去の日本への帰国時に、何とかそのような新しい路線には乗っている。
主要幹線だったり、都市部だったりするので、訪問がついででも何とかなったのだ。

そのようなわけで、15年前から残っている一路線がある。
とにかく、遠いのだ。
そう簡単には指を触れさせてくれない、匿われた王女の趣である。

さらにもう一路線、東日本大震災の直前にできた東北新幹線の八戸~新青森間。
これも、鈍行や在来線で難行苦行ばかりする私にはぜいたく品で、まだ乗れていない。

これらに乗ってしまったら、気が抜けてしまうのではないか、
という不安から手をつけていなかったのだ。
紀行作家の故・宮脇俊三氏も、国鉄全線完乗を果たしてしまうと、
まるで娘を嫁にやった後の父親のように老けてしまうのではないかと恐れ、
達成後は案の定、何もする気が起きなくなってしまったという。

それでも、私も日本には長い間帰って来られなくなりそうであり、
心残りのないように、これら2路線に乗ってしまおう。

次回へ続く。
RATPのMF77系電車です。
1977年にRATPによって発注されて、Alsthom 社と Franco-Belge 社で製造されました。
郊外に延長され、比較的長距離を走ることになった7, 8, 13号線に投入されています。
このうち、13号線の大半の車両は内装のリニューアルを受けていて、
オリジナルで残る車両は少なくなりました。


長時間の乗車にも耐えられるよう、
広幅の車体を採用。ただし、カーブやトンネルの建築限界があるので、
車体を卵型にすることで支障しないように工夫されています。
上に向かって窄まるという、JR北海道731系のような特徴的な断面をしています。

ドアは1両あたり片側3つ。両開きのプラグドアで戸袋を省略しています。

半自動で、開ける時にはボタンを押します。勢いよく開きます。



大変幅広の両開きドア。小田急1500形や東京メトロ15000系もびっくり。
扉部分には折りたたみ補助イス strapontins が装備されています。

ドア鴨居部分に路線図。

ドア幅が巨大なので、路線の長い7,8,13号線でも路線図が十分収まります。

青を基調とした内装。
車幅が広がったため、以前の車両に比べて、
座席に掛けたときの横幅の窮屈さが解消されています。


ドア間の座席はボックスシート。以前の車両よりシートピッチが拡大されました。


車端部分は車幅が絞られているため、ボックスシートを採用せず、
ロングシートとしています。


いずれの座席もビニール張りですが、クッションが入っていて、
長時間乗車でも苦痛ではありません。


窓は、上の部分を引っ張ると内側に開きます。


冷房装置はついていませんが、ベンチレーターによる強制換気が行われています。
その手前にあるものは、吊り手でしょうか?
蛍光灯が直接見えない半間接照明になっていて、落ち着きがあります。
それでもメンテナンスや掃除が大変そうではあります。


暖房は、窓側座席下に電気ヒーターが組み込まれています。
冬、メトロで一番暖かい車両です。窓側オススメ。


車両間の通り抜けはできません。扉は非常用です。



7号線や13号線では、末端で二股に分かれるため、
行き先を示すランプが車内外にあります。


車両のメカ部分のお話を。

5両編成。Mc + T + M + T + Mc の組成になります(Mはモーター車、Tはモーターなし、cは運転台)
2,4両目に乗ると静かです。


台車は空気バネ(エアサス)を用いていて、乗り心地がよくなっています。

制御方式は、チョッパ制御 (仏:hacheur) です。
このMF77系に乗ると、加減速時に「プー」という一定の周波数のうなり音がします。
MF77系が設計、制作された1970年代後半、日本でも省エネ電車として国鉄中央線に、
チョッパ制御の201系が投入されました。

日本の国鉄(JR)201系(中央線快速 (2010年まで)や大阪環状線、大和路線)や
203系(常磐線各駅停車~東京メトロ千代田線 (2011年まで))と同じ音が、パリのメトロでも聞こえます。
同時代の電車であることがわかります。

ブログ主のパリ滞在の終わりも近くなってきたようなので、
この機に全部乗ってみようと思い立ちました。

前回はこちら
第一日目(前半)
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/27e0652874c1d181bf84edb4c96d26f7
第一日目(後半)
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/f71b2429761767ad09664a6c43927331
第二日目(前半)
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/70964423c61fbcac500705a7d342a5e9

2013年12月18日現在の未乗区間は、北から時計回りに、
- 7号線 Porte de La Villette 駅~ La Courneuve - 8 Mai 1945 駅
- 5号線 Porte de Pantin 駅~ Bobigny - Pablo Picasso 駅
- 11号線 Porte des Lilas 駅~ Mairie des Lilas 駅
- 9号線 Robespierre 駅~ Mairie de Montreuil 駅
- 8号線 Charenton - Ecoles 駅~ Créteil - Pointe du Lac 駅
- 4号線 Porte d'Orléans 駅~ Mairie de Montrouge 駅 (2013年開業区間)

線で消してある部分は、今までのログでお伝えしました。
今回は第二日目、2013年12月21日に乗車した記録の後半です。
泣いても笑っても最後の一路線にして最後の一駅です。

トラムに乗って、Porte d'Orléans 駅まで来ました。

新しく整備された改札を入り、4号線のホームへ向かいます。



Porte d'Orélans 駅(パリ14区)。長らく4号線の南の終点でした。

柱の装飾が美しい。


2013年の4月に、ここから一駅南に延長されました。
駅を出ると、相当な下り坂となっているようで、ブレーキをかけながら慎重に下っていきます。
程なく終点、Mairie de Montrouge 駅。

駅ホームやコンコースは、木材やガラスも多用して、温かみがあります。




モンルージュ市 Montrouge (Haut-de-Seine 県 (92))の市役所横の広場に駅が作られました。



暮らし向きがよいのでしょう。商店街に活気があります。
ここ2日間巡ってきた終点の駅とは明らかに違います。
折りしもクリスマス前。

新しい駅、明るい商店街。
こんな酔狂な企みの完遂を、道行く人が祝ってくれている訳はないのですが、
ぱっと明るい気分。この駅を最後にしてよかった。
気をよくして、ワインを一本買っちゃいました。
今晩はメトロ完乗を祝って、家に帰って杯を空けよう。

【完】