昨年末の帰国の際には、飛行機が遅れた関係から成田到着が夜遅めになってしまいました。
JR派の私としては、成田への往復についJRの「成田エクスプレス」や快速「エアポート成田」、
そして無理をしてでもJRバスなんかを使ってしまうのですが、
今回ばかりは当日中に静岡県の実家に帰るために、
初めて京成電鉄の「スカイライナー」に乗ることになりました。
いやー、あっという間に東京都内に入れ、びっくりしました。


山本寛斎がデザインした外観と車内は、空への玄関口へいざなう列車として、
青が基調とされています。

車内を見てみましょう。

普通車のみの8両編成です。全車指定席。

客室内に大型荷物置き場があります。
空港アクセス特急列車で一般的に見られるバーで固定するタイプで、
成田エクスプレスのように鍵がかけられるタイプではありません。


座席は、フレームや背面が塗装していないプラモデルのような質感、
線が細い感じがして、ちょっと落ち着きません。
クッション性もやや固め。
ただし、40分以下の乗車と割り切れば、それほど気になりません。
各座席にコンセントが設置されていて、携帯の充電やパソコンの使用ができます。

床は一面の青、波打つような柄とドットの組み合わせとなっていて、躍動感とさわやかさがあります。
(ちょっと写真が暗いので、わかりにくいかもしれません)


出入口デッキ。始発駅の発車前には、落ち着いたBGMが流れています。

つかみ棒の脇に青い照明が仕込まれていて、
素敵に輝いています。


スカイライナー、多くの利点があります。

「成田エクスプレス」や「エアポート成田」がそれぞれ通常1時間毎、ピーク時は30分毎なのに対して、
スカイライナーの運転頻度はさらに高くなっています。まず使いやすい。
成田に着くと、いつも恨めしく京成のほうを見ていました。

それから、2010年に新規開業した「成田スカイアクセス線」を通るため、
最高速度は日本の在来線最速の160km!
成田から都内の日暮里まで36分と、あっという間です。
私は今まで快速「エアポート成田」で千葉駅を回って東京駅まで1時間半かけることが多かったですが、
この速さはウソのようです
(途中で寄り道をするので、それでよかったのですが)。

さらに運賃も、特急料金込みで、成田エクスプレスの半額程度。

ただし、一つだけネックがあります。
都内の乗車・降車駅が京成上野駅か日暮里駅で、
東京駅や新宿、横浜方面へはそこから乗り継がなければなりません。
多くは日暮里駅で山手線に乗り継ぐことになります。
結局トータルすると、東京駅まで成田エクスプレスとほぼ同じ所要時間になります。
大きな荷物を持っていると、少しネックではあり、
近郊や地方へ向かう際に、
バスや成田エクスプレスには叶わないところです。

この速さ、また使ってみたいと思う列車でした。
(といいつつ、いつものようにケチって、
青春18きっぷ2,300円で鈍行乗り継ぎしながら成田~静岡を行くだろう)

昨年12月25日、クリスマス、
日暮里駅にはこんな飾りが。

ぬいぐるみたちのツリーに迎えられて、
年末年始の日本を楽しんで来ました。
RATPのMP89系電車です。


形式記号「MP」の P からわかるように、ゴムタイヤ式 (pneumatique) になっています。
1989年に開発が開始され、1997年に1号線に、1998年に14号線に投入されました。
1号線用は運転手が運転する従来の方式ですが、14号線用は自動運転用となり、
運転室がありません。
また、1号線用は、当該路線の自動運転化に伴い、
新型MP05系に押し出される形で4号線に転用されました。

今回紹介するのは、この4号線で運用されている手動運転タイプの車両です。
14号線用は先頭車両最前部まで客室になっていたり、座席配置が異なっていたりしますが、
基本的なデザインは変わりません。

1両当たり、片側に両開きの3扉。
6両編成を組んでいて、車両間の移動が可能なように幌でつながっています。


先頭車は横1+2の座席配置。なお、14号線用は全車両この配置。


4号専用の中間車は横2+2の座席配置。


先頭車の一人がけボックスシート。


ボックスシート。


車端部のロングシート。


先頭車を運転室向きに。


車両間の通り抜けが可能です。
ゴム製の幌になっているものと、カバーがされているもの(写真)の2種類があります。


窓は上部が内側に折れ、換気が可能です。


ドアは幅広の両開き。外吊り式の扉となっています。
真ん中に3つ又に別れたスタンションポールが立っていて、
大人数で掴まることができます。


ドア上には路線図が組み込まれています。


Saint-Michel 駅にて。

métro (名・男) 「メトロ、地下鉄」

フランス語圏だけでなく、最近では日本でも「メトロ」といいます。
そもそも、このブログのタイトルにもなっている métro とは何なのでしょうか。



世界で最初の地下鉄は、
1863年に開業したロンドンの Metropolitan Railway 「メトロポリタン鉄道」です。

フランスでは、このメトロポリタン鉄道を手本として、
パリの1号線が1900年の万国博覧会に合わせて営業を開始しました。
この地下を走る新しい都市鉄道を、「メトロポリタン鉄道」の名を元に、
chemin de fer métropolitain 「首都の鉄道」と呼びました。
それ以降、従来からの路面電車や乗合馬車といった交通機関を置き換える形で建設が進んでいきました。
この新しいタイプの鉄道は、主に地下を、そして高架を走って、
他の交通機関と立体交差することによって、
従来の平面交差をしていた交通機関に対して、
より高速で運行できるというメリットがあります。




METROPOLITAIN の表記が残る (上:Volontaires 駅 下:Pasteur 駅)

chemin de fer métropolitain が、métropolitain と略され、
さらに、首都に限らず、主に地下を走る鉄道を表す名詞として métro となり、
現在では世界で流通する言葉になっています。
ただし、現在でも、フランスの法令では métropolitain が正式に使われる場合もあります。

フランスにおけるメトロは、首都パリのほか、
地方都市のリヨン、マルセイユ、トゥールーズ、リール、レンヌなどにも建設され、営業されています。

この métro という語がそのまま、世界中で地下鉄もしくは都市鉄道を表す言葉として用いられています。
英語圏では underground, the Tube (イギリス)や subway (アメリカ)など、
ドイツ語圏では U-Bahn と呼び習わしますが、その他では metro が圧倒的です。

日本でも、東京の旧・帝都高速度交通営団(営団地下鉄)が、
末期に路線図などの表記類に「メトロ」の語を用いたり(「メトロネットワーク」)、
プリペイドカードに「メトロカード」などの愛称を用いだしてから、
地下鉄を表す言葉として一般に知られるようになってきました。
さらに2004年、営団が民営化され、現在では「東京地下鉄株式会社」となっていますが、
この会社およびその路線を呼ぶのに、
「東京メトロ」という愛称が広く用いられています。
東京におけるもう一つの地下鉄運営事業者である東京都交通局(都営地下鉄)でも、
統一的に「メトロ」という言葉を用いる場合があります。


東京メトロ5000系(既に廃車) 右上に東京メトロのマーク(ハートM)がついている


ただ、日本のその他の都市では「メトロ」があまり用いられず、
旧来からの「地下鉄」、英語表記は subway が使われることが多いようです。
RATPのMP59系電車です。
1959年にRATPより発注され、1963年に運用を開始しました。
パリのメトロで最も古い車両になりました。



さて、足元をご覧ください。
世界でも例の少ない、ゴムタイヤです。
前後の駆動はゴムタイヤで、
左右の案内については内側についている鉄車輪+鉄のレールと、
ガイドレールに接する横向きのゴムタイヤで行われています。


台車アップ。外側に左右案内用のゴムタイヤ、内側に前後駆動用のゴムタイヤ、
さらにその真ん中が第三軌条の集電靴です。

急勾配区間に強く、加速もよく、走行音も静かということで、
1950年代当時、フランスの編み出した、画期的技術として知られていました。
また、構造上、脱線しにくいという特徴を持っています。
現在では、技術革新によって、鉄車輪を採用していても、
台車やモーター、制御装置などが高性能化、静音化され、
当初のメリットは薄れてしまいましたが、
今でもフランスの各都市のメトロで採用されています。

日本では、札幌市営地下鉄の3路線全線で、似たようなゴムタイヤ技術が採用されています
(細部は少々異なる)。

パリのメトロでは、1, 4, 6, 11号線がゴムタイヤ方式に改装されました。
また、1989年開業の14号線は当初より採用されています。

MP59系は、このうちの1, 4, 11号線に投入されましたが、
現在では前者2路線には新車が投入され、
押し出された状態のよい車両が11号線に集められて、4両編成で運用されています。

系列番号 MP の P は、pneumatique「タイヤ方式」の頭文字です。
(MF は fer「鉄」から。鉄車輪を採用している車両)


それでは、車両を見てみましょう。

ドアは半自動式。
取っ手を上に上げて、乗車します。





真ん中にスタンションポールが立ちます。


車内はドア間ボックスシートです。
リニューアルされていますが、それからも長年使われているので、
薄暗さはあります。




先頭車


中間車
JR全線完乗への道、いままでのまとめ
(0) プロローグ
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/518e9e99cd0b4dd3d7fe12839962bd01
(1-1) 未乗区間 東北新幹線 新青森~八戸間
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/13bb354de7834b9fdb165425b7e50a46
(1-2) 青森から鈍行で帰る
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/11bf86f22fcafac0ebbf229e85016e20
(2-1) 今度は西へ。
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/8183557102f3682880a4fc9308118392
(2-2) 鹿児島・宮崎の元日。
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/076f1cec2767ab25647dcacd6b655163
(2-3) 未乗区間 日南線 田吉~南郷間
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/076f1cec2767ab25647dcacd6b655163
(2-4) 未乗区間 日南線 南郷~志布志間
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/5cfaafa309531b71d7fdbd35bdb5b264


JR全線を乗り終えたが、帰らなければならない。
志布志駅から折り返す。
乗ってきた列車にそのまま乗り込み、南郷駅まで向かう。

南郷駅では、先ほどの委託の係員さんが出迎えてくださる。
40分ほど待つと、特急「海幸山幸」の帰りの列車が入ってくる。



先ほどの失敗とは、刺身用のしょうゆをレジでもらわなかったことだ。
刺身にしょうゆをつけずを食べることになるとは、一大問題である。
委託の駅係員さんにあるかどうかを聞くと、
「あったかなー?」といいながら、宿直室から出してくださった。
キッコウマンやヤマサなどの慣れ親しんだものではなく、
やっぱり宮崎の甘口しょうゆ。最高だ。
プラカード作成にしろ、おしょうゆにしろ、いやな顔一つせずに対応してくださり、
本当にお世話になりました。




そして、刺身についてきたわさび、静岡県三島市。実家近所じゃないか。

「海幸山幸」の中で、刺身と焼酎、そして朝宮崎駅で買った駅弁「椎茸めし」で遅いお昼とする。
 
この駅弁、宮崎県の特産物であるしいたけをどうにかして駅弁にしようと、約60年前に作られた。
今となっては質素に見えるが、丁寧な作りからか、ロングセラーとなっている。
ご飯を炊く出汁は継ぎ足し継ぎ足しだそうで、それを知ると味わい深い。
煮てあるしいたけがジューシー。

客室乗務員さんにJR全線完乗を果たしたことを話すと、ねぎらってくださった。
さらに、飫肥駅に10分ほど停車しているときに車内放送をかけてくださる。
「本日御乗車のお客様が、JRの全部の路線を乗り終えられたということです。
もしよろしければ、皆さんで記念撮影を行えればと思いますので、ホームまでお越しください」乗客に告知された。
酔狂な私を見ようと、皆さんが集まってきてくれた。
 

私の指定席の近くには、私も含めて一人旅の男性が5人。
今回の私の旅の話で盛り上がるが、
その中に、静岡県の近所の方がいらっしゃった。
住所を聞くと、私の実家と500mと離れていないと思われる。
遠く宮崎の地で地元の話。
車、しかも下道で宮崎までやってきて、今日は海幸山幸に乗っているという。
鈍行で来る私も私だが、車で高速を使わずにほぼ同じ距離を来るとは、脱帽である。
そのうちの再会を約束した。

客室乗務員さんが箱を持ってやってきて、車内でくじ引きになる。赤いボールを引いたら当たり。

当たった。何から何まで縁起がいい。
景品は、九州の特急列車のグリーン車で配られていると思われる飴だった。

近くの皆さんとおすそ分けして、楽しむ。

終点一駅手前の南宮崎駅、後ろ髪を惹かれる思いで「海幸山幸」を降りる。
もう一駅乗りたいが、次の列車の都合がある。

3分の乗り継ぎで、日豊本線都城ゆきの、例の革張り座席の普通電車に乗る。

都城で乗り継ぎ、小休止して、鹿児島中央駅に。

~~~

翌日、鹿児島の仕事を終えて、深夜バスの時間まで晩御飯とした。
鹿児島名物を出してくれる店で、焼酎と。
    
黒豚の角煮、さつま揚、鶏肉の刺身、きびなごのから揚げ

隣に、宮崎から一人旅に来たという看護士の女性がやってきて、
宮崎話に華が咲く。妙齢の女性といっしょに黒豚のしゃぶしゃぶをし、
仲良く話し、もっとゆっくりしたかったが、
1時間ほどでバスの時間となってしまった。

ここからは行きと同じルートを取る。
まずは「鹿児島ドリーム広島号」で広島へ。
今晩は中国JRバスの担当で、白と青のバスだ。ぐっすり眠る。


朝、少し時間があったので、宮島まで渡る。
JR西日本フェリーの宮島航路。
現存する唯一の鉄道連絡船にして、青春18きっぷで乗船できる。
 
 
宮崎神宮も詣でたので、二股はいけない。
神様に嫉妬されないように(笑)今日は厳島神社には参拝せず、
島に渡ったということで終わりにする。

広島に戻り、行きと同じ「瀬戸内マリンビュー」に乗る。ただし自由席。
そして三原からはずっと鈍行で静岡県の沼津駅まで。
日が変わってすぐ、沼津に到達する。
宮島~広島~沼津、わずか2300円。

過去に国鉄~JR全線を成し遂げた人は数多いるだろう。その中でも、
宮脇俊三氏(新潮社元編集長)や、種村直樹氏(元朝日新聞記者)、
関口智弘氏(俳優、ミュージシャン。NHKの企画でJR全線完乗)などがつとに有名で、
著書やテレビ番組の企画などで知られている。
これらの方々に比べると、私の旅行記はたいしたこともないが、
このようにブログでアウトプットして見ていただくことができるというのは、
いい時代になったものだと思う。

これで、JR全線を乗り終えた。
乗るだけの旅はこれでおしまい。
それでも、これからも新しい路線が出来ていく。
もし日本に戻ることができるなら、来年の北陸新幹線、
再来年の北海道新幹線の開業も楽しみだ。
そして、将来はリニア中央新幹線や北海道新幹線の札幌延伸、九州新幹線長崎ルート。
まだ乗りたい。まだ乗っていたい。

~完~
JR全線完乗への道、いままでのまとめ
(0) プロローグ
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(1-1) 未乗区間 東北新幹線 新青森~八戸間
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/13bb354de7834b9fdb165425b7e50a46
(1-2) 青森から鈍行で帰る
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/11bf86f22fcafac0ebbf229e85016e20
(2-1) 今度は西へ。
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/8183557102f3682880a4fc9308118392
(2-2) 鹿児島・宮崎の元日。
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/076f1cec2767ab25647dcacd6b655163
(2-3) 未乗区間 日南線 田吉~南郷間
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今回は日南線の残り区間、南郷~志布志間の記録。
JR全線完乗の記念すべき最後の列車だ。

ところで、国鉄全線完乗を果たした宮脇俊三氏の最後は、
足尾線(現わたらせ渓谷鐵道)の足尾~間藤の一区間だった。
本当はオホーツクの流氷を見る路線のような情趣のあるところで終えたかったが、
よりによって関東の、しかも公害の原点である足尾で乗り終えることになってしまったとの旨を、
著書『時刻表2万キロ』で彼は述べている。
これを読んでいたのか、それとも無意識にか、
私は最後を大好きな北海道か九州でと決めていた。
穏やかな冬晴れの日南線が最後になり、満足である。

キハ40形1両の列車が入ってくる。

なんてことのない普通列車用のディーゼルカーだが、
この車両が私の記念すべき最後の車両になる。

南郷からは、進路を西に取り、山中をゆく。

沿線の中心駅、串間駅。


宮崎県串間市の福島高松駅。

行ったことはないが、東南アジアのどこかの国にある穏やかな駅のように見える。
駅名も、遠く離れた県庁所在地を二つくっつけた、滑稽なものである。
次の大隅夏井駅は県境を越えて、鹿児島県志布志市となる。


大隅夏井を出ると、次は終点、志布志駅。

再び海が見えてきて、海岸段丘上を行く。一段高いところから、海を望む。
港町だけに、水産加工業の工場か倉庫が遠くに見える。
「フェリーさんふらわあ」もここから大阪に向けて出航する。

普段はしない行動だが、今回ばかりは運転室の後ろに行ってかぶりつく。
行き止まりの終着駅である志布志駅にゆっくりと進入する。


到達した。




志布志、志の文字で挟まれている、いい駅名である。
約20年にわたる志を果たすのにふさわしい。


志布志駅は、昭和50年代には、日南線の他、垂水・国分方面の大隅線、
都城方面の志布志線と、3本の路線が交わるターミナルだったが、
後者2路線が国鉄最末期に相次いで廃止されたため、
現在では駅自体も移転して、静かな終着駅となっている。

折り返しまで40分強。ちょっと見てみたいものがあったので、
行ってきた。

志布志市志布志町志布志の志布志市役所志布志支所。なんだか目が回ってくる。
この写真を撮ってもらうのに、近所で洋品店を営む男性にお願いした。
テレビ「タモリ倶楽部」で紹介されてから、訪れる人が多いという。
この前も女性二人連れに撮ってほしいと頼まれたと、ニコニコしながら話す。

駅前にあるショッピングセンターで、鹿児島県垂水産のかんぱちの刺身、
焼酎「霧島」のお猪口つきペットボトル、そして、志布志産のさつま揚を買う。
ここで、ある失敗をした。

次回に続く。
前回はこちら
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/076f1cec2767ab25647dcacd6b655163

2014年1月2日7時半ごろ、宮崎市内のホテルで目覚める。
昨夜は2時半まで歓談し、3時に就寝だった。
列車は10時なので、もうちょっと寝ようかどうか迷ったが、
折角の宮崎を散歩できるなら、と起きてしまった。
本日、雲ひとつない快晴。

宮崎駅より日豊本線で北に一駅、宮崎神宮駅。

住宅地の中のこじんまりとした駅だが、鳥居がワンポイント。

宮崎神宮を参拝する。

新年の神社、華やかさと厳かさが同居していて楽しい。

外国に住んでいても、年末年始ばかりは日本に居られればと思う。

普段はまったく信心深くないが、今回ばかりは、
今日のJR全線完乗の無事と、今後の生活の無事を祈ってくる。
一年の計となるおみくじは大吉を引いた!幸先がいい。


9時半ごろ、再び宮崎駅。駅前のバス、随分低姿勢。



未乗区間 日南線 田吉~志布志間

ここから、JR全線完乗に向けて、
最後の未乗線区である日南線に踏み入れる列車に乗る。

日南線は、日豊本線宮崎駅から大淀川を渡って一駅の南宮崎駅を始点とし、
そこから鹿児島県東部の志布志駅までを結ぶ88.9kmの路線である。
列車はほとんどが宮崎駅まで乗り入れている。
南宮崎駅の次の田吉駅を出ると、宮崎空港線が分岐している。

未乗となっているのが、この分岐点から志布志までの間。
静岡からは遠い宮崎にあり、さらに片道80kmを越す盲腸線(行き止まり線)のため、
訪問がままならなかった。
2005年の9月に、一度乗ろうと試みたが、
旅行開始直前に台風の影響により不通となり、
その時は叶わなかった。
その後も、何度か機会はあったものの、
2000年代後半に、観光特急列車が走り出すという声がちらほら聞こえてきて、
これの開業を待って乗ることとしているうちに、訪問が長引いてしまった。

これから乗る観光特急「海幸山幸」は、2009年に日南線で営業を開始した2両編成、
JR九州お得意、水戸岡鋭治氏デザインの車両である。

車両は、廃線になった高千穂鉄道のトロッコ車両をJR九州が購入、
大改造を施したキハ125形400番台。
地元の飫肥杉を初めとした木材(難燃加工済)を、車内外にふんだんに使用していて、
木のおもちゃのような列車を目指したそうだ。


10:10に宮崎駅を出発。

大淀川を渡って、南宮崎駅。
ここから日南線の線路に入っていく。

宮崎空港線が分岐する田吉駅。ここからが未乗区間となる。

自然と奥歯をかみ締めている。

宮崎県南部の日南海岸に沿う。
昔は新婚旅行のメッカと言われていたが、海外旅行に押されて衰退。
それでも観光に力を入れるようになり、
今ではその頃の思い出を再び、と熟年夫婦の訪問が多いとか。
ビロウ樹の立ち並ぶ海岸沿いに出る。
読売巨人軍のキャンプも毎年こちらで行われる。
オフシーズンの気候のよさも人気の高さのうちのひとつだろう。

海の見える区間は意外に少ないが、山中を通ったり、また海に出たりと、
車窓は変化に富んでいて、飽きない。


それと同じぐらい、車内も楽しい。
グリーン車並に横幅の広い、横3列の座席が並ぶ。

壁は飫肥杉の板が張られていて、まさに木のおもちゃの中にいるよう。







車端にはフリースペースのソファーも設置。


途中の飫肥(おび)駅では、列車の行き違いと、リフレッシュを兼ねてか、10分あまり停車する。

古い町並みが残るという。

2名の客室乗務員が乗務していて、観光案内や車内販売、記念撮影、
さらには紙芝居も行ってくれる。
列車名ともなっている「海幸彦山幸彦伝説」のものがたり。
木のおもちゃの列車の中で、小さな子どもたちも、大きな子どもたちも大喜び。





この列車の終点、宮崎県日南市南郷町にある南郷駅に到着。
あっという間の2時間だった。

ここで50分、次の列車を待つ。

以前、JR全部に乗ったという証明できるものはあるんですか、と聞かれたことがある。
あくまで個人の趣味の域を出ない行為なので、そこまでの必要もなかろう。
本人が満足ならそれでいいはずだ。
もとよりJRに全部乗ってみようとは考えていなかったし、志したときからも、
あまりグッズを蒐集する癖もない。
だが、今回だけは、何か記念になるものを残しておこうと思う。

南郷駅は簡易委託されており、地元の方が改札や乗車券の販売などを行っている。
窓口にいる女性に、模造紙大の紙とマジックを借りる。
即席で出来は悪いが、記念撮影用にプラカードを作ってみた。

駅を管理している方と前祝の記念撮影


また、この写真の撮影を見ていた男性が声をかけてくれる。
彼も国鉄~JR全線を既に成し遂げているという、
いわゆる先輩だった。
まだ北海道や筑豊に運炭線が多数残っている頃に行っていたとのことで、
完乗への苦労は多かっただろう。

さて、とうとう最後となる列車に乗る。

次回に続く
前回はこちら
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大晦日23時に広島駅を出た深夜バス「鹿児島ドリーム広島号」で目が覚めた。
九州自動車道上の「鹿児島空港南」バス停で停車した。
雨こそ降っていないが、空が厚い雲に覆われている。
一路鹿児島市内を目指す。

鹿児島中央駅で私を除く4人が下車し、
私は終点の天文館バス停まで乗る。

天文館通り。鹿児島一の繁華街である。


仕事は鹿児島中央駅で待ち合わせとなっている。
市電に乗ってもいいが、天文館から20分ほど歩けば駅である。
朝の散歩だ。

駅近くの高見橋まで来たとき、雲の切れ間から朝日が顔を見せた。

平成26年の初日の出を拝めた。

~~~

今日の仕事を済ませた。
仕事の中に、指宿の砂蒸し風呂への案内というものがあった。
私も入れさせてもらえることになった。砂に埋めてもらっていたら、
砂の重みと蒸し風呂感でどんどん汗が出てくる。
 
JR日本最南端の駅である、指宿枕崎線 西大山駅にも立ち寄る。

背景には、開聞岳、別名「薩摩富士」が。裾野のない山容がおもしろい。
今回の日本滞在で、蝦夷富士、薩摩富士、本物の富士と、3つの富士を見た。
仕事ではあるけれども、元日よりいい体験をさせてもらった。

翌日1月2日は仕事の中休みとなっている。
そこで、1日のうちに宮崎に移動し、2日にJR全線完乗を決行することとした。

鹿児島中央駅18:46発の日豊本線延岡行き普通電車に乗る。
817系電車2両のワンマン運転である。

JR九州の列車はデザインが秀逸なものが多いが、
普通列車用の車両も手抜かりがない。
車内は、木材と本皮を使った転換クロスシートが並ぶ。


つり革はドアホールで円になって配置されている。


窓はドア間1枚のもので、開放感にあふれる。


こんな電車で通勤、通学できるのが羨ましい。

外は暗くなってしまっていて、しかも国分を出ると都城あたりまで町の明かりがない。
列車も元日そうそうではがら空きだ。

山中の駅で列車の行き違いのために数分停車する。静かになると、
白く明るい車内は逆に寂しさを感じる。

宮崎市内の明かりが見えてきて、ようやく一息つけた。
大淀川を渡り、21:31に宮崎駅に到着。

ホテルに荷物を置き、中心街に繰り出す。

バスの中でもらった無料情報誌から、宮崎名物を食べさせてくれる店を探したが、
元日であり、あいにく大方が閉まっていた。

そんな中で開いていた、橘通西の「安兵衛」
http://yasubei.lcs-izakaya.com/tenpo/index.html


宮崎市内に何店舗か持つというこの店で、
宮崎名物のセットを出してもらった。チキン南蛮、ジューシーでたまらない。

しょうゆが宮崎、鹿児島で使われているとろりとした甘口で、
関東方面から来ると独特な風味に感じる。

このしょうゆで食べる刺身もおいしい。
普段、焼酎はあまり嗜まないが、今回、九州だから飲んでみる。
いつかは勉強してみようと思っていたのだが・・・

居酒屋を辞し、日が変わる直前にホテルに向かって歩き出す。
すると、大通りに出る前に一軒のバーに目が行った。
たたずまいはまるでショットバーだが、
焼酎の瓶が所狭しと並んでいる。
引き寄せられて入ってしまった。

焼酎バー「一休」
http://www.bar-ikkyuu.com/
これが大正解。

カウンターで、まずマスターと仲良くなる。
マスターはワインのソムリエ資格取得、
さらにホテルなどでバーテンダーをしていたが、
自分の店をもつ段で、焼酎に焦点を当ててみようと思ったそうだ。

そして横にいる20代と思しき男性二人と、話が弾む。
旧友同士のようで、お一方は現在福岡在住の大学院生。
ここで仕事が決まり、茨城県のつくばに引っ越すそうだ。
もうお一方は現在東京で大学院生。社会芸術論を専攻しているとのこと。
今回の旅の目的を話すと、3人とも驚く。
また、フランスからやってきたことを話すと、さらに驚嘆する。
マスターのソムリエの話、お二人の故郷の話、
フランスの文化政策の話など、大いに盛り上がる。
焼酎もさまざまなものを試すことが出来、わずかではあるが、勉強になった。


マスター、お客さん交えてみんなで!


人によく出会う、楽しい元旦の一日だった。
ホテルには午前2時半ごろ到着。
シャワーを浴び、明日の支度をし、丑三つ時に眠りに着いた。

次回に続く
前回はこちら
http://blog.goo.ne.jp/miromes9-13/e/11bf86f22fcafac0ebbf229e85016e20

いよいよJR全線完乗まで1路線となった。
15年以上前、大学生の終わりぐらいに、既に1路線となっていたが、
そのうち新しい路線ができてきたため、最盛期には未乗線区4路線というときもあった。

さて、今度は西へ向かう。
ずっと手をつけてこなかった例の路線の走破のためというのも勿論だが、
さらに知り合いから依頼された通訳の仕事に出向くいう大義名分もある。
実はこれもあって日本に戻ってきているのだ。
新年早々、1月1日と3日に行うことになっている。
未乗線区と同方向というのも、大変都合がよい。

仕事で向かうものの、移動するのは私一人、
したがって交通費はケチらせていただく。
利用するのは、いつもの旅の友「青春18きっぷ」である。

JR全線の普通・快速と鉄道連絡線に乗車でき、
1回当たり、午前0時から、翌午前0時過ぎ、最初に停車した駅まで有効。
5回セットで発売。
一人で5日分もしくは5人で1日、2人で1日と3人で1日といったように、
組み合わせも可能。
急行、特急、新幹線は特急券などの他、普通乗車券も必要になる。


夜行列車が衰退してしまったので、途中は深夜バスでつなごう。

旅立ち

北海道から、それとも青森からか、とにかく北から帰りついたその日、
昼間は実家で家族と過し、晩御飯まで済ませる。
そして、12月31日0時過ぎに家を出る。


午前1時、東海道本線沼津駅。1:08の臨時快速「ムーンライトながら」に乗る。
指定券がずっと取れなかったが、昨日午前中に2席のキャンセルがあり、
そのうちの1席をすかさず入手した。
 




「ながら」は数年前より臨時化され、主に学校の夏・冬・春の休み期間中に運転される。
今冬より、車両が変更になった。(前回まではこちらの特急型189系)
いつも「湘南ライナー」で東京から小田原の間でお世話になっている185系が抜擢された。


特急列車にも普通列車にも使えるように、ということで製作された185系。
そんなわけで、窓も開くようになっている。
その中途半端さを嫌う向きもあるが、
快速や「ライナー」で乗ったときは、特急型ということで、
得した気分になる。

沼津から乗り込み、指定された自席に。
検札を受けた後、そのまま深い眠りに落ちたようで、気づいたら名古屋に停車していた。
自席の隣人は結局来なかったようである。これがもう一席のキャンセルだったか。

木曽川、揖斐川と渡り、木曽三川のもうひとつ、
この列車の名にもなっている長良川を渡る手前で、
降り支度をしてデッキに行く。程なく終点、大垣に到着した。

500人ぐらいはいると思われる下車客の大半が階段に向かって一斉に駆け出す。
朝6時前にして、傍から見れば壮観な眺めであろうが、私も走っている一人だ。
「大垣ダッシュ」とその筋では呼ばれているようだ。
陸橋を渡って、隣のホームに停車している電車に乗る。
通路側だが、何とか席を確保できた。

この後、次の列車を乗り継いだ。

- 大垣→米原 普通列車

- 米原→相生 新快速

- 相生→岡山 普通列車

姫路駅駅弁 あなごめし
 

- 岡山→糸崎 普通列車

- 糸崎→三原 普通列車

5本の列車を乗り継いで、岐阜県から広島県の三原までやってきた。
鈍行で東京から北に向かう場合、東北地方でロングシートが多く、
旅情も何もなくなり、いきおい苦行となる。
しかし西に向かう場合、静岡県内のロングシートさえ我慢すれば、
その先は2人で前向きに座れる転換クロスシートの車両が多く、快適だ。
景色を見るのにもよし、お弁当も気兼ねなく食べられる。
足も伸ばせるし、背もたれにもたれかかって寝るのもよし。
というわけで、今回も鈍行乗り継ぎにして疲れ知らずである。

三原→(呉線)→広島 快速「瀬戸内マリンビュー1号」

観光列車「瀬戸内マリンビュー」に乗る。

2両編成で、指定席車はゆったりしたソファーが設えられている。
それに対し、自由席車の中身は普通の車両。510円で、げに恐ろしき格差。
もちろん指定券、取ってありますよ。この列車に合わせてここまでの行程を組んである。

三原駅で買った駅弁。改札の外になく、新幹線の改札の中にまで入れさせてもらったところに売店が。
たこ飯あたりがあるかと思ったが、今は売れ残った2種類のみ。
これを手にしたところ、しきりに売店の女性が、「あなご飯がなくて、本当にすみません」と謝る。
山陽地方の駅弁は、あなごが多い。
この弁当にもあなごが入っているし、いろいろなものが食べられるから、こちらでよかったかもしれない。
 
いろどりがよい。おいしくいただきました。

呉線を行く。山側の山陽本線よりも大回りになるが、海沿いの景色はピカ一である。

こんな景色がひたすら続く。しかも快晴。大晦日の旅、言うことはない。


かつての軍港、呉市の中心駅、呉駅。
戦前は人口100万人を超す、日本でも有数の都市だったが、
戦後は見る影もなくなってしまったという。それでも造船業はやはり盛ん。

16時10分、広島駅に到着。


大みそか、広島の夜


市内をぐるっとめぐる「めいぷるーぷ」に乗る。400円の乗り放題切符で乗り降り自由。
広島中心地の大まかな土地勘はあるし、特にあてがあるわけでもないが、
今回は遠巻きにしか眺めたことしかない原爆ドームのバス停で降りて、
ドームを近くから見てみることにした。
(このちっこいバスに乗ってみたかったというのもある)

原爆ドームの東隣に、西蓮寺というお寺がある。



ここに祭られている被爆地蔵尊。当時、原子爆弾がほぼ真上で炸裂している。

熱線が当たらなかった、お地蔵様の足元部分は磨き石のつるつる感が残っているが、
それ以外は融けてざらざらになっている。それでも台座の上に留まったそうだ。

2014年も平和でありますように。

夜は「ひろしまお好み物語 駅前ひろば」内にある屋台「焼くんじゃ」で焼く。
http://www.ekimae-hiroba.jp/store_yakunja.html


お好み焼きでは足りず、どんどん焼く(焼いてもらう)。ビールが進む。
テレビで、ダウンタウンの「笑ってはいけない」をやっていて、年の瀬を感じる。
日本にいるんだな、と思う。
カウンターを囲んで、店員さんやお客さんと仲良くなり、
「静岡から18きっぷで来て、これから鹿児島行きの夜行バスにのって、明日の仕事に向かう」
ということを告げると、
「静岡から鈍行!」「年越が夜行バス!」「元日に仕事か!」「バスで鹿児島まで行くんですか!?」
と、各人がそれぞれの部分に驚く。お店一体で盛り上がり、2013年はクライマックスを迎えた。


23時ちょうど広島駅新幹線口発の深夜バス「鹿児島ドリーム広島号」に乗る。
鹿児島ドリーム広島号は、2012年に突然設定された路線である。
多客期のみの運行で、JR九州バスと中国JRバスの隔日共同運行になっている。
乗ってみたい路線だったが、お盆や年末といったピーク時しか動かないというのがネックだった。

今晩は、JR九州バスの担当である。
JR九州バスの担当便は、当社にたった1台しかない、
真っ赤な2階建てバス(三菱エアロキング)。
数年前、他社に売却されてしまうという話があったが、直前で回避、
その後この路線の専用車に抜擢された。
今晩、願いかなって乗ることが出来る。



運転手さんが入口で改札する。
早割の安い席を取ってあったので、
座席位置は階段すぐ後ろの通路側と、あまり快適な部分ではない。
とりあえず指定された席に座っていたところ、
運転手さんがいらっしゃって、
「次の広島バスセンターを出たら、お好きな席に移ってもらってかまいません」とおっしゃる。
出発。10分後、バスセンターで客を迎えるも、結局誰も乗ってこなかった。
そんなわけで、年越しの赤い2階建てバスは、たった5人の乗客を乗せて鹿児島に向かう。

宮島サービスエリアでトイレ休憩。
出発すると、消灯される。まもなく年越し。
「あけましておめでとうございます」
日付が変わったのを確認して、シートをいっぱいに倒して眠りに就いた。

zzz

次回へ続く。